YouTube: St John Cantius: Latin Mass and Novus Ordo | Side by Side
ヴァチカン公会議までたてられていたトリエントミサ(Missa Tridentina)とその後の新しいラテン語ミサ(Novus Ordo)との比較です。シカゴにある聖ヨハネ・カンティウス・カトリック教会では、両方のごミサをあげています。
この教会の祭壇の向きはアド・オリエンティム(Ad orientem)です。しかし公会議後ほとんどの教会がベルスス・ポプルム(Versus populum)になり,司祭は会衆と対面するかたちとなりました。その理由が、司祭が祭壇をはさんで会衆と向き合うのは「神の民の集い」や「最後の晩餐」を意識しているからだそうです。でもこれこそが「ごミサの中心は司祭」と誤解される原因だと思います。あくまでも司祭を通してキリストが現れるのであって司祭がキリストではありませんから。
アド・オリエンティム(Ad orientem)は司祭が会衆と同じ東の方または十字架のある祭壇の方を向いてごミサをあげます。その理由は司祭が会衆を率いて共に主に向かうという意味だからです。これならごミサの中心は司祭ではなく主であるとはっきり理解できます。
別にアド・オリエンティムが廃止されたり禁止されているわけではないので、これからはまたアド・オリエンティムに戻してごミサをささげてほしいです。
10月は「ロザリオの月」、そして今日は「ロザリオの聖母」の日です。この記念日はギリシャ・レパントの海戦でロザリオの祈りによって聖母の助けを得たことを感謝し、聖ピオ五世教皇によって定められました。
どの教皇もロザリオの祈りを愛し大切にされてきました。聖ヨハネパウロ二世教皇は使徒的書簡『おとめマリアのロザリオ』を書いておられます。
ロザリオの祈りは12世紀頃始まり、15世紀頃には教会全体に広まったようです。そして聖ヨハネパウロ二世教皇が「光の神秘」を加えたことにより、ロザリオの祈りは喜びの神秘・苦しみの神秘・栄の神秘・光の神秘の4つの神秘となりました。
カトリック信者の多くは毎日ロザリオを祈っているでしょう。でも残念なことに祈り方を知らない人もいます。幼児洗礼の人は親から祈り方を教えてもらったり教会学校で学びます。でも成人洗礼で教えてもらっていない人は結構いるようです。信心業のやり方はカテキズムには載っていないし、学ぶ機会がないのは仕方のないことでしょう。ロザリオの祈りだけでなく、当たり前だったお告げの祈りや始業の祈り、終業の祈りなども唱える人は少なくなりました。
祈らない教会はどんどん弱くなっていくような気がします。
祭壇石(altar stones)を知っている人は少ないと思います。私もこれがあの時の物だったのかと今わかりました。
祖母の家と教会とは約20kmの距離があり、祖母たちは日曜日は汽車で教会へ通っていました。あれは私が小学生の頃、冬休みで祖母の家にいた時に家庭ミサがありました。あの頃は時々家庭ミサをたててもらっていたようです。
神父様がごミサの後片付けをしている時に、「これはとても大切なものだから絶対に忘れてはいけないものです」と、祭壇から四角いものを大切そうに包んでいました。ごミサの後は神父様と一緒に夕食。そしてそろそろ汽車の時間だからと神父様は帰られたのです。が、何とその大切なものを畳の上に忘れていたのです。私は母に言われるまま、その大切な物をもって走って神父様を追いかけました。幸い神父様が駅につく前に追いつき渡すことができました。そう、あの大切な物こそが祭壇石だったのです。私にとって忘れられない、今でもはっきりと覚えている出来事です。
YouTube: The Rare Catholic Ritual You’ve Never Seen Before
今日は「聖なる守護の天使」の日です。毎日守護の天使には感謝しています。特に寝る前には感謝をし、そして健やかな朝を迎えることができるように願います。主はすべての人に守護の天使をつけてくださいました。主がどれほど私たちを愛してくださっているかよくわかります。
そして昨日1日はリジューの聖テレーズの記念日でした。彼女は病気の苦しみが増すほどに主をより愛しました。24歳の若さで帰天するまで主を愛し続け、それは自分が聖人になることを望むほどでした。