12月8日無原罪の聖母マリア
12月8日「無原罪の聖母マリア」の祭日
フランシスコ教皇様は例年通り、ローマのスペイン広場で無原罪の聖母の像に献花をされて祈られました。
12月8日「無原罪の聖母マリア」の祭日
フランシスコ教皇様は例年通り、ローマのスペイン広場で無原罪の聖母の像に献花をされて祈られました。
12月8日は無原罪の御宿リの祭日(Immaculata Conceptio Beatae Virginis Mariae)ですが、今年は主日と重なったので今日9日に移動しました。
無原罪の御宿リとは聖マリアは神の特別な恵みによって、母アンナの胎内に宿った時から原罪の穢れを一切受けていなかったという教義です。そして現在は「無原罪の聖母マリア」の祭日と呼ばれています。
この教義は比較的新しく、ピウス9世によって1854年12月8日に教義に定められました。「マリア信仰だ」「マリア崇拝だ」などと言う的外れ、見当違いの批判には耳をかさずに、もっともっとマリア様を堂々と崇敬しましょう。La Vangの聖母行列をしたベトナムの若者たちを見習いましょう。![]()
カトリックいわき教会の聖母(蛇を踏んでいますね
)
聖フランシスコ・ザビエルの祝日ですが、鹿児島では盛大な祝いはありません。聖フランシスコ・ザビエル司祭は主の大きな恵みを日本にもたらした聖人です。しかしその聖人の日を盛大に祝わないのはやはり8月15日(聖母の被昇天の日)に鹿児島に上陸した日を祝うからでしょうか。
毎年聖母の被昇天と聖ザビエル上陸記念日のお祝いが重なっています。私は8月15日は上陸記念ではなく聖母の被昇天だけを祝い、12月3日に日本宣教の保護者の聖人フランシスコ・ザビエルを盛大に祝うというようにそれぞれ別に祝うことができれば良いと思っています。
『鹿児島に来たザビエル』を読むと、聖フランシスコ・ザビエルという聖人がよくわかります。日本上陸だけでなく、イエズス会、フランス、イタリアそしてゴアやコーチン、サンチャン島での聖人の生きざまを知れば知るほど、「聖フランシスコ・ザビエルの日」12月3日を祝うべきだと思いました。
私自身が自立した生活ができなくなったら介護施設に入る覚悟はできていますが、デイサービスは利用したくないと思っていました。その理由を代弁している記事があったのでそのリンクを貼ります。
https://www.yomiuri.co.jp/yomidr/article/20241113-OYTET50001/
この記事に書いてある通り、何が嫌かと言うとまるで幼稚園のようだからです。多くの経験を積み、さまざまな能力を持っている大人である人たちを同じ決められたプログラムで強制的に過ごさせることはその人にとっては苦痛でしょう。そのプログラムが合う人は楽しいでしょうが、そうでない人もいるのです。
そろそろこのようなデイサービスのやり方を改めてもよいのではないでしょうか。記事にはスウェーデンのデイサービスについて書かれています。これらを参考にして幼稚園から尊厳のある大人のデイサービスに変えられれば多くの人が喜んで利用するようになるでしょう。
今回は準秘跡と信心業についてのお話しです。私も知らなかったことを学べて、感謝! 典礼委員だけでなくすべての信徒の方が見て学ばれることを願います。
昔のカトリック赤羽教会のYouTube動画を偶然見つけました。ゼノ修道士様の姿も見えます。私が記憶している子供の頃と同じ教会の姿ですね。
今と大きく違うのは信者の数と、ミサの祭壇の向きでしょう。やはり司祭様も信徒と同じく十字架に向ってミサを捧げるのが自然で美しいとこの動画を見て感じました。祭壇の向きとご聖体拝領の仕方は(跪くことも含め)第二ヴァチカン公会議前の姿に戻ることを切に願っています。(私が願っても何も変わりませんが・・・)
今日は「王であるキリスト」の祭日です。教会の典礼暦最後の主日。次の主日からいよいよ待降節が始まります。そして24日には聖ペトロ大聖堂の聖なる門が開かれて聖年が始まります。![]()
(ヨーロッパのある修道会での誓願式:キリストの花嫁)
「ミサの中で祈るのではなく、ミサそのものが祈りである。修道生活の中で祈るのではなく、修道生活そのものが祈りである」
