聖ホセマリア・エスクリバーの教え
いつも『トマさん祈りの部屋』を読んで、信仰について様々なことを学んでいます。今日聖ホセマリアの記念日にあたり、トマさんがとてもわかりやすく書いていました。
『トマさん祈りの部屋』⇩
いつも『トマさん祈りの部屋』を読んで、信仰について様々なことを学んでいます。今日聖ホセマリアの記念日にあたり、トマさんがとてもわかりやすく書いていました。
『トマさん祈りの部屋』⇩
YouTube: 2019 6 15 聖ホセマリア 記念ミサ (夙川)
今日26日は聖ホセマリアの記念日です。15日に記念ミサが西宮市のカトリック夙川教会でヨゼフ・マベイヤ司教様の主司式により挙げられました。
YouTube: 2019 6 22 聖ホセマリア記念ミサ(北白川)
22日には京都のカトリック北白川教会で記念ミサが挙げられました。主司式は酒井司教様です。
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昨晩ラジオでニュースを聴いたのですが、フランシスコ教皇様の来日は11月23日から4日間の予定で、広島、長崎訪問と東京ドームでのごミサを予定しているようです。
YouTube: Chiuse le celebrazioni del Corpus Domini a Ostia con Papa Francesco
今日は「キリストの聖体の祭日」です。世界中の多くの教会で「聖体行列」があります。典礼暦の通りすでに20日の木曜日に行われた国もあります。そして初聖体はマリア様の月5月から始まり今日がピークでしょう。
今思えば私はベネディクト教皇様のために祈ることが少なかったと反省しています。教会の正しい教えを信じる人たちがもっともっと教皇様のために祈っていたら、退位されなかったのではないかと思うことがあります。
ポーランドのいくつかの教会はご聖体顕示を24時間ネットでライブ配信しています。いつでもご聖体=三位一体の神の前で祈れます。
「Fr.Zのブログ」より:Fr.Z への質問です。
QUAERITUR:
Someone told me that I am bound to attend mass at my territorial parish, even though it is a rule that is not followed by many people. I was told this as reason for why I should not be attending the TLM at a church about 30 minutes away from my house. Is this true? Am I required to attend mass only at my territorial parish church?
In the 1983 Code of Canon Law we find that on Sundays and other holy days of obligation, the faithful are obliged to participate in the Mass (can. 1247). We also find that, “a person who assists at a Mass celebrated anywhere in a Catholic rite either on the feast day itself or in the evening of the preceding day satisfies the obligation of participating in the Mass.(can. 1248 §1).
Hence, you can go to Mass anywhere, so long as it is a Catholic Mass.・・・・・・・・
Keep in mind that, out of justice, if you are receiving services from a parish, you should be supporting the parish financially (or an equivalent) as well.
Fr.Zの答はいつもカトリックの教会法に基づいているので正確です。質問者のような人は世界中にいるでしょう。そしてこの人たちを非難するのは信徒だけでなくわずかですが司祭もおられます。司祭から注意されれば自分はミサに与っているのに悪いことをしているかのように感じてしまう人もいるでしょう。とても悲しいことですね。
皆さん「私たちはそれぞれ〇〇教会の信者である前にカトリック教会の信者である」ことを忘れないでください。ごミサに与ることが大切なのですから。
三位一体の祭日の祈り
はかりがたい神秘に満ちた神よ、あなたは御子の口を通して、父と子と聖霊の三位の神秘を私たちに明かしてくださいました。
そして、聖霊を送ってわたしたちを聖なる三位の交わりに招いてくださいました。
わたしたちは父と子と聖霊の交わりにおいて唯一の神であるあなたをたたえ、感謝を込めて祈ります。
父よ、あなたは天地の始まる前から、キリストにおいてわたしたちを選び、聖霊の交わりに招いてくださいました。あなたの限りない愛をたたえます。
神のみ子よ、あなたはわたしたちが神の子どもとなれるように、いのちをささげ、復活されました。はかりがたい救いの恵みを感謝します。
聖霊よ、あなたは神の息吹をもって、世界に広がる教会をひとつに結び、数々の賜物で満たしてくださいます。大きな喜びをもって、みわざをたたえて祈ります。
栄光は、父と子と聖霊に、初めのように、今も、いつも、世々に。アーメン。
復活祭から50日、今日は聖霊降臨の日です。皆さんは復活節の間どう過ごされましたか?主が天に昇られても、ご聖体の秘跡によって私たちと共にいてくださることを感謝し、喜びのうちに過ごすことができたことと思います。
トマさんは『祈りの部屋』で聖霊についてこう書いています。「聖霊こそが信仰と愛を完成させて下さる方、イエスに似た者に造り上げてくださる方です。『聖霊、私の心に来て下さい!』と切に願いたい」と。
私も主に感謝する毎日でした。
Holy Church has given two great gifts to all of humanity: art and saints.
