カトリック Feed

2017年9月 1日 (金)

典礼~大丈夫?

Photo_2(写真:Fr.Zのブログより)

 この写真を見て思わず笑ってしまいました。典礼をいい加減にしている教会はアメリカでも多いのでしょう。以前私の教会の主任司祭だったP神父様は「私の趣味は・・・典礼かな?」と言われたくらい、いつも典礼を勉強されて、私たちにも教えてくださいました。

 例えば、ミサの中での祈りやロザリオは言葉の意味をかみしめてゆっくりと唱えること。ロザリオは時間内に終わらない時は途中まででもよいのでゆっくりと。使徒信条の時、「主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ」の所では頭を下げるなど、大切なことを色々と教えてくださいましたが、神父様が移られた後はもう皆さん教わったことは忘れています。とても残念です。

 大阪では典礼委員会が定期的にあるそうです。おそらくそこではローソクも真直ぐにシャキッとしているでしょう。

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2017年8月29日 (火)

洗礼者聖ヨハネの殉教

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 洗礼者ヨハネの誕生ではなく殉教なので、やはりこの構図の絵かな。あまり気持ちの良いものではありませんが・・・。

 自分の罪を指摘されたから、その人を恨んで復讐する、典型的逆恨みですね。でも気をつけないと私たちも同じようなことを体験するのでは。本人のために悪いことを改めてもらおうという思いで言っても、逆に恨まれてしまうことってありますよね。洗礼者ヨハネほどではありませんが。とにかく相手の忠告は素直に聞くようにしましょう。

 さて本題に入って、洗礼者聖ヨハネと呼ばれる通り彼の活動の中心は「洗礼」でした。彼は人々に回心して神に心を向けるようにと説き、回心のしるしとして洗礼を授けました。回心の必要のないキリストにも洗礼を授けましたが、このことについては「主の洗礼」の時にあらためて書きます。

17polo_veroneseキリストに洗礼を授ける洗礼者聖ヨハネ  Paolo Veronese

 多くの預言者は迫害されました。預言者がキリストのみことば=真理を語り、改心を説くときにそれを受け入れることのできない人達が必ずいます。領主ヘロデ・アンティパスと彼の兄弟の妻ヘロデヤもそうでした。ヘロデとヘロデアの結婚をヨハネにとがめられて、二人はヨハネを憎みました。結果、ヘロデアの悪知恵でヨハネの首ははねられてしまいます。

 真理を語ると殺される・・・今の時代、殺されるとまではいかないとしても、真理を語ると批判、非難されたり、嘲笑されたりする時もあるでしょう。これはいつの時代にもありますが、特に近年それは顕著です。でも恐れずに真理を語りましょう!

2017年8月28日 (月)

St.Aurelius Augustinus

夜はふけて日が近づいた。だからやみに行われる業を捨てて、光のよろいをつけよう。昼のように慎んで行動しよう。酒盛り、酔い、淫乱、好色、争い、ねたみを行わず、主イエズス・キリストを着よ。よこしまな肉の欲を満たすために心を傾けることはするな。(ローマ人への手紙:13.12~14

  ある日アウグスティヌスが庭にいた時に、隣の家から子供のような声で「取って読め」という声が聞こえました。アウグスティヌスは、これを「聖書を開いて最初に見える言葉を読め」という神の命令だと思い、急いで部屋に引き返して聖書を開きました。最初に目に触れたところが上記の「ローマ人への手紙」の箇所でした。

 アウグスティヌスはこの頃、神のみ旨を行おうとする新しい意志と悪い習慣のうちに留まろうとする古い意志との争いに葛藤して、心は揺れていました。ところが このローマ人への手紙の一節を読み終わると、迷いはたちどころに消えて、心は平安に満たされました。 

 「主イエズス・キリストを着る人になりなさい」とよく言われます。「私のような人間にはむりです」と思う人は多いです。しかし聖アウグスティヌスはあれだけ堕落した生活をしていたのに、回心するとそれからは見事にキリストを着る人となりました。私たちも聖アウグスティヌスを見習い、キリストを着るものとなれるように聖アウグスティヌスの取り次ぎによって主に祈りましょう。

