日記・コラム Feed

2018年10月18日 (木)

植物の話題二つ

今日は聖ルカ福音記者の祝日 

 秋ですね~maple 以前切った庭の木から枝ならぬキノコがにょきにょき。ちょっと気味が悪いです。いくら秋の味覚はキノコといってもこれは食べられませんね。

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 もう一つの話題は、とうとう「イ・ペー」の苗木を手に入れました。しかも一鉢たったの200円!指宿道の駅でパンを買おうと入ったところ、左手に植物が並んでいました。その中に「イ・ペー」の名札が! 値段を見て即購入決定 happy01 夫には事後報告。夫も喜んでくれました。

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イ・ペーの苗木

 寒さに弱いので冬を越してから地植えにします。

何年位したら花が咲くのかな?楽しみです。

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 はやく大きくなってこんな風に咲いてね。 confident  とは言え、あまり物に執着してはいけませんね。トマス・ア・ケンピスも言っています。

人間や被造物に自分の希望を置く人は空しい人である。我々の主、イエズス・キリストへの愛のゆえに他人に仕え、この世で貧しいものと思われることを恥じてはならない。あなた自身を頼らず、神にあなたの希望を置きなさい。(『キリストにならう』bot)

2018年10月11日 (木)

今日の福音

あなたたちのうち、子どもが魚を求めているのに、魚の代わりにへびを与える父親が、いったいいるだろうか。また、卵を求めているのに、さそりを与える者がいるだろうか。このように、あなたたちは悪い者であっても、自分の子どもたちに、良い物を与えることを知っている。まして、天の父が自分に求める者に聖霊をくださらないことがあるだろうか。(ルカ11章11~13節)

 今日の福音朗読は有名な「求めなさい、そうすれば与えられるであろう。・・・たたきなさい、そうすれば開かれるであろう。・・・」に続く言葉です。

 今日のこの聖書の箇所をまさに今日体験しました。本当に不思議です。主は私のことをよく知っておられます。ですから主が望まれることを素直に受け入れて毎日を過ごすことが大切。主の恵みに感謝します。

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2018年10月 2日 (火)

ツイートbot

 最近息子がツイートbotを始めました。トマス・ア・ケンピス『キリストにならう』を自分で日本語訳しながらのツイートbot。なかなか良いです。その中から印象に残ったものを。

・長生きを望むばかりで、よく生きることに心を用いないのもまた空しい。

・自分をよく知る人は自分を低く評価し、人からの賞賛も喜ばない。

・現世のみについて気を使い、来世の事柄に備えないのもまた空しい。

・あなたよりも博識で法律に通じている人が多くいるのに、どうしてあなたは人よりも優れた人だと思おうとするのか。

・自分自身を何ものでもないと思い、常に他人について高く評価することは、大きな知恵であり完全さである。

 ITやAIはどんどん進化するばかり。私はとてもついて行けません。ツイート+bot???  botとはロボットのことだそうです。ITやAIは正しく利用すれば素晴らしいです。ただそれを悪用するととんでもないことになります。

 だから科学の世界にこそ哲学が必要なのです。どんな機械でもそれを動かすのは人間。その人間がどういう考えを持っているのか、どういう考え方をしているのかが大切です。

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(哲学中~人間について考えています。)

2018年9月29日 (土)

怒る

 

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 久しぶりに怒ってしまいました。それはNHK受信料! 

 NHKから委託を受けた会社の社員が来ていきなり「こちらに引っ越されたのは最近ですか?」と、トンチンカンな質問をする。「ずっとここに住んでいますよ」と答えると「いえ、引っ越してきていることになっている」「いつ引っ越してきたのですか?」と。ここで少しむっときてしまう。

 そしてその人は「受信料を払っていないので云々・・・」。私が「我が家にはテレビもワンセグのついたものもありません」と答えると、ずっと前に来た人(年配の方)は「わかりました。また利用するようになった時にはお知らせください」と言って帰ったのですが、今回の人(若者)は違いました。我が家にはTVもワンセグのついた機器も無いと言っているのに(事実ありません)、「説明を云々・・・」。私は「テレビもワンセグも無いから払いません」と言ってもしつこい、しつこい、しつこい。まるで私がウソを言っているような感じです。

