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2017年3月

2017年3月30日 (木)

映画「日本の26聖人」

 今年は映画「沈黙」が話題になっていますが、偶然に26聖人の映画をYouTubeで見つけました。

 こんな映画があったとは知りませんでした。昭和6年の作品です。とても古いですが意図がよく伝わって良い作品だと思います。


YouTube: 日本の26聖人

2017年3月27日 (月)

アンブロジオ典礼について

 アンブロジオ典礼は勿論聖アンブロジオに由来するものです。聖アンブロジオは四世紀ミラノの司教でした。聖アウグスチヌスに影響を与え、彼を回心へ導いたことでも有名です。

 ミラノで行われている典礼様式はアンブロジオ典礼(ミラノ典礼)と呼ばれ、これはローマ典礼よりも古いものです。またミラノで伝統的に歌われるアンブロジオ聖歌(テ・デウムやヴェニ・レデンプトール・ジェンティウム等)というラテン語聖歌もアンブロジオに由来します。

 古いからこそ良いものがあります。良いからこそ伝え続けられているのです。まさにカトリックがそうでしょう。

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ミラノでの HOLY MASS

 先週の土曜日(25日)は「神のお告げ」の祭日でした。この日フランシスコ教皇様はミラノにおられ、Monza公園で野外ミサを挙げました。

 このミサをYouTubeで見たのですが、素晴らしい! いつものごミサと違う!!どうやらアンブロジオ典礼らしいのです。キリエ(主よあわれみ給え)では十字架のキリストに向かって 祈ります。とても自然ですね。献香もたっぷり(ぐるっと回して円をかくくらい)。クレド(信仰宣言)では「…聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け人となられました。…」の所では深く礼をするか跪いていました。教皇様は足が悪いのに跪かれ、立ち上がる時に苦しそうな表情をされました。第一・第二朗読とも一般の信者の朗読ではありません。クレドの間に香での祝福があるなど順番も少しだけ違いますが、私はこのごミサがとても気に入りました。lovely

13キリエ(主よあわれみ給え)

3_2クレド(信仰宣言)

2ohiwhw11第一朗読と第二朗読

Lgwsynrw1答唱詩編と福音朗読

 Holy Massを見ることをお勧めします。ミサ典礼もよくわかります。よく「ここは日本、日本の典礼、日本のミサ、日本人になじんだやり方・・・」と耳にしますが、その前にカトリックの典礼、カトリックのミサ、カトリック信者(人種国籍に関係なく)になじんだやり方があるのを忘れないで。confident

2017年3月26日 (日)

レターレ

 

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 今日は四旬節第四主日。バラの主日とも呼ばれているレターレです。

 Laetare,Jerusalem(喜べ、エルサレムよ)の通り、今日のごミサは四旬節中でも天主からの希望の喜びを表して司祭の祭服は紫色ではなく、バラ色を用います。ですから「バラの主日」と言われています。

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 年に2回(待降節第三主日の「ガウデーテ」と四旬節第四主日の「レターレ」)しか用いることないこのバラ色の祭服は残念ながら日本ではなかなか目にすることはありません。

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 この日が来ると復活祭も近いと感じます。改めて四旬節の悔い改めを意識します。

2017年3月25日 (土)

神のお告げ(祭)

「わたしは主のはしためです。
お言葉どおり、この身に成りますように。」(ルカ1;38

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 主を信頼して、すべてを任せて主のみ旨を受け入れた聖マリアは私たち信者の模範です。私たちも聖母に倣い、いつどんな時にもただ主を信頼してすべてを受け入れることができますように。アーメン。

 マリア様は良き妻であり母でした。喜びをもって家庭を守り、夫ヨセフに従い二人でイエズスさまを育てました。マリア様には程遠い私ですが、主の望むことすべてを愛することができるように聖霊の恵みを願いながらこれからもマリア様に少しでも近づいていきたいです。

2017年3月23日 (木)

カテキズム

 数日前に祈りについて書いたのですが、誤って削除してしまいました。要するに私が書いたことはすべて『カトリック教会のカテキズム』に書かれていますので、それを読んでください。「一家に一冊、聖書とカテキズム」