ある修道会の終生誓願ミサの説教で酒井司教様が話された言葉です。その通りですね。修道者たちは皆さん祈りで一日が始まり労働も祈り、一日の最後も祈りで終わります。これがすべてを主に捧げた奉献生活ですね。
私たちも本当はこうありたいです。修道生活をしていない私たちも、違う形で日常生活を聖なるものとできればすばらしいですね。それは聖ホセマリア神父様が言っていることです。どんな小さなこと、つまらないことにも、愛と喜びをもってすればそれはつまらないことにはならない。
マンネリ化した生活の中で私はこのことを忘れていました。『したくないけれど仕方ないからする』というような、いやいやしている事があまりにも多すぎました。ですから最近生活が何かつまらなく感じて心が沈んでしまっていたのでしょう。
シスターたちが明るいのは生活そのものが聖なるものだからですね。彼女たちに倣い私も日常生活が聖なるものとなるように日々過ごすようにします。そうすれば『つまらない生活だ』なんて思うことは決してないでしょう。
コヘレト3章についての小寺神父様のお話しです。いつもさっと読み過ごしてしまうコヘレト3章でしたが、小寺神父様の話を聞いて、著者が伝えたかった意味がよくわかりました。
やはり聖書はただ自分でさっと読めばよいというのものではなく、そこに書かれている意図をよくくみ取ることが必要だと実感しました。そのためにも正しい説明や解説をしてくれる導き手が必要だとつくづく思います。
主日のごミサで読まれる個所は説教の時にそこについての話がありますが、ごミサで読まれないところはブログやYouTubeなどで学んでいます。ただし小寺神父様のように正論だと安心して学べますが、個人的な(カトリック教会の教えとは違う)解釈を話す人もいるので、そこは見極める必要がありますね。![]()
私はバレエを見るのが好きで、よくYouTubeで見ています。生の舞台を鑑賞するには経済的に無理なので。![]()
数年前YouTubeで『ヒューマ日記』が大炎上した時に、『ヒューマ日記』のバレエダンサーの後閑 飛雄馬さんを知りました。あれから3年近くたとうとしています。彼のバレエに向かう真摯な態度と強い意志は確実に彼を成長させているようです。
YouTube: 人生初のデフィレに参加しました!✨🥹【パリオペラ座バレエ団】スーツを着てパーティーも参加し特別な一日でした!
次の動画はヒューマさんとパリオペラ座バレエ団プルミエのフランチェスコさん二人で始めたYouTube『L'Envers du Décor』からです。
YouTube: Inside the Opening Night Gala of Paris Opera Ballet
久しぶりの『ヒューマ日記』や『L'Envers du Décor』を見て、彼の見事な成長ぶりには驚かされました。これからも応援していきたいバレエダンサーです。
大阪高松教区の死者記念ミサの説教です。いつものことながら良い説教で、皆さんにも聞いてもらいたいと思います。
この説教を聞いて、私の姉が亡くなった時のことを思い出しました。姉は11歳になったばかり、私はまだ6歳でした。母は信仰の深い人でしたが、その母が姉の身につけていた物を手に取るたびに涙を流していた姿をはっきりと思い出します。
先日友人からYouTubeの良い説教のブログを教えてもらいました。先ずその日のごミサの聖書の朗読箇所が読まれ、その後司祭の説教があります。
ここで紹介するのは10月27日年間第30主日のごミサの説教です。ベルナルド・オンダップ神父様の説教は動画の11:00頃に始まります。
YouTube: カトリック✝️年間第30主日(2024.10.27 B年)
日本オブレート会のベルナルド・オンダップ神父様の説教をもっと聞きたい方はこちらのリンクへ⇩
11月は死者の月です。1日は「諸聖人の祭日」、2日は「死者の日」です。
条件を満たせばお墓参りは免償を受けられます。ただしこの免償は煉獄の霊魂のためにのみで、お墓参りをした人や、生きている人のためではありません。また1日から8日の間に行えば全免償、それ以外の日は部分免償になります。免償を受けるには条件がありますから注意してください。
2025年は聖年です。12月24日聖ペトロ大聖堂の「聖なる扉」が開かれます。聖年はフランシスコ教皇様が特別免償を与えてくださいます。免償を受けるために巡礼を計画されている方もおられるでしょう。
