2024年10月 2日 (水)

ロザリオの聖母の月

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 10月はロザリオの聖母の月ですね。しばらくブログを休み、ゆっくりと信仰生活、典礼などについて考える時間が持てました。特に酒井司教様の信仰養成連続講座「カテキズム」をもう一度初めから聞いたことは何よりの信仰養成になりました。この講座はまだ続くので、これからも続けるつもりです。

 ブログを再開しようか迷っていた時に、小寺神父様の「オプス・デイ創立記念」を見ました。それでブログ再開する決心がつきました。


YouTube: 10月2日オプス・デイ創立記念『信徒の聖性』~聖性の社会的側面~(2024年9月27日)

 少しでも聖母に倣う生活に近づけるよう、日々ロザリオを祈りながら過ごしたいと思います。すべてを主に信頼してclover

2024年9月13日 (金)

困惑

 以前、私は外食する時に周りに人がいても「父と子と聖霊のみ名によってアーメン」と十字架のしるしをすると書きました。

 フランシスコ教皇様はインドネシア訪問の時に、様々な宗教の人々との会合に出席され、最後に祝福(ベネディクション)を与えられました。教皇様曰く、「祝福は常にすべての宗教に有効です。なぜなら祝福は常に愛のしぐさであり、普遍的なものだからです」と。そして祝福が始まり、「神が一人一人を祝福してください。あなたの家族を祝福してください。あなたの現在も未来も祝福してください。アーメン。」と言って終わりました。???「父と子と聖霊のみ名によって」も十字架のしるしもない教皇様の祝福でした。以前にも教皇様はユダヤ教のラビに会われた時に首からかけておられた十字架をサッシュの中に隠されましたね。

 これらを見て私は自分が他宗教の人の前で十字を切ることは間違いだと責められているような気持になりました。キリストを信じない人たちの前で十字を切るのは配慮のない良くない行為なのでしょうか?

 教会は跪いたらだめ、ご聖体は手で受けるように、他宗教の人に配慮してその人たちのいるところでは十字架のしるしはしない、みことばのわかちあい、・・・私は教会から徐々に締め出されているような気持になります。

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 「みことばのわかちあい」やシノドス的な(共に歩む)教会になるために「霊における会話」が、本当に散らされた羊たちを集め、教会の危機を救うことになるのでしょうか?カトリック教会が「みことばのわかちあい」を始めだしてしばらく経った頃からごミサに与る信徒は減り始めました。

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 フランシスコ教皇様が薦めている「霊における会話」がとても素晴らしいとの声を聞いたので、『シノドスハンドブック』を読みました。

 その中の「霊における会話」のプログラムとシートを読みました。最後の方に「教会内のさまざまな立場の人が同じテーブルで分かち合い、平等に発言する機会と、こころ静かに相手の話を聞く機会が与えられる」と、きれいな言葉で結んでいましたが、最終的には「最終的な合意の際に、真っ向から対立する意見があるような場合、審議・決断する人たちは、対立意見があることを充分理解した上で、決断することが求められます。グループのメンバーも、決断する人たちを信頼しながらゆだねることが重要です。この意味では、疑いのこころではなく、「霊」の導きにこころを開かせてもらえるような、信頼できる雰囲気づくりは必要になるでしょう。」と、書かれていました。「決断する人たちを信頼しながらゆだねることが重要・・・」だそうです。私には無理な気がします。信仰心が足りないのかもしれません。bearing

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 ブログはしばらくお休みします。

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2024年9月12日 (木)

老化

 近頃は人や物の名前がすっと出てこないことがよくあります。また正座をしようとすると足が痛くてできなくなりました。老いとはこういうものかと実感しています。

 頭がしっかりしているうちに、認知症でも受け入れてくれる施設等を調べています。

 夫のいない私は一人で生活できなくなったら施設で面倒を見てもらうつもりでいます。どこでも主が与えてくださる場所が私の住処です。と、子どもたちにも伝えてありますが、言うだけではなく一筆書いておいた方が良いですね。

 とは言っても、今は一人で生活できるので、できるだけ怪我や事故に気をつけて、規則正しい生活を心掛けています。confident 車の免許も高齢者講習を受けたので更新できます。good

