先程YouTubeでカテドラルザビエル教会での聖香油ミサの録画を見ました。中野司教様の説教を聞いて、『こうも簡単にキリストから離れてしまう人もいるのか・・・』と思いました。一粒のまかれた種は根がしっかりと育っていなかったのですね。
どの国にもその国を守る兵士たちがいます。ヴァチカン市国にも教皇様を守るための衛兵がいます。
ひとたび戦争が始まれば「A国が正しい」「いやB国だ」「A国にもっと武器を」「いやB国に」と、どちらか片方を応援し始めます。気が付くと自分の応援している国が有利になると喜び、相手国の死者が増えればもっと喜んでいる。また自分が応援していない国を応援する人に対して敵意を抱いてしまう。
私たちはA国B国あるいはC国D国など関係なく、国の指導者たちのためには「一日も早く和平を結んで停戦して戦争を終わらせるように」祈りましょう。そしてキリストを信じる者ならすべての国の亡くなり傷つき苦しむ人たちのために主の慰めといつくしみを祈りましょう。イラク・ロシア・イスラエル・パレスチナ・アフガニスタ・トルコ等々世界中で今も数十か所で紛争があり、尊い命が奪われ続けています。
https://www.youtube.com/shorts/S0eQr0MxQcc
⇧ ゆるしの秘跡を受け、ご聖体をいただき、聖血をいただく兵士たちです。
もうすぐ四旬節も終わろうとしている今、古いノートを見つけました。そこにスクラップされている記事を見て『あの頃とあまり変わっていないのかもしれないな~』思いました。
Aカトリック教会の主任司祭パコ神父様の「A教会報」(2007年3月号)記事です。
私もつい調子に乗り、その時にはキリストが共におられることを忘れて不平不満を言ってしまうことがありました。ゆるしの秘跡を受けて罪が許され、償いを果たしてもまた同じことを繰り返してしまう・・・それも多くが悪い思いと口に出す悪い言葉です。
そしてそれを自分の信仰の弱さのせいにして自分に言い訳するのも良くないですね。だからいつまでたっても信仰は成長せずに小罪を繰り返してしまう。
・・・やはり意識を変えて『もう同じことを繰り返さない』(おそらく繰り返すでしょうが)と本当に強く意識することが大切ですね。そうすれば少しずつ少しずつ私の信仰も成長するでしょう。四旬節は明日の主の晩さんのごミサの前まで続きます。痛悔の祈りを唱えて回心します。
庭の木蓮バルカンが咲き始めました。去年の4月に夫と二人で木市で買って植えたものです。赤いバルカンと白いハクモクレン。翌年に咲く花を楽しみにしていた夫でしたが、咲いた花を見ることはありませんでした。
木蓮の寿命は約80年と聞きました。この世にあるものいつかは必ず滅んでしまうもの。天主だけが永遠・・・それを思うと夫は永遠な方のもとに行ったのですから、今までに味わったことのない幸せを得ているでしょう。夫が私の傍にいないのは本当に寂しいですが、今ここよりももっと素晴らしい所にいるのですから、私は寂しくても悲しくはありません。夫の幸せは私の幸せです。![]()
夫を亡くした私が笑ったり、悲しそうにしていないのを見て不思議がる人もいるようですが、本当に永遠の命を信じ、キリストの話したことを理解していたら私の気持ちもわかると思います。
繰り返しますが夫が急に傍からいなくなったことはとてもとても寂しいですよ。でも悲しくはありません。
私の夫が亡くなった後、友人からロザリオが届きました。彼女の夫の手作りです。数珠玉で編まれたロザリオは温かみがあり、なによりも愛が伝わります。
今は毎日このロザリオで祈っています。そして帰ってきた次男と一緒に、毎夕食後一連だけですがこのロザリオを使って祈ります。やはり一人で祈るより一緒に祈る人がいた方が良いですね。主に感謝!