聖年を迎える準備をしている今、丁度よい機会なので免償について少し学んでみてはいかがですか?主からのお恵みを受け取らないのはもったいないと思いませんか?昔、学校で習った免罪符のような間違った教えをそのまま信じ続けている方は特に。 (*ˊᵕˋ*)
聖年のマスコット
今日は31日。ロザリオの聖母の月は終わり、明日からは死者の月の始まりです。最後にロザリオの聖母の聖歌を2曲。一緒に歌ってマリア様を賛美しましょう。
以前病院で働くファシリティドッグについて書きました。実は入院患者さんに癒しを与えるのは犬だけでなく、お馬さんもいました。
私は馬に触ったことがないので最初はビビってしまうかもしれませんが、あの可愛いおめめで見つめられたらきっとなでてしまうでしょうね。![]()
約2週間前の9日(水)に、パウロ袴田巌さん(88)の再審無罪判決は、静岡地検が上訴権(控訴)を放棄したことによって、無罪が確定しました。
あの日、このニュースを聞いた時には、言葉にならない喜びがこみ上げてきました。やっと無実が認められ、身も心も自由を得られたのだと思うと、胸にぐっとくるものがありました。
パウロ袴田さんが洗礼を受けられたのは1984年のことだそうです。その頃の心境については毎日新聞の記事に書かれています。
・・・袴田さんが獄中で書いた日記や手紙をまとめた書簡集には、82年に収容先の東京拘置所で記した当時の心境が残されている。
この頃から、袴田さんは拘置所内で神父の教誨(きょうかい)を受けるようになり、面会などでも神にすがるような言葉を頻繁に使うようになった。「古今東西、宗教が人間を支えた部分は大きい。それは謙虚な気持ちで合掌し、信ずるものを得るところに大きな救いがあるからだ」。袴田さんは84年10月の日記で、信仰する理由をこうつづっている。そして、同年12月24日に洗礼を受けてカトリック信者になった。(毎日新聞2019年12月15日記事より)
フランシスコ教皇様が来日された時の東京ドームでのごミサに(2019年11月25日)パウロ袴田さんと御姉様を招待されました。
酒井司教様の短い説教ですがとても良い内容のお話しでした。最後に「私たちも教会の仕事をする時に良いことばかりではなく、傷つくこともあります。それでも(教会のために働いて)教会を愛さなければならない」というお話を聞いて、その通りだと思いました。
教会を愛することで傷ついたり嫌な思いをした人は、もう教会の仕事はしたくないと思うかもしれません。でも教会を愛し続けてほしいです。主は必ず慰めてくださるはずです。
「ゆるしの秘跡」について、とても詳しく書かれています。司牧する立場(ゆるしを与える司祭)のために書かれていますが、逆にゆるしを受ける信者のためにもとても必要なことが書かれています。
ゆるしの秘跡の実践にあたってでは、・長所も短所もある司祭の人間的な側面が特に重要となる秘跡 ・容易ではない聴罪司祭の任務 ・告白の義務 、またゆるしの秘跡における特殊ケースでは、・良心に確信の持てない人 ・無実の聴罪司祭を教会の権威者に訴えた人 ・神法ならびに教会の教えに反する活動を行っている人 等が書かれています。
このように私たち信徒も知っておいた方が良い内容なので是非とも一読してみてください。
最後に私が常々感じていたことが書かれていましたので、そこを抜粋します。
(5)一部の聴罪司祭によって犯される「過失」の例
ⓔ 常に優しすぎる態度
聴罪司祭が常に優しすぎる態度をとってしまうこともしばしばあります。時にそれは甘えをゆるす優しさであり、神のあわれみを授けたいという、「熱意」からではなく、告白者との衝突への恐れからくる偽りの優しさ、あるいは自分はよい司祭だと思われたい虚栄心によるものであることがあります。また単に優しいだけというのは、無責任な態度でもあると言えます。・・・主の寛大さが捻じ曲げられ誤った方法で過剰に強調される事態が発生するのです。聴罪司祭のこういった態度は告白者に霊的な恩恵をもたらすどころか、かえってその心を歪ませてしまうことになります。
酒井司教様のカテキズム講座で『ゆるしの秘跡と内的法廷』が紹介されていました。私は以前この本を買ったのですが、司牧者のための本だという気がして、本棚に飾ってありました。