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 久しぶりにコーヒーゼリーと蒸し菓子を作りました。やはり手作りは美味しいです。たまには血糖値を気にしながらでも、脳へのエネルギー注入のために甘い物をいただきましょう。今日はマリアの聖名の祝日ですね。私のお祝いの日で~す。 lovely

2024年9月 9日 (月)

「希望は欺かない」

 来年2025年は聖年です。フランシスコ教皇様は聖年公布の大勅書「希望は欺かない」を出されました。初めて「希望は欺かない」と耳にした時にはどういうことなのか理解できませんでしたが、小寺神父様の説明を聞いて納得しました。この「希望」は一般でいう希望ではなく、キリスト信者の希望=復活・永遠のいのちを意味していました。

2025「聖年」希望は欺かない(2024年9月6日)
YouTube: 2025「聖年」希望は欺かない(2024年9月6日)

 大勅書「希望は欺かない」はカトリック中央協議会のホームページで読めるので,早速読んでみます。

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 小寺神父様が最後に教えておられるお祈り

 聖マリア、私たちの希望、主のはしため

 Sancta Maria, spes nostra, ancilla Domini

2024年9月 8日 (日)

アリンゼ枢機卿


YouTube: CARDINAL FRANCIS ARINZE INSULTS FEMINISTS

 アリンゼ枢機卿様はいつもユーモアを交えてわかりやすくカトリックの教えを話されます。フェミニストは天主を「母」と呼びたいようですが・・・。面白いですね、このような質問。

  アリンゼ枢機卿様は説明の中で、肉体のない天主は男性でも女性でもないが、聖書の中ではっきりとキリストは「御父」と呼びかけていると、説明しています。

 アリンゼ枢機卿様の説明の中で「御父は肉体を持っていない」と言っていることは、当たり前のことですが、これが当たり前と思っていない人もいるようです。聖母マリア様は人間ですから肉体があります。キリストも人間の子として生まれたので肉体があります。でも聖霊と御父には肉体はないと、カテキズムで習いました。ですから、あるマザーの御父の姿を見てその姿を絵に描いたという話はどうも・・・私は信じられません。まだ光が見えて声が聞こえたのなら信じたかもしれませんが。(信じる信じないは各自の自由ですが、押し付けてはいけませんね)

 因みにアリンゼ枢機卿様はナイジェリアの出身です。そう、あのごミサの出席率94%の国です。善き牧者がいるから羊たちは散らずにまとまっているのですね。納得です。lovely

2024年9月 6日 (金)

主の祈り(Pater Noster)

 聖ヨハネパウロ二世教皇様の「主の祈り」です。よくラテン語で唱えておられましたね。教皇様のラテン語での「天使ミサ」も懐かしいです。

 ベネディクト十六世教皇様もラテン語ミサをよく立ておられました。

 ヴァチカン聖堂内に響く聖歌隊のラテン語の祈りは美しく荘厳でした。


YouTube: JPII Sings the Pater Noster

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教皇様お二人のごミサです。


YouTube: Liturgia Eucarística - Papa São João Paulo II


YouTube: Messa Corpus Domini 2010 (3 giugno). Benedetto XVI

 ベネディクト16世教皇様のごミサもラテン語です。私が特に見てもらいたいのは、ご聖体拝領の場面です。1:17:00 頃から 1:23:00 頃までです。前教皇様の時まではこうだったのですよ。知らない方も多いでしょう。ご聖体拝領とはキリストご自身を拝領することですから、この姿こそふさわしいと思うのですが、皆さんはどう思いますか?