今日は十字架の道行の日です。午前午後とも予定があり、K教会A教会どちらの十字架の道行にも参加できなかったので自宅で一人でしました。『聖ホセマリアの十字架の道行』を使いました。黙想の栞の中でこんな一文がありました。
わがままを抑えなさい。大げさにしたり、興奮したりしないで、意に反することも受け入れなさい。イエスの十字架をもっと軽くしてあげるために。
「意に反することも受け入れなさい。イエスの十字架をもっと軽くしてあげるために」そうです、今の私にとって最も必要な聖ホセマリアの助言です。自分が何と傲慢で主の十字架を重くしていることか痛感させられました。
夕方のニュースで「フランス人工妊娠中絶の自由を憲法に明記」と聞いて、『さすがフランス』(皮肉です
)と思ったのですが、マクロン大統領の「フランスの誇りであり、普遍的なメッセージになる」とのコメントにはショックでした。とうとうマクロン大統領はカトリックの教えを捨てたのですね。![]()
そんな悲しいニュースの後ですぐにアマゾンでとても懐かしい「野のユリ」の映画が目に留まりました。そうシドニー・ポワティエ主演の教会を建てるお話しです。主はこの映画を通して私に「絶望しないで、私を信頼して希望を持ちなさい」と言われているように思えたのです。
四旬節中にピッタリのニュースと映画でした。背教者?マクロン大統領のために祈りましょう。
無料通信アプリ「LINE(ライン)」などで文末に「。」(句点、マル)を付けるのは若者に恐怖心を抱かせる「マルハラスメント」――。SNS(ネット交流サービス)
この記事の見出しを見て納得。私もLINEで句点無しの文を受け取ることがあります。『この人句点を忘れたのかな?』と思ったのですが、わざとしていたのですね。
パソコンを使い始めてから手書きで漢字がどんどん書けなくなっているのに、老婆心ながらこんなことをしだしたら・・・あらぬ心配をしてしまいます。そして親の世代が子や孫の真似をするのも滑稽ですね。
なんでもすぐに「ハラスメント」と言われてしまう現代。不自由な世の中になってきました。常識が常識でなくなり、正論が差別と言われ逆差別されてしまう世の中です。それでもこの世の中で生活していかなければなりません。しっかり自分の考えをもって生きていくことはこれからもっと大変になるでしょうが頑張りましょう。 そしてなによりも若者たちこそ世間に流されずよく考えて行動してほしいものです。
夫の準確定申告を済ませてきました。私にとって初めての申告です。朝9時前に会場に着いたのですが駐車場にはたくさんの車!『これは待たされるぞ』と覚悟して入ったところ、私はすでに記入済みで申告書を出すだけだったので、待つことなくすぐに申告受付をしてもらい拍子抜けしました。
でもこれでやっと一区切りつきました。様々な名義変更や年金、保険の手続きをはじめ事務手続きはほとんど終えることができました。こういうことは先延ばしせずにできるだけ早く片付けた方が良いですね。時間が経つと忘れてしまうこともあるので。
ペトロがいるところに教会がある
教会があるところにキリストがいる(聖アンブロジオ)
明々後日22日は聖ペトロの使徒座の祝日です。マタイによる福音書の16章15節から20節に記されているように、キリストはペトロの上に教会を建て使徒ペトロに大きな権限を与えられました。使徒ペトロは初めアンチオキアに、後にローマに使徒座の基礎を築きました。
フランシスコ教皇は使徒ペトロから数えて第266代ローマ教皇です。
ローマの司教、イエズス・キリストの代理者、使徒たちのかしらの後継者、普遍教会の最高司教、神のしもべたちのしもべ、
などといった肩書で呼ばれることもあります。
夫が亡くなりあっという間にひと月が経ちました。夫が傍にいなくなってしまった寂しさは、両親がいなくなった時とは違います。おそらく親がわが子をなくした時の寂しさともまた違うでしょう。いずれも経験しなければわからないのかもしれません。
私が今言えることは、「これですべてよかった」ということです。
「すべてには主が決められる時がある」そう、主が決められたことです。主は愛ですから、主がなさることに悪いことはありません。ですから私は「これですべてよかった」と受け入れます。人は必ず死にます。その時は本人が決めるのではなく、私でもなく医者でもありません。主のみ旨です。
とは言っても、キリストを知っている信者さんの中にもこの私の気持ちをわかってもらえない方がいるのですから、ましてやキリストを知らない方は「ああすれば良かった、こうすればもっと生きられたかも」と言われる方がいても不思議ではありません。でも私にすればそれは意味のないことです。
来週は灰の水曜日、四旬節が始まります。悲しみの後には大きな喜びが待っています。今災害や戦争の中で苦しみ悲しんでおられる方々が世界中にたくさんおられます。どんな苦しみや悲しみの中にも必ず希望はあるはずです。希望の光を見失わないように。絶望は主から離れてしまうことです。そして私たちはその方たちへ少しでも希望を与える手助けができるように、自分が出来ることを愛をこめてしましょう。
阪神・淡路大震災あれから今日で29年、いつまでも忘れることはありません。亡くなられた多くの方たち、身体だけでなく心にも傷を負われた方々、そしてその後亡くなられた方々のために祈ります。
いつ襲ってくるかわからない自然災害、多くの人の命を奪う災害に備えることは大切です。物資を備えたり、避難訓練はもちろんのこと、心の準備をしておくことも大切です。
