カトリック Feed

2018年10月16日 (火)

聖マルガリタ・マリア・アラコク乙女

 フランスの聖母訪問会シスター聖マルガリタ・M・アラコクと「聖心の祝日」は切り離せませんね。

 神秘体験で彼女に現れたキリストは「聖心の信心」を広めるように命じられました。「聖心の信心」とはイエズス様の愛を私たちが忘れてしまったことへの贖罪として、ご聖体拝領を頻繁に受けて、特に月の最初の金曜日にご聖体を拝領してキリストの愛に感謝し、聖なる時間を持つことです。

 昔から初金のごミサは大切にされてきました。

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2018年10月15日 (月)

アビラの聖テレジア(記)

 アビラの聖テレジアの記念日。私にとっては祝日のようなものです。

 カトリックの聖人たちの中には素晴らしい女性たちが沢山います。*キリスト教は男女平等、男女共に神様の被造物。ですから女性の聖人も沢山います。その中でも私が好きな聖人がアビラの聖テレジア、イエズスの聖テレジア、大テレジアとも呼ばれています。(*女性司祭がいないのは女性が低くみられているからではありません。全く別の理由です。)

 シエナの聖カタリナの強さと同じく聖テレジアの強さにとても惹かれます。真理のためならどんな妨害や障害にも怯まず、どんな相手にも怯まずにキリストだけを信じて立ち向かう強さ。私には無いからこそ、なお一層憧れます。

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何事も心乱すことなく

何をも怖れるな

すべては過ぎ去り

神のみかわらず

忍耐はすべてをかちとる 神をもつ者には

欠けるものなく 神のみにて足りる

-アビラの聖テレジア-

進んで尋ねなさい。そして聖人たちの言葉を静かに聞き、年長者たちの話を不満に思うな。なぜならその話には根拠があるからである。(『キリストにならう』bot より)

2018年10月14日 (日)

列聖式

 HOLY MASS AND CANONIZATION OF THE BLESSEDS:
PAOLO VI, OSCAR ROMERO, FRANCESCO SPINELLI, VINCENZO ROMANO, 
MARIA CATERINA KASPER, NAZARIA IGNAZIA DI SANTA TERESA DI GESÙ, NUNZIO SULPRIZIO 

  今日教皇パウロ六世をはじめ7名の列聖式がありました。ロメロ大司教様については菊地大司教様のブログで紹介されていますのでそちらをご覧ください。http://bishopkikuchi.cocolog-nifty.com/diary/ 

 パウロ6世教皇様については説明はいらないでしょう。第二ヴァチカン公会議を聖ヨハネ23世教皇様から引き継ぎました。パウロ6世教皇様については書きたいことがありますが時には沈黙することも必要でしょう。

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教皇パウロ6世       オスカル・ロメロ大司教


YouTube: Pope Francis - St Peter's Square - Holy Mass with Canonizations and Angelus - 2018-10-14

2018年10月13日 (土)

荘厳ミサ

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 今月の20日(土)に東京カテドラルで荘厳ミサがあります(フェイスブックからの情報)。荘厳ミサなので勿論グレゴリオ聖歌とラテン語ミサです。素晴らしい!!!

 そして主司式は菊地功大司教様、共同司式は駐ローマ教皇大使ジョセフ・チェノットゥ大司教様です。14時40分から諸聖人の連禱があり、15時から荘厳ミサが始まります。

 少し前までは荘厳ミサをあげることがまるで悪いことのように言われ、悲しい思いをしました。でも徐々にその誤解もとけてきました。長い間ラテン語ミサをあげなかったために、ラテン語をあまりできない神学生やラテン語ミサをあげることのできない司祭もいるでしょう。でもできる司祭はもっとラテン語ミサをあげてほしいです。私は荘厳ミサは大好きですがラテン語はできません。でももしラテン語ミサをあげてくださるなら喜んで勉強します。

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      Fr.Z's Store

2018年10月 9日 (火)

司教叙階式(動画)