 ついに私の怒りが爆発して「NHKさんしつこいですよ!!」と言ってドアを閉めました。お昼の12時半、昼食時に来て、相手の話すことをきちんと聞かず、マニュアル通りに一方的に話そうとするNHK受信料徴収員。

 少し前にも別な人?が来てその時には息子が、その前は夫が対応したようですがやはりしつこかったと言っていました。夫と息子は私のようには怒らなかったようですが(人間ができている!)。

 でも一番悪いのはNHKなのです。見ている人から受信料を取りたければ受信料を払う人だけが見られるようにスクランブルをかけたらよいのです。テレビを見てもNHKは見ていないという人もいるのですから。

 我が家にも以前はテレビがありきちんと受信料は払っていました。衛星放送を見ていた時にはその料金も払っていました。しかし今は全く見ていないし見る機器も持っていないのに毎回上記のようなやり取りでイライラするのはおかしいです。私が持っていないことを証明するのは無理です。だから私がテレビやワンセグでNHKを見ているとNHKさんが証明を試みたらどうですか?そうしたら無いことが証明できるでしょう。

 大都市ではその筋の人ではと思われる人が徴収に来て、怖くて断れないと言う話を聞いたことがあります。NHKの印象を悪くしている一因ですね。

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私怒っています!

2018年9月28日 (金)

台風が来る前に

 

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 今年は酔芙蓉がきれいに咲きました。台風が来る前に写しておくことに。酔芙蓉はその名前の通り、朝は花色が白く、夕方になるとお酒に酔ったように赤くなります。

 撮っている時には気が付かなかったのですが、写真を見てびっくり!毛虫が・・・。花が咲く前に毛虫を見つけて駆除したのですが、駆除が足りなかったようです。

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 この毛虫には毒はないようですが、以前ブルーベリーについていた毛虫にふれた時は「イタッ!」と大声を出してしまいました。イラガの幼虫で別名「デンキケムシ」。毛虫には毒のあるものが多いので要注意です。

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遠くからでもよく目立つ花です。

2018年9月13日 (木)

教皇様が日本に・・・!?

 ブログに色々なことを書いていますが、それはあくまでも私の考えややり方です。私はそれを他の人に押しつけるつもりは毛頭ありません。誤解のないように。

 例えばごミサに与る時の服は、仕事に行く途中や帰る途中ならば当然仕事着でしょう。服よりもごミサに与ることの方がはるかに重要ですから。ご聖体拝領も私は口で受けますが、他の人が手で受けても気にしません。ベールは被っても被らなくても、聖変化やご聖体を受けた後に跪いても、立っていても、座っていてもその人の自由です。ごミサの間に体調が悪ければずっと座っていても良いのは当たり前のこと。

 私がこうするから他の人も同じようにという気持ちはありません。誤解されないように書くのは難しいですね。

 ところで嬉しいニュースです。フランシスコ教皇様が来年日本に行きたいという希望を語られました。実現すれば良いですね。ローマまで行けない人たちは沢山います。その方たちが教皇様を近くに見て、そのごミサに与ることができますように。

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2018年9月 3日 (月)

祭服

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 素直に「美しい!」 主の前にへりくだる心と主を敬う心が荘厳さの中に表れています。人それぞれに感じ方は違うでしょうが私はこういうごミサに与りたいです。

 助祭様・司祭様・司教様・枢機卿様・教皇様の服装が違うのには意味があり、またTPOがあるようにoccasion(場合)に応じた服装は教会にもあると思います。

 主の前では司祭も信徒と同じ人間なのだから普段もごミサの時にもローマンカラーはいらないし、いつもの普段着、作業着で良いという考えの人もおられますが、私は違います。少なくとも私は家で家事をする時とごミサに与る時はけじめをつけます。28stole_2

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マルティーニ枢機卿

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ピウス11世教皇の祭服

Photo祭服:竹田キリシタン南蛮文化ウィークより~綺麗ですね heartheartheart

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フランシスコ教皇

2018年8月10日 (金)

8月6日と9日

 