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   聖アウグスティヌスの祈り

主よ、み前にあやまちを告白します。

そのために受けた傷をも。

おかした罪の重さをはかれば、

その受けるべきものは大きいものを

そのために受ける苦しみは少ない。

おかしたことは大きいのに

そのために耐えるものは軽い。

罪の痛みをおぼえながらも

罪をおかすかたくなさは変わりません。

あなたのムチに打ちひしがれても

心のゆがみは変わりません。

にがい思いに苦しみながらも

かたい心のうなじは柔らかになりません。

悲しみに息も絶えだえになりながらも

行いにおいて自分をあらためもしません。

あなたが、時を許せば、いつまでもなおらず、

きびしく当たられれば、それを耐えられません。

こらしめの時、なおそうと悔やんでも

喉もと過ぎれば熱さを忘れます。

あなたが手を出されると、

すぐにします、と約束するのに、

その刀をひかれると

その約束を果たしません。

あなたが打てば

許してくださいと叫ぶのに

許されれば、また打たれるようなことを

してしまいます。

主よ、罰に値する自分の罪を悟らせてください。

もし、許されなければ、

滅びてしまうことを知っています。

全能の父なる神よ、

無から造られて、あなたに願う

わたしたちの願を聴き入れてください。アーメン。

2017年8月24日 (木)

聖バルトロマイ使徒(祝)

 今日は聖バルトロマイ使徒(=ナタナエル)の祝日です。今日の福音朗読もバルトロマイが初めてキリストに出会う場面です。キリストはナタナエルについてこう言っています。

イエズスは、ナタナエルが自分のほうに来るのを見られ、ナタナエルについて「見よ、偽りのない純粋のイスラエル人を」といわれた。(ヨハネによる福音書 1;47

 聖バルトロマイは主にアルメニアで宣教、そこで殉教したようです。

Photo聖バルトロマイ使徒 (システィーナ礼拝堂:ミケランジェロ)

 皮膚をはがされて殉教したので、この絵では自分の皮を持っています。何ともすさまじい殉教です。聖バルトロマイ使徒のように強くて篤い信仰を万分の一でも欲しいです。

2017年8月21日 (月)

St.Pope Pius Ⅹ

今日は聖ピオ十世教皇様の記念日。

 20世紀初頭の混乱した社会を、キリストの精神に従って建て直そうと力を尽くした。近代主義を排斥し、伝統的価値を擁護するとともに、典礼の刷新、教会法典の編纂、聖職者の教育の強化に貢献した。彼は強固な意志と知性に恵まれ、その業績と徳の高さから人びとに敬われた。(Laudate: 「聖人カレンダー」より)

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 カトリック教会の伝統的価値を大切にされた教皇様、尊敬します。lovely

2017年8月15日 (火)

聖母の被昇天(祭)

 8月15日は世間一般では終戦記念日とお盆ですが、私にとってはそれよりもずっと大切な聖母の被昇天の祭日です。私のブログのアドレス assumpta もここからとってあります。

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Giotto: 聖母マリアを迎えに来たキリスト。キリストの腕に抱かれているのは聖母の魂

Peter_paul_rubens Rubens: 聖母が天にあげられる場面

 今年はヴァチカンからのごミサ中継はないようです。聖母の被昇天、祭日なのに・・・ローマの猛暑のせいかな?

  * * * * * * * * * * * * * * * *

 ところで、以前書いた「毒麦」のたとえ話で、「私たちの心の中には良い麦と毒麦がある」というのは教父アウグスチヌスの解釈でした。というので、勿論教父の解釈が正しく私が間違っていました。知識不足でごめんなさい。

2017年8月14日 (月)

St. Maksymilian Maria Kolbe

 自分の教会の保護聖人を知っていますか?名前は知っているけれどどんな人(どんな意味)かは知らないという人もいるでしょう。そういう方はこの機会に調べてみては?お子さんの自由研究になるかも。

 今日は私の教会の保護者聖マクシミリアノ・マリア・コルベ神父様の殉教記念日です。強制収容所アウシュビッツである人の身代わりを申し出て、餓死室で殉教されました。コルベ神父様の殉教は有名ですが、神父様が特にマリア様を信頼していたことはとても大切なことです。この生き方があったからこそあのような最期を迎えることができたのだと思います。

Photo長崎:執筆中のコルべ神父様

Photo_2ポーランド:修道院の部屋


 子供の頃白いバラと赤いバラを持った聖母が現れて「どちらが欲しい?」と聞かれ、コルベ少年は「両方欲しい」と答えた話は有名ですね。聖母を崇敬する両親に育てられたコルベ少年は白いバラ=司祭職と赤いバラ=殉教どちらも得ました。いつも聖母の取り次ぎを祈り『無原罪の聖母の騎士』という雑誌を執筆出版して布教しました。日本に来てからもすぐに日本語で『無原罪の聖母の騎士』を出版しました。

