日記・コラム Feed

2017年7月19日 (水)

まだお休み中

梅雨があけました。日差しが強い!

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毛皮を着ている猫たちはバテ気味です。

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暑いのでモンクコーヒーでゼリーを作りました。そして友人からいただいた美味しい桃です。

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数年ぶりにカトリックM教会のごミサへ。以前と変わらずに、この教会のKご夫妻のおかげでごミサ前は沈黙に包まれ、静かに祈りながらごミサに与る準備ができます。

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ドライフルーツが美味しくて、特にデーツ(ナツメヤシの実)はお菓子代わりにお薦めです。

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「地震・雷・火事・親父」どれも怖いですね。間違ったことをしたら叱るお父さんの怖さも時には必要か。昨晩は久しぶりの雷、エアコンをオフにして寝苦しい夜でした。

2017年7月12日 (水)

お休み中

Dscn1853花子とミルク(子猫1匹だけになりましたweep

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Dscn1829牧場に行きました。happy01

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Dscn1875久しぶりのお花教室(ユキヤナギ、カラー、ピンクッション、シネンシス)confident

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子猫のミルクもいなくなり花子とトラ次郎の2匹になりました。

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地震がありました。ここは震度4、被害は全く無し。

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まだ梅雨です・・・じとじと、じめじめ・・・

2017年7月 2日 (日)

ちょっと早い夏休み

 30度を超える暑さに体がついて行けず、ブログを書く気も失せています。毎年のことですが暑さに慣れるまで時間がかかります。

 一足先に夏休み・・・ブログはお休みします。暑さに慣れて書きたいことが浮かんだら再開します。

51wdbdv2f7lサラ枢機卿様が教皇になられる夢を見ながら・・・heart01

おやすみなさい(-.-)Zzz

2017年6月21日 (水)

作業は祈り

 ご聖体訪問をするたびに一人で教会の庭の草取りをしている方を見かけます。帽子を深くかぶりマスクのようなもので顔を覆っているのでどなたかわかりません。先週声をかけたところようやくわかりました。

 彼女は「これ(草取り)は私の祈りですから」とごく自然に答えられました。すばらしい信仰ですね(だからといって「皆さん草取りをしましょう」と言う意味ではありませんよ)。自分の仕事を祈りに変えられる素晴らしさです。久しぶりに信仰の人を見ました。

 丁度今日の福音と重なりました。「他人の前でよい業を行って人に見せびらかさぬように気をつけよ。そんなことをすれば天にまします父からの報いはいっさい受けられぬ。だから施しをするときには、偽善者の人が尊敬を受けようとして会堂や町でするように、自分の前でらっぱをならすな。・・・」(マテオ6:₁~₂)

 人に良く思われたいがために善行をする人は沢山います。その人達は他人から評価されることを喜びとします。また他人から悪く思われたくないから仕方なくする人も。しかし彼女は違います。私も彼女を見習わなければと思いました。

1シスターたちにとってパンを作ることは祈り このパンはご聖体になるためだけにつくられます。(聖血修道会聖ヨゼフ修道院)

2017年6月14日 (水)

何でも差別・・・ではないでしょう

 郡山司教様のブログにおもしろいことが書いてありました。カトリック婦人連合を女性連盟と改名した理由についてです。

 改名した人たちの理由に司教様も失笑したとか。読んでみて私もちょっとあきれました。キリストの教えを知っているカトリックの人がこんなことを言うとは。世のフェミニストと同じ。

 婦人の「婦」は女+箒(ほうき)、箒を手にして掃除をする人という差別的イメージを与えるのでふさわしくないというもの。しかし司教様が調べたところ本来の意味は「箒は掃除のためではなく、酒を含ませて廟(祭儀を行うところ)を清めるためのもの」で、婦とはその役を担っている女性のことだそうで、「婦人」は差別どころか女性の地位と役割を明確に表すものとか。

 私はそもそもカトリックの人が女性が箒をもって掃除するすることを差別的なこととしてとらえていること自体理解できません。箒で掃除することは立派な仕事です。会社や学校、病院等で働く女性の仕事だけに価値があるのでしょうか?フェミニストたちは何でも「差別差別」と声高に言います。それは彼女たち自身が一番女性を貶めていることに気付いていないのでしょうか。