私の夫は今月10日に帰天しました。夫はいつ死が訪れてもよいように準備をしていました。ゆるしの秘跡を大切にして、ご聖体をいただけることを何よりの喜びとしていました。ですから夫も私も心を乱すことなく主のみ旨を受け入れることができました。
「いつも主のいつくしみに感謝して、聖母マリア様の保護を願いなさい」は夫の口癖でした。主が私に夫を与え、共に支え助け合って生きてこられたことを主に感謝します。これからも夫のことば通り、いつも主のいつくしみに感謝して、聖母マリア様の保護を願いながら信仰生活を続けたいと思います。
主よ、あなたが望むことを愛します。
12月31日の聖家族の日の夜から、1月1日の神の母聖マリアの祭日の日の朝まで病院の待合室で過ごしました。夫の救急搬送、緊急手術、先生方からは「難しい」と言われ、覚悟を決めました。
『人は必ず死ぬのだから、今がその時と主が決められたのだ』と思い、夫の罪がすべて赦されて夫の霊魂が守護の天使と共に天に帰れるように祈りました。また意識がある時に病者の塗油、祝福を受けて夫も天の国へ行く準備ができていたと思います。
しかしまだその時ではなかったようです。治療を続けた結果ICUを出て救急病棟に移りました。しかしまだ予断を許さない状況です。主のみ旨ははかり難いものです。
先生方とスタッフの皆さんの働きには感謝しかありません。皆さんに主のご加護を祈ります。
こんな状態だったので、ラジオを聴くこともなく能登半島地震も後になって知りました。被災されたすべての方が絶望することなく、希望をもって困難を乗り越える力を主に願いました。
年間第34週王たるキリストの祭日です。いよいよ次の主日から待降節が始まります。
この一年を振り返ってみると反省する事ばかりです。でもそれ以上に主に感謝することが沢山ありました。年齢を重ねるにつれて主に生かされているという思いが益々強くなります。主の恵みは私自身の病気や怪我、誤解されること、不安や不信を通しても与えられました。
フランシスコ教皇様の言動に不信を抱いた時、逸脱したミサを捧げる司祭の姿を見た時、教会が教えてきた聖書の解釈と違う自分の解釈を話す司祭の説教を聞いた時・・・どんな時にも主から離れることなく道に迷わなかったのは私の守護の天使 Gratiaが共にいてくれたおかげです。守護の天使Gratiaにも感謝!
鹿児島市出身の参議院議員村田きょう子さん。彼女は私の同級生Sさんの娘さんです。Sさんは優秀でとても優しく思いやりがあり、明るくてユーモアたっぷりの楽しい方です。ですから娘さんもお母さんに似ているのでしょう。画面からその性格がよく伝わります。
村田きょう子さんはこれからますます活躍が期待される議員さんだと思います。きょう子さんのおかげで私も国政に関心を持ち始めました。
読売新聞オンラインの一年以上前の記事ですが、こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)の最初の子についての記事がありました。読んでいて赤ちゃんポストがあって本当によかったとつくづく思いました。そして今も続いているこの制度を是非これから先も続けてほしいです。赤ちゃんポストに反対の人こそこの記事を読んでもらいたいです。
読売新聞オンラインの記事のリンク先⇩
https://www.yomiuri.co.jp/national/20220326-OYT1T50289/
赤ちゃんポストを批判する人もいますが、そういう人はどちらかと言えば男性が多いような気がします。『ポストは安易に捨て子を助長する』などと見当違いな理由をあげています。女性はどんな事情であろうとできれば生んで育てたいと思う人が大半だと思います。安易に手放す人なんていません。最後の最後の選択肢なのです。だって生むまで10か月間自分のおなかの中で育てたのですから。この気持ちは男性にはわからないでしょう。
こうのとりのゆりかごのおかげで助かった命があることは事実です。他府県にもこの制度ができることを願います。
*私は子ども(赤ちゃん)を捨てるという言葉が嫌いです。人間を物と同じに見ています。せめて手放すと言ってほしいです。手放すとは誰かに託すという意味が込められていますから。そして「ポスト」という言葉を「捨てるところ」という意味にとり批判している人もいますが、「ポスト」の役目は「気持ちを誰かに届ける」ことです。
私は外国語が苦手でいつも夫に助けられています。外国語音痴の私がよく外国語の記事やブログを載せているのを不思議に思われるでしょう。それは携帯のグーグルレンズのおかげです。
グーグルレンズは物の名前がわからない時によく使いますが、翻訳機能もあります。[レンズ]のアプリを開いて[翻訳]をタップし、翻訳したいテキストを写すと日本語に翻訳されます。便利ですね。私のブログで翻訳の付いていない外国語で書かれた文章にはこの機能を試してみてください。
でもいくら便利と言ってもグーグル翻訳は正確でない時があるので使う時には注意しましょう。
[Fr.Z's Blog より]
From CNA:
Pope Francis on women deacons: ‘Holy orders is reserved for men’
Pope Francis reaffirmed the impossibility of women becoming priests, or even modern Church deacons, in an interview for a book released Tuesday in Italy.
