この信仰宣言「クレド」の動画は、揺らいでいた私の心を落ち着かせてくれます。
「・・・聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました。・・・」ここで跪かれる教皇様。教皇様の祈る姿は私を勇気づけてくださいます。
マタイによる福音書 (6章33~34節)
まず、神の国とそのみ旨を行う生活を求めなさい。そうすれば、これらのものも皆、加えて、あなたがたに与えられるであろう。だから、あすのことを思い煩ってはならない。あすのことは、あす思い煩えばよい。その日の労苦は、その日だけで十分である。
最近思い煩うことは、カトリック教会の教えを曲解・歪曲して教えられること。例えば「昔はこう教えられましたが今は違います」と話されると、カトリックの教えは不変のはずなのに、カトリック教会の真の教えやイエズス様のみ心、マリア様のみ心(偽出現を含め)の理解は変わるのでしょうか?
マタイの福音書に書かれている「今日何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようか・・・」と言う悩みはありませんが、イエズス様の教え、聖書に書かれていること、カトリック教会の教えについてこれから教会はどうなっていくのだろうという不安はあります。
この事について夫と何度も話してみて学びました。これらのことを思い煩うのは愚かなことだと。カテキズムにははっきり書かれています。また何よりも主はこの現実を知っておられます。最後の審判を下されるのは主なのですから、私が思い煩うことはありません。他人の言動に一喜一憂するのではなく、ただ秘跡を大切にして、「神の国とそのみ旨を行う生活」を求め続ければよいということに気づかされました。
最近気になっている音楽と本です。LARGOは以前にも紹介しましたがロシア正教のグループです。彼らの動画と正教のクリスマスを見ると、カトリックが手放した素晴らしいもの(主への崇拝の表現)を持ち続けている正教を少し羨ましく思います。
YouTube: Величит Душа Моя Господа|Арт-группа Ларго
ロシア正教会のクリスマスミサ(1月7日ユリウス暦クリスマス)プーチン大統領の姿(59:00頃~)もあります。
YouTube: LIVE: Russia's Patriarch Leads Christmas Mass in Moscow
もう一つ気になるのが近日(明日15日?)発売される教皇ベネディクト16世とサラ枢機卿の共著の本です。私たち信徒が今不安に思っていることへの答え(希望)が書かれているのでは?と期待しています。
洗礼者ヨハネから洗礼を受けるイエズス
今日は主の洗礼の祝日。
そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。(マタイ3:13~17)
私たちの受ける洗礼は罪の赦しの悔い改めの洗礼ですが、イエズス様の洗礼は私たちの場合と違います。イエズス様の洗礼によって今日の第一朗読で読まれたイザヤ書、「(主は言われる。)見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。わたしが選び、喜び迎える者を。彼の上にわたしの霊は置かれ彼は国々の裁きを導き出す。・・・主であるわたしは、恵みをもってあなたを呼びあなたの手を取った。民の契約、諸国の光としてあなたを形づくり、あなたを立てた。見ることのできない目を開き、捕らわれ人をその枷から闇に住む人をその牢獄から救い出すために。」(イザヤ書42章1~4節、8~7節)が成就したのです。
今日のロザリオは「栄えの玄義」ではなく「光の玄義」から唱えることにしましょう。特にまだ洗礼の恵みを受けていない人たちのために。
時々行くMカトリック教会ではごミサの後にいつも「家族の祈り」を唱えます。『カトリックの祈り』の本には「聖家族に対しておのが家族のためにする祈り」が載っていて、A教会ではこちらの祈りを時々唱えています。
「家族の祈り」は残念なことに祈りの本『カトリックの祈り』『祈りの友』どちらにも載っていません。良い祈りなのでご存知ない方のためにここに載せます。
家族の祈り
わたしたちの父である神よ、わたしちの家族にくださった、
すべての恵みに感謝します。
わたしたちが互いに耳を傾け、支え合うことができますように。
怒り、争い、不安におちいることなく、
愛と喜びと、平安のうちに、ゆるし合えますように。
悩んでいるほかの家族のさまざまな思いに
心を留めることができるように、
わたしたちの心に愛を注いでください。何よりも、
わたしたちの家族が、あなたの愛と一致のしるしとなりますように。
わたしたちの主イエズス・キリストによって。アーメン。
一昨日は使徒聖ヨハネの祝日、昨日は幼子の殉教、そして今日は聖家族のお祝いです。主が今年も一年間私たちの家族と共にいてくださったことを感謝します。
カトリック新聞のクリスマス特集号で酒井俊弘大阪教区補佐司教様が「ほんもののクリスマス」について書かれていました。その中で聖家族について『クリスマスの中心であるイエス様自身が、実は贈る喜びそのものです。人類のために自分のいのちをささげに来られたのですから。聖母マリアと聖ヨセフも、そうです。聖母マリアは救い主の母となることを、聖ヨセフは救い主とその母を守ることを任されました。自分の全てを与えようという3人の間には、贈る喜びが満ちあふれていたことでしょう。』と、書いておられます。
聖家族は家族の中で自分を与えることの模範を私たちにしめしています。贈る喜び・・・確かに家族が喜ぶと私はもっと嬉しくなります。これからも夫や子どもたちのためにもっともっと自分を与えたい。![]()
31日には私たち家族への沢山のお恵みに「Te Deum」で主に感謝します。
聖ステファノは使徒たちによって選ばれた最初の7人の一人で、彼の殉教にはサウロ(パウロ)もかかわっていました。そしてキリスト教の最初の殉教者として多くの国々で崇敬されています。
少し長いですが教皇ベネディクト16世の聖ステファノについての話しを抜粋します。
ステファノは死ぬ前にこう叫びます。「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」。これは、詩編のことば(詩編31・6)を自分のことばとし、カルワリオでのイエスの最後のことばである「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます」(ルカ23・46)に従ったものです。そして最後にステファノは、イエスと同じように、石を投げる人々の前で大声で叫びます。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」。わたしたちは次のことに気づきます。一方で、ステファノの祈りはイエスの祈りを繰り返します。他方で、この祈りをささげる対象は異なります。なぜなら、この祈願は主ご自身、すなわちイエスに向けられているからです。ステファノはイエスが栄光を受けて父の右の座におられるのを仰ぎ見ながらいいます。「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」。・・・・・わたしたちも自分の祈りを、神のことばに耳を傾け、イエスとその教会と交わりをもつことによって深めなければなりません。・・・・・わたしたちの祈りは、神の右の座におられるイエスを仰ぎ見るものとならなければなりません。イエスは、わたしたちの、わたしの日々の生活の主だからです。
聖ステファノのようにいつもイエズス様を中心に生活しなければ・・・ついついイエズス様を忘れて過ごしてしまう時の多い私は反省!![]()
聖ステファノの洗礼名、堅信名の皆さんおめでとうございます!
