カトリック Feed

2018年4月25日 (水)

聖マルコ福音記者(祝)

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 聖マルコといえばすぐにヴェネツィアの聖マルコ大聖堂(Basilica di San Marco)を思い浮かべます。聖マルコ広場から見るバジリカも美しいですが、その内部の豪華さにも感動します。

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 聖マルコは聖パウロに従い宣教の旅をしました。また聖ペトロの話した説教集をまとめて福音書『マルコの福音』を書いたとされています。

 聖マルコが「ライオンのような生き物に」に例えられるのは、『マルコの福音書』が洗礼者ヨハネがライオンが吠えるように叫び宣教する場面から始まるからです。また「エゼキエル書」に書かれている四つの生き物に由来しています。(四福音書と四福音記者)

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聖マルコ大聖堂内部 ⇧ ⇩

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2018年3月31日 (土)

復活の主日・復活の聖なる徹夜祭

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 復活の聖なる徹夜祭、洗礼、堅信を受ける方はいませんでしたが、私たちは洗礼の約束の更新をしました。

 帰る時に復活の卵を頂きましたが、よく考えると卵の祝福はなかったような・・・。もしかして明日祝福して配る予定だったのか、単に今晩祝福を忘れたのか?謎です。でももう食べてしまいました。 happy01

2018年3月30日 (金)

聖金曜日~主の受難

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 主の受難の日をなぜ "GOOD FRIDAY"と呼ぶのでしょうか? 調べてみると元々は古い言葉で"Godes Friday "(God's Fridayの意味)だったのが、だんだんと変化して"Good Friday" となったそうです。ここで私の新説を・・・キリストは十字架の死によって私たちが犯した罪の罰を贖ってくださいました。つまり私たちから見ればそれはよいこと=goodです。でもこの説は私の考えなので真に受けないでください。

 他に「偉大な金曜日」と呼ぶ国もあるようですが日本語の「聖金曜日」が一番良い呼び名だと思います。"Good Friday"と呼ぶ国では"God's Friday"に変えた方が良いと思うのですが。

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 今日は大斎・小斎そして十字架の道行き。午後3時に十字架の道行きをします。教会ではごミサはなく、言葉の典礼(聖書朗読・受難の朗読・盛式共同祈願)と十字架の礼拝があり、そして最後にまじわりの儀(聖体拝領)があります。(*鹿児島ザビエル教会H.Pの案内に[3月30日(金)主の受難のミサ19:00]とありますがミサではありません)

 キリストの十字架の死、私たちのために苦しまれ十字架にかけられたキリスト。キリストはこれほどまでわたしたちを愛してくださっている・・・それなのに私は・・・。

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2018年3月29日 (木)

聖木曜日~主の晩餐

 聖なる過ぎ越しの三日間、最も大切な三日間が始まります。

 午前中は一年間使う聖香油のごミサがあり、司祭様方は叙階の時の司祭の約束を更新されます。聖香油のごミサを水曜日に行う(小教区が遠い司祭のため)教区もあります。離島の多い私の教区も水曜日です。

 主の晩餐のごミサでは洗足式もあります。イエズス様は弟子たちの足を洗いました。教皇様が枢機卿様や司教様方の足を洗い、司教様は司祭様方の足を洗うのが無理なく自然だと思います。それだけでイエズス様の意向は十分に伝わります。(現実は違いますが)

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 「主の小羊の食卓に招かれた者は幸い」という司祭の呼びかけに私たちは「主よ、あなたは神の子キリスト、永遠のいのちのかて、あなたをおいて、だれのところに行きましょう」とこたえ信仰告白をします。皆が主の食卓にひとつに集う、私も招かれている、この大きな恵み、なんと素晴らしいことでしょう。

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2018年3月25日 (日)

受難の主日~枝の主日

72キリストはロバに乗ってエルサレムへ、人々はヤシの葉を手に歓喜します。


 受難の主日、今日から聖週間が始まります。受難の月曜日、受難の火曜日、受難の水曜日そして聖なる三日間と続きます。特に今週は十字架のキリストを意識しながら過ごさなければ。そしてご復活祭をふさわしい心で迎えることができますように。

