カトリック Feed

2021年9月23日 (木)

ハンガリーのカトリック聖体賛美


YouTube: Eucharistic Procession fills the streets of Budapest at International Eucharistic Congress

2021年9月21日 (火)

聖マタイ使徒福音記者祝日

 今日の福音朗読の中で「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マタイ9:13)と、キリストは言っています。

 時々私たちは自身が罪人であることを忘れて傲慢になり、そしてそのことに気づかない時があります。他人をねたんだり、悪口を言ったり批判したり、不平不満を言ったり、嘘をついてごまかそうとしたり、言葉で他人を傷つけたり・・・本当に私たちは罪人です。だからこそキリストが必要なのです。

 ですから、キリストに出会えて、キリストから離れられない人は幸せだと思います。この恵みに感謝!

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 聖マタイ使徒福音記者 (カラヴァッジョ)

2021年9月14日 (火)

十字架称賛と悲しみの聖母

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 今日は「十字架称賛」の祝日、そして明日は「悲しみの聖母」の記念日です。

 S神父様は12日日曜日のごミサの説教で十字架称賛にふれ、「この日称賛する十字架は死の道具ではなく、命の道具です。キリストは十字架で死んでも、その死にうち勝って復活されました。十字架は私たちには新しい命への希望です」と説かれました。続けて「洗礼を受けている人もそうでない人も自然災害に遭うし新型コロナ等にもかかります。皆同じです。ただ私たちには死んでも新しい命があるという希望があります。死が終わりではないことを知っています。だから私たちは希望の十字架を称賛するのです」と。また「どの教会の屋根にも高く掲げられている十字架は希望を表しています」という説明に、『ただの目印ではないのだ』と、恥ずかしながら今頃合点がいきました。

 明日は十字架に磔になったキリストのもとにたたずまれる聖母マリア様「悲しみの聖母」の記念日です。


YouTube: Stabat Mater (At the cross her stations keeping)

 聖母は胸に剣が刺さるような苦しみ、悲しみを受け入れました。喜びも苦しみも悲しみもすべて「われになれかし」と受け入れた聖母マリア様です。私も天主のみ旨のすべてを受け入れ、聖母に倣うことができますように、アーメン。


YouTube: Madre del Silencio | Música Católica | Canción a la Virgen María

 Canto Catolico の歌はいつ聴いても良いですね。何といっても質が高い!

2021年9月12日 (日)

マリアのみ名の祝日


YouTube: しあわせなかたマリア カトリック聖歌 Ave Maria

 幸せな方マリア様、恵みあふれるマリア様。いつも主の恵みに気づき、感謝しながらマリア様のように日々過ごせたら幸せですね。毎日不平不満ばかり口にして過ごしてしまう私・・・。もっともっとマリア様に倣う生き方をしなければ!

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 先日のブログにも書いたように、1683年、ポーランドの王、ヤン3世ソビェスキは自分と兵士たちをマリア様にゆだねて、ウイーンに進行する15万のオスマン帝国軍にわずか3千の騎兵で勝利しました。その日が9月12日です。

 「マリアのみ名の祝日」を9月12日に定めたのは、1911年教皇聖ピオ十世です。

 ソビェスキ王がゆだねたマリア様がこの「黒い聖母」です。生前小平神父様がポーランドのヤスナ・グラ修道院を巡礼された時、その記念として私たち教会の信徒にこのご絵をくださいました。⇩ 裏には神父様の説明が書かれています。

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2021年9月 8日 (水)

聖マリアの誕生 祝日


YouTube: マリアさまのこころ Maria-sama no kokoro

 マリア様の祝日のなんと多いこと。でもそれはとても嬉しいことです。それだけマリア様は皆から愛され、崇敬されている証拠です。カトリック教会の聖堂に入ると必ずマリア様のご像があります。マリア様の賛歌も沢山あります。カトリック信者は皆マリア様が大好きです。私たちのお母様ですからね。

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2021年8月26日 (木)

チェンストホヴァの聖母祝日

 

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今日はポーランドの「チェンストホヴァの聖母」の祝日です。チェンストホヴァの聖母と言っても、ルルドやファティマのように聖母が誰かにご出現したわけではありません。

 聖母のほほについている傷はプロテスタントのフス派によってつけられたものです。ヤスナグラ修道院をスウェーデン軍から守った聖母のイコン。聖母はポーランドカトリックの心の象徴です。


YouTube: Czarna Madonna - Czarna Madonno Pieśń Religijna

2021年8月25日 (水)

伝統ミサ

 伝統ミサを知らない方のために。


YouTube: Solemn High Traditional Latin Mass Cathedral of the Blessed Sacrament, Sacramento (May 5, 2012) HD

 