Both art and saints reflect God’s beauty and, therefore, call to each man to recognize also what is good and what is true.
Art reflects God’s beauty through inanimate things and saints reflect His beauty as animate. In each case His images are His agents, so that we can can even call art, God’s grandchildren.(5月31日 Fr.Zのブログより)
「聖なる教会は、人類のすべてに2つのすばらしい贈り物を与えました:芸術と聖人」とあります。
私も同じ思いです。芸術は神の美しさの反映、そして主を讃えるためです。美しい絵画や彫刻、ステンドグラスなどの装飾、美しい音楽、美しい祭壇に美しいレースや織物の祭服等々。
YouTube: 03-Die Priester ~ Glorificamus Te (Lyrics)
先日中古ですがDie Priester のCDが手に入りました。3人の司祭たちが歌っているのでグレゴリアン聖歌もありますが、私は特にこの曲に魅かれました。というのも、この「白鳥の湖」を聴くとあの映画「神々と男たち」を思い出すからです。
そしてカトリック聖歌も歌っています。四旬節によく歌う「いばらのかむり(171番)」も心をうたれます。
YouTube: 02-Die Priester ~ Oh Haupt voll Blut und Wunden (Lyrics)
YouTube: Missa "RORATE CAELI" - Duszpasterstwo Tradycji Katolickiej w Białymstoku - 11.12.2015 r.
私が好きなカトリックの伝統的ミサ。![]()
すべてがキリストを中心に、祈りに包まれた荘厳なごミサです。伝統的ごミサの雰囲気が たまりません。
子どもたちもいますね・・・長~いごミサなのに・・・みんな可愛い神さまの子どもたち![]()
主キリストは復活して40日目に天へ上げられました。つまり正確には今年は5月30日が「主の昇天」の祭日です。よって「聖霊降臨のノヴェナ」を祈るなら5月31日から聖霊降臨前日の6月8日までです。
主キリストは天に上げられ、父の右の座にお着きになりました。そして主キリストは私たちから遠く離れたのではなく、かえって近くなられました。葡萄酒(聖血)とパン(聖体)という特別なかたちで現存されています。
まさにこれこそがキリストが私たちに残してくださった最高のものです。キリストの昇天に続く聖霊降臨、三位一体,キリストの聖体こそキリストが私たちにくださった恵み・聖心であり不変の教えです。
ですからある聖人は言っています。「『教会に行かなくても私はキリストを愛しているし信じています』と言う人は本当に主を愛し信じていると言えるのか?」と。
*(「教会に行かない人」とは、高齢や病気、教会が遠い等の理由で行くことのできない人達のことではありません。主は行くことのできない理由をわかっておられますから大丈夫ですよ。)
「聖母の月」も今日までです。明日からは「聖心の月」が始まります。
今日の聖書朗読はマリア様がエリザベトを訪問する場面です。毎晩の祈りで歌われる「マリアの歌」の箇所ですね。
教会の祈りは聖務日課ですが、正直私は日課としていません。特に朝、昼は日常のことを祈りより優先しているのです。
最近S枢機卿様が「教会は神中心ではなく人間中心になっている」と、警告なさいました。確かにそうかもしれません。教会の中でもキリストより他宗教の習慣や風習を大切にしたり、またそれが良いことのように話される人もいます。
私を含め反省しなければなりません。教会の教え=神の教えを人間の都合に合わせて曲げて解釈しようとすることは悪です。旧約聖書の時代、預言者たちは神のみことばを告げて迫害されました。現代も同じようなことが起きています。守られてきた教会の教え=神の教えを正しく告げる人達が迫害されています。
6月は「聖心の月」、主の聖心・教えをしっかり黙想する日々にしたいと思います。
「射祷」について、最近あらためてこの祈りがとても良いことに気づかされています。
Fr.Zは誘惑に遭う時には短い祈りを唱えなさいと言っています。私は誘惑に遭う時だけでなく不安な時にも、怒りがこみあげてくる時にも「射祷」を繰り返すようになりました。
私は「イエズス、マリア、ヨセフ、助けてください」と。これだけを繰り返すだけですがとても助けになります。勿論これはおまじないのことばではありません。射祷は祈りです。心からイエズス様マリア様ヨセフ様を信頼する祈りです。
フランシスコ教皇様は "Church must learn to abandon old traditions" と言われたそうですが、「古い伝統」が何を指すのか分かりません。またどういう意図で言われたのかもわかりません。が、射祷はこの古い伝統には含まれないと思います。