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 しかしこの『カトリック教会のカテキズム』は3888円もするのです。内容からすると妥当なお値段ですが、それでも買うにはちょっと・・・、と思っている方、安心してください。パウロ女子修道会パウリーナのブログ:ラウダーテにこのカテキズムが載っているのです。その名も「カテキズムを読もう」です。まだ第2章3項までですがこれからも続くでしょう。

ここをクリック⇨ラウダーテ・カテキズムを読もう

 とはいってもやはり『カトリック教会のテキズム』は手元にあった方がよいし、信者ならあるべきだと思うのです。1回の外食代、1回の飲み代、1回のヘアーカット代、1回のパチンコ代をこの本に替えてみてはいかがですか?それ程難しいことではないでしょう。

 でもいくら手元にあってもそれを読まなければね。私も読まなければcoldsweats01

2017年3月22日 (水)

賢慮・敬虔・教会と教皇への愛

 

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 新しいオプスデイ属人区長にフェルナンド・オカリス神父様が決まり、1月27日には着座式がありました。あれから約2か月近く経とうとしています。

 オカリス神父様の着座式での説教では「賢慮さの徳・敬虔の徳、そして教会と教皇への愛」は統治者だけでなく皆さんにも必用です。それを神に祈りもとめましょうと話されています。創立者聖ホセマリアのモットーは「Omnes cum Petro ad Iesum per Mariam(皆がペトロと共にマリアを通してイエズスへ)」でした。私たちにも教会と教皇様のためにたくさん祈るようにとすすめておられます。

 またオカリス神父様はオプス・デイの創立者聖ホセマリアが主に向かって「主よ、私を全くあなたのものにしてください。私の心に入るものは、どんなに聖なる感情であっても、あなたの傷ついた御心を通ったものでなければ、一つも入らないくらいに」と祈ったように、いまそれを私たちの祈りにしましょう、とも言っておられます。

Photo_2オカリス司教  フランシスコ教皇  (故)エチェバリーア司教

2017年3月21日 (火)

苦しい時に

 ブログ「トマさん祈りの部屋」で、ある若くて美しい女性が癌になった話が書かれていました。人は誰でも何かしらの病気にかかったり、ケガをしたりするものです。不安になったり、時には絶望するほどの衝撃を受けるくらい重い苦しみがあるかもしれません。そんな時にこのトマさんの話は心の平安となるでしょう。

「誘惑(試練)は救いの道」から

聖アウグスティヌスは「誘惑(試練)があるから戦うことができる。戦うから功徳を積める。功徳があるから救われる」と説明しています。もし誘惑や試練がなかったら、生温い人間のままで、神がお望みの人間へと成長できないでしょう。誘惑や苦しみ自体に価値はありませんが、それを通して成長するとき、価値あるものに変えられるのです。そもそも十字架は罰を与える道具でしたが、イエスが十字架を受け入れた時から、それは罰ではなく愛のもう一つの形になりました。罰が恵みに変わりました。「過ぎ越した」のです。(「トマさん祈りの部屋」2017.3.18)

もっと読みたい方はここをクリック→トマさん祈りの部屋

 神の計らいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる

              (答唱詩編52番)

2017年3月20日 (月)

聖ヨセフ(祭)その2

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 今日ごミサに与った教会のヨセフ様と幼子イエズス様のご像です。私は想像力が乏しいので、やはり目の前にこのようなご像があるとうれしいです。私は聖画や聖像が大好き、それらは私の想像力を補ってくれるから。

 でも夫には注意されます。つい綺麗だから、可愛いからといって買い集めてしまうから。つまり無駄遣いをするから。反省しています。happy02

 私はこのK教会の聖堂が好きでよく行きます。どの聖堂で祈っても、キリストは変わらなく同じなので。「〇〇教会の信者」というより「キリストの教会の信者」のつもりです。

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 今日のお説教で知ったのですが、聖ヨセフを「教会の保護者に」決められたのは教皇ヨハネ23世だそうです。さすがパパジョヴァンニ!