YouTube: F・ザビエル中野裕明司教叙階式【その1】


YouTube: F・ザビエル中野裕明司教叙階式【その2】


YouTube: F・ザビエル中野裕明司教叙階式【その3】


YouTube: F・ザビエル中野裕明司教叙階式【その4】

司教叙階式

 昨日司教叙階式がありました。中野裕明新司教様おめでとうございます。

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 入祭の歌「シオンよ喜べ」に始まり、朗読は「使徒パウロのコリントの教会への手紙9章19節から23節」と「ヨハネによる福音10章11節から16節」。

 司教叙階の儀は「聖霊の続唱」に始まり『使徒座任命書』の朗読、説教、受階者の約束そして連願が祈られました。按手、叙階の祈り、塗油、・・・・・司教座への着座、司教団への受け入れと続きました。

 奉納の歌は「神に向かって(典礼聖歌35番)」、拝領の歌は「マラナタ」「めぐみのパン」「主はわれらの牧者」そして英語の歌「Power of love」も。

 祝典(各あいさつ)の後中野裕明新司教様からの祝福がありました。閉祭の歌は「テ・デウム」(カトリック聖歌12番・日本語)で叙階式は無事に終わりました。

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中野裕明新司教様の紋章

Quaerite autem primum regnum Dei et justitiam eius

まず、神の国とその義を求めよ(マタイ6章33節)より

QUAERITE PRIMUM REGNUM DEI(まず、神の国を求めよ)

 手を広げるキリスト=愛、はかり=正義、鳩=平和、聖書=真理、背景の赤色=聖フランシスコ・ザビエルの情熱、青色=海と、神との対話に沈黙する祈り。十字架についている五つの赤い点=キリストの十字架での五つの傷

 とても良い紋章ですね。特に中野新司教様がmottoとしている言葉「QUAERITE PRIMUM REGNUM DEI」「まず、神の国を求めよ」。私たちキリスト者にとっても、大切な言葉だと思います。

*youtubeで動画を探したのですがまだのようです。

2018年10月 4日 (木)

S.Francesco d’ Assisi

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 今日はアッシジの聖フランシスコの日です。アッシジの聖フランシスコについてはカトリック信者に限らずよく知られているので説明は省きます。

   アッシジの聖フランシスコの平和を求める祈り

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YouTube: Preghiera semplice

2018年10月 3日 (水)

大天使聖ミカエルへの祈り

 

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 フランシスコ教皇様は10月のロザリオの月にあたり、ロザリオの聖母への祈りに加えて大天使聖ミカエルへの祈りも願われました。

 「大天使聖ミカエルへの祈り」はヴァチカン公会議まではよく祈られていました(日本では『大天使聖ミカエルに向う祈り』の方)。教皇様が祈るようにと言われても今日本では「大天使聖ミカエルへの祈り」を知らない人が多いでしょう。

大天使聖ミカエルへの祈り

大天使聖ミカエル、戦いにおいてわれらを護り、悪魔の凶悪なる謀計(はかりごと)に勝たしめ給え。天主のかれに命を下し給わんことを伏して願い奉る。あゝ天軍の総帥、霊魂をそこなわんとてこの世をはいかいするサタンおよびその他の悪魔を、天主の御力によりて地獄に閉込め給え。アーメン。

至聖なるイエズスの聖心、われらをあわれみたまえ(この部分を3回繰り返す)

大天使聖ミカエルに向う祈り(日本でよく祈られていた)

天軍の栄えある総帥、大天使聖ミカエルよ、かつて悪魔の大軍が全能なる天主に反きし時、御身は『たれか天主にしくものあらん』と叫び、あまたの天使を率いてかれらを地獄の淵に追い落とし給えり。故に公教会は御身をその保護者となし、特に日本公教会は、御身をその守護者と崇め奉る。願わくは霊戦に当りてわれらを助け、悪魔を退け給え。われらをして御身にならいて、常に天主に忠実ならしめ、その御旨を尊み、その御戒めを守るを得しめ給え。かくてわれら相共に天国において、天主の御栄えを仰ぐに至らんことを。御身の御取次によりて天主に願い奉る。アーメン

 ヴァチカン公会議後「大天使聖ミカエルへの祈り」が軽視されたのと同じように「告白の祈り」からも大天使聖ミカエルは消えました。「全能の天主、終生童貞なるマリア、大天使聖ミカエル、・・・」と始まる祈りだったのに、今は「全能の神と、兄弟の皆さんに・・・」です。また私が子どもの頃はこの告白の祈りの時に「これわがあやまちなり、わがあやまちなり、わがいと大いなるあやまちなり。」と、自分の胸を打ちながら祈ったのをよく覚えています。