 ところで枝の主日は英語でPalm Sundayと言いますが、palmとはヤシのことですよね。でも日本の南の方ではヤシよりもソテツ(cycads・ソテツ科)が多いせいかヤシの葉の代わりにソテツの葉を準備する教会が多いです。またカトリック聖歌では「~棕櫚(シュロ)の葉を手に持って~note」と歌いますが、棕櫚もヤシ科なのでこちらを使っても良いかと。

 私の教会でもソテツを使いますが、この葉は固くてとがっているので痛いです。棕櫚の葉ならこれほど痛くないのですが。隣町の教会ではオリーブの枝を用意していました。これなら痛くなくていいです。ロシアやウクライナにはヤシの木はないのでネコヤナギを使います。これもなかなか良いですね。

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多分これがヤシの葉 ⇧

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ネコヤナギを祝福する正教会の大主教 ⇧

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子どもはみんな可愛いな~heart ⇧⇩

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多分棕櫚の葉で作った十字架 ⇧

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こんなpalmもあります。みんなおめかしして可愛いtulip

2018年3月19日 (月)

聖ヨセフ(祭)

 

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 今日3月19日は聖ヨセフの祭日です。この他に5月1日労働者聖ヨセフの日もあります。

 聖ヨセフは生まれた日も亡くなった日もわかりません。殉教したわけでもなく奇跡をおこなったわけでもありません。しかしその生涯は誰にも真似できない素晴らしいものでした。

 キリストの養父になることを神から告げられ、それを素直に受け入れ、そしてどんな時にも主を信頼して、聖母マリアとキリストを守りました。

Photo 家族を守るたくましい父親像と共に、その深く強い信仰心は正に義の人。聖ヨセフの最後は聖マリアとキリストに看取られたように、わたしも聖マリアとキリストの名を呼びながら最後を迎えることができるように聖ヨセフの取り次ぎを祈ります。

2018年3月17日 (土)

日本の信徒発見の聖母(祝)

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 プチジャン神父は日本の信徒発見の様子を手紙に書いています。このことについては確か去年のブログに詳しく書いたような気がするので、今回は省きます。

 「サンタマリア様のご像はどこ?」あまりにも有名なこの問いかけ。プチジャン神父の手紙を読むたびに、その時の神父の感動が伝わって来ます。

 浦上やその地の地で命がけで守り伝えてくださった人達のこの信仰を私たちも伝え続けなければと強く思います。

2018年3月14日 (水)

主は私を忘れない

「女が自分の乳飲み子を忘れるだろうか。

自分の腹にいた子を憐れまないだろうか。

たとえこの女たちが忘れても、

このわたしはお前を忘れない。

見よ、わたしはわたしの手のひらにお前を刻んだ。                                                                                 (イザヤ:49,15~16)

 今日の福音朗読の一部です。これは私の好きな聖書の箇所のひとつです。私にいつも希望を与えてくれます。

 私が母親だからなお一層その意味がよくわかります。主は私を見捨てることは絶対にない、どんなに私が罪深くても罪を悔い改め主に従うなら、主は私を救ってくださり共にいてくださると。

 私はこれほど主に愛されているのだから、この主の愛に私も応えなければ。

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2018年3月 7日 (水)

ご聖体拝領

 

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 私が初聖体の時から舌でいただいていたご聖体を手でいただき始めたのはいつの頃からでしょう。そうしたのはご聖体拝領が舌から手に変更されたと思っていたからです。しかし本当はそうではなく、手で受けてもよいという特別な許可があり、舌で受けるのが本来の姿なのだと知りました。

 私は手でご聖体を受け取る仕草に違和感があります。それはよく取り皿がない時に「手皿で失礼します」と漬物や茶菓子を手にいただくことを連想するからです。ご聖体を普通の食べ物と同じように手にいただく・・・。

 各国での教皇様のごミサを見ていると国によって大きく違います。韓国や日本人などアジアの国では手で、中南米やアフリカでは舌で受ける人が多いようです。日本では手で受けるように教えられ、舌で受ける人はほとんどいません。でも世界中では舌で受けている人達はたくさんおられます。ならば以前と同じように私も舌で受けていいはず!そうわかった時から何の違和感もなく舌で受けることにしました。普通の食べ物とは違う、キリストの御体・ご聖体をいただくのだから、特別な敬意をもっていただきたいのです。手皿では失礼だと感じるので。

 勿論これは私自身が感じることで、他の人も同じとは思いません。ご聖体拝領をどんな形式でいただくにせよ、その心が大切です。キリストの御体という認識と敬意が。

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2018年3月 5日 (月)