 カトリックの中に「女性の司祭がいないのは女性差別」と騒ぐシスターや女性信徒がいます。女性の司祭がいないのは差別ではありません。理由は別です。そもそもカトリックの中に女性差別はありません。キリストは差別そのものを否定しています。それどころ女性の地位を高めました。神の母となった聖母マリア、キリストが復活後に初めて姿を現したのはマグダラのマリア。サマリアの女性とキリスト等々。

 話がずれてしまいました。要するに「婦人」でいいのです。婦人会が箒をもって掃除をしてお茶の準備や片付けをしても差別ではないのです。何でも差別と言うのはやめましょう。

Photoキリストとサマリアの女性

2017年5月16日 (火)

良くなりました

 主任司祭が替わられて約1ヶ月経ちました。色々と変わりましたが中でも私が嬉しいのは祭壇です。

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 以前のA教会の祭壇と今の祭壇の違いがわかりますか?そう、十字架が移っているのです。向かって祭壇の右側から聖櫃の上の左側に移りました。本当は中央にあるのが理想なのですが、それでも以前よりずっと良いです。聖櫃と十字架を共に仰ぎ見ながら祈れるのです。素晴らしいと思いませんか?A神父様に感謝!

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 後は聖書朗読の後に侍者が「神に感謝」ではなくて「神の(み)ことば」と言ってくれれば、もう何も言うことはありません。

2017年5月15日 (月)

生と死

 今月初めに五つ子ちゃんが生まれました。お母さんは花子、お父さんはトラ次郎です。お母さんとお父さんの遺伝子をしっかり受け継いでいる毛並みです。

 花子がお出かけの間にこっそり写しました。にゃんとかわゆすlovely

Photo

 まだ目も見えないのでおとなしいですが、5匹がよちよち歩き出すと花子は目が離せなくなります。カラス、たぬき、イタチなどの天敵に一番怖いのが車。子育て頑張れ花子!

  cute   cute   cute   cute   cute   cute   cute

 命の誕生といえば必ず死があります。猫などの動物とは違い人間は死が必ず訪れることを知っています。ですから自分の死について、またその準備について考える人もいるでしょう。

 昨日はIさんの葬儀がありました。Iさんは思いやり深くて、特にとても謙遜な方でした。

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 他人の葬儀に参列すると、自分の葬儀について考えてしまいます。そのことを夫に話すと「そんなことは心配しなくてもいいよ。いくらああして欲しい、こうして欲しいと言っても、あなたは死んでいて自分の思い通りには何もできないのだから残った人に任せなさい」といわれました。確かにその通りです。今思いわずらっても仕方ありません。葬式より死までどう生きるかが大切なのですから。とはいってもつい色々と考えてしまう私です。catface

2017年5月14日 (日)

♪キリストのように♪

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」(ヨハネ14:6)

 これは先週金曜日の福音、そして今日の福音も同じ箇所が読まれています。「キリストを通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない」と、キリストははっきりと言っています。

 そしてイエズスは弟子たちに言われました。「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい」と。

 これがキリストの教え=キリスト教です。この言葉を無視するならその教えはもはやキリスト教ではありません。

      fish  fish  fish  fish  fish  fish

 話は全く違いますが、わたしはある歌が大好きで、この歌を作られた方にお会いした時にその方が「これは自分の作った作品の中で特に好きな歌なので歌集では18番(十八番おはこ)にしました」と言われました。確かに歌集では18番目になっています。

 私は大好きなこの歌を口ずさむたびに少しひっかかるところがあります。その箇所とは出だしのところ。

note キリストのように神から生まれて~note と言う歌詞です。キリストは三位一体の神、私たちは神の被造物なのでこの歌詞は明らかに不自然。ここ以外の歌詞と曲はとても良いのに。わたしが気にしすぎでしょうか?何も気にせずにさらっと歌えばよいのか、勝手にここだけ歌詞を変えようか・・・たいしたことではないのですが悩んでいます。

Dscn1600_3「キリストのように」楽譜(写りが悪いですが)

2017年5月 8日 (月)

マクロン当選~本当にいいのかな?

