2025年は聖年
YouTube: Second Vespers on the Solemnity of the Ascension of the Lord, May 9, 2024
9日木曜日、ヴァチカンからフランシスコ教皇様の2025年聖年の布告と主の昇天の夕の祈り(Second Vespers)です。
YouTube: Second Vespers on the Solemnity of the Ascension of the Lord, May 9, 2024
9日木曜日、ヴァチカンからフランシスコ教皇様の2025年聖年の布告と主の昇天の夕の祈り(Second Vespers)です。
主の昇天の祭日です。復活して聖母や弟子たちと共に過ごされたキリストは復活から40日後天に昇っていかれました。40日後なので主の昇天は今日5月9日です。が、日本では守るべき祭日ではないので復活節第7主日(5月12日)に祝います。同じくキリストの聖体の祭日も5月30日木曜日ですが日本では6月2日日曜日になります。
天に昇られたキリストですが、聖霊と共に今も教会に、そして私たちの中におられます。マルコの福音書に書かれている通り、キリストは「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」と使徒たちに言われました。私たち一人一人がキリストの教えを宣べ、キリストに倣って生活することは勿論ですが、何よりも大切なのはその権能と使命を与えられた司祭への召命が増えることです。
先日ある神父様の講座を受けました。余談として「あるご婦人が病気で苦しんでいる時に自分をほって夫は教会のごミサに行った。神父様、夫に何か言ってやってください」。そして神父様の応えが「夫はけしからん。目の前に苦しんでいる人がいるのに、その人をほっておいてミサに行くとは」でした。
私と真逆の話にちょっとびっくりしました。私もインフルエンザや腎盂腎炎の痛みや高熱で苦しい時がありましたが、そんな時にこそ夫にはごミサに行ってもらい私の分まで祈ってと願いました。ついでに教会の帰りに買い物を頼んだり。僅か2~3時間の不在です。夫が病気の時は夫を置いて私一人で教会のごミサに与りました。夫もそれを望んでいました。
本当に人それぞれ色々な思いや考えがあるのですね。自分が良いと思っていることが他の人にとっては悪かったり、良くないと思っていることが良かったり・・・。特に教会の中で考えにこれほど差があるのは複雑な気持ちです。
もう一つ神父様の話で、「聖体拝領の前に準備なんて必要ありません。クリスマスや復活祭にかねて教会に来ない人が来たらみんな一緒にご聖体をいただきましょう。そして楽しくむしゃむしゃと食べましょう」という内容でした。この話もね・・・これならゆるしの秘跡って必要ないってことかな?
まあ講座の本題よりわき道にそれた話の内容に、
の私でした。
YouTube: The Catholic Foundation of Ferrero Rocher
チョコレートのフェレロ・ロシェは今ではスーパーでも買えるチョコレートですがそのクオリティーは高く、誰もが好きなチョコレート菓子です。
でも経営者フェレロ氏やロシェという名の由来についてはあまり知られていませんね。私もこの動画を見て知りました。そしてますますこのチョコレートが好きになりました。特にルルドの聖母の日や聖ベルナデッタの記念日にはこのチョコレートを食べることにします。
今日はシエナの聖カタリナの記念日です。
世間ではいまだに「女性の地位が低い、軽視されている、女性の議員や管理職を増やせ!」という声をよく耳にします。カトリック教会ではキリストが誕生する前からその母マリアの地位は高く上げられていました。キリストは復活されて最初に女性たちの前に姿を現されました。また女性の聖人の多いこと。聖カタリナのように教会博士と言われる聖人もいます。カトリック教会ほど男女を平等に扱っているところはありません。それはキリストがそう教えているからです。教皇や司祭に女性がいないから男尊女卑では?なんていう人がいますがそれは的外れです。教皇や司祭に女性がいないのは女性を低く見ているからではなく、聖書に基づいた別の理由からです。