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 先日綺麗な十字架を手に入れました。長さが約60cm と自宅用にしては大きなものです。早速ダイニングの壁に掛けました。いつもイエズス様が共にいてくださることを忘れないように、食事中もイエズス様は一緒おられます。おしゃべりが罪のもと(噂話や悪口)にならないように気をつけます。happy02

2021年8月24日 (火)

使徒聖バルトロマイの祝日

 

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 イエズス様の使徒聖バルトロマイ(ナタナエル)はアルメニア地方に布教して、殉教したと言われています。アルメニアといっても何処にあるのかすぐにわかりますか?それは西アジア(中東?)にあり、トルコ、ジョージア(グルジア)そしてアゼルバイジャンに囲まれている所です。

 バルトロマイという名前は「タルマイの息子」という意味で、バルトロマイとナタナエルは同一人物のようです。ナタナエルという名前は「神は与える」という意味です。

 イエズス様は、ナタナエルのことを、「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない」と、言われました。イエズス様が自分のことをすべて理解していると悟ったバルトロマイ(ナタナエル)は応えます。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です」と、信仰告白しました。そしてイエズス様に従いました。最後は他の使徒たちと同じように殉教しました。

 当時多くの普通の人たちのがキリストに出会ったことでしょう。しかし出会ったすべての人がキリストを信じたわけではありません。また信じた人々の中からキリストは特に12人を選ばれました。何故あの12人だったのでしょうか?

 今もキリストに出会い洗礼を受ける人もいれば、せっかく出会ってもただ通り過ぎてしまう人もいます。おそらくそういう人達の方が圧倒的に多いでしょう。カトリックの幼稚園や学校、大学はありますが、そこに通った人たちのほとんどはキリストに出会っているはずなのに・・・。主のみ旨は私たちには計り知れませんね。

 聖バルトロマイのように、キリストに出会ったら主を信頼して絶対に主から離れませんように。

2021年8月22日 (日)

天の元后聖マリア

 オリンピックは行われ、スーパーやショッピングモール、レストランも営業しているのに、教会だけは早々にごミサへの扉を閉じる・・・如何なものでしょうか?

 幸い私がいつもごミサに与るKカトリック教会は、最も大切なことを一番に考えておられるので、ごミサはあります。今日は聖母の被昇天から八日目、「天の元后聖マリア」の日です。きっとマリア様も喜んでおられるでしょう。

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2021年8月21日 (土)

聖ピオ十世教皇 記念日

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 聖ピオ十世教皇様については、ベネディクト十六世教皇様のお話しで、いかに素晴らしい教皇様であったかがわかります。

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聖ピオ十世の教皇職は、消し去ることのできないしるしを教会史に残しました。それは改革への際立った努力によって特徴づけられます。この改革は「キリストのうちに万物を刷新する(Instaurare omnia in Christo)」という標語でまとめられました。

実際、ピオ十世の取り組みは教会のさまざまな分野に及びました。彼は初めからローマ教皇庁の機構改革に努めました。それから、教会法の編纂作業を開始しました。この教会法は後継者のベネディクト十五世によって公布されます。

さらにピオ十世は司祭志願者の勉学と養成課程の見直しを推進し、優れた図書室と優秀な教授を擁するいくつかの諸教区神学校を設立しました。もう一つの重要な分野は、神の民の教理的な養成です。主任司祭だったとき、ピオ十世自身、カテキズムを執筆し、マントヴァ司教職を務めていたときには、世界中で使用されはしないまでも、少なくともイタリア語による唯一のカテキズムを作成するために努力しました。真の意味での司牧者である彼は、移住の現象が見られる当時の状況から、生活する場所と状況と関係なく、すべての信者が参照することのできるカテキズムが必要だと考えたのです。教皇になると、ローマ教区のためのキリスト教教理の教科書を作成しました。この教科書は後にイタリア全土、また世界中に広まりました。『聖ピオ十世の公教要理』と呼ばれるこのカテキズムは、単純、明快、かつ正確な書き方と、力強い解説のゆえに、多くの人にとって信仰の真理を学ぶ上での確かな導きとなりました。

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信者の信仰を強めるという務めを忠実に果たそうとした聖ピオ十世は、19世紀末から20世紀初頭にかけて神学界に現れたある種の傾向に対して決然と介入し、「近代主義」を非難しました。それは、信者を誤った思想から守り、教会の聖伝と一致した形での啓示の学問的探究を推進するためです。