教会の母

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 聖霊降臨祭の月曜日は「教会の母聖マリア」の祭日(祝日?)になります。とても嬉しいことです。

 そしてこの記事にも心ひかれました。

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2018年3月 4日 (日)

七つの悲しみ

 聖母のイコンを探していたところ、このイコンを見つけました。

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 「悲しみの聖母」のイコンです。七本の剣は聖母の七つの悲しみをあらわしています。剣で刺し貫かれるほどの苦しみ、悲しみを受けられた聖母。

 四旬節中には十字架の道行きをしますが、この聖母の七つの悲しみの道行きも早速今日から始めようと思います。

聖母マリアの七つの悲しみの道行

第1留 聖母は老シメオンの預言によって悲しむ
第2留 聖母はエジプトへ逃避する
第3留 聖母は御子を見失う
第4留 聖母はカルワリオへの途上で御子と出会う
第5留 聖母は十字架のもとにたたずむ
第6留 聖母は御子の亡骸を抱く
第7留 御子が墓に葬られる

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2018年2月22日 (木)

聖ペトロの使徒座(祝)

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そこでイエズスは、「では、あなたたちはわたしを何者だと言うのか」と仰せになった。すると、シモン・ペトロが、「あなたは生ける神の子、メシアです」と言った。これに答えて、イエズスはペトロに仰せになった。「バルヨナ・シモン、あなたは幸いである。あなたにこのことを示したのは人間の知恵ではなく、天におられるわたしの父である。それではわたしもあなたに言う。あなたはペトロである。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。よみの国の門も、これに勝つことはできない。わたしはあなたに天の国のかぎを授けよう。あなたが地上でつなぐものは、天においてもつながれ、あなたが地上で解くものは、天においても解かれるであろう」。(マタイ16.15-19)

2018年2月17日 (土)

罪人を招く教会

ファリサイ派の人々やその派の律法学者たちはつぶやいて、イエスの弟子たちに言った。「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか。」イエスはお答えになった。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」(ルカ.30-32)

 今日の福音の一部です。この箇所を読むたびに思います。キリストが罪人を招いたのは悔い改めさせるためだということを。罪人を招いたことばかりに重点を置き、その目的を無視してはキリストの教えは意味を成しません。私たちがそうしようとすると「その人を裁いている」と言われますが、そうではありません。人を裁くのは主のみです。それはその人が間違いに気づくように諭す為です。

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2018年2月15日 (木)

教皇様の灰の式

 灰の水曜日: バジリカ聖アンセルム~聖サビーナ教会行列、フランシスコ教皇様によるごミサ、灰の式です。


YouTube: Pope Francis- Stational rite and Holy Mass 2018-02-14

2018年2月14日 (水)

灰の水曜日

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 いよいよ今年も四旬節が始まります。

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 今日は満18歳から満60歳未満の人は大斎を、満14歳以上は小斎を守らなければなりませんが、私のまわりでは60歳以上の方も病気でない限り大斎を守られているようです。大斎・小斎の意味がよくわかっておられる方は年齢には関係なく実践なさるのでしょう。

 復活の主日までに良い準備ができますように、まず祈ること。そして祈り、次も祈る・・・何をするにしても行う前に祈ることを心がけます。

 では40日間皆様も良い準備ができますようにお祈りいたします。そして特に教皇様のために祈ります。離婚、再婚者…LGBT…中国のカトリック教会…ユダヤ教…イスラム教…等々・・・教皇様が聖霊の助けによって判断し、そしてキリストの教えを忠実に私たちに伝えて、正しい道に導いてくださいますように。

2018年2月 2日 (金)

主の奉献(祝)~マリアの清めの祝日

 

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 今日は主の奉献の祝日(Candelaria)です。

 律法によれば初子はすべて神のもので神に奉献するよう決められていました。そこでヨセフとマリアも律法を守り、マリアの40日の清めの期間(出産した女性は40日目に清めの式を行う)が終わると、初子イエズスをささげるためにエルサレムの神殿へ向かいました。そこで出会ったのがシメオンとアンナです。