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長崎平和記念像

 毎年8月の6日と9日が過ぎると、いよいよ終戦(敗戦)の日が近づいてきた気がします。毎年毎年くり返し平和宣言をしても戦争は無くなりません。それでも私たちは平和を願い、言葉にし続けなければなりません。

 この時期になると亡き母は戦争が終わった時どれほど嬉しかったかよく話してくれました。戦時中東京にいた母は空襲で友人を失い、やっとの思いで実家にたどり着きました。戦争に負けた悲しみ(?)より、とにかく戦争が終わったという喜びでいっぱいだったそうです。おそらく当時はそのようなことを口にしたら「非国民」と呼ばれたでしょう。

 戦争は人を狂わせます。異様な高揚感と利己主義。唯一の被爆国が核兵器禁止に反対している現実。安倍首相は核兵器禁止条約に反対していることについて「日本は核兵器禁止についてのアプローチの仕方が違うので」と言っています。アプローチの仕方?では具体的にどう違うのか、納得できる説明はありません。

 首相の言うアプローチが「核抑止力」のことだとしたら、それは「『核兵器のある世界よりも、もっと悪いのは核兵器のない世界だ』と言っているのと同じこと」(スティーブン・リーパー氏の言葉)です。

 各国の指導者が心から人の命を何よりも大切に思うなら、平和を望むなら戦争はすでに無くなっているでしょう。

 私たちが平和を望むなら、本気でそれを実現しようとする指導者を選ばなければなりません。

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1945年9月23日長崎(Fr.Zブログより)

2018年8月 1日 (水)

神のいつくしみの祈り

 今日ご聖体訪問のため教会に寄ったところ、丁度祈りの集いが終わったところでした。月に一回「聖ファウスティナのいつくしみの祈り」をしているとのこと。多分聖ファウスティナが午後3時にキリストの受難と十字架の死を黙想して祈るように言われたので、この時間に祈っていたのでしょう。

 祈りの集いに参加せずに聖ファウスティナの「神のいつくしみの祈り」をしたい方のために

神のいつくしみのチャプレット

主の祈り アヴェ・マリアの祈り 信仰宣言 (各1回)

永遠の父よ、私たちと全世界のすべての罪のあがないのために、あなたの最愛の子、私たちの主イエス・キリストのおん体とおん血、ご霊魂と神性をみ前に捧げます。 (1回)

イエスの痛ましいご受難によって、私たちと全世界にいつくしみを注いで下さい。 (10回)

[5連くり返す]

聖なる神、聖なる全能の神、聖なる永遠の神よ、私たちと全世界を憐れんで下さい。(3回)

 久しぶりに娘から借りたままになっている『聖ファウスティナの日記』を読んでみたくなりました。

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 私は今はロザリオの祈りで十分です。ごミサ、聖書、ご聖体訪問、教会の祈り、ロザリオ・・・告解・・・そして聖ホセマリアの取り次ぎを求める祈り

神よ、御身(おんみ)は聖母の取次ぎを通して、主の司祭・聖ホセマリアに数々の御恵みを与え、専門職とキリスト者としての日々の務めを果たしつつ聖性を求める道、オプス・デイ創立の忠実な道具となさいました。どうか私もまた、日常生活のあらゆる瞬間と状況を主を愛する機会とし、信仰と愛の光をもって地上を照らし、教会と教皇、そしてすべての人々に喜びと真心を込めて仕えることができますように。聖ホセマリアの取次ぎによって、私の願い(ここでお願いをする)をお聴き入れください。アーメン。

主の祈り アヴェ・マリアの祈り 栄唱

2018年7月27日 (金)

リンゴ椿

 我が家にある椿の中で一本だけ巨大な実(種)をつける木があります。どうやら「リンゴ椿」別名「屋久島椿」と言われるヤブ椿の変種のようです。

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 花はヤブ椿と変わりありません。しかしその実は普通のヤブ椿の何倍も大きいのです。中の種は普通の大きさで、外皮だけが以上に厚いのです。

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真ん中が本物のリンゴ

 この種を植えて発芽させたら同じリンゴ椿に成長するのでしょうか?試してみます。花が咲くまで何年かかるかな?