 

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 「コレラとペストどっちがいい?」これは私が言ったことではなく、フランス在住のカトリック信者Mさんのブログに載っていたフランス国内での話題になっているフレーズです(でした)。お察しのごとくマクロンさんとルペンさんをたとえたもの。つまりどっちもどっちなのです。

 日本のニュースを見る限りルペンさんは極右、マクロンさんはイエズス会の学校を出たエリート。当然マクロン指示。しか~し、Mさんのブログを読むと現実はそう簡単ではないのです。(以下ブログ「Tant Pis! Tant Mieux!そりゃよござんした。」から)

 フランスのカトリック校では政府援助をもらうと、自動的に教員も政府から派遣され、学校はこの人事を受け入れなくてはなりません。その教員の中にはカトリックを真っ向否定する思想をお持ちの方々もいます。カトリックの学校なのに校内から十字架や聖像、御絵が一切取り外され、祈る義務もないし、宗教の授業もないのが現実。

 マクロンさんが出たイエズス会の学校も同じ。そんな中で育ったマクロンさんは「家族の形を変革する、つまり、家族に父母は必ずしも要らない」つまり同性婚をはっきりと支持しているのです。

 他方100%政府援助を受けていないカトリック私学はピオ十世会運営の学校等。ルペン家は聖ピオ十世会とつながりがあり、カトリック的でないマクロンさんよりずっとカトリック的なのです。

 だから「コレラかペスト、選べない!」と、棄権を決めてたカトリック信者が相当数いたらしいのです。

club  club  club  club  club  club  club  club  club  club

 結果フランス大統領にはマクロンさんが選ばれたので、これからフランスは同性婚も増えて、もっとカトリック離れが加速するでしょう。勿論それを喜んでいる人達もいるのでしょうが。weep

2017年4月30日 (日)

久しぶりにぼやく

 「聖堂は祈る場所。聖櫃にはキリストが特別なかたちで現存しています。聖櫃のある聖堂ではおしゃべりは慎みましょう」

 子どもでもわかることを今更大の大人に言わなければならないなんて恥ずかしいのですが、これが現実。特にごミサの前に普通にお喋りをしているあの騒々しさ。静かに祈りながらごミサを待つ教会が普通ですが、そうでない教会もあるのです。

 聖堂は集会室ではありません。おしゃべりをしたければ聖堂の外でお願いします。外で一週間の出来事、友達や家族について気のすむまでおしゃべりをして、聖堂に入ったら静かに。大切な用事がある時には小声で手短に。大人の常識が今や常識でなくなっています。

 聖堂に入ったら静かに祈りましょう。静かに静かに静かに

15聖堂で祈る人

2017年4月28日 (金)

白の特権

 今時こんなことが大事?私は知りませんでした。皆さんは知っていましたか?

 ローマ教皇に謁見する時は黒の服と黒のベールが決まりだそうです。しか~し「白の特権」というものがあり、スペイン王妃、ベルギー王妃、ルクセンブルグ大公妃、モナコ大公妃、リヒテンシュタイン公妃、サヴォイア家(イタリア王国の王家)プリンセスは白い服と白いベールを身に着ける特権があるそうです。特権のない人が白い服や白いベールを身に着けて教皇に謁見すると無知だと非難されるとか。ただし非難するのは教皇庁や特権のある人ではなくて、なぜかジャーナリストや庶民ですね。

27779150「白の特権」があるモナコ大公妃

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85bfc602特権のないイギリスとアメリカ

 何色の服を着ていようと教皇様は全く気になさらないでしょう。カトリックの教えとも関係のないことです。特権好きの特権階級のお話でした。おしまい。

2017年4月12日 (水)

桜満開

Cimg6579 近所の桜並木の桜がやっと咲きました。気温が上がると同時に一斉に咲き始めあっという間に満開です。

 お花見に出かけたかったのですが、今年は無理なようです。自分の気持ちも今一つ盛り上がらずといったところです。

 庭の馬酔木も咲きツツジも咲き始めました。春ですね🌸

Cimg6590馬酔木

Nwhql4oe1_2ツツジ

 以前真っ赤な花色の「きりしまつつじ」がありました。遠くから見ても燃えているような赤い色です。いつの間にか枯らしてしまいました。できればまた植えてみたいたいです。

2017年4月10日 (月)

これが現実

Ru17040901_2写真:.rより

 これが現実!人間よりも動物優先・・・悲しいです。

 つくづく思うのです。今は教会の中も典礼やカテキズムより世間一般の習慣や思い、行いが重視され、カテキズムに従おうとするとなぜか厳しい、冷たい、自由がないと言われます。

 預言者たちは多くの人々に受け入れられず迫害されました。今も同じことが起きているのかもしれません。

2017年4月 8日 (土)