ルルドで聖母の顕現を目の当たりにした聖ベルナデッタも貧しい家庭の教育のない、世間では蔑まされている女の子ですが、カトリック教会では彼女はフェレロ氏のような金持ちや高い教育者からも崇敬されているのです。
よく誤解されていますよね。カトリック教会は聖母像や聖人像を拝む偶像崇拝をしていると。これは間違いですね。カトリック教会をまったく知らない人が言っていることです。
YouTube: Bridge to Heaven: The Power of Intercessory Prayer in Catholicism
私たちは聖母や聖人、大天使や守護の天使に主への執り成しや取次ぎを願い祈ります。天使や聖母、聖人は私たちの代わりに直接神へ執り成し、取り次ぎをしてくれるのです。またキリスト像や十字架を通して主キリストを崇拝しているのであって、十字架や聖像その物を崇拝しているのではありません。十字架も聖像も被造物にすぎません。ですから教皇様が聖母像にキスするのは聖母への崇敬であり、十字架にキスするのは十字架を通して主キリストを崇拝しているのです。
今日は聖マルコ福音記者の祝日です。聖マルコの母はかなり裕福で家も広く、そこに使徒たちや信者が集まり祈りやミサ聖祭が行われていました。聖ペトロが牢獄から救出された後にすぐに訪ねたのもこの家です。古い伝承によると最後の晩さんが行われたのもこの家の二階にある大広間だといわれています。
聖マルコはいとこのバルナバを通して聖パウロを知り、後に聖ペトロから洗礼を受けたようです。聖パウロに同伴してキプロス島に、聖ペトロに同伴してローマにも行っています。一時期聖マルコと聖パウロは激しく衝突して別れることもありましたが、後に聖マルコは聖パウロの最も親しい協力者となりました。まさにキリスト者です。どんなにひどい喧嘩別れをしても、完全に和解して以前のことを根に持つことなく、助け合う関係になれる。私たちが見倣わなければならないことですね。
アレキサンドリアにあった聖マルコのお墓はイスラム教徒に征服されましたが、十字軍によって彼の聖遺物はベネチアに運ばれ、ベネチアの守護聖人となりました。皆さんもサン・マルコ大聖堂を思い浮かべるでしょう。
今日の福音は「キリストは善い羊飼い」の話でした。善い羊飼いに従順であれば、何も心配や恐れはありません。そして叙階の秘跡によって権能が授けられた司教、司祭も忠実にキリストに倣う羊飼いならば私たちも安心して従います。
特にオプス・デイの歴代属人区長は皆様とても善い羊飼いです。
YouTube: Opus Dei: Behind Closed Doors
オプス・デイの創立者聖ホセマリア・エスクリバー・デ・バラゲルが亡くなった後、次の属人区長は福者アルバロ・デル・ポルティリョ司教(1975~1994)、次にハビエル・エチェバリーア司教(1994~2016)、そして現在のフェルナンド・オカリス司教(2016~)です。
最近特に思うことは、マル司教様が話されていたことです。
「創世記に出てくるヨセフの夢の話を思い出してください。夢で神がヨセフに約束されたことは、すぐに実現しませんでした。ヨセフが小さな子供の時に見た夢は大人になって実現したのです。十数年も待ったのです。その間ヨセフはひどい目にあい苦しみました。私たちが願う時に神が叶えてくれるとは限りません。神には神の時があります。ですから私たちも神が実現してくれる時を信じて、たとえ苦しくても待たなければなりません」
確かにその通りです。私たちはいつも神に願います。それが神のみ旨に適うことなら必ず聞き入れられます。でもそれが実際に起こる時を私たちは知りません。すぐに実現するかもしれませんが、ヨセフのように何年も長い間待たされるかもしれません。失望するのではなく苦しくても主に信頼して待ちましょう。