2018年7月 9日 (月)

豪雨災害

 なんと悲惨な状況でしょう。今回の豪雨で亡くなられた方が88名、重体の方が4名、行方不明の方が58名、こんなに痛ましい災害になるとは・・・。言葉もありません。

 絶望と不安の中におられる方々に希望と安心を届けるには、私たちはどうしたらよいのでしょうか。とにかく祈りと共に何かしなければ・・・。

 タイで洞窟に取り残されている少年たちの救出も始まったようです。救助する方々を含め全員の無事を祈ります。

 嬉しいニュースと共にとても悲しいニュースが多い今月。これ以上悲しいニュースが続きませんように。

2018年6月26日 (火)

にゃんず

 我が家のにゃんずの近況を。現在3匹だけ、母花子、息子業平(なりひら)と俊成(しゅんぜい)です。首輪をしていないので、近所の猫好きな方の家にお邪魔して様々な名前で呼ばれているようです。猫嫌いの方にはご迷惑をかけているようです。にゃんこに代わって「ごめんなさい」。(*_ _)人

 先日は我が家の猫を可愛がってくださっている方が旅行のお土産を持って来て下さいました。いつも可愛がってくださるので私の方がお礼をしなければならないのに。よほど我が家のにゃんこたちに癒されているのでしょう。

 飼い主が内向的な分にゃんこたちが外向的で良かったです。

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業平⇧ と 俊成⇩ heart可愛いにゃんsign01

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2018年6月23日 (土)

難しい

 

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 最近「聖母に倣う」ことがどんなに難しいことか実感しています。些細なことでも反感を持ってしまったり、不平や愚痴がつい出てしまいます。すべては自分の弱さのせいなのですが・・・。

 そして最近は夢中になれるものがありません。特に見たい映画もなく、聞きたい音楽もなく、読みたい本もなく、作りたいお菓子もなく、サッカーワールドカップにも興味なく、典礼にも燃えず?勿論ブログにも書きたいことはなく…。心が眠っているようです。

 明日は洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日です。「荒れ野に叫ぶ者の声がする」(マルコ1;3)洗礼者聖ヨハネのような力と熱意を私も持てますように。

2018年6月18日 (月)

同感です!

「障害児の出生防ぐ中絶はナチスの犯罪と同様」 フランシスコ法王

  CNNのニュースに出ていた記事です。

(CNN) ローマ法王フランシスコがこのほどイタリア・ローマ市内で行った講演で、障害をもつ子どもを産まないための人工妊娠中絶を、ナチス・ドイツの優生思想になぞらえた。

講演はイタリアの家族協会代表を対象に16日に行われた。フランシスコ法王はこの中で、真の家庭は男性と女性で構成されるというローマ・カトリック教会の教えも強調している。

法王の発言内容は、事後にローマ法王庁が確認した。それによると、障害をもつ子どもの中絶については、「妊娠初期に子どもが健康か、それとも何かあるかの検査を行い、まず最初に『追いやってしまおう』と提案するのがファッショナブルだと、あるいは少なくとも普通だと聞いた」と発言した。

その上で、「私はそのことに苦痛を感じる。前世紀には、ナチスが民族浄化のために行った行為に関して全世界が憤った。現代の我々はそれと同じことをしている。ただしより綿密な方法で」と語った。

民族浄化を掲げて健康な子どものみ出産を認めたナチスの思想は優生思想と呼ばれ、身体的、精神的障害をもつ人の妊娠中絶や不妊手術も行われた。

フランシスコ法王は家族の多様化にも言及し、「神のイメージにおける人間の家族とは男性と女性であり、それが唯一だ。男性と女性は神を信じていないかもしれない。だが互いに愛し合い、結婚によって結ばれる。たとえ信仰はなくても、彼らは神のイメージの中にある」と語っている。

 教皇様は家族についてもはっきりと述べられました。ところがカトリックも参加している今年12月刊行予定の『新共同訳聖書』にはジェンダーの人に配慮して「父」を「親」に、「妻」を「伴侶」と訳しているそうです。聖書は小説とは違います。プロテスタントのことは知りませんが、カトリックがこれに同意するとは・・・。 

2018年5月28日 (月)

思い煩うことなかれ

 時々とてもむなしい気持ちになる時があります。何を言っても何をしてもむなしい・・・まさにコヘレトの嘆きのよう。ごミサや昨日手にした本の内容等々・・・。昨日一日はずっと重くて沈んだ気持ちでした。

