この世を作り上げるのは教会の責任ではなく、信徒の責任。その信徒を育てるのが教会の責任。(トマさんの英語ミサの説教より)
その通りです。教会は信徒を育てなければなりません。その信徒を育てる教会の司祭、司祭を育てる神学校、神学校がどれほど重要か、神学校の責任は重いです。
信徒と司祭は同じではありません。秘跡を行う権能を授けられている司祭はそれなりの神学的知識が必要です。神学校でその正しい神学的知識を学んで神学生は司祭に育ちます。そして司祭は正しい神学的知識を信徒に教え信徒を育てます。(勿論知識だけではありません)
当たり前のことなのにそれが当たり前でなくなってきているような・・・、福岡の大神学校紹介の動画を見て少し不安を感じました。私の思い過ごしでしょうか?
神学生のためにもっともっと祈らなければ、そして司祭への召し出しが増えますように。
⇩ Sedes Sapientiae神学校(ローマ)のビデオ
教皇様達の中でも聖レオ1世教皇様は教皇として特に優れた崇敬できる教皇様です。
ローマの司教であるレオ1世教皇はローマの人達への説教を大切にし、キリストの教えをわかりやすく話しました。また「キリストは人間であって神ではない」「キリストは神であって人間ではない」と言う人々に対して、「キリストは真の神であり、真の人間である」と厳然と断言しました。
フン族のアッティラ王がローマを侵略するために近づいて来た時、教皇は「ローマ市民の回心を望む神からの呼びかけです。神の回心への呼びかけを無視して回心しなければ罰がくだるだろう」と、説教されました。レオ1世教皇は大教皇と呼ばれる3人の教皇の一人です。
すべての教皇様方は全教会をまとめ指導していかなければなりません。常にキリストの教えに忠実であり、その教えに反する悪と戦うことも必要でしょう。現教皇様も教皇レオ1世のようにキリストの教えに忠実に、そして毅然とした態度で私たちを導いてくださいますように。それには必ず聖霊の助けが必要です。皆さん現教皇様のために祈りましょう。
今日の福音朗読(マタイ25章)は「10人のおとめのたとえ」です。キリストは天の国をたとえられて話されました。10人のおとめがそれぞれにともしびをもって、花婿を迎えに出て行く話ですね。おとめたちのうち賢い5人は壺に油を用意し、愚かな5人は油の用意をしていませんでした。花婿の到着が遅れて、愚かな乙女たちは賢い乙女たちに「油を分けてください」と頼みましたが、賢いおとめたちは「分けてあげるほどはありません。それより、店に行って買って来なさい」という話です。結局愚かなおとめたちは間に合わず婚宴の席には入れませんでした。
「婚宴は神の国の姿、主人はキリスト、賢い乙女は神に従う人、神の国の訪れはいつかわからないので常に神に従って目を覚ましていなさい」という教えは何度も聴いてきました。しかし今までずっと「賢い乙女たちが油を少しも分けてあげない」ことにひっかかっていました。
そして今日やっとS神父様の説教ですっきりしました。
「この油は乙女たちの信仰のたとえです。自分の信仰を他人に分けてあげることはできません。分けてあげられないかわりにアドバイスしてあげました」
ごミサの説教はとても大切ですね。私たちの信仰教育です。説教で他人の批判や家族への不満等は聴きたくありません。私たちが倣うべき良い行いの話(聖人についてとか)なら聴きたいです。
愚かな乙女たち キリスト 賢いおとめたち
ネコのシロがケガをしました。多分他のネコに噛まれたのだと思います。初めはほとんどわからないくらいの傷でしたが、いつまでたっても治らずにかえってひどくなるばかり。
今までのネコたちはケガをしても傷を舐めて自然と治していました。病院へ連れて行ったことはありません。しかし今回だけは動物の自然治癒力だけではどうにもならないようです。
ケガをしてから約3週間
病院へ行って、傷を縫ってもらいました。
2週間後に抜糸します。10日間は毎日抗生剤を飲ませます。
そこで登場するのが「ちゅ~る」です。このちゅ~るに薬を混ぜてやると一気に完食。『薬を飲んで(食べて?)くれるかな?』との心配は無用でした。
とにかくこの「ちゅ~る」はすごいですね。シロは開ける前から袋に噛みついてきます。大好物の「ちゅ~る」、でも贅沢なおやつなので特別な時だけね。
「 ちゅ~る」にも色々な味がありますが、シロはどの味でもOK!
Fr.Zのブログにカトリック信徒から興味ある質問とFr.Zの答えが載っていました。
[質問] 私はトランプ氏もバイデン氏も好きではありません。投票しなくても良いですか?