以前聞いたことがあるのですが、「司祭が男性でなければならない理由は簡単です。なぜならミサの聖変化の時にキリストは司祭を通して『これはあなたがたのために渡されるわたしのからだである』と言われます。キリストは割礼を受けた紛れもない男性です。ですから司祭も男性なのです」と話されていました。確かにその通りです。フランシスコ教皇様もはっきりと女性司祭はないと言われています。キリストは男性です。ですから司祭職も男性なのです。女性司祭を望む人たちへ:「この問題いい加減終わりにしましょう!教会内に分裂の種をまくのは止めましょう!
」
今年は当たり年、何が当たりかというと電気製品の故障・寿命です。浄化槽のポンプに始まり部屋の電灯、エアコン2台、WiFiルーター、カーナビ、洗濯機、ついでに自転車のライトに目覚まし時計、ラジオも調子がとても悪くて新しく買うか思案中です。
こんな時もありますね。かわりに大きな台風が直撃しなかったので良しとしましょう。「思い煩うことなかれ!何事も主に感謝!」です。そう、良いことも悪いこともいつも感謝!それが主のみ旨だから。たとえ悪いことを喜んで受け入れることができなくても、受け入れられるように努めましょう。
ところで酒井司教様たちはサンティアゴ巡礼中です。勿論徒歩で。私くらいの年齢の方も参加しておられます。素晴らしい!⇩
パチャママの次はホピ族のカチーナ人形 が登場! ┐(-。ー;)┌
アメリカの外交官シンディ・マケインさん(故ジョン・マケイン氏の妻)からヴァチカンへの贈り物だそうです。
この血の付いたナイフを持っている人形、どう見ても良いものには見えませんが、贈り物がなぜこれなのか?もう全く意味が分かりません。パチャママの様に祭壇に置いたりしないことを祈ります。
私は最近ため息ばかりついています。見捨てられているアフリカの国々、一方では自ら戦争を続ける一国への多額の援助、カトリックの教えをゆがめようとする人々、そしてこの人形、・・・なんだか本当にむなしい気持ちになります。祈っても祈っても世の中は悪化する一方ですが、それでも祈り続けなければなりません。・・・でも祈りに集中できません。![]()
平均寿命54歳、病院に体温計も薬もない──中央アフリカで続く、世界が目を向けない深刻な人道危機
Fr.ZのブログにEmber Days についての記事がありました。私は知らなかったのですが今日はその日ですね。最後の方に日本に関係あることが書かれています。日本ではポルトガル語から日本語になった言葉があるのはよく知られています。
With the arrival of mid-September, and the Feast of the Exaltation of the Cross (14 Sept) we come around again to our Ember Days. The September Ember Days this year are today, Wednesday 20 Sept, Friday 22 and Saturday 23.
Observance of Ember Days is very ancient, going back in the Roman Church to at least Gelasius I (496) who speaks of four times a year. Leo the Great (+461) preached about three times. Pope Callixtus I (+222) laid down fasting laws. The Ember Days correspond, roughly, to changes of seasons.
Keep in mind that Ember Days were times of penance. Perhaps you could fast and abstain for some good intention on these days.
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Fun fact.
In the 16th c. Spanish and Portuguese missionaries settled in Nagasaki, Japan. From their interest in inculturation and out of sensitivity for the ways of the people, they tried to make meatless meals for Embertide, which is a fast time. They started deep-frying shrimp. The Japanese ran with and developed it to perfection. This is “tempura,” again from the Latin term for the Ember Days” Quatuor Tempora“.
I think I’ll get some tempura on Friday. (Fr.Z’s Blog)