聖ヨセフ(祭)

 19日は聖ヨセフの祭日ですが、今年は四旬節の日曜日と重なったために(四旬節の日曜日は祭日より上)今日お祝いします。

 聖ヨセフは「教会の保護者」です。怪しいマリア出現の話、今までにない聖書の解釈、本当のキリストの教えなのか、それとも歪曲されているのか、あいまいな表現でごまかされているような印象を受けることがあります。今こそ聖ヨセフへ取り次ぎを願う祈りが必要でしょう。

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聖ヨセフに向かう祈り

教会の保護者聖ヨセフ、信徒、修道者、司祭、司教、教皇の上にいつくしみの目を注ぎ、聖化のために祈ってください。教会は、あなたに養われた御子イエズスの血によって生まれました。教会の発展、自由、栄誉のためにささげるわたしたちの祈りをあなたにゆだねます。かつて、ヘロデの手からイエズスのいのちを救われたように今も教会を、誤り、悪、地獄の力から救ってください。「一人の牧者のもとに一つの群れとなるように」との、イエズスの望みが実現されますように。▼聖ヨセフ、私たちのために祈ってください。(『パウロ家族の祈り』より)

 ところで聖ヨセフを盛大にお祝いする国もあります。去年も書きましたが写真のようにお菓子やパンをいっぱいに飾ります。これらの食べ物は貧しい人達に配るのでしょうか?それとも持ってきた人達が食べるの?

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2017年3月17日 (金)

日本信徒発見の聖母(祝)

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 1864年長崎にフランス人のためのフランス寺(大浦天主堂)が建てられました。その時はまだ日本は禁教でした。そして1865年「日本26聖殉教者堂」と命名され、この年の3月17日あの感動的な出来事が起きました。

 洋風建築のフランス寺は物珍しさからそれを見物に来る人達がいました。プティジャン神父が祭壇の前で祈っていると、15人位で浦上から見物に来ていた中の一人で杉本ゆりと名乗る中年の女性が彼のもとに近づき、「ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ(私たちの信仰はあなたの信仰と同じです)」「サンタ・マリアの御像はどこ?」とささやきました。プティジャン神父は驚き喜びます。

 約二百五十年あまりの迫害、弾圧、殉教、宣教師追放の間、密かに信仰を守り続けた長崎浦上村の潜伏キリシタンたちには、代々守り伝えられた三つの伝承がありました。

①七代経ったらパードレ様がローマから船でやってくる。

②そのパードレ様は独身。

③サンタ・マリアのご像を持ってやってくる。

 プティジャン神父が本当のカトリック司祭であると確信を持った彼女たちもやっと250年間待ち続けた神父に会うことができ、これからはひそかにミサに与り秘跡も受けられるとどれほど喜んだことでしょう。おそらくプティジャン神父よりも喜びはもっともっと大きかったと思います。

 しかしまだ禁教は解かれていません。この後またひどい迫害・弾圧が起こります。けれども結果的にプティジャン神父からのニュースで知った世界の国々は明治政府に圧力をかけて、ついに明治政府は禁教令を廃止しました。

 私はこの喜びの日をもっと日本中で祝うべきだと思います。

Photo大浦天主堂

2017年3月14日 (火)

トラ次郎

 甘えん坊のトラ次郎。コリコリしてもらい過ぎて尻尾のつけねは毛が抜けてご覧の通り。

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 今日もお尻を突き出しておねだり。可愛いからついコリコリ・・・。これ以上ハゲないでね。

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 平和な春の一日です。

2017年3月13日 (月)

朝食にヨーグルトホットケーキ

 以前作った絹ごし豆腐入りのホットケーキは味がイマイチでしたが、豆腐をヨーグルトに換えたところコクが出てぐ~んと美味しくなりました。

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ヨーグルト450g.~500g.の水気を切ってギリシャヨーグルトに

卵2個、砂糖大匙5(甘さは好みで増減)

ホットケーキミックス粉150g.

 作り方はいつもの通り、卵をほぐして砂糖を加えてよく混ぜる。ヨーグルトも加えて混ぜ、最後にホットケーキミックス粉を加えてよく混ぜて、油を引いた電気釜に入れて炊飯2回で美味しいケーキの出来上がり。

 甘さ控えめにすると朝食に、甘くするとデザートに。簡単で美味しいですよ。モンクのコーヒーと一緒にheartご注文は下記のリンク先へどうぞ!

