長崎原爆の日
1945年8月9日長崎市松山町(今の平和公園)上空で原子爆弾が炸裂しました。一瞬のうちに約7万4千人の命が奪われました。その数以上の重軽傷者・・・その後も原爆症で苦しむ人たち。
この日を体験した故糸永真一司教様のブログ記事が鹿児島教区報8月号に載っています。
(カトリック鹿児島教区報より抜粋)
そして最後に「聖母被昇天を祝いつつ、その取り次ぎによって日本宣教の発展と世界平和を祈りながらミサをささげたいと思う」。と結んでいます。
原爆被害の象徴として知られる長崎・浦上天主堂の「被爆マリア像」は戦後30年間、北海道北斗市のトラピスト修道院に安置されていた。
応召した野口嘉右エ門神父(2004年に91歳で死去)が、壊滅した天主堂のがれきの中から奇跡的に見つけ出し、修道院に持ち帰った。自室の机や労働する裁縫室などに置き、毎日祈りを捧げていた。(朝日新聞記事より)