何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。・・・神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人にあたえられる。(コヘレトの言葉3章)
YouTube: Proof That you Should NEVER Give Up ❤️
もし上記のYouTubeがフェイクニュースでなければ、素晴らしい発明ですね。自動運転の車や空飛ぶ車よりこちらを実用化してほしいです。
本当に必要としている弱い立場の人に必要なものを提供する国であってほしい。それが本当に豊かな国だと思います。
YouTube: カトリック洲本教会 聖堂の分起き・持ち寄りパーティ 2024-3-31
カトリック洲本教会の復活祭の日の動画を見ました。私の教会も以前はよく持ち寄りをしていました。おにぎりの人もいればお漬物の人、煮しめやふくれ菓子等々。特別でなくてもかねて作り慣れているものを一品。経済的なので持ち寄りは
以前は教会と言えば持ち寄りが当たり前でした。何といっても急に参加者が増えても問題なし。何も作ってこられない人もOK。持っている人が持っていない人と分かち合うのが教会の本当の姿です。予約注文のお弁当だとこうはいきませんからね。
そろそろ私の教会の会食も持ち寄りにしたら良いかもしれません。煮しめの上手な人、漬物名人等々、色々なレシピを伝授してもらう機会にもなりますね。
神のお告げの祭日。
私のパソコンのホーム画面は今の復活節の間は復活したキリストの姿とアレルヤの祈りですが、その他の日はこのお告げの祈りがホーム画面です。
昔からこのお告げの祈り(アンジェラスの祈り)は朝の6時、正午、そして夕方の6時の一日3回唱えられています。復活節の間はこの祈りの代わりにアレルヤの祈りを唱えます。
神のお告げについては教会の祈りの「福音の歌(Magnificat)」の中でも、
わたしは神をあがめ、わたしの心は神の救いに喜びおどる。神は卑しいはしためを顧みられ、いつの世の人もわたしをしあわせな者と呼ぶ。神はわたしに偉大なわざを行われた。その名はとうとく、あわれみは代々、神をおそれ敬う人の上に。・・・
と、毎晩歌っています。神のお告げの神秘は主キリストの復活と同じようにとても感動する出来事です。私は聖母マリア様のように跪いて謙遜でありたいと望んでいますが・・・いつも高慢が頭をもたげてしまいます。聖母に倣わなければ
イエズス様の時代一日の始まりは日没からでした。聖なる過越の三日間も木曜日の日没から始まります。
聖なる過越しの三日間とは第一日目は木曜日の日没(主の晩餐の夕べのミサ)から金曜日の日没まで、第二日目は聖金曜日の日没から聖土曜日の日没まで、第三日目は聖土曜日の日没から復活の主日の日没(復活の主日の晩の祈り)までです。キリストの過越しとはキリストが受難と十字架の死を通して復活されたことです。ですから聖木曜日から復活の主日まで全体が一つの主の過越しを祝う神秘なのです。
キリストが聖体、ミサ聖祭、司祭職の秘跡を制定した最後の晩さんの記念
復活の聖なる徹夜祭
先程YouTubeでカテドラルザビエル教会での聖香油ミサの録画を見ました。中野司教様の説教を聞いて、『こうも簡単にキリストから離れてしまう人もいるのか・・・』と思いました。一粒のまかれた種は根がしっかりと育っていなかったのですね。
どの国にもその国を守る兵士たちがいます。ヴァチカン市国にも教皇様を守るための衛兵がいます。
ひとたび戦争が始まれば「A国が正しい」「いやB国だ」「A国にもっと武器を」「いやB国に」と、どちらか片方を応援し始めます。気が付くと自分の応援している国が有利になると喜び、相手国の死者が増えればもっと喜んでいる。また自分が応援していない国を応援する人に対して敵意を抱いてしまう。
私たちはA国B国あるいはC国D国など関係なく、国の指導者たちのためには「一日も早く和平を結んで停戦して戦争を終わらせるように」祈りましょう。そしてキリストを信じる者ならすべての国の亡くなり傷つき苦しむ人たちのために主の慰めといつくしみを祈りましょう。イラク・ロシア・イスラエル・パレスチナ・アフガニスタ・トルコ等々世界中で今も数十か所で紛争があり、尊い命が奪われ続けています。