MYSTIC MONK COFFEE

 (モンクコーヒーはアメリカのワイオミングにあるカルメル修道会が作っているとても美味しいコーヒーです。味のバリエーションも豊富。その味は修道会の誠実さを表しています。このコーヒーを利用することで修道会を助ける事にもなります。)

 

2017年3月11日 (土)

お花教室と会食

 今日は3.11東日本大震災6年目の日、そしてお花教室の日でもありました。教室の後で先生へのお礼の昼食会がありました。四旬節中なのでちょっと気が咎めたのですが・・・。

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 お花教室の花材は、さくら、小手まり、チューリップ、スィートピー、ナルコランです。一足早く春が来たという感じです。

 濃い色は下・中央に、薄い(淡い)色は上・脇の方にが基本だそうです。確かにその方が落ち着くし安定感があります。

 昼食会はイタリア料理のお店「da cuore」。本当に久しぶりの外食、こういう機会がなければお店でいただくことはありません。隣にある病院の先生のブログ『こてる日記』にもよくこのお店での会食について書かれています。先生方も利用されるので、健康的(?)な味付けです。

Rhyay_r21 前菜           パスタ

Bfpsrw7w1 魚料理(又はお肉)    デザート

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カップチーノ(これは隣の人のコーヒー。私はエスプレッソ)

 お花の先生はとても優しいので、センスのない私でも続いています。そして他の生徒さん方も気さくでとても居心地の良い教室です。お食事会も他人の陰口や悪口は一切無し。気持ちの良いひと時を過ごすことができました。先生をはじめ生徒の皆さんに感謝!

2017年3月10日 (金)

ある黙想会のお話

 

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 過去の黙想会について色々見ていたところ、2年前の大阪の岸和田地区の黙想会の内容が目にとまりました。それはごミサに関することで、次のような前書きから始まっています。

私たちはミサに与ることには慣れています。けれども、そこで使われる物や言葉や動作の 持つ意味を理解しているのでしょうか。それとも、単に習慣的に繰り返しているだけなので しょうか。過越しの神秘を記念しているミサについての知識を深めることを通して、過越し の神秘を思い起こす復活祭の準備をしましょう。

 そして、いくつかの質問とそれに対する答えが載っていますが、ここではミサ中の言葉や動作に関する質問の中で2点だけ取り上げたいと思います。教えてくださる人がいないので皆さん知らないのでしょう。

 ミサにおける姿勢や動作の意味の中の質問で、

質問:(ミサ中に)礼(礼をする・頭を下げる):いつ礼をしますか? 

答え: 合計 5 回以上 ①信条の「おとめマリアから生まれ」「おとめマリアよりからだを受け」のとこ ろで深い礼(総則 137)。 ②聖別後に司祭が深い礼をするときに深い礼(総則 43)。 ③「聖体に対する尊敬を表すために、手を合わせて一礼し、聖体を授与する奉 仕者の前に立つ」(指針 4) ④平和のあいさつ「手を合わせて『主の平和』と唱えながら相互に礼をする」(総 則:日本における適応) 頭を下げる: ①回心の際の告白の祈り(全能の神と、兄弟の皆さんに告白します…)は「手 を合わせ、頭を下げて告白する」(ミサ典礼書該当箇所の赤字註) ②司式者は、イエス、マリア、そのミサで祝う聖人の名を唱える時(総則 275)。

質問: ミサ中の沈黙の意味 何回沈黙の機会がありますか?それにはどんな意味があるのですか?

答え: ・(1 回)回心の祈りの前:「しばらく沈黙のうちに反省する」(『ミサ式次第』) ・(1 回)集会祈願の「祈りましょう」の後:「会衆は司祭とともにしばらく沈黙の うちに祈る」(同上) ・(1~4 回)ことばの典礼の際:「ことばの典礼では、集まった会衆に合わせて短い 沈黙のひとときをとることが望ましい。それによって、聖霊に促され、神のことば を心で受けとめ、祈りをとおして応答を用意することができる。この沈黙のひとと きは、たとえば、ことばの典礼そのものが始まる前、第 1 朗読と第 2 朗読の後、ま た説教が終わってから適宜とることができる。」(『総則』56、『朗読聖書の緒言』28) 「説教の後に、短い沈黙のひとときがふさわしく守られる」(『総則』66) ・(0~1 回)奉納祈願の前:祈りへの招きに対して「一同は司祭とともにしばらく 沈黙のうちに祈る。次のような祈りをすることもできる」(『ミサ式次第』)これは、 一同が祈りの言葉を唱えた後に沈黙の時間をとる…に改訂予定。(1) ・(1 回)拝領後:拝領祈願の前「拝領後、一同は沈黙のうちにしばらく祈るか、ま たは詩編か聖書の歌を歌うことがすすめられる」(『ミサ式次第』)、または後「沈黙 の祈りがなかった場合、一同司祭とともにしばらく沈黙のうちに祈る」(同上)。 つまり、現在は最低 4 回、最高 8 回。(司祭はその他にもある。) 意味:「聖なる沈黙も、祭儀の一部として、守るべきときに守らなければならない。 沈黙の性格はそれぞれの祭儀のどこで行われるかによる。回心の祈りのときと祈願 3 への招きの後には各人は自己に心を向ける 自己に心を向ける。聖書朗読または説教の後には、聞いた ことを短く黙想する。拝領後には、心の中で神を賛美して祈る。祭儀そのものの前に も、教会堂、祭具室(香部屋)、準備室とそれに隣接する場所では沈黙が正しく守ら れなければならない。こうして、聖なる行為が敬虔かつ正しく行われるよう、すべ てが整えられるのである。」(『総則』45)拝領後の聖なる沈黙(『総則』43)    