Photo_3昔の『無原罪の聖母の騎士』と最新号

2017年8月11日 (金)

St.Chiara d'Assisi

 休日の今日はアッシジの聖キアラの記念日です。

 アッシジに行くと、聖フランチェスコ大聖堂(Basilica di San Francesco d’Assisi)聖キアラ聖堂(Basilica di Santa Chiara)と共に必ず行く場所がサン・ダミアーノ修道院(San Damiano)です。聖キアラが16歳から亡くなるまで過ごした修道院(多分)。

 貴族の家庭に生まれた聖キアラは聖フランチェスコの説教に心を動かされて、彼の指導のもと修道生活に入り、妹のアグネスと共にフランチェスコ会の女子修道会キアラ会(クララ会)を創立しました。後に彼女たちの母オルトナーラもこの修道会に入ることになります。聖キアラは修道院から一歩も出ることなく、清貧・貞潔・従順を守り、祈りと労働の日々を過ごし1253年8月11日59歳で亡くなりました。

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写真上から:サン・ダミアーノ. 聖キアラの服. 聖キアラ

2017年8月 6日 (日)

主の変容(祝)

 台風5号は奄美や屋久島に大雨をもたらしているようです。毎年訪れる台風ですが、大きさもコースも速度も様々なのでこればかりは慣れることはありません。皆様の所では大きな被害はなかったでしょうか?復旧作業の安全をお祈りいたします。

 さて今日は主の変容の祝日です。その様子が今日の福音個所です。

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 六日後、イエズスはペトロとヤコボとその兄弟ヨハネを連れて、人里離れた高い山に登られた。そして、彼らの前で姿が変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。そのとき、モーゼとエリヤが現れ、イエズスと語り合った。ペトロが口をはさみ、「主よ、私たちがここにいるのはよいことです。お望みなら、私はここに三つの幕屋をつくります。一つはあなたのために、一つはモーゼのために、一つはエリヤのために」とイエズスに言った。ペトロがなお話し続けていると、光る雲が現れ、雲の中から、「これは私の愛する子、私の心にかなうものである。これに聞け」と声があった。弟子たちはこれを聞いて、恐れて倒れ伏した。するとイエズスは彼らに近づいて彼らに触れ、「起きよ、恐れることはない」と言われた。彼らが目を上げてみると、イエズスのほかにはだれも見あたらなかった。山を下りるときイエズスは彼らに、「人の子が死人の中からよみがえるまで、見たことをだれにも言うな」と命令された。(マテオ 17・1~9)

 イエズスの変容の時に旧約の)モーゼとエリヤが現れます。勿論モーゼ=律法、エリヤ=預言のことで、二人の律法と預言をイエズスが成就することがわかります。そしてもう一つ大切なことは「これは私の愛する子、私の心にかなうものである。これに聞け」という言葉です。この言葉通りにいつもキリストに聞き従いましょう。

2017年8月 4日 (金)

聖ヨハネ・マリア・ビアンネ司祭(記)

 

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 Kカトリック教会のごミサへたまに行きます。どうしてK教会に惹かれるのか、その大きな理由の一つは主任S神父様が普通の説教をなさるから。ジョークを入れたり歌ったりして会衆を楽しませることに重点を置くのではなく、説教の内容はその日のみことば(朗読個所)に沿ったお話。それも聖書の新しい解釈(昔の異端説)ではなく、正統な教えだからです。

 説教の長さや、言葉の問題、話し上手下手は関係ありません。長くても短くても、たどたどしい日本語でも早口でも、原稿を読んでも良いのです。大切なのは話す内容です。私は面白い説教や楽しいミサ、ノリの良いミサは苦手です。ミサ典礼はそれなりの荘厳さも必要です。

 惹かれるもう一つの理由は、ミサの奉献文が文語体であること。文語体の奉献文・・・良いですよgood 

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 今日は聖ビアンネの記念日。聖ビアンネ神父様は司祭の保護者です。神父様の説教はどんなものだったのでしょう。彼の伝記を読めば、少しはわかりますが、おそらくいつも信者の回心のためにキリストの教えを熱心に真面目に話されていたと思います。