2024年9月 1日 (日)

夫が教えてくれたこと

  夫が亡くなって約8か月になりました。語り合う相手がいなくなった寂しさを、時が経てばたつほど感じます。語る相手は他にいても、やはり夫とは違います。

 私が二十代の初め(教皇はパウロ6世)の頃、第二ヴァチカン公会議での変更が盛んに行われ始めた頃です。

 私はその改革ブームに乗って、ヴェールはしない、ご聖体は手で受けることが進歩的でカッコイイと思い、ヴェールを被るのをやめ、積極的に手でご聖体をいただくようになりました。服装も普段着こそが清貧だと勘違いして、いつも着古したジーンズにTシャツで教会へ行きました。多くの司祭はローマンカラーを外して、信徒と同じような服装だったので、時々「あなたは司祭様ですか?」と、確かめなければならない時もありました。バンドが演奏するミサはノリノリで、今思えばミサの意味はどうでもよく、ただ自分が楽しんでいただけだった気がします。

 そんな私の間違った考えを正してくれたのが夫でした。「愛するキリストに会いに教会へ行くのに、その格好でいいの?結婚式に招待されて行く時に普段着で行く?デートの時相手のために綺麗にしていくでしょう?服を持っていないのならわかるけれど・・・」「よく考えて。ご聖体とは何?」「主キリストを崇拝するなら腰をかがめて跪くのは自然なことだと思わない?」等々。

 私はヴェールを被る意味をよく理解しておらず、ヴェールの必要性がわかっていませんでした。またご聖体はキリストの体・特別なパンであるという認識が希薄でした。ご聖体をまるで普通のパンと同じように手で受けていました。キリストの体だからこそ普通のパンと同じように手で受けるのではなく、舌で直接受けるのがふさわしいと理解しました。

 私は周りの人がどんな服装でミサに与ろうと、ヴェールを被らなくても、ご聖体を手で受けようともかまいません。これらは強制されてすることではなく、それぞれの人の心の在り方だからです。ですから私はキリストへの崇拝の気持ちが、ごミサに与る時には普段着ではなく、ヴェールを被り、ご聖体は舌で受け、ご聖体顕示の時には跪くという形を自然と取らせます。そうせずにはいられないのです。

 教会が禁止しない限り私は続けます。happy01(できれば聖変化の時にも跪きたい:普通のパンとぶどう酒がキリストの聖体と聖血に変わる瞬間ですよ!)

 夫はこれらの他にも聖書の解釈や典礼について、ヴァチカン内での問題等々、様々なことを教えてくれました。

 夫が教えてくれたことに共感して、私と同じような気持ちでご聖体を舌で受ける人が増えると嬉しいです。heart

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 さて、先月も色々なことがありました。特に信仰の面では試練でした。何故?どうして?と思うことが多く、こんな時にこそ夫がいてくれたら・・と思いました。幸い聖母マリア様、ヨセフ様、守護の天使に祈ることで乗り超えることができました。そして今は聖ホセマリアに一つの祈願をしています。聖ホセマリアに執り成しを願い主に届いたことは何度もありました。おそらく今度の執り成しの願いも適うと思います。なぜならそれは主のみ旨に適う善いことだと思うからです。

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2024年8月30日 (金)

二人のカトリック聖人

https://www.youtube.com/shorts/0DbGVDWU2Hs

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 二人の聖人のショート動画。自分の心が折れそうになる時にこれを見ると、本当に心が温かくなり励まされる思いがします。自分自身には厳しく謙遜で、他の人には優しく誠実である聖人たちを模範としなければ!

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2024年8月29日 (木)

洗礼者ヨハネの殉教

 8月も残り少なくなりました。聖モニカ、聖アウグスチヌスの記念日に続いて今日は洗礼者ヨハネの殉教の記念日です。

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 洗礼者ヨハネはヘロデ・アンティパスの結婚(兄弟フィリポの妻ヘロディヤをめとった)を非難して、ヘロデに捕らえられ、ヘロディヤとその娘の願いによって処刑されました。

 キリストの先駆者と言われている洗礼者ヨハネは「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。」「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。」(マタイ3章)と、人々に叫びました。

 キリストが教えていることと違うことには、たとえそれが世間の多数意見であっても洗礼者ヨハネのようにはっきりと「No」と言える信徒であり続けることができますように。アーメン。

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 自民党総裁選挙立候補予定者の中に上川陽子さんがいます。彼女は麻生さんと同じくカトリック信徒のようですが憲法改正には賛成、同性婚を可能とする法改正やLGBT等の理解増進法案についてはどちらともいえないと回答を曖昧にしています。やはり彼女もカトリック信徒のまえに政治家なのだなとつくづく思いました。マクロンさんやバイデンさんと同じですね。とても残念です。weep

