十字架称賛の祝日
今日は「十字架称賛」の祝日。そして明日は十字架につけられたキリストの死を悲しみ、キリストと共に苦しまれた聖母を記念する「悲しみの聖母」の日です。
十字架は死刑の道具にすぎませんが、私たちキリスト者にとってキリストの十字架は「復活への希望」「死からの勝利」「神の愛のあかし」の業のあらわれです。
私の亡き夫は「キリストのいない十字架のアクセサリーはただの十字架の形をした道具、必ずキリストの身体がついているキリストの十字架をつけなさい。それでこそ十字架を身につける意味がある」と言っていました。私はカトリック教会の聖堂にある十字架も同じだと思います。キリストのいるキリストの十字架こそがカトリック教会の十字架。キリストの身体のない十字架の教会はプロテスタントの教会。
悲しみの聖母の日には昔から「7つの悲しみの道行」や「7つの悲しみのロザリオ」が祈られてきました。
祈り方はドンボスコ社の『聖母マリア 7つの悲しみの道行・7つの悲しみのロザリオ』(¥220)をご覧ください。
7つの悲しみのロザリオ(祈り方には様々な方法があります)
第1の神秘 聖母は老シメオンの預言によって悲しむ
第2の神秘 聖母はエジプトへ逃避する
第3の神秘 聖母は御子を見失う
第4の神秘 聖母はカルワリオへの途上で御子と出会う
第5の神秘 聖母は十字架のもとにたたずむ
第6の神秘 聖母は御子の亡骸を抱く
第7の神秘 御子が墓に葬られる
(「カトリック聖歌192番」音源がなかったので楽譜のみ)