 聖ビアンネは貧しい人たちを助けながら自分は私たちが想像する以上に質素な生活をしていました。しかしミサ典礼の祭服や聖具にはお金をおしみませんでした。それは自分のためではなくキリストへの畏敬の念の現れ、彼のミサに対する思いが伝わります。

 聖ビアンネは特別に何かしたのではなく、例えば修道会をつくったり、聖母やキリストのご出現にあって使命を託されたり、殉教したりしたわけではありません。ただ司祭の務め、ごミサや説教、告解を誠実に行っただけでした。しかし彼の名声はフランスの田舎町アルスだけにとどまらず遠く外国まで及びました。

 聖ビアンネ神父様からゆるしの秘跡を受けたいと願う大勢の人が彼のもとに来ました。人々は自分の犯した罪を告白して、キリストのゆるしとなぐさめ、そして希望を聖ビアンネ神父様を通して受けました。彼の罪の告白を聴く態度と告白に対する助言は人々の心に染み透ったのでしょう。だから人達はわずか数分の告解のためにも遠路はるばる苦労して彼のもとへ来たのだと思います。

 教皇ベネディクト16世は「司祭年」の年(2009年8月5日)に司祭の保護者聖ビアンネについて、「ビアンネ神父は司祭職という自分の受け取った賜物を常に最高のものと考え、子どもの頃、母に『もし自分が司祭だったら、多くの魂を捉えたい』と言った、その言葉どおりの人となり、南フランスの小さな村の無名の主任司祭は、善き羊飼いの姿を目に見える形で全世界に示す存在となった」「ビアンネ神父は生きた公教要理であり、特に彼がミサを捧げる時、聖体礼拝をする時、告解室にいる時、信徒はそれを最大限に学ぶことができた。」「ビアンネ神父が生きた革命後のフランスを覆った一種の『理性の独裁』の時代、また今日私たちが置かれた『相対主義の独裁』の時代、いずれの時代も人々の『真理への渇き」は変わらず、司祭たちはこの渇きに答えるため、『信仰の教育者』として『真のキリスト教共同体』を育て、すべての人々にキリストへ続く道を開く必要がある」と説かれました。

2017年8月 1日 (火)

毒麦のたとえ

 今日の福音朗読は先月23日(年間大16主日)と同じ箇所です。

さて、人々を去らせてイエズスが家には入られると、弟子たちが寄ってきて、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。「よい種をまくのは人の子である。畑は世界である。よい種は国の子らで、毒麦は悪者の子らである。それをまいた敵とは悪魔である。収穫は世の終わりで、刈る人は天使である。毒麦が集められて火で焼かれるように、この世の終わりにもそうなる。人の子が天使たちを送ると、天使たちはその国の中から、すべてのつまずきと悪を行う人々を集め、燃えさかるかまどに投げ入れる。そこには嘆きと歯ぎしりがあろう。そのとき義人たちは父の国で太陽のように輝く。耳ある者はきけ」とこたえられた。(マテオ:13.36~43

 このたとえ話で「私たちの心の中には毒麦も良い麦もある」と、説明されたことがありますが、それはこのたとえ話の説明とは明らかに違います。確かに私たちはみな罪人ですが、ここで言っている毒麦はそういう意味ではありません。キリストははっきりと言っています。「よい種は(み)国の子らで、毒麦は悪者の子らである。・・・収穫は世の終わりで…毒麦が集められて火に焼かれるように、この世の終わりもそうなる」と。

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 この話のポイントはキリストに倣って善く生きようとする義人(よい麦)とそうでない人(毒麦)にはこの世の終わりに主の正しい裁きがあるということです。こう言うとすぐに「いつくしみ深い神はご自分が創られた人間を地獄に落とすわけがない。神はすべての人を愛し救われる」という人が必ずいます。その人は自分にとって都合のよい神を作っています。聖書に書かれていることを歪曲してはいけないでしょう。

 こう言うと、「あなたはとても厳しい!」と言われますが、万人受けすることを言ったら間接的にキリストを否定することになります。キリストが言っていないことをさも言ったように話すことはできません。聖ステファノはなぜ石を投げられ殉教したのでしょうか。民衆が喜ぶことを話せばよかったのでは?しかしそうすればただのステファノ、聖書に記されることもなかったでしょう。

2017年7月28日 (金)