2024年8月26日 (月)

ミサに与りましょう


YouTube: The Top Five Countries By Mass Attendance

 動画を見てわかる通り、主日のミサに与る信徒の割合が多い国は、

1 ナイジェリア  94%

2 ケニア     73%

3 レバノン    69%

4 フィリピン   56%

5 コロンビア   54%

 ごミサに一番よく与っているのはナイジェリアですが、カトリック信者は国民の12.6%しかいません。ナイジェリアの信者たちがいかに信仰が深く、キリストと共に生活をしているかがわかります。

 日本では信者数は422,000人強(総人口の0.335%)、信徒数は416,000人強で、主日のごミサに与る人は65,000人強、つまり15.8%の信徒しか主日のミサに与っていないのです。(2022年の統計)。この数字を見てあらためて驚きました。

 15.8%という数字を見て、日本では洗礼によって信徒を増やすことも大切ですが、ミサに与らない信徒たちが教会に戻ってくるようにすることが先ず大切だと思いました。洗礼を受けた人が故意に主日のミサに与らないことは、その人にとって大きな罪を犯させてしまうことになりますから。よく言われることですが、「洗礼はゴールではなくてスタート」です。信仰生活を続けるための洗礼ですから。

 教会から離れている兄弟姉妹の皆さん、洗礼の時に信仰宣言で使徒信条を唱えて主に「信じます」と応えた時のこと(幼児洗礼の人は堅信の時)を思い返して、もう一度主のもとに帰ってきてください。その時はゆるしの秘跡も忘れずにね。lovely

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2024年8月23日 (金)

子どもの幸せ

 以前載せたことのあるこの動画を久しぶりに見ました。歌詞はロシア語なので意味は分かりませんが、心は伝わります。


YouTube: Ksenona & Vitas (Ксенона и Витас) - Мне бы в небо

 コンプリ神父様のお話しも、子どもにとって本当に何が良い教育なのかを教えてくれます。


YouTube: 【あかるく生きよう!】 #45 一言も言うな 【コンプリ神父による】

2024年8月21日 (水)

聖ピオ10世教皇

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 教皇様も人間ですから、様々な個性や特徴があるのは当たり前です。信仰や道徳に関する教皇座からの宣言、教皇の不可謬は当たり前ですが、それ以外の発言にはその教皇様個人の考えが顕著に現れます。

 その意味ではピオ10世教皇様は教皇としての働きは勿論のこと私的な言動も素晴らしく、私がとても尊敬する教皇様です。

 フランシスコ教皇様は聖ピオ10世教皇様について「柔和だが強く、謙遜であると同時に明快であり、教会における聖体の重要性と、信仰における真理への同化の必要を理解させた『カテケージスの教皇』であった。小さき人々、貧しい人々、災害の被災者らに寄り添い、世界大戦を前にして涙を流し、権力者らに武器を収めるよう懇願した」と、書いておられます。

 現代はカテケージスがおろそかになり、カテキズムを読んだことのない信徒も多いのではないでしょうか。カテキズムの本を持っていない信徒もいるかもしれません。基礎になるカテケージスをしなければ、間違った教えに知らず知らずのうちにはまってしまう危険があります。

 聖ピオ10世教皇様、どうぞ教会のためにお祈りください。私たち罪人のために主に執り成してください。アーメン。

2024年8月18日 (日)

エルサレムでの聖母の被昇天祭


YouTube: From Jerusalem the plea for peace on the Feast of the Assumption of Mary into Heaven

修道院のお菓子

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 修道院のお菓子はどれもおいしいですよね。きっとそれらは良い材料を惜しみなく使っているからだと思います。今日はトラピスト安心院の聖母修道院製のお菓子を紹介します。

 マカロンやチョコクッキーもとても美味しいのですが、私が特にお勧めするのは「黒糖のどじまん」という飴ちゃんです。黒糖飴と言えばどこにでもありますが、この飴は特に美味しいのです。黒糖の他にバターやペパーミントが入っているので、さわやかなのにコクのある味です。私が今までに食べた黒糖飴の中で1番です。

