カトリック Feed

2019年2月11日 (月)

ルルドの聖母・世界病者の日

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 さて、今日11日はルルドの聖母・世界病者の日です。私のまわりにも病気で療養、入院している人がおられます。病気の人達のために毎晩祈っていますが、今日は特に聖母の助けと保護を祈ります。

Photo_2  病気の人また家族や友人知人に病気の人がおられる方にこの聖ホセマリアの『病者のための九日間の祈り』をお薦めします。九日間だけでなくくり返しずっと続けても良いと思います。

2019年2月 5日 (火)

日本26聖人殉教者(祝)

 

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  1862年6月8日教皇ピウス9世によって列聖された日本26聖人殉教者の祝日。私は書きませんが、毎年この日に特に思うことがあります。

 今日は26人の聖人たちばかりでなく、日本で迫害を受け苦しまれた人達、殉教された人達、すべての人のために祈ります。そして彼らに取り次ぎを願います。

日本26聖殉教者の信仰を求むる祈り

主イエズス・キリスト、主は十字架の刑によりて、聖ペトロ・バブチスタ、聖パウロ三木、およびその他の殉教者をして、主の御鑑にならわしめ、日本国民の信仰の初穂として、かれらの鮮血を治め給えり。▴願わくは、二十六聖殉教者の御取次によりて、堅固なる信仰と迫害に堪うる勇気とをわれらに得しめ給え。アーメン。(「カトリックの祈り」より)

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2019年2月 2日 (土)

主の奉献の祝日

 

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 Candelaria(聖燭祭)、また「マリアの清めの祝日」とも呼ばれている「主の奉献の祝日」は地方によってはクリスマスの終わりでもあります。ローソクを祝福してもらい、フランスではクレープを食べてお祝いします。(今もするのかは知りませんが、この由来は以前ブログに書きました。)

 また今日は教皇ヨハネ・パウロ2世が定めた「世界奉献生活者の日」でもあります。ベネディクト16世はある年のこの日に「キリストが修道者を選ばれます。いや、むしろ修道者はあますところなくキリストから捕らえられるのだと言えましょう」と話されました。

 先月観想修道院に行く機会がありました。そこの修道女たちの奉献生活はまさにキリストから捕らえられている姿でした。キリストからとても愛されている彼女たちを見てちょっとうらやましく思いました。

 教皇様は今日は主に多くの修道者たちの召命を祈り求めるためのよい機会だとも言っておられます。

御召を求むる祈り

主イエズスよ、主はかつて使徒たちに向かいて「穫り入れは多けれども働く者は少なし。故に働く者をその穫り入れに遣わさんことを、穫り入れ主なる御父に祈れ」と宣えり。▴願わくはわれらのうちより、司祭または修道者となりて働く多くの人々を選びて、主の公教会に遣わし給わんことを、われらの母なる童貞聖マリアの御取次によりてこいねがい奉る。アーメン。

使徒の元后、▴わららのために祈り給え。

2019年1月31日 (木)

聖ヨハネ・ボスコ司祭

 Don Bosco (ボスコ神父1815~1888年)はあまりにも有名で、わずか200年余り前の聖人です。

 自分自身が貧しさの中で育ちとても苦労したので、貧しい子どもたちのことをよく理解できました。子たちが誰でも教育を受けて技術を身に着けられるように奔走し、後にサレジオ会を作り、会は青少年の教育のために世界中に学校を作りました。日本にもサレジオ会が作った学校がいくつかあります。また出版業のドン・ボスコ社もあります。

 ドン・ボスコはお父さん(早くに亡くなりましたが)、お母さん兄弟の愛をいっぱいに受けて心はとても豊かでした。しかし今のある子どもたちは愛の貧しさに苦しんでいます。家庭内で居場所のない子ども、親からの虐待、心が空っぽで希望のない子どもたち。経済的貧困よりも愛情の貧困の方が深刻な問題かもしれません。

 ドン・ボスコは普通の教育(読み書きや計算等)だけではなくキリストの教え=愛を子どもたちに教えました。むしろこちらの方が大切だったでしょう。キリストは愛ですから「愛の教え」です。愛を知っている子どもが大人になれば愛を知っている大人になります。やがて愛の家庭を築きます。

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2019年1月28日 (月)

聖トマス・アクィナス司祭教会博士

 