https://www.youtube.com/shorts/S0eQr0MxQcc
⇧ ゆるしの秘跡を受け、ご聖体をいただき、聖血をいただく兵士たちです。
もうすぐ四旬節も終わろうとしている今、古いノートを見つけました。そこにスクラップされている記事を見て『あの頃とあまり変わっていないのかもしれないな~』思いました。
Aカトリック教会の主任司祭パコ神父様の「A教会報」(2007年3月号)記事です。
私もつい調子に乗り、その時にはキリストが共におられることを忘れて不平不満を言ってしまうことがありました。ゆるしの秘跡を受けて罪が許され、償いを果たしてもまた同じことを繰り返してしまう・・・それも多くが悪い思いと口に出す悪い言葉です。
そしてそれを自分の信仰の弱さのせいにして自分に言い訳するのも良くないですね。だからいつまでたっても信仰は成長せずに小罪を繰り返してしまう。
・・・やはり意識を変えて『もう同じことを繰り返さない』(おそらく繰り返すでしょうが)と本当に強く意識することが大切ですね。そうすれば少しずつ少しずつ私の信仰も成長するでしょう。四旬節は明日の主の晩さんのごミサの前まで続きます。痛悔の祈りを唱えて回心します。
3月25日と言えば「神のお告げ」の祭日ですが、今年は受難の月曜日と重なるのでご復活後の4月8日に移されました。
受難の月曜日の出来事
過ぎ越しの祭りの六日前に、イエズスはベタニアに行かれた。そこには、イエズスが死者の中か生き返らせたラザロがいた。そのベタニアで、人々はイエズスのために食事の用意をした。マルタは給仕をし、ラザロはともに食事の席に着いた人々の中に加わっていた。その時、マリアは非常に高価な純粋のナルドの香油を、一リトラ持ってきて、イエズスの足に塗り、自分の髪の毛でその足を拭いた。家は香油の香りでいっぱいになった。弟子の一人で、イエズスを裏切ることになるイスカリオテのユダが言った、「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々にほどこさなかったのか」。ユダがこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではなく、彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。イエズスは仰せになった、「この女のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。貧しい人々はいつもあなた方とともにいるが、わたしはいつもあなた方とともにいるわけではないのだ」。(ヨハネ12章1~8節)
いよいよ聖週間の始まりです。キリスト信者にとって最も大切な一週間になります。
今日は枝の主日。英語でPalm Sunday と呼ばれるように枝の行列にはヤシの枝を用います。枝の主日にヴァチカンで用いられるヤシの葉はやわらかく加工しやすいようです。教皇様も毎年美しい枝を持っておられます。
中東では普通にあるヤシの木ですが、日本にはヤシの木がないので代りにソテツを用いるようになりました。かえってソテツでないといけないと思いこんでいる人もいるようです。ソテツは固くて葉先がとがっていて痛いですよね。教会にオリーブの木があればオリーブの方が良いと思います。ヨーロッパではオリーブを用いる教会が多くあります。
オリーブの枝の祝福 ⇧
オリーブは葉が落ちるので灰に出来ないと思っている人もいるようですが、枯れて落ちた葉っぱと枝を袋に一緒に保管していれば問題ありません。翌年灰を作る時にそれを用いればよいのです。
他にもナツメヤシやオリーブもないロシアやウクライナなどではネコヤナギや花々を用いたりもします。ポーランドでは花のポールをいくつも立てます。枝はこれでなければならないという決まりはありません。柔軟に対応しましょう。
ネコヤナギを持って ⇩
花を持つ正教会の司祭 ⇧
ウイーンの行列 ⇧
ポーランドの花のポール ⇩