 修道院の製品はみなどれも価格が高いと思っている方も多いでしょう。でも決してそんなことはありません。良質の材料を使い、ブラザーやシスターたちの丁寧な作業によって生み出されているこれらの品にはそれだけの価値があります。そしてなによりもそれらの品を買うことによってブラザーやシスターたちに協力することは、主に協力しているようなものですから。

 これからはいつもこの飴ちゃんをバッグに入れておいて、元気のない人に会ったらあげましょう。

2024年8月16日 (金)

ヴェトナム人の若者たち


YouTube: 【2024】聖母の被昇天・キリスト教伝来記念祭ミサ

(ミサが始まるのは12:00頃から)

 昨日聖母の被昇天とキリスト教伝来記念ミサが鹿児島カテドラルで行われました。なんといってもヴェトナム人の若者たちの侍者や合唱団での協力が素晴らしいごミサでした。

 多くの日本人の若者が教会離れしている中で、彼ら、彼女らがいかに主に信頼して生活し、主を愛しているかがよく伝わりました。

 教会に来るヴェトナム人、フィリピン人その他外国の若者たちに何かしてあげられると良いのですが、何をどのようにしてあげたら良いのかわかりません。彼らが困ったときに教会に助けを求めたら、それに応えられるような仕組みがあればよいのですが。今私に出来ることは彼らと彼らに信仰教育をきちんとされた親御さんのために祈ることです。

 日本での生活は言葉や習慣の違いで誤解されたり、嫌な思いをすることもあるでしょうが、主はすべてわかってくださっています。私たちも対話不足で偏った見方をせずに、自分の娘や息子、孫のようだと思って優しくしましょう。

2024年8月15日 (木)

聖母の被昇天

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 聖母の被昇天の大祝日です。

「われわれの主イエズス・キリストの権威と、使徒聖ペトロと聖パウロの権威、および私の権威により、無原罪の神の母、終生処女であるマリアがその地上の生活を終わった後、肉身と霊魂とともに天の栄光にあげられたことは、神によって啓示された真理であると宣言し、布告し、定義する」(1950年11月1日 教皇ピオ12世)

 カトリックの「聖母の被昇天」は「神の母聖マリア」の祭日と同じくらい大きな喜びのお祝い日です。


YouTube: しあわせなかたマリア カトリック聖歌 Ave Maria

2024年8月14日 (水)

ゼノ修道士

 今日は聖マキシミリアーノ・マリア・コルベ神父様の記念日です。私はコルベ神父様と一緒に来日したもう一人のポーランド人のゼノ修道士を紹介したいと思います。ゼノ修道士さんも私にしてみれば聖人です。

 動画の最初の方に出てくるお母さんと同じく、私も『ゼノ死ぬひまない』を読んでゼノさんを知りました。私の母はゼノさんが聖堂で祈っている姿を見たことがあると話していました。


YouTube: ゼノ死なない ゼノ・ゼブロフスキー修道士

 コルベ神父様は司祭職に、ゼノ修道士は修道士職に、主は人達にそれぞれの役目を与えるために呼ばれるのですね。ゼノ修道士は約52年間日本で働きました。その間にポーランドへ帰られたことはあるのでしょうか?敗戦国の日本は悲惨な状態でしたが、ポーランドも同じでした。自分の家族の傍に行き助けてあげたかったでしょうが、日本の貧しい人たちを愛したゼノさんはやはり聖なる人です。

2024年8月11日 (日)

主に信頼して

 ブログを書いていると、時々うまくいかないことがあります。YouTube の動画や写真がアップできなかったり、先日は書き上げたブログを保存したつもりが消えていたりとか。

 そんな時には私は主がこの動画や写真また記事はアップしない方が良いと言っていると思い、従います。決して悪霊が邪魔をしているとは思いません。私の守護の天使は強いですよ!confident 聖母と聖ヨセフ、そして守護の天使に毎日保護を願い感謝をしていれば大丈夫。