YouTube: O Salutaris Hostia - Catholic Eucharistic Hymns


聖トマス・アクイナスの記念日が今年もきました。聖トマス・アクイナスといえば『神学大全』。以前これの易しい解説本はないかと書きました。すると娘が『トマス・アクイナス・理性と神秘』(山本芳久著)という本を持って来てくれました。「この本は優しいし、弟がトマスの研究に惹かれる気持ちがわかる」と言っていたので読み始めました。

 確かに易しく書いてあります。しかし哲学の基礎のない私には簡単ではありません。ゆっくりと同じところを何度も読み返しながら読み進んでいる状態です。

 本を読むのは楽しいですね。以前「欲しい物は買わない。必要な物を買う」と書きましたが、本を買う時に一番悩みます。『この本は本当に必要か?ただ単に欲しいだけか?』と。ほとんどの場合「必要」と思って買うのですが、いつも後悔するのは小説の類です。しかし聖人に関する本や典礼、祈り、説教集、回勅などは心と信仰の糧となるのでいつも買ってよかったと満足しています。

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 「学ぶ」という点では私も生涯学生です。

2019年1月25日 (金)

聖パウロの回心(祝)

 聖パウロの回心は毎年私自身の回心を思い起こさせます。聖パウロのように劇的ではなく、キリスト教を迫害していたわけでもありません。でも今ほど熱心でなかった私を主は確かに回心へと導いてくださいました。聖霊のお恵みをたくさんいただいたことは確かです。

 聖パウロの回心は遠い過去の自分とは関係のないことではなく、主と結ばれている人ならだれでも起こり得ることです。

 例えばいつも朝の祈りをしない人が、朝一番に主に祈り一日を始めるようになる、日曜日に教会へ行かなかった人が、主と出会うために教会へ行くようになる。自分の子どもに信仰教育をしていない親が子どもにキリストや聖書について話すようになる・・・。たとえそれが小さな回心であっても、それは主からの聖霊のお恵みです。回心の恵みを主に願うことは良いことでしょう。自分の力だけではできないことは主が必ず助けてくださいます。

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聖パウロ

2019年1月21日 (月)

聖アグネス乙女殉教者

 

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 アグネスは13歳の頃ある青年に求婚されましたが『天使がお仕えしているお方、…彼だけに忠実を守り、彼だけに私のすべてをささげます」と、生涯の貞潔を誓い結婚を断りました。当時ローマはキリスト教迫害の時代でしたので、そのことを恨んだ青年によって彼女は裁判にかけられました。どんな脅しや拷問にも屈することなく彼女は殉教しました。

 キリストと天国で一致することを望み、地上でキリストのために殉教された聖アグネスは今も多くの女性から尊敬されています。アグネスの霊名を持つ人が多いのもわかります。

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2019年1月13日 (日)

主の洗礼(祝)

 ロシアでの神現祭=主の洗礼祭の模様です。ロシア正教ではこの日氷の張った冷たい水の中に入ります。去年の神現祭、ロシア正教徒でもあるプーチン大統領も氷点下5度の水にご覧の通り↓⇩↓

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 さて本題の「キリストの洗礼」について。毎年同じことを書いているような・・・。

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 ・・・イエズスも洗礼を受けられたが、そのとき祈られると、天は開け、聖霊ははとのような形をとってその上に下り、『あなたはわたしの喜びとする私の愛する子である』言う声が天から聞こえた。(ルカ3;21~22)」と聖書に記されているように、イエズスが神の子としてはっきりと現されるためでした。そしてイエズスが神の子として神のメッセージを伝える預言者としての活動をはじめることをはっきりとあらわしています。

2019年1月11日 (金)

教皇様のために祈りましょう

If we have been born into troubling times, then we are precisely where we are to play our role.  We are in the right place and the right time.   Trust in God’s divine providence.  He knows what he is doing.

And I will remind you that we weren’t promised a bed of roses when we were baptized.  We who are Christ’s disciples will all drink at least some drops of the chalice He drank on Calvary.   It is our task to be faithful, brave and persevere.(Fr.Z)

 Fr.Zにある信徒から「フランシスコ教皇が教会の長であると信じるのは困難です」という趣旨の相談が寄せられ、Fr.Zが丁寧な長い答えを書いています。上記の文章はFr.Zの答えの最後の部分です。

 確かに教会にとって、私たちにとって今の時代は大変です。でもFr.Zも言っているように今よりももっともっと悪い時代がありました。今と比較にならない異端の猛威、教会への攻撃、聖職者(教皇を含め)の腐敗等々。しかしいくら悪によって教会をつぶそうとしても真理の教会は残っています。そしてこれからも滅び去ることはありません。それは主が悪に負けることは絶対にないからです。

