幼子のような心
昨日の朝のブログに自分がいつも高慢の罪に縛られていることについて書きました。その後司教様の話を聞き、ごミサに与り説教を聞き帰宅しました。
何とも言えない心のもやもや感・・・聖書、聖ホセマリア神父様の本、アブリ神父様の本、カテキズムなどを読んでいくうちに、様々な考えが頭をよぎりやがて徐々に心は落ち着きました。
おかしな話ですが、先ず主が私に幼児洗礼を授けてくださったことを感謝しました。当然のことですが、幼児は洗礼を受ける時に打算や思惑など一切ありません。やがて子どもは教会学校で神様や教会・お祈りについての話しを聴き、それを素直に受け入れます。子どもの素直な心にまかれた正しい信仰の種は育ち続けます。途中で倒れたり、枯れかけても必ずまた起き上がります(少なくとも私はそうでした)。
幼児は本当に可愛いですね![]()