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2023年12月 5日 (火)

アメリカでは跪く・日本では立つ

 これはFr.Z’s Blogに載っていたアメリカ合衆国での話です。ある司祭が聖変化の時には立つように言い、言われた信徒は困っています。アメリカでは聖変化の時には跪くように求められているからです。一方日本司教団が決めたのはこれとは正反対で「立ちなさい」です。

 Priest  told my CCD class NOT to kneel at the Consecration

From a reader…

QUAERITUR:

An assistant priest at my parish is telling my ccd class not to kneel during the Consecration of the Eucharist during mass. Any advice?

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First step, contact the pastor and ask him. Secondly, contact the diocesan office of Divine Worship.

Many priests say silly things – sadly, ordination does not infuse the ordinand with wisdom or even smarts. In the 1970’s, there was a movement to violate liturgical law and make the faithful stand during the consecration. In some places, this practice became “normal” even though it was a violation of the law (and also stupid).

The current norms in force in the United States require that the faithful kneel from the end of the Sanctus through to the end of the Canon.

 聖変化の時に立つのと跪くのとではどちらがふさわしいと思いますか?日本では「立ちなさい」と決められているようなので、私も立っていますが・・・。いつも違和感を感じています。weep せめて跪きたい人はそうしても良いという選択肢を認めてほしいです。ただの統一感だけを理由に全員立つように決めるのは違うような気がします。アメリカで跪くように求められているのは統一感のためではなく、キリストの前でのふさわしい姿勢が跪くことだからだと思います。動作の意味が大切なのでは?

Photo
  愛のきわみなる わが主イエズス

  永遠(とわ)のいのちぞ 与え給え

  秘跡にこもりて 主来たります

  いざ迎まつらん へりくだりて  

               (カトリック聖歌71番)