[Fr.Zの答え] 税金を払う、投票する権利を行使する、そして自国を守ることは義務付けられています。・・・私はまず候補者に「好感が持てる」という理由だけで人々がその人に投票するのに戸惑います。それは浅いです。・・・それは思慮深い投票の選択の基礎となることはほとんどありません。
・・・カトリックであると言って中絶を促進または弁解する人、・・・個人的には、中絶という本質的な重大な悪を助長する人には投票できません。私は、良心を持っているカトリック教徒が中絶を促進する候補者に投票できるとは思いません。他の問題が中絶と同じくらい重要であるというのは 嘘です。中絶は人生のもっと重要な問題です。
中絶賛成候補者に投票することは、悪の協力です。・・・間違っています。・・・
重要な選挙であると理解していて棄権するのは、選挙権を行使して公益に参加するという道徳的義務に違反すると思います。
Fr.Zは候補者を好き嫌いで選ぶのではなく、政策や公約で判断して投票しなさいと言っています。
どの国のどの選挙でも候補者が「良さそう(悪そう)だから」とか「話し方が好き(嫌い)だから」とか浅い考えで選ぶのはやめましょう。その候補者の政策や公約によって選んで投票しましょうね。、
今日は一日中本の整理をしました。写真に写っている本の約3倍の量の本を片付けました。
近頃は本の処分に困ります。以前は図書館へ寄贈していましたが今はなかなか受け入れてもらえません。
本のリサイクルショップでは内容に関係なく本の傷み具合だけで値がつくので、値の付かない本はまた持って帰らなければなりません。自治会のリサイクルに出すにはハードカバーやビニールコーティングの表紙は取り除いて出さなければなりません。これが結構力のいる仕事なのです。鹿児島市内は外す必要はなくて、そのまま出せるそうです。自治体によって違いすぎますね。
バザーに出しても古本は売れません。売れるのは漫画本ばかり。大人も子供も本離れ?
結局手元に残す本以外はすべてリサイクルボックスへ車で運びました。『もったいないもったいない』と思い今まで10年以上保管してきましたが、結局ほとんどの本は手に取ることはありませんでした。
片付けてすっきりしました。次はCDかな・・・。
ニャンどん、よくぞ言ってくれました。
半年もたってから久保さんの司祭叙階をこの動画で知りました。どの教区であろうと新司祭の誕生は嬉しいことです。
久保神父様がまだ神学生の頃Mカトリック教会で何度かお見かけしました。それ以来司祭になられる日を楽しみにしていました。この動画を見てほっとしています。ご両親も喜びでいっぱいだと思います。
久保神父様おめでとうございます!
何ごとも心を乱すことなく
何ごとも恐れることはない
すべては過ぎ去っていく
神のみ変わることがない
忍耐はすべてをかちとる
神をもつ者には
何も欠けることがない
神のみで満たされる
(アビラの聖テレジア)
今日は私が特に崇敬する聖人の一人イエズスの聖テレジアの記念日です。彼女の信仰の素晴らしさは上記の言葉で十分わかります。
1515年名前の通りスペインのアビラに生まれた聖女はカルメル会の女子修道院に入ります。病気で苦しみましたがその間も神秘的な苦行も行いました。
当時乱れていた修道会内を改革刷新し、改革修道院をトレドやサラマンカ等にいくつも建てました。
「改革する」と口で言うのは簡単ですが、それを実行することはとても苦しいことでした。堕落した生活に慣れてしまった人達はそう簡単に生活を改めることはできません。というよりその生活を変えたくなかったので、聖女への反撃はすごいものでした。その経験があればこそ上記の言葉が生まれたのでしょう。
どんなに苦しい時でも聖テレジアが励ましてくれます。「忍耐はすべてを勝ち取る・・・神のみで満たされる」と。
10月は「ロザリオの月」、昨日は「ロザリオの聖母」の記念日でした。
以前教皇様はすべてのカトリック信者に、10月の「ロザリオの月」の間、毎日「ロザリオの祈り」を唱えるようにと呼びかけています。
また、悔い改めのうちに信者が一致して、悪魔からの保護を願い、神の聖なる母と大天使聖ミカエルにも祈るようにと促しています。
教皇様は「ロザリオの祈り」の最後に、古来の聖母への祈り「Sub tuum praesidium」と、悪との闘いでの保護と助けを願って「大天使聖ミカエルに向(むこ)う祈り」を唱えるよう勧めています。
天主の聖母のご保護によりすがり奉る。
いと尊く祝せられ給う童貞、
必要なる時に呼ばわるを軽んじ給わず、
かえってすべての危うきより、
常にわれらを救い給え。アーメン。
天軍(てんぐん)の栄え(さかえ)ある総帥(そうすい)、大天使聖ミカエルよ、
かつて悪魔の大軍が、全能なる天主に反(そむ)きし時、
御身(おんみ)は、『たれか天主にしくものあらん』と叫び、
あまたの天使を率いてかれらを地獄のふちに追い落し給えり。
故に公教会(こうきょうかい)は御身をその保護者となし、特に日本公教会は、
御身をその守護者と崇(あが)め奉(たてまつ)る。
願わくは霊戦に当りてわれらを助け、悪魔を退け給え。
われらをして御身にならいて、常に天主に忠実ならしめ、
その御旨(みむね)を尊(とうと)み、その御戒(おんいまし)めを守るを得(え)しめ給え。
かくてわれら相共(あいとも)に天国において、天主の御栄(みさか)えを仰ぐにいたらんことを。
御身の御取次(おんとりつぎ)によりて天主に願い奉る。アーメン。
ロザリオの祈りや大天使ミカエルへの祈りは信徒の皆さんなら日頃から唱えているでしょうが、今月は特に意識しながら祈りましょう。そしてこれらの祈りをまだ知らない信徒の方には教えてあげましょう。
今朝A神父様のお母様の訃報を受け取りました。昨日連絡が回ってきていたのに、私が気づきませんでした。
神父様方は親の臨終に立ち会えない場合がほとんどです。特に外国で司牧している場合はその覚悟もできていると思います。とは言ってもやはりこの世での別れは悲しく淋しいでしょう、
A神父様のため、そしてヴェトナムの亡くなられたお母様の永遠の安息のために祈ります。
YouTube: 主よ、御許に.....Nearer My God to Thee