みことばを聞く

 以前にも載せました。『ことなの木』で説明されていた「みことばを聞く」。これは大切なことですね。

 私の教会のごミサの中で「ことばの典礼」の朗読の時に、パンフレットを閉じてみことばを聞いている人は1%いるかいないか。一斉にページをめくる音がガサガサ・・・。これについては酒井神父様も「みことばは聞くように」とおっしゃっています(ちなみに私はよく目を閉じて説教を聞いていますが、居眠りしていると思っている人がいるようですshock)。

 カトリック荻窪教会学校のスヌ校長も子どもたちに教えています。⇩

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 そして朗読の後は侍者(いない時には朗読者)は「神の(主の)みことば」と言います。会衆は「神に感謝」とこたえます。カテドラル、K教会、T教会、M教会ほとんどの教会はそうしています。当然教皇様のごミサでも同じです。A教会では侍者が「神に感謝」会衆も同じく「神に感謝」?shock (侍者が「神に感謝」と言った場合には会衆は何もこたえない)

 色々と書きましたが結局他の人がどのようにしようと私には関係のないことだとわかりました。今まで何度書いても全く変わらないのであればこれが主のみ心。受け入れるしかありません。わたし自身がみことばをよく聞いて、自分が朗読した後に侍者がいなければ「神のみことば」と言えばよいことです。他人を変えようと思うのが間違いでした。note Que sera,sera Whatever will be,will be notes

2017年7月25日 (火)

聖ヤコブ使徒(祝)

 聖ヤコブ使徒の祝日です。ゼベダイの子聖ヤコブは使徒ヨハネの兄弟です。キリストのいとこでアルファイのヤコブ(小ヤコブ)と区別するために「大ヤコブ」と呼ばれています。

 聖ヤコブは44年頃に殉教したといわれています。彼の遺体は9世紀頃にスペインで発見されました。当時キリスト教徒はイベリア半島に侵略してきたイスラム教徒とたたかっていたので、彼の遺体は特に崇拝されて、遺体が発見された場所には大聖堂が建てられました。そして彼はスペインの守護聖人となり大聖堂は有名な巡礼地となりました。スペイン語でサンティアゴ(Santiago)とは聖ヤコブのことです。

Photo聖ヤコブ使徒 ルーベンス

 聖ヤコブといえばサンティアゴ・デル・コンポステーラでしょう。三大巡礼地の一つで、シンボルのホタテ貝を巡礼者は着けて歩いています。

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巡礼路

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シンボルのホタテ貝  フランス語でホタテ貝のことを「ヤコブの貝」(coquilles Saint-Jacques)というそうです。

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そして定番の「ヤコブのケーキ」(以前アップした写真と同じです)

 私の友人の息子さんも歩いてサンティアゴ・デル・コンポステーラ巡礼をしました。彼はカトリック信者なのできっと祈りながら歩き、主の沢山のお恵みに気づかされたことと思います。若い時に巡礼できる人はいいですね。

2017年7月22日 (土)

St.Maria Magdalena

 聖マリア・マグダレナの 記念日は祝日になりました。おそらく信者で彼女について知らない人はいないでしょう。

 マリア・マグダレナはイエズスが七つの悪霊を追い出した女性として福音書に登場します。七つもの悪霊につかれていたということは肉体精神ともに大変な苦しみだったと思います。だから彼女の重い苦しみがいやされた時の喜びは私たちには想像できないくらいだったでしょう。

 キリストに癒されて彼女の生き方は180度変わりました。キリストを知ったことで新しく生まれたのです。彼女はいつもキリストを見て、キリストに倣い、キリストがすべてであると悟りました。キリストが十字架を荷われて歩んだ道を共に歩み、聖母マリア様と共にキリストの十字架のもとに留まりました。キリストは復活後最初に彼女に姿を現されました。彼女はキリストが昇天した後も弟子たちや兄弟姉妹のために働きました。

 聖マリア・マグダレナは私たちに教えてくれます。女性は女性なりのやり方で教会に貢献できることを。

 今日は私の亡き祖母の霊名祝日でもあります。聖マリアマグダレナの霊名を持つすべての人のために祈ります。

Dozcngr01Tiziano                            El Greco

Mla4agd51Paolo Caliari                   Domenico Tintoretto

 ちなみにマグダラのマリアはベタニアのマリア(ラザロの姉妹)と同じ人物と紹介している人もいるようですが、二人は別人です。名前からしてマグダラ地方のマリアとベタニア地方のマリア、すでに3世紀頃二人は別人であると言われています。