花まつり

 

Photo写真:曹洞宗大願寺の花御堂 (住職敬白ブログより)

 今日はあいにくの雨模様ですがお釈迦様(ゴータマ・シッダールタ)のお誕生日、釈尊降誕会ですね。カトリックの私が書くと変に思われるかもしれませんね。でも立派な教えを説かれたお釈迦様のお誕生日は常識として知らなければ。

 実は私の子どもたちが小学生の頃、通学途中に曹洞宗のお寺(紹隆寺)がありました。その頃は時々夫も座禅に通っていた関係で、子どもたちも座禅のやり方を習ったり雲水さん達に遊んでもらったりしていました。当時のN管主様がとても素晴らしく尊敬できる方で、良くしていただきました。N管主様が移られてからはお寺に行くこともなくなりましたが、花まつりの頃になると思い出します。

Cimg6565_2曹洞宗 永平寺出張所紹隆寺

2017年3月11日 (土)

お花教室と会食

 今日は3.11東日本大震災6年目の日、そしてお花教室の日でもありました。教室の後で先生へのお礼の昼食会がありました。四旬節中なのでちょっと気が咎めたのですが・・・。

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 お花教室の花材は、さくら、小手まり、チューリップ、スィートピー、ナルコランです。一足早く春が来たという感じです。

 濃い色は下・中央に、薄い(淡い)色は上・脇の方にが基本だそうです。確かにその方が落ち着くし安定感があります。

 昼食会はイタリア料理のお店「da cuore」。本当に久しぶりの外食、こういう機会がなければお店でいただくことはありません。隣にある病院の先生のブログ『こてる日記』にもよくこのお店での会食について書かれています。先生方も利用されるので、健康的(?)な味付けです。

Rhyay_r21 前菜           パスタ

Bfpsrw7w1 魚料理(又はお肉)    デザート

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カップチーノ(これは隣の人のコーヒー。私はエスプレッソ)

 お花の先生はとても優しいので、センスのない私でも続いています。そして他の生徒さん方も気さくでとても居心地の良い教室です。お食事会も他人の陰口や悪口は一切無し。気持ちの良いひと時を過ごすことができました。先生をはじめ生徒の皆さんに感謝!

2017年2月26日 (日)

桃太郎

 先日知人が庭に咲いていた花を持って来てくれました。椿と馬酔木です。椿はわたしの大好きな花。しかも我が家には無い品種、その名も「桃太郎」。名前の通りふくよかな花です。

Dscn1433椿「桃太郎」

 我が家の馬酔木は白い花、いただいたものは可愛らしいピンクです。ピンクも良いですね。華やかで春を感じます。

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 ところで「馬酔木」は万葉集に出てくる花で「あしび」と習いました。俳句の雑誌も「あしび」ですが、今はほとんど「あせび」と言っているようです。植物通販でも「あせび」となっています。「あせび」と言った方が良いのでしょうか?

2017年2月18日 (土)

お花教室

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 久しぶりのお花教室。今日は祭壇のお花当番でした。先生が生けてくださったお花をそのまま祭壇に飾りました。

 今日の花材は桃、カラー、麦、スイートピー、ドラセナです。桃の節句をイメージして丸くふくよかなイメージで。

 ・カラーや麦はすっと真っすぐに伸びているので生ける時には直立型に。

 ・「桃の先枯れ」という言葉があり、枝の先の方が枯れていても切らずにそのまま生かす。

 ・陽方と陰方(日が当たっていた方と陰になっていた方)があり、陽方は左に陰方は右に。

 ・直立型の「型」と「形」の違いについて。簡単に言えば「型」は決まったかたちで「形」は自由なかたち。

 「型」はパターン、手本などで「芝居の型」や「型にはまる」等、「形」は「物の姿やかたち」「形状」です。ですから華道・書道・茶道・舞踊・声楽何事もすべてはまず「型」を学び、それから自由な形へと発展する。「型」をしっかりと身に着けていればより自由なかたちが創造できるでしょう。

 そういえばピカソの若い頃のデッサンは素晴らしいです。デッサン力があるからこそ自由な線も生きているのでしょう。また水墨画を習っていた人が最初は線ばかりひいて(描いて)いたと言っていました。線を描くことによって水墨画の基礎(力の入れ具合や水の含ませ具合による墨の濃淡や線の太さなど)を学んだのでしょう。そういえば柔道、剣道、空手もまず型から。型がしっかりとできるようになってから組手を始めます。

 お花の話からどんどん横道にそれてしまいました。これから少しずつ暖かくなり、お花も増えてきます。🌸~春よ来い、早く来い~♪tulip

2017年2月14日 (火)

チョコ、チョコレート

 あちらでもチョコ、こちらでもチョコ、私も夫へチョコ。(本命チョコ、義理チョコではありません!)