毎年クリスマスと復活祭には教皇様の祝福を楽しみにしています。
ローマとは時差があるので、うっかりしていると祝福を受け損ねてしまいます。カトリック信者の多い国ではラジオやテレビでライブ配信されますが、日本ではインターネットに頼るしかありません。ヴァチカン25日12:00から、日本時間今日(25日)20:00からです。https://www.youtube.com/channel/UC7E-LYc1wivk33iyt5bR5zQ
いつものKカトリック教会は祭壇がとても美しく、イエズス様を迎える喜びにあふれていました。隣の幼稚園の園児たちもお行儀が良くてとても可愛らしいでした。Gさんが美しい声で答唱詩編をうたわれたので、おもわず詩編に引き込まれてしまいました。フランス人やポーランド人のご家族も一緒でしたよ。
救い主のご降誕おめでとうございます!
クリスマスは救い主イエズス様を信じている人も信じていない人も皆が心優しくなれる日です。それは幼子イエズス様の愛がすべての人に降り注ぐから。
YouTube: The Priests - O Holy Night (Live in Armagh)
神でありながら私たちと同じようにみどりごの姿て生まれた救い主イエズス様。聖なる家族にとって貧しい馬屋は優しさとぬくもりの愛で満ちています。
そして、クリスマスといえば私の好きなこの曲で祝わないわけにはいきませんね。⇩
三合炊き炊飯器の内釜の塗装が剥げてご飯がくっつき始めました。安い炊飯器だったので内釜だけ替えようと思い探したところ値段が三千円以上もします。それならば思い切ってもう少し大きな炊飯器に買い替えることにしました。選んだのは東芝の5.5合炊きでなんと七千円台!しかもケーキ焼き機能付き。
今日ケーキ焼き機能を試してみました。以前の「炊飯モード」で作った時には蒸しケーキのようでしたが、今回の「ケーキモード」ではオーブンで焼いた時に近い焼き上がりになりました。(美味しさは:オーブン > ケーキモード > 普通の炊飯)
デーツケーキ
ラム酒に漬けたデーツが入っています。牛乳の代わりに生クリームを使いちょっとだけリッチな味になりました。
昨日のごミサで神父様が「明日からクリスマス前のノヴェナ(九日間の祈り)が始まります。」と言われました。恥ずかしいことに私はすっかり忘れていました。神父様が思い出させてくださり感謝!修道会では当たり前のことですが私のような信徒は忘れがち・・・そこがまた信徒と特別な召出しを受けた司祭、修道者との違いでもあります。
さて、先月(11月)の10日は聖レオ1世教皇教会博士の記念日でした。教皇レオ1世といえば説教が素晴らしかったことで有名です。いつかその説教集を読みたいと思っていたところネットで見つけました。
届いたのは1965年出版の古い本です。中は鉛筆で引いた線や書き込みがあり、前の所有者がしっかりと読みこんでいた跡がありました。そして出版社名などの記された後ろのページには前の所有者の印が押されていました。その印を見てびっくり!「ネメシェギ」とあります。そうペトロ・ネメシェギ神父様です(多分)。ネメシェギ神父様はこの本の編集者でもあります。これは本棚の飾りにしてはいけない!私もしっかりと読まなければと思いました。
待降節第3主日を迎えました。クリスマスまであと少し。今日多くの司祭様方がバラ色の祭服をまといごミサをたてられると思います。Gaudeteの歌で喜びの訪れを待ちましょう。
Gaudete! Gaudete! 歓べ! 歓べ!
Christus est natus キリストが生まれ給うた
Ex Maria Virgine おとめマリアから
Gaudete ! 歓べ!
グアダルーペの聖母はメキシコの保護者です。メキシコのグアダルーペに住んでいたインディオのファン・ディエゴにマリア様がご出現されたのは1531年12月9日のことでした。1754年には12月12日をグアダルーペの聖母の祝日と定められました。
フランシスコ教皇様はメキシコを訪問された際に、この聖母の前で祈られました。ルルドやファティマと同じくカトリック教会が認めている聖母出現です。メキシコだけでなく世界中の多くの人たちがグアダルーペに現れた聖母を信頼して主への取り次ぎを祈っています。
余談ですが様々な〇〇の聖母と言われると、まるで聖母がたくさんおられるかのように聞こえますが、聖母はただお一人です。聖母マリア様に様々な呼び名があるということでしょうか。それとは異なり、洗礼者ヨハネ、ヨハネ使徒、十字架のヨハネなどは同じヨハネでもそれぞれ違った人達です。わかりきった当たり前のことでしたね。![]()