 私たちは悪魔が望む通り不安になったり、不信を持ったり、教会を離れるのではなく、Fr.Zが言っているようにキリストに忠実に、勇敢にそして辛抱強くなることが今の私たちの務めだと思います。

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 教皇様のための祈り

わたしたちの至福なる教皇フランシスコのために祈りましょう。

主が教皇を守り、命を永らえさせ、地上において幸福にし、

敵の悪企みにお任せになりませんように。アーメン。

神よ、教皇フランシスコを守り、強めてください。

移り変わりの激しい世にあって、教皇が私の信仰をかため、

いつも変わることのないあなたのことばを

ふさわしく説き明かすことができるように導いてください。

永遠の牧者であるキリストよ、あなたは教会を建て、

その頭としてペトロを選びました。

ペトロの後継者である教皇のことばを

素直に受け入れる心を、わたしたちにお与えください。

                    アーメン。

2019年1月 6日 (日)

主の公現(祭)

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 note ぽっかぽっかラクダ 遠い国から

 博士を乗せて どこまで行くの

 星を目当てに ベトレヘムへ ~  note

 もう主の公現です。あっという間にクリスマスのお祝いも終わろうとしています。ちょっと寂しい気もします。でもこれからイエズス様を通して神の顕現「主の洗礼」が続きます。どんどん主の光に包まれていくような気持ちです

 3人の博士たちの捧げ物は黄金・乳香・没薬でした。この黄金について最近聞いた話があります。聖家族がエジプトへ逃れる時、この黄金はその旅費として家族を支えたであろうと。確かに納得のいくことです。黄金は王権、乳香は神性をそして没薬は十字架上での受難を象徴していますが、同時にこれらの品々は実際の生活にも役立ったはずです。つまり聖家族は天主に特別に守られていたということでしょう。

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2018年12月30日 (日)

聖家族の祝日

 

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 2019年度のカトリック手帳の表紙を飾るのが「聖家族」です。幼子キリストと養父聖ヨセフ、聖母マリア、そしてマリアの母の聖アンナと幼い洗礼者ヨハネが描かれています。作者はイタリアの画家ポンペオ・ジローラモ・バトーニ。

 「聖家族」の絵は多くの画家が描いていますが、どの絵もすべて家族の愛にあふれています。お互いを助け合い、許し合い、家族の幸せが自分にとっての幸せ・・・私もそうであるように毎日を過ごしたいと思います。特に2019年は今年至らなかったことを繰り返さないように、家族をもっともっと愛します。聖家族に倣って。

 私たち家族にとって今日のごミサは今までで一番素晴らしい聖家族の祝日のごミサとなりました。この恵みを心から主に感謝します。

司祭叙階式

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 カテドラルザビエル教会で司祭叙階式がありました。K神父様おめでとうございます。

 まず初めに彼を呼び、導き祝福してくださった主に感謝!叙階式を司式してくださった司教様方を初め司祭団の方々に感謝!祭壇奉仕者と伴奏者、合唱団の皆様にも感謝!ずっと前からこの日のために準備してくださった方々と当日協力してくださった方々に感謝!そして叙階式に足を運んでくださった方々に感謝!式に出られなくても祈りで支えてくださった方々に感謝!

 司祭になるということは「人々に仕えるため」です。それと同時に主に使えるためでもあります。世間の評判は気にせずに、イエズス様の評価を大切にする司祭であって欲しいです。真直ぐにキリストの教えを伝えてください。

 私たち家族にとって「喜びに喜べ」の日でした。

2018年12月28日 (金)

幼子の殉教者の祝日

 ヘロデ王の命令のもと、兵士たちによって2歳以下の幼子たちが殺された日を何故祝日と呼ぶのでしょうか?その答えとしてスペイン人のキリストバル・バリョヌェボ氏は次のように書いています。(『ミサの前に読む聖人伝』より)

 「幼子たちは、自分では何もしなくても、殉教の冠、すなわち永遠の幸福を神からいただきました。私たちは、幼子が生まれてすぐに殺されたことをかわいそうだと思いがちですが、実際には、永遠の救いを失うことなく、神によって幸福に召された者であるので、幸せなことです。彼らは幼子の時に天に召された子どもたちの代表者だと思われます」。