 カトリック大阪大司教区岸和田地区いずみブロック四旬節黙想会(2015.3.8)

 この黙想会のビデオ画像はカトリック浜寺教会のホームページにあります。下の「カトリック浜寺教会」をクリックすると、二つの画像が現れます。両方見てもらえると嬉しいですが、まずは下段の『ごミサの心と形』を見てください。とてもためになるお話です。

カトリック浜寺教会

2017年3月 5日 (日)

拍手はいらないよ~!

 先日のFr.Zのブログに載っていたYouTubeの動画です。私も同感です。さすがヨハネ23世ですね。


YouTube: Giovanni XXIII chiede rispetto in Chiesa


2017年3月 2日 (木)

同じことが起こるなんて

 昨日の灰の水曜日のミサでのこと。家を出る前にたまたま見ていたTomaPさんのブログの内容と全く同じことが起きたので、ついミサ中に夫にささやいてしまいました。先ずはTomaPさんの2014年3月5日のブログから。

・・・そんな準備万端で迎えたはずの、灰の水曜日のミサ。

はじまりは、当日、司式するはずだった司祭が急遽できなくなったことでした。
そこで、ピンチヒッターとして、別の司祭が司式することになりました。

そんなバタバタした状況で、なんとかミサが始まり、
集会祈願まで進み、次は、聖書朗読に入るハズか・・・。

なぜか、灰の祝福を始めだしてしまったのです!

本当は、第1の聖書朗読と第2の聖書朗読、そして福音書の朗読、
さらに説教の後に、灰の祝福がある。という流れなのです。

みんなも、ちょっとポカ〜んとしてるし!
さすがに、灰の祝福は、ちょっと、ワープし過ぎではー!?

あわてて、司祭に駆け寄り、順番を説明して、
軌道修正してもらうことができました。・・・

 昨夜のミサでも全く同じことがおきました。主任司祭が集会祈願の後すぐに「これから灰の祝福を始めます」と言うので、助任司祭はちょっとけげんなお顔。でもTomaPさんのように言い出せずにそのまま修正なく続きました。

 別に順番がちがっても、灰の儀式は有効なのでどうということはないのですが、数十分前に読んだことが現実に起こったのでちょっとびっくりしました。こんな事もあるのですね。

50聖サビーナ教会で灰を受けるフランシスコ教皇

2017年3月 1日 (水)

灰の水曜日

 今日は灰の水曜日、いよいよ四旬節に入ります。

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 フランシスコ教皇様の四旬節メッセージ(2016.10.18)では[四旬節は、わたしたちに回心を強く求めています。キリスト者は「心から」神に立ち返り、通常の生活に満足せず、主との友情のうちに成長するよう招かれています。イエスはわたしたちを決して見捨てない忠実な友です。たとえわたしたちが罪を犯しても、イエスはご自分のもとにわたしたちが戻るのを忍耐強く待ってくださいます。そのように待つことを通して、イエスはご自分のゆるす意志を表しておられます。・・・荒れ野で40日間過ごし、「悪魔」の誘惑に打ち勝った主が、わたしたちのたどるべき道を示してくださいます。]と言っておられます。

 私をはじめ皆さんもこの四旬節の間に心からの回心の道を歩めますように。そして喜びと共に復活祭を迎えることができますように。アーメン。