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聖ピオ十世はわたしたち皆に次のことを教えてくれます。わたしたちはさまざまな分野で使徒的活動を行います、しかし、その基盤には、常にキリストとの深い個人的な一致がなければなりません。そして、このキリストとの深い個人的な一致を、日々、深め、成長させなければなりません。これこそがピオ十世の教えと司牧活動全体の核心です。主に心を捕らえられることによって初めて、わたしたちは、人々を神へと導き、神のあわれみ深い愛へと開き、そこから、世を神のあわれみへと開くことができるのです。

(2010年8月18日 教皇ベネディクト十六世一般謁見演説より)

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 バーク枢機卿様はCovid-19 にかかり入院されています。枢機卿様のためにロザリオをお祈りしましょう。

2021年8月18日 (水)

司祭叙階50周年


YouTube: 50 aniversario de la ordenación sacerdotal de Mons. Fernando Ocáriz

 オプス・デイのオカリス司教様は8月15日に司祭叙階50周年を迎えました。「おめでとうございます!」

 オカリス司教様の優しい微笑みと、穏やかなお話しはいつも私の心を癒してくださいます。

2021年8月15日 (日)

聖母の被昇天

 私にカトリックの洗礼を望んだ親に感謝!そうでなければ私は聖母を知ることなく、毎年聖母の被昇天を祝うこともなかったでしょう。

 主イエズス・キリストは聖母マリア様の魂もからだも共に天に上げられました。聖母の被昇天を祝うこと(被昇天を信じること)のできる人は幸せです。

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YouTube: Ven y reina, Madre de Dios | 275 voces - coro virtual | Canción a la Virgen María

2021年8月14日 (土)

聖マクシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者

 私の教会の保護者聖マクシミリアノ・マリア・コルベ神父様の記念日です。

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 ポーランド人のコルベ神父様と一緒に思い出すのがゼノ修道士様です。子供の頃に『ゼノ死ぬひまない』を読んで、こんなに優しい人が本当にいるのだ!と、感動したことを覚えています。また、私の母は一度だけ聖堂で祈られているゼノ修道士のお姿を見かけたことがあると言う話を聞き、何故か身近に感じたことを覚えています。

 コルベ神父様はアウシュビッツ強制収容所で殉教されて聖人になられましたが、私にとってはゼノ修道士様も聖人です。戦後貧しい国ポーランドからもっと貧しい日本に「良い知らせ=福音」を届けに来られ、自分の全てをそのために捧げられました。勿論ヒラリオ修道士様をはじめ当時日本に来られた多くの宣教者やブラザー、シスター方も皆私には聖人です。

 今日は聖マクシミリアノ・マリア・コルベ神父様、そして同じ心で日本に来られ宣教活動をされた司祭・修道者皆様のために、感謝の気持ちをこめて祈ります。

2021年8月10日 (火)

伝統ミサ


YouTube: The Beauty of Tradition and the Latin Mass

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 聖コルベ神父様がお母様に宛てて書かれた手紙の本『母への手紙』を読んでいます。当時の神学校や宣教の様子がよく分かります。その中でこういう一文がありました。

1914年7月1日 ローマ

『学年の終わりに、ピオ十世教皇は、グレゴリアン大学の学生たちに、ご好意にあふれた書簡を寄せられました。・・・・・もっと重要なこともあります。パパ様は、これから学士号を得ようとする神学生は、モデルニズムを拒否する宣誓をするようにとの、新しい規定を示されたのです。ですから、僕も試験が終わった日、みんなと一緒に、聖イグナチオ教会で、この宣誓をしました。これまでは博士号についてだけ、この宣誓が要求されていたのですが、これからは、すべての学位について要求されることになったわけです。

 一昨日、教皇様の謁見に行きました。1万人くらいはいたでしょうか。・・・・・バルコニーにお立ちになった教皇様は、祝福を与え、拍手の中を退出なさいました。・・・』

 *「モデルニズム」は「近代主義」で、哲学・神学・社会の分野で、啓示、信仰、教義の根本的概念を主観的、内在的に解釈しようとする思想。

 教皇ピオ十世によって排斥されたはずですが、今も教会内でこの思想をよく耳にすることがあるような気が・・・私の空耳?

 当時の教皇様の謁見の様子は今と変わりませんね。当たり前のことですが、聖コルベ神父様も伝統ミサを立てておられたでしょう。美しいごミサをheart04

2021年8月 7日 (土)

小平卓保神父様

 今日は小平神父様の命日です。神父様は聖書学者でした。ラテン語・英語・フランス語も堪能でした。『聖書思想事典』は小平神父様が翻訳された事典です。

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 そしてこの本も。⇩Unnamed

 以前紹介した『聖書散歩』も神父様が書かれた本です。

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書評には次のように書かれています。

永遠のベストセラー「聖書」には汲めども尽きない教えがある。 しかし案内書物がなければ、よくわからないのも聖書だ。 「本書は、著者の緻密な聖書学の知識と該博な教養とがドッキングした見事な傑作です。 読者は一人の例外もなく、聖書がこんなに面白く、 また楽しいものであったのかと認識を新たにされることでしょう。 聖書といういわば”神の言葉”の森に足を踏み入れ、 ”永遠の命”に通じる道をたどりたいと願う人々にとって、著者は類まれな案内人です。 この案内人に導かれて「聖書散歩」に参加する人は、 方向を見誤ったり、道を見失ったりせず、安心して楽しく目的目指して進むことができます。 