 そしてブルデンチウスの聖歌を借りて幼子たちに賛美を捧げています。

殉教者の美しい花よ

暴風が

開いたばかりのばらを散らすように

キリストの迫害者は

君たちを生命の入り口で奪い取った

君たちは

キリストの最初の殉教者

犠牲になった小さな小羊

天の祭壇の前に

殉教のシュロと冠を持って

無邪気にあそんでいる

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2018年12月27日 (木)

使徒聖ヨハネ福音記者の祝日

 洗礼者ヨハネの弟子であったヨハネとアンドレアは師の言われた「神の小羊」であるイエズス・キリストの後をついて行き、一晩キリストと共に過ごしました。その後(おそらく数カ月後)兄弟ヤコブといた時に二人はキリストに呼ばれました。二人はすぐにすべてを捨ててキリストに従いました。迷うことなくすぐに従ったのです。これはとても大切なことです。つまりどんな事よりも主キリストが一番大切だということ。それはつまり主日のごミサが他のことよりも一番大切だということですね。

 ヨハネは弟子たちの中で最も若く、キリストが十字架にかけられた時にもその傍らに立ち続けました。そしてキリストは聖母マリア様をすべての人の母として彼に委ねました。キリストに愛された弟子ヨハネは「神は愛である」「愛さない人は神を知らない」と教え、いつも「お互いに愛し合いなさい」と私たちに教えています。

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使徒聖ヨハネ(ちょっと美形すぎるかな)

2018年12月26日 (水)

聖ステファノ殉教者の祝日

 

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 クリスマスの翌日は聖ステファノ殉教者の祝日です。

 上のイコンには石を投げられている聖ステファノ、石を投げて彼を殺そうとする人達とその人達の上着の番をしているサウロ(聖パウロ)の姿が描かれています。

 信仰と聖霊に満ちた聖ステファノは「イスラエルの民はモーセの時代にも神に逆らい、預言者たちを殺し、救い主キリストまで裏切って殺した」とはっきりと述べました。そのためにユダヤ人たちに襲われ、石を投げられて殺されました。彼は天が開けてイエズスが父の右の立っておられるのを見ました。そして「主イエズス、私の魂をお受けください」と祈り、また「主よ、どうぞこの罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫び眠りにつきました。(亡くなりました。)

 私には聖ステファノの力強い回心の呼びかけは洗礼者ヨハネと重なるものがあります。今の時代にこれ程までに回心を呼びかける人がいるでしょうか?

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聖霊に満ちていた助祭ステファノが石打ちにあったのは、神の御子イエス・キリストにおける信仰を宣言したためでした。主を愛したステファノは、すべての人の光であり 道であるキリストを選びました。真理を選ぶことで、同時に彼は世に存在する邪悪の神秘の犠牲となりました。しかし、キリストにおいて彼は勝利したのです。教皇フランシスコ2016年12月26日)

聖ペトロ大聖堂「主のご降誕夜半のミサ」

 

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 教皇様の「主のご降誕夜半のミサ」ではローマの神学校「Sedes  Sapientiae」の神学生たちが侍者を務めました。 

 

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 また今年は幼子イエズス様にお花を捧げる子どもたちの中に着物姿の可愛らしい女の子二人がいました。


YouTube: Pope Francis - St. Peter’s Basilica - Holy Mass of the Christmas Vigil 2018-12-24

 25日は恒例の祝福「Urbi et Orbi」。


YouTube: Pope Francis - Christmas Message and” Urbi et Orbi” Blessing 2018-12-25

2018年12月25日 (火)

ご降誕の主日

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 さて、羊飼いたちが、その地方で野宿をして、夜どおし羊の群れの番をしていた。すると、主の使いが羊飼いたちのそばに立ち、主の栄光が羊飼いたちを覆い照らしたので、彼らはひどく恐れた。み使いは言った。「恐れることはない。わたしは、すべての民に及ぶ大きな喜びのおとずれをあなたがたに告げる。きょう、ダビデの町に、あなたがたのために、救い主がお生まれになった。このかたこそ主メシアである。あなたがたは、うぶぎにくるまれて、かいばおけに寝ている乳飲み子を見るであろう。これがしるしである」。すると突然、み使いに天の大群が加わり、

  「いと高き天においては神に栄光、

   地においてはみ心にかなう人々に平安」

と、神を賛美した。(ルカ2章8~14節)


YouTube: The Best Christmas Song I've Ever Heard. It Will Give You Chills.