 シメオンと言えば頭に浮かぶのは「教会の祈り」で毎晩寝る前に祈る「シメオンの歌」です。

神よ、いまこそ あなたは おことばのとおり、

しもべを安らかに行かせてくださる。

わたしは この目で あなたの救いを見た。

あなたが万民の前に備えられた救い、

諸国の民を照らす光、

あなたの民イスラエルの光栄。

 Candelariaとは聖燭祭=主の奉献のことです。ロウソクの祝日ともいわれています。ヨーロッパやアメリカの教会では今日のごミサで信徒が持って来たロウソクを祝福してもらえます。⇩

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(写真:Fr.Zより)

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家庭では窓辺にたくさんのロウソクを飾ります。

2018年1月28日 (日)

聖トマス・アクィナス司祭教会博士

 聖トマス・アクィナスが今の使徒的勧告『愛の喜び(Amoris laetitia)』を読んだらきっと・・・⇩

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(ブログ Fr.Z より)

 確かに聖トマス・アクィナスが読んだら驚くでしょう。私などはただひたすら聖トマス・アクィナスの取り次ぎを祈るしかありません。何を祈るかというと、、、解る人には解るのです。

2018年1月25日 (木)

聖パウロの回心

使徒行録の中で聖パウロは自分の回心について語っています。

わたし(パウロ)は、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。ダマスコにいるキリスト者たちを縛り上げ、エルサレムへ連行して処罰するためにダマスコへ出かけました。

ダマスコに近づいた時、真昼ごろ、突然、天から強い光がわたしの周りを照らしました。わたしは地面に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と言う声を聞いたのです。

『主よ、あなたはどなたですか』と尋ねると、『わたしは、あなたが迫害しているナザレのイエスである』と答えがありました。一緒にいた人々は、その光は見たのですが、わたしに話しかけた方の声は聞きませんでした。

『主よ、どうしたらよいでしょうか』と申しますと、主は、『立ち上がってダマスコへ行け。しなければならないことは、すべてそこで知らされる』と言われた。

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アナニアは言いました。「わたしたちの先祖の神が、あなたをお選びになった。それは、御心を悟らせ、あの正しい方に会わせて、その口からの声を聞かせるためです。あなたは、見聞きしたことについて、すべての人に対してその方の証人となる者だからです。今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい。その方の名を唱え、洗礼を受けて罪を洗い清めなさい。」(使徒行録22:3~16

 サウロ(聖パウロ)はキリストの声を聞き、回心して、自分が今まで迫害してきた人達が信じているキリストについて宣教し始めました。しかしキリストを受け入れないユダヤ人たちにとってはサウロは裏切者です。彼らから何度も命を狙われたようです。

 主はサウロ(聖パウロ)を選ばれました。この聖パウロの回心の箇所を読むたびに主の計らいは私たちの考えの及ばない素晴らしいものだと思います。note神の計らいは限~りなく生涯わたしはその~中に生きる~~note confident

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2018年1月16日 (火)

みことばは聞くもの

 タイに行っておられる司教様のブログに「拝聴すべきみ言葉」と言うお話が書かれていました。タイではみ言葉の時には司祭も子供も大人も皆胸の前で手を合わせて拝聴するとありました。鹿児島教区でもそうしようと呼びかけたら冷笑を買うだろうか・・・と。

 えーっ!冷笑する人がいるのですか?手を合わせてみことばを聞くことは当たり前だと思っていました。手を合わさなくてもせめて祈りの姿勢で、そして冊子は閉じて。

 以前にもそれについて詳しく書かれているカトリック荻窪教会学校新聞『こもれび』の「いっしょに学ぼうミサのこと」を載せました。今日はもう一度載せます。皆さんよ~く隅から隅まで読んでくださいね。

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 ついでに白浜司教様が典礼勉強会で奉納行列の時には座るように、それは行列であってまだ奉納ではない。その後の奉納の時に起立するように。そうすることによってメリハリをつけて奉納がよりはっきりと現されると。でもね、せっかく白浜司教様が指導してくださっても神父様方や典礼委員の皆さんには伝わっていないのですよ。残念 catface

2018年1月 9日 (火)

洗礼式


YouTube: Pope Francis Holy Mass Baptism of the Lord 2018-01-07

 主の公現の日、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂で行われた赤ちゃんの洗礼式です。ウ~ンかわゆす!lovely 赤ちゃんの洗礼はいつ見ても可愛くて、心を和ませてくれます。赤ちゃんを中心にお父さんお母さんそしてお兄ちゃんやお姉ちゃんの愛に包まれた幸せいっぱいな家族を見ると、本当に心が温まります。