 *近年また異端とされたグノーシス派のフィリポ福音書、トマス福音書、マグダラのマリア福音書(に書かれていること)をあたかもカトリックの教えのように話す人たちがいます。気をつけましょう。

2017年6月29日 (木)

聖ペトロと聖パウロ使徒の祭日

 6月は祭日の多い月です。今月最後の祭日が「聖ペトロと聖パウロ使徒」。聖ペトロと聖パウロについては何度も書いているので今回は省略します。

 聖ペトロで思い出すのが「Quo vadis, Domine?(主よ、どこに行かれるのですか?)」。この言葉をもとにポーランドのヘンリク・シェンキェヴィチ氏が書いた小説が『クオ ヴァディス』です。あまりにも有名で何度か映画にもなりました。

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 ローマ帝国のキリスト教徒への迫害がひどくなり、ペトロもローマの町を離れるためにアッピア街道を歩いていました。そこに向こうからローマに向かって歩いてくるキリストと出会ったのです。ペトロは跪いて「主よ、どこに行かれるのですか?」と尋ねました。キリストは「もう一度十字架にかかるためにローマへ」と。これを聞いてペトロはすぐにローマへ引き返し、そして殉教したのです。

 小説の主人公マルクスとリギアは想像上の人物ですが、皇帝ネロや聖ペトロ、聖パウロは歴史上の人物です。キリスト教徒への迫害も歴史的事実に基づいて描かれています。信徒の方でまだ見ておられない方は是非一度ご覧になってください。

2017年6月25日 (日)

ふたたび三位一体について

 Fr.Zのブログで「三位一体」について書かれていました。わたしが聞いた水のたとえも載っていました。(私は異端を教えられていたの?catface

一部の司祭は三位一体について人々の理解を助ける熱意で、三位一体は水にたとえられる(水は蒸気、氷、液体の三つの形態で見える)とか、また他の人は三位一体は殻、黄身、白身の異なる部分からなる卵にたとえられるとか主張します。またワインボトルや太陽にたとえたり・・・これらのたとえはすべて創造的だが確かに異端的・・・アリウス主義の支持者がいます。そこには他の異端もあります。[Fr.Zのブログより]

 つまり私が教わった水のたとえは異端的だったのでしょう。Fr.Zは三位一体を正しく理解するためにアタナシウス信条(Athanasian Creed)の三位一体に関するところを薦めています。

[アタナシウス信条]の一部 (「みこころネット」より)

 ・・・・・・・

 カトリック信仰は次の通りである。われわれは三位における唯一の神、一における三位の神を信じ、[三つの]ペルソナを混同したり、その実体を区分したりしない。

 なぜなら、聖父の一なるペルソナ、聖子の別のペルソナ、聖霊の別のペルソナがあるからである。しかし、聖父と聖子と聖霊たる神は一であり、栄光は等しく、威厳は永遠に共存するからである。

 聖父と聖子と聖霊はそのようなものである。聖父は創造されたのではなく、聖子は創造されたのではなく、聖霊は創造されたのではない。聖父は無限であり、聖子は無限であり、聖霊は無限である。聖父は永遠であり、聖子は永遠であり、聖霊は永遠である。しかし、三つの永遠ではなく、一つの永遠であり、また三つの無限や三つの創造されざるものではなくて、一つの無限、一つの創造されざるものである。同様に、聖父は全能であり、聖子は全能であり、聖霊は全能である。しかし、三つの全能ではなくて、一つの全能である。

 そのように聖父は神であり、聖子は神であり、聖霊は神である。しかし、三つの神々ではなく、一なる神である。そのように、聖父は主であり、聖子は主であり、聖霊は主である。しかし、三つの主ではなく、一なる主である。われわれはキリスト教的真理によって どのペルソナも御自身で神であり主であると認めるように強いられるのと同じように、カトリック宗教によって三つの神、三つの主があると言うことを禁止されている。

 聖父は何かから作られたのではなく、また創造されたのではなく、生まれたのではない。聖子は聖父のみからの御方であり、作られたのではなく、創造されたのでもないが、[聖父から]生まれたのである。聖霊は聖父と聖子からの御方であり、作られたのではなく、創造されたのではなく、生まれたのでもなくて、[聖父から]発出なさるのである。それゆえ、一なる聖父がましますのであって、三つの聖父があるのではなく、一なる聖子がましますのであって、三つの聖子があるのではなく、[一なる]聖霊がましますのであって、三つの聖霊があるのではない。そしてこの三位一体のうちには前と後、より大きいとより小さいというものは何もなく、三つのペルソナ全体は共に永遠に共存なさり、共に等しい御方である。