 小平神父様のごミサでの説教はいつも聖書についての詳しい説明とそれに基づいたお話でした。懐かしいです。「説教」とは その日に読まれた聖書について[説いて教える] 事だと思います。ただの「お話し」にならないように・・・。

 そういえば小平神父様の霊名はビアンネです。ピッタリな霊名ですね。

2021年8月 4日 (水)

司祭の保護者 :聖ヨハネ・マリア・ビアンネ司祭

 今日は司祭の保護者、聖ヨハネ・マリア・ビアンネ司祭の記念日です。ビアンネ神父様自身はいつも貧しい人たちを助け、彼自身もとても質素な生活をされましたが、ミサ典礼だけは主への畏敬の念から、ミサ祭服や聖具にはお金を惜しむことはなかったそうです。

 教皇ベネディクト十六世は、「ビアンネ神父は司祭職という自分の受け取った賜物を常に最高のものと考え、・・・善き羊飼いの姿を目に見える形で全世界に示した。ビアンネ神父は生きた公教要理であり、特に彼がミサを捧げる時、聖体礼拝をする時、告解室にいる時、信徒はそれを最大限に学ぶことができた。」と、話されています。

 私たちは司祭様がごミサを捧げる姿を見て、説教を聴いて学んでいます。

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2021年7月21日 (水)

教会を救うのは誰?

 伝統ミサの許可を司教様から 頂くためにはいくつかの条件があるようです。この条件をのめない人たちにとってはやはり禁止と同じですね。weep

“Who is going to save our Church? Not our bishops, not our priests and religious. It is up to you, the people. You have the minds, the eyes, and the ears to save the Church. Your mission is to see that your priests act like priests, your bishops act like bishops.” (Bishop Fulton J. Sheen)

 私たちは真剣にフランシスコ教皇様、枢機卿様方、司教様方、司祭様方のために祈らなければなりません。

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2021年7月17日 (土)

伝統ミサ

 伝統ミサは禁止ではないようですね。その教区の司教様の許可があればよいようです。

https://www.vatican.va/content/francesco/en/motu_proprio/documents/20210716-motu-proprio-traditionis-custodes.html

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YouTube: BREAKING! Pope Francis Restricts Latin Mass in Traditionis Custodes Motu Proprio

2021年6月26日 (土)

聖ホセマリアの記念日

 聖ホセマリア神父様の記念日にはいつも『道』を読みます。

 この『道』によって私は何度心に平安を得たことか、どれだけ励まされたことか。聖ホセマリア神父様にはただただ感謝!

 この本を多くの人が読みますように。素直に心を開いて読む人にはきっと良書となるでしょう。

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[祈り]

ゆっくりと、誰が、どなたに、何を申し上げているかを考えなさい。考える余裕のないほど急いで唱えても、空き缶をたたくに等しく、騒音を出しているに過ぎない。聖テレジアと共にあなたにこう言おう。それは祈りとは言えない。いくら口を動かしても、と。

[犠牲]

あの人には我慢ならないと言ってはいけない。あの人は私を聖化してくれると考えなさい。

[神の現存] 

何を決めるにしても、必ず神の御前でゆっくり考えてからにしなさい。

[神のみ旨]

イエズスよ、あなたが<お望みになる>ことを、私は愛します。

[信仰]

私たちのカトリック信仰は何と美しいのだろう。それは、あらゆる心配事を解決し、知性を落ち着かせ、心を希望で満たしてくれる。

 ここにも『道』を点字で愛読している神父様がおられます。⇩


YouTube: P. Tiago, o primeiro padre cego português

2021年6月22日 (火)

聖ヨハネ・フィッシャー司教と聖トマス・モア

 聖ヨハネ・フィッシャー司教と聖トマス・モアの殉教は1535年のことです。殉教の理由は同じでヘンリー8世が原因でした。皆さんも歴史の授業で学び詳しく知っていると思います。

 お二人の聖人が自分の命を懸けて守ろうとしたことが、今の時代にはあやふやとなり、まるで二人が間違っていたかのように思わせる考えさえカトリック教会内で耳にします。

 今一度お二人の聖人が守ろうとしたことを考え、お二人の強い信仰に倣いたいです。

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