 そんな時にこそ読むのが『道』です。聖ホセマリアの言葉を読み、再び元気をもらいます。すべて主はご存知なのですから、「主が望むことを望む時に望む故に私も望み受け入れればよい」のです。そう何度も口にして、今日は心を奮い立たせています。

 『道』より

558 聖なるロザリオの祈りは強力な武器である。この武器を信頼して使えば、その結果に驚嘆することになるだろう。

559 キリストの父である聖ヨセフは、あなたの父であり主(あるじ)でもある。この聖人に助けを求めなさい。

 むなしくて何もする気になれずにいると祈りもおろそかになります。こういう時にこそ祈らなければ、素直に助けを求めなければ。

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2018年4月17日 (火)

洗礼日

 今日の福音:ヨハネ6章35節

イエズスは仰せになった。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は、決して飢えることがなく、わたしを信じる者は、もはや決して渇くことがない。」

 今日の福音の通り、私はイエズスを信じています。私の洗礼は私が新しく生まれた日です。

 以前S神父様が説教で「洗礼日が信者にとっては本当の誕生日です。自分の洗礼日を知っていますか?」と言う問いに私は『霊名日ならわかるけれど、洗礼日は・・・』。そう、自分の洗礼日を覚えていませんでした。以前息子に調べてもらい手帳に書いていたのですがそのまま忘れていました。帰宅後早速確認したら3月26日。これを機会に子供達にもそれぞれの洗礼日を教えました。

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教皇様から洗礼を受ける赤ちゃん、可愛い~sign03

 誕生日を祝うのもよいけれど、やはり洗礼日も大切な日です。今年は過ぎてしまったけれど、来年からは3月26日もお祝いしましょう。でも、もしかして・・・四旬節中?2019年の灰の水曜日は3月6日でご復活祭は4月21日。確かに3月26日は毎年四旬節中の可能性が高いです。

 皆さんは自分の洗礼日を覚えていますか?誕生日と同じようにお祝いしていますか?

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極楽鳥花:一日後⇩

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     三日後⇩

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次の花が出てきて咲きました。

2018年4月14日 (土)

4月のお花教室

  今日のお花教室、春バラの季節らしくこのような盛花になりました。

Dscn2483_3(カメラのせいか、写す角度が悪いのかいつも実物とは違って写ります)

 花材はストレリチア、カラー、ミニバラ、ブルースターです。今日は教会の大きな花器を借りて生けました。

 ストレリチアは別名「極楽鳥花」。すっと真直ぐに伸びた茎と変わった形の鮮やかな花(まるで鳥の頭のよう)、そして大きな葉。いかにも南アフリカ原産の植物らしく色鮮やかです。でも不思議と花瓶よりも盛花で映えるお花ですね。(写真ではすごく丈が高くバランス悪く見えますが、実際にはもう少し低いです。黄色いミニバラもなぜか左の花だけ以上に大きく写っています。)

 広い花器の時にはそれに合わせてお花も広く生けた方が良いと教わりました。せっかくの広がりをお花が止めてしまっては花器の美しさまでだめにしてしまいますね。今日はお花だけでなく花器とのバランスも大切だと習いました。

 実は私はまだ花器の良し悪しがわかりません。他の生徒さん方はわかるようで「これは良い花器」「これは生けやすそう」とか言われます。私も生ける回数が増えればきっと花器の良さもわかるようになるでしょう(たぶん coldsweats01 )。

 ところで背景にあるのは神父様のカズラとストラです。かけてあったので記念に一緒に写しました。(A神父様、無許可で載せてごめんなさい(*_ _)人 ) 復活祭から続く白いカズラ良いですね。喜びが続いています。

2018年4月13日 (金)

「トマさん」お帰りなさい

 

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   いつも教えられることばかりのブログ『トマさん祈りの部屋』ですが、住人のトマさんがやっと巡礼から帰ってこられてブログを更新されました。私は早速読みながら「そうそう、そうなのよ」と肯いてばかり。