 いつもならここで聖ヴァレンタインについて書くところですが、毎年書いているので今日はチョコレートについて。

 今年のチョコレート選びはすぐに決まりました。コープのカタログから選ぶと決めていたので。価格は手頃、送料もかからず、味も良い、気持ちは十分伝わる。ということで選んだのがこれ ⇩

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 神戸モロゾフの「ローズでローズ」 1000円以下でも美味しい。そして空いた容器の缶は私がもらう、というせこい考えで決めました。

 私がもらうならこれら⇩のチョコレートでもうれしいです。

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板チョコ ¥94   アーモンドチョコ ¥224

 世の中にはびっくりぽんのチョコレートがあります。ほんの一部ですが・・・買う人がいるのですよね。

Bvlgari_il_cioccolao_150gBvlgari 4個入り ¥8980 (量は明治ミルクチョコの3枚分)

Delrey_69080Delrey 6個入り ¥9080  私にはこの価値観は理解できませんが。

2017年2月12日 (日)

「どうやって知り合ったのですか?」

  あるデジタル新聞の相談欄に「国際結婚への興味津々がイヤ」というのがありました。「旦那さんは、どこの国の人ですか?」「どうやって知り合ったのですか?」。しまいには、「毎日カレー食べてるんですか?」などというあきれるような質問までされるとのこと。

 わかります。よ~くわかります、その気持ち。私も昔はよく質問されました。最近でもたまにされますが・・・。親戚、友達や知り合いの人から質問されるのは理解できますしかまいません。しかし問題は見ず知らずの人が突然私の私生活について質問してくることです。

 もし全く知らない人(例えば店のレジの人やたまたま隣に座った人とか)が「ご主人はどこの県の出身ですか?」「どうやって知り合ったのですか?」「ご主人は味噌汁は食べますか?」と突然質問されたらあなたならどんな気持ちになりますか?この人はなんて失礼な人だろうと思うでしょう。どうして名前も知らない人に自分と夫との馴れ初めを話さなければならないのか・・・。

 昔、精神科医で作家のなだいなださんが書いていました。奥様がフランス人のなださんはよく質問されたそうです。「フランス人の奥さんはどうですか?日本人の奥さんと違いますか?」と。なださんはいつもこう答えたそうです。「わかりません。私は日本人と結婚したことがないので日本人の奥さんがどんなか知りませんから」と。なださんが国際結婚された約60年前と今も人々の意識はあまり変わらないようです。

 国際結婚や国際交流が増えても、まだまだ人の意識は国際化からはほど遠い国です。結婚相手が日本人であろうと何人であろうと、してはいけないことは同じ。気をつけましょうね。

28馴れ初めは聞かないで! (ブログ .ru より)

2017年1月20日 (金)

気づかされたこと

 平日ミサに与るようになって、何となく傲慢になっているような自分に気づかせてくれたのがトマさんのこの文です。

ミサに「行く」ことが大切なのではなく、ミサを通してイエスと人格的な交わりに至ることが大切なのです。これが信仰の根本であり中心です。この交わりはミサの時だけではありません。むしろ、その後が肝心です。イエスと一つになって生活をし、イエスと同じ心で仕事をすることです。ミサにおけるイエスとの交わりを一日中続けることを、「ミサを生きる」と言います。ミサに行くことが大切なのではなく、ミサを生きることが大切なのですね。(「トマさん祈りの部屋」より)

 日曜日以外も平日のミサに行く人のすべてが良い信者、信仰の篤い信者とは限らず、ミサを生きている人こそが信仰篤い良い信者なのですね。病気で臥せっていて教会に行くことが出来ずに司祭に来てもらい聖体拝領をしている人達がおられます。かえって病者の中にこそミサを生きている信仰篤い人がおられます。

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イシドロ・ソルサノやアレクシア・ゴンサレスのようにミサを生きる人にならなければ・・・heart