 それゆえに、前に言ったように、すべてのことがらにおいて、一体における三位、三位における一体が礼拝されるべきである。それゆえに、救いの状態にいることを望む者は三位一体についてこのように考えるべきである。

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2017年6月24日 (土)

洗礼者聖ヨハネの祭日

Photo 聖エリザベトを訪問した聖母マリア、二人のお腹の中にはキリストと洗礼者ヨハネがいます。この絵を見ると洗礼者ヨハネは生まれる前すでに母の胎内で救いの訪れを受けています。

 今日の福音朗読の中で名前についての話が出てきます。割礼の時に集まった人々は父親の名を取って「ザカリア」と名付けようとしましたが、ザカリアは「ヨハネ」と書きました。主から告げられていた名前です。

 この箇所を読むと名前も大切だと気づかされます。特に洗礼名を選ぶときには祈ります。そこにはやはり主のみ旨が働いているのではないでしょうか。霊名にふさわしい生き方をしなければと反省しています。

2017年6月23日 (金)

イエズスの聖心の祭日

 「イエズスの聖心」の信心は17世紀にフランスで広まりました。聖マルガリタ・マリア・アラコクがキリストからの啓示を受けたことに始まります。

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 彼女にキリストは茨に巻かれ十字架を戴き炎に燃え立つご自分の心臓を示して「人々を愛するために多くの苦悩をしのんだ私の心。しかし彼らは冷淡で、受けた恵みを忘れ、私の心はこの世の罪で傷つけられています」と言われ、彼女にその償いを命じられました。

 その償いとは、聖心の特別な祝日を定め、毎月の最初の金曜日に聖体拝領をして、毎木曜日の晩の聖時間を守り、家庭を聖心に捧げることです。

 初金のごミサに与りたくても学生や勤めている人には難しいです。6月は「イエズスの聖心の月」です。初金のごミサに与ることができなくても、いつもイエズス様の愛を理解し、敬い、聖心を生きるように、キリストの恵みに感謝して過ごすことが償いとなるでしょう。

2017年6月22日 (木)

誤解を解く

 今日は聖トマス・モア殉教者の日。聖トマス・モアについては学校の歴史の授業で習ったので皆さんよく知っているでしょう。英国宰相の彼は国王ヘンリー8世が離婚したいためにローマカトリック(離婚を禁じている)から離れ英国教会の首長になろうとしたことに反対したために、ロンドン塔に監禁され処刑されました。彼が殉教する前に言った言葉は有名です。「私は国王の忠実な僕として、しかしその前に、まず第一に神の忠実な僕として死んでいきます」。

 カトリック=キリストの教えに忠実であろうとすると、主の教えか、人間の望みか選ばなければならない時があります。曖昧であってはいけません。

     *   *   *   *   *   *   

 同性愛の傾向がある人達も同じです。私が今まで書いてきたことで誤解をしている人がいるかもしれません。

 はっきりしておきたいのはカトリックは同性愛者に不寛容ではないということです。カトリックでは同性愛の傾向があること自体は罪ではありません。同性愛的傾向があるからと言って聖体拝領ができないのではありません。聖体拝領はできます。ただし同性愛の生活をしていたら別です。つまり同性同士で性関係を持ったり、同棲していたりしたら聖体拝領はできません。このような生活は罪の状態です。これは異性間でも同じです。大罪を犯したり罪の状態にいる人は聖体拝領はできません。

 カトリック信者の中にも同性愛の人はいますし、自ら選んで善い信仰生活をしようと努力している素晴らしい人はたくさんいます。

 ここに一冊の本があります。この本の序文を書いたサラ枢機卿が司教や司祭に是非読んでもらいたいと言っています。(日本語訳を望む!)

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2017年6月20日 (火)

聖体行列と初聖体

 18日の聖体の祝日はヴァチカンでも聖体行列がありました。勿論ごミサでは子供たちの初聖体もありました。

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Photo_4初聖体の子供たち (初聖体の準備はとても大切なので、ヨーロッパでは初聖体は小学校2年生くらいからです。)