 ローマの名もない教会でさえその荘厳な作りに心打たれたことが書かれていました。そして教会の中で祈っていて、これは当時の人々の信仰の証であると気づいたそうです。

 「建築家、彫刻家、画家、石工、大工、音楽家、多くの人達が自分の技を生かして主を讃え主に栄光を帰しました。貧しい信徒も建設費用の寄付を捻出して主を讃えました。工事の人達は汗水たらして主の家を作ることに喜びを感じました。それらが一つに集まって大聖堂が完成しました。大理石でできているように見えて、本当は人々の神への愛で出来ているのです」とトマさんは書いています

 私も全く同感です。フランスに住んでいる日本人の方も書いておられました。当時は天の国=神の国を教会に再現したかったのだと。荘厳な大聖堂や壮麗な教会は主を信じる人達たちの信仰の証であると。

  そしてトマさんは「キリストは『福音を信じ、全世界に伝えなさい』と言っているように、心の中で信じるだけでは証されません。次の世代に信仰を伝えることもできません。迫害がない今、私たちは愛と慈しみの行いによって証できます。『出かけて行きましょう!』」と書いておられます。

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2018年4月 8日 (日)

白衣の主日~ヴェール

 今日は神のいつくしみの主日(白衣の主日)です。この白衣とは復活祭の洗礼式の時に「白い衣を受けなさい。あなたは新しい人となり、キリストを着る者となりました。神の国の完成を待ち望みながら、キリストに従って歩みなさい」と言われた「白い衣」のことです。この時に女性はヴェールを被せてもらいます。(男女とも同じ白い衣を着る教会もあります)ヴェールはただの飾りではありません。

 復活節中は信仰生活の初心者?でしたが今日は一人前となり白い衣を脱ぐのです。白い衣が取れてもキリストを着て、キリストに従って歩み続けるという気持ちでヴェールは被り続けます。しかし残念なことに第二ヴァチカン公会議以降被らない人が増えました。weep 実は私も被らない時期がありました。それが進歩的でカッコイイと思っていたのです。でもそれは間違った考えだと悟りました。私は今ではヴェールが好きで被ります。

Photo_2昔からヴェールを被る人の多い長崎の教会

 ごミサの時に女性だけがヴェールを被るのは「女性差別だ」「単なる古い習慣」「自分を着飾るためのもの」と様々に批判する人はいますがその批判はあたっていません。

 私のヴェールはご聖体への尊敬と礼拝の気持ちをあらわすためです。ですからごミサの時(聖櫃のあるところ)とご聖体の前で被ります。納骨堂で祈る時や行列(聖体行列の時は別)の時には被りません。

 私はヴェールを被る時に女性差別だと思ったことはまったくありません。それどころかむしろ素晴らしい恵みを与えられているような気持ちです。意味なくただの習慣として被ったこともありません。自分のために着飾るというよりもイエズス様のためにきれいなヴェールを被ります。

 ヴェールを被るのは悪いことではありません。それどころか正しくて良いことだと思います。カトリック教会ではカトリックの洗礼を受けている女性だけが被ることのできるヴェールです。洗礼の時の「キリストを着てキリストに従う」ことを思いおこして次のごミサからあなたも被ってみてはいかがですか? confident

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⇧ ヴェールを被ると可愛い子がより可愛いくなりますね heart

ヴェールも色々⇩

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* 最近ではスパンコールのついたものやピンク等のカラーのものまであるようです。ヴェールの意味をよく考えたうえでどれを身に着けるかはご自分で決めたらよいでしょう。

2018年4月 6日 (金)

復活の金曜日~十字架は飾りものではない

 

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 フランシスコ教皇様は「十字架は祈る信仰のためのものであり飾りものではない」と言われました。確かにその通りです。ところが私は時々そのことを忘れてしまいます。そしてよく夫に注意されます。

 先日も十字架やキリストの絵のステッカーを作りスーツケースに貼ろうとしていたところ「十字架やキリストをそんなふうに扱ってはダメ」と言われました。以前十字架やキリストのキーホルダーを作った時にもダメ出しされていたのにまた同じことを繰り返してしまいました。

 部屋の壁に十字架をかけても、それに向かって祈らなければただの飾りになってしまいますね。これからも十字架のイエズス様にあいさつして話しかけて祈ることを心がけます。