改めて読んでみると「なるほど」と学ぶことばかり。
この本の初めにこう書いてあります。
・・・多くの司牧者にとって、教会の掟や法規は福音から遠い世界のものという印象が持たれていることでしょう。イエス・キリストは愛とゆるしを説いているにもかかわらず、なぜ、教会にはこのような法や掟があるのかと。確かにイエスは、「七の七十倍までも赦しなさい」(マタイ18:22)と命じている一方で、「すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない」(マタイ5:18)とも言われています。また思い皮膚病が癒された人に、「行って司祭に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために捧げて、人々に証明しなさい」(マルコ1:44)と語り、共同体社会に復帰するための規定や手続きについても疎かにしてよいとは教えていません。・・・本当に神に立ち帰ることを決意し罪をゆるされた信仰者は、深い信仰による喜びに満たされるはずです。・・・人間の心を変えられる神が与える光・導き・恵みに対する人間の側の応答としての信仰の実践という努力が必要なのです。・・・(東京教会管区裁判所長官 稲川保明神父)
内赦院について
内的法廷の内容は破門に値する犯罪行為の具体的内容や聖職志願者・聖職者の不適格、婚姻の無効、ミサの挙行義務等についてとそれらに対しての内赦院の解決法が書かれています。
終わりに「・・・内赦院がいつくしみの裁判所(tribunal misericordiae)とも呼ばれているのは、永遠の救いを得られない状況にある信者のために、神と教会と和解できるよう手助けをするのが内赦院の主な任務だからです。・・・内赦院は、信者が他の信者の不正を罰してもらうための訴えを起こす裁判所ではないのです。・・・」
今まであまり知らなかった内赦院について、その重要性と必要性がよくわかりました。次回はこの本に書かれている「ゆるしの秘跡」について少し書きたいと思います。
王室衛兵に心無い言葉をあびせたり、攻撃的あるいは馬鹿にするような態度をとる人、またルールを守らない人たちに対して彼らは厳しい対応をします。それは当然のことですね。でも彼らは本当にとても心優しい人たちです。そうでなければこのような大切な仕事は務まりません。お馬さんたちもよくわかっているようです。
ヴァチカンで働くスイス衛兵も全く同じですね。
YouTube: When Royal Guards Break Character & Show Emotional Moments of RESPECT!
今年は英国も特に暑い夏でした。暑い日も雪の日も馬上でじっと王室を守っている彼らの忍耐には頭が下がります。人馬一体となって仕事をしている彼らにご加護を!またスイス衛兵たちにも聖母マリア様のご加護を!
毎日ロザリオを繰りながら祈る時間は心が落ち着きます。特にロザリオの祈りは聖書の場面が描かれているので、どんな人にとっても易しい祈りです。
ロザリオの祈りはゆっくりと唱えたいですね。言葉の意味を考える間もなく、自分が何を祈っているのかわからないような・・・そんな早口な祈りにならないように気をつけましょう。
カトリック岐阜教会のロザリオの祈りを手本にして、時々動画を見ながら一緒に祈っています。少し早くなりかけたり、文語が混ざったりしていますが、それはそれで自然で良いですよね。私はいつもは文語で祈っていますが、口語で祈る時には文語が混ざってしまうことが時々あります。![]()
YouTube: ロザリオの祈り(栄えの神秘)カトリック岐阜教会
今日は溝辺(鹿児島空港近く)にある「聖血礼拝修道会聖ヨゼフ修道院」で三名のシスターの終生誓願式が行われます。
遠いヴェトナムから来られ、観想修道院の中で労働と深い祈りの生活を続けてこられました。そしてついに今日、生涯この修道院の中ですべてを主に捧げる誓願を立てます。
どの教会もシスター方の祈りによって支えられています。特に観想修道会のシスター方の祈りは大きな力です。私たちはシスター方の祈りをとても必要としています。そして私はシスター方のために祈ります。