 神の子、救い主キリストは私たちのためにマリア様から生まれ、私たちと同じように乳飲み子の姿でこの世に降りてこられました。これはとても意味深いことです。

 この大きな恵みを世界中の多くの人達と喜び分かち合いたい!クリスマスこそ憎しみのあるところにゆるしを!争う人達には和解を!弱い人達にたすけを!そしてなによりも心がバラバラに離れている家族に一致を!キリストは愛ですから。

 


YouTube: GOLEC uORKIESTRA - CICHA NOC, KONCERT KOLĘD I PASTORAŁEK DVD +CD, JASNA GÓRA

2018年12月23日 (日)

1日の始まりは日没から

 今日の神父様の説教の一部:昔(イエズス様が生まれた頃)は、一日の始まりは日没からでした。つまり今のように真夜中0時が日付変更ではなく、日没で1日が終わり次の日が始まるということです。ですから典礼では24日の日没から25日が始まっていることになるので、24日の夜のミサではなくて25日主の降誕の夜半のミサであり、続いて早朝のミサ、日中のミサとなります。

 なるほど、典礼暦では『王たるキリスト』の次の主日から新年が始まるのと同じで、教会の暦は世間一般のそれとは違うのですね。今日の説教も勉強になりました。

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祭壇前には幼子イエズス様を迎える準備ができています。クリスマスまでもう少し happy01


YouTube: MercyMe--It Came Upon the Midnight Clear

2018年12月16日 (日)

喜びの主日~Gaudete


YouTube: Gaudete - With Lyrics

 喜びの主日、皆さん喜んでいますか?喜びを表すバラ色の祭壇とカズラ。

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 「今日はノヴェナを始める日です。昔からクリスマスが近づく今日から人達はノヴェナの祈りを24日までしていました。私たちも各家庭で今日からノヴェナ(九日間の祈り)を始めましょう」と神父様が話されました。昔からクリスマスの前や復活祭の前、大きな祝日の前、特別なことがある前にはノヴェナをしていたものです。神父様の話によると今でもヨーロッパやアメリカの大きな教会ではノヴェナをしているそうです。しかし日本では(修道会以外)教会ですることはあまりないので各自各家庭でするようにしましょう、とのことです。

 そして今日は「ごミサの時の中心は十字架・キリスト・祭壇であって司祭ではない」ということを話されました。その通りです。以前は司祭も会衆と同じく祭壇の方を向いていたのでそのことがはっきりとわかりました。しかし今は司祭は祭壇をはさんで会衆の方を向いているので、会衆は司祭が中心だと勘違いして,司祭のパフォーマンス(余計な話や楽しく笑わせてくれること)を期待している人もおられます。

 S神父様はいつもごミサを典礼通り(自分流に変えず)にたててくださるので、私は心穏やかにごミサに与れます。今日のお説教も良かったです。喜びの日です。 

2018年12月12日 (水)

黒いカズラ

 

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 今日はグアダルペの聖母の日です。フランシスコ教皇様がメキシコを訪問された時に、この聖母の御絵の前で祈られた姿が思い出されます。

 ところで、全く関係のない話ですが、これは最近のアメリカでの葬儀ミサの写真です。

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 何故葬儀の話かと言うと、先日ラジオで「宇宙葬」なるものについての話を聞いたからです。『自分が死んだ後のことは生きている人に任せてかれらの好きなようにしてもらえばよいのに』と思った私です。

 しかし、そう言う私は葬儀ミサの時には司祭のカズラは黒色でお願いしたいと思っているのです。遺族に任せずに・・・。coldsweats01

 以前は日本でも葬儀の時には黒色(紫)を用いていましたが、最近は「復活の希望」を表すという考えから白色を用いています。私が「復活の希望を持って」死んだとしても、復活して永遠のいのちをいただいたわけではないし、教会の祝日や結婚式と同じ白色では気が引けます。私が聖人で天国へ直行するのであれば白色でもよいでしょうが、そうではないのでやはり黒色がふさわしいですね。私の葬儀ミサの時には是非黒いカズラでお願いします。・・・と、自分の葬儀に注文をつけている私です。

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 ついでに祭服について『サンパウロ編:イラストで知るカトリック教会生活』の本の中では「現代ではバラ色の祭服は使用されていません」(26P.)とありますが、教皇様をはじめ多くの司祭は今も使用されています。また国内でもバラ色を使う司祭は増えています。バラ色の祭服は年にたった2回だけしか用いられませんが、それ故になお一層希望が感じられて、特別なその時にふさわしい祭服だと思います。

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 今年のgaudete・喜びの主日は16日です。