 なによりも主はいつも共にいてくださるのですから、主を疑うことなく信頼して、うまくいかないことも受け入れましょう。主が望むことを愛しましょう。heart

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Photo  今月初めに教会で「『父と子と聖霊』の御父がシスターに現れて、色々と告げられた」という話がありました。御父はそのシスターが見た通りのご自分の姿を絵にするようにと言われ、絵にしました。主任司祭はその絵のコピーを聖堂内に飾ることにしたようです。また御父はご自分の祝日がないので、それも設けるよう望まれたそうです。

 このシスターの幻視、御父の出現は教区司教が公認しただけで、カトリック教会・教皇庁は未公認です。私はこういう話を広めるのはカトリック教会・教皇庁が公認するまで待ってからの方が良いと思っています。勇み足にならないかと案じています。

2024年8月 9日 (金)

St.Teresia Benedicta a Cruce (Edith Stein)

 今日は長崎に原子爆弾が投下された日です。そしてアウシュビッツ収容所で亡くなったエディット・シュタイン=十字架の聖テレジア・ベネディクタ殉教者の記念日でもあります。

 聖テレジア・ベネディクタというよりも、エディット・シュタインと言った方がよく知られていると思います。

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 彼女は敬虔なユダヤ教の家庭に生まれました。しかし学生時代に無神論的な知識人の影響を受け、彼女自身神を信じなくなりました。フライブルグ大学で哲学博士号を受けましたが、当時は女性が教授として在籍するのは困難な時代で、教授資格申請論文はうまくいかずに研究者としての道は閉ざされました。そして哲学講師や高校で教員を続けます。

 故郷に戻ってきた彼女は友人の家で『アヴィラの聖テレジアの自叙伝』を読み、とても感化されて、カトリックに改宗することを決心します。1922年に洗礼を受け、1933年(42歳)ケルンのカルメル会修道院に入りました。そしてオランダのカルメル会修道院いた彼女はナチスに逮捕され、アウシュビッツ収容所に送られて、ガス室で殉教しました。(カトリックに改宗していた姉のローサも共に殉教しました)

 彼女は優秀な哲学者で著書には『現象学からスコラ学へ』、『有限存在と永遠存在:存在の意味への登攀の試み』など数十冊に及びます。

 彼女について知りたければ下記の本があります。

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 原子爆弾も収容所も戦争が生んだ悪です。そしてそれらはすべて人間の仕業です。神が与えたくださった自由で、人間は善ではなく悪を選んだのです。時々戦争を神のせいにする人がいますがそれは間違いです。

 当時はアメリカだけが持っていた核兵器を今は数ヶ国が持ち、どんどん悪化しています。あの広島、長崎、強制収容所の教訓は全く生かされていません。

 広島平和式典ではイスラエルを招待し、ロシアは招待されず、長崎平和式典では両国とも招待しなかったようです。私なら両国とも招待します。それどころか核兵器を持っている国と明らかに持っているだろうと言われている国々もすべて招待します。今戦争をしていて平和を壊しているから招待しないのではなく、そういう国だからこそ、平和をアピールするために招待するべきだと思います。参加するしないはその国が決めることです。

2024年8月 7日 (水)

フラメンコとパコ・デ・ルシア


YouTube: Fiesta Gitana - bailaoras / bailaores


YouTube: FARRU y PACO DE LUCIA "ESPECTACULAR" Bailando sin tacón!!!

 私がフラメンコの音楽に惹かれたのはもう50年も前のこと。初めてスペインへ行った時に、本場のフラメンコを見て一瞬で虜になりました。何よりもあのギターと魂の叫びのような歌声に心をわしづかみにされました。帰国後はパコ・デ・ルシアのレコードを買って聴きました。あの頃はパソコンも携帯も無く、TVやラジオでもフラメンコが放送されることはほとんどありませんでした。


YouTube: Paco de Lucía - NHK Hall de tokyo (Japón) 1991

 パコ・デ・ルシアが亡くなってもう10年経つのですね。でもこうして今も彼の演奏を聴くことができます。本当に良いものは聴き継がれていきますね。lovely