 新しい回心の祈りとなってから大天使聖ミカエルだけでなく洗者聖ヨハネ、使徒聖ペトロ、聖パウロ、諸聖人が消え、胸を打つところもなくなりました(日本だけ?)。どんどん祈りが簡単に短くなるのはまるで「長い祈りは大変だから簡単に短くした方が楽でしょう」という悪魔のささやきのようにも聞こえます。またロザリオの祈りも速い!「何をそんなに急いでいるの?」と言いたくなります。祈りの言葉の意味をよく黙想しながら祈りたい。もっとゆっくりと祈りましょうよ。

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2018年10月 1日 (月)

ロザリオの月

 

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 いよいよロザリオの月になりました。今月は小さき聖テレジアの記念日に始まり、守護の天使、アッシジの聖フランチェスコ、そして中野神父様の司教叙階式、聖ヨハネ23世教皇、大聖テレジア、聖マルガリタ・M・アラコク、聖ルカ福音記者、御受難会の創立者十字架の聖パウロ、聖ヨハネ・パウロ2世教皇と喜びの日が続きます。いつもより多め?にロザリオを祈ることにしましょう。

 ところで、私たちが聖母像に向かってロザリオを唱えていると、いまだに「偶像崇拝だ」と言う人がいるようです。もう少し(もっと)カトリックについて学べばそれは偶像崇拝でないことがよくわかるでしょう。勉強不足ですね。

 5月の聖母の月と、今月のロザリオの月はマリア様に関する月なので、なんとなく優しく柔和な気持ちになります(気持ちだけで・・・口は相変わらずcatface)。ところで他の月も特別な呼び名があるのをご存知ですか?

 3月は「聖ヨセフの月」、6月は「聖心の月」、11月は「死者の月」ですね。店頭にはもうハロウィン商品が並び始めましたが、あなたがカトリックならハロウィンで騒ぐのではなく11月1日に諸聖人、2日にはすべての死者のために祈りましょう。私はハロウィンでの大人のバカ騒ぎが嫌いです 。ばか騒ぎをする大人が嫌いなのではなく、大人のばか騒ぎが嫌いなので、誤解のないように。think

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今日の福音から~ヨブ記1章21節

「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主が与え、主がお取りになった。主の名は祝されますように」。

2018年9月27日 (木)

聖ビンセンシオ・ア・パウロ(記)

 

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 聖ビンセンシオ・ア・パウロについてはサレジオ会や愛徳姉妹会を通して皆さんよく知っていることと思います。

 聖ビンセンシオ・ア・パウロは神学研究に励み、司祭養成や信徒の黙想会指導に力を入れ、農夫から王まで多くの人にキリストについて教えました。そして特に貧しい人達の救済のために働いたことは有名です。ですから彼は慈善団体と病院の守護者と言われています。

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 病気の人や貧しい人達を愛することはキリストを愛することです。時々そのことを忘れて無関心になってしまうことがあります。それはキリストを愛していないこと、キリストを無視しているのと同じことです。

 今日の聖書朗読の旧約は『コヘレトの言葉』の冒頭のあの有名な個所です。「コヘレトは言う。なんという空しさなんという空しさ、すべては空しい。・・・」。フランシスコ教皇様の中国に対するニュースを聞いて私もついつぶやいてしまいます。「なんという空しさ・・・」。地下教会の人々のために祈ります。

2018年9月21日 (金)

罪人だから招かれる

 

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 聖マタイといえばユダヤ人の徴税人、当時ユダヤ人の間で嫌われていた職業でした。イエズス様はそんなマタイを呼ばれました。ここでも主のなさることは不思議です。皆から好かれている人気者を呼べば、それだけで多くの人がついてくると思うのは人間の考え、主の思いは違いました。

 そしてマタイの家で食事をしている時にファリサイ派の人達に向かってこう言われました。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」と。

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(昨日20日の朗読場面:ルカ7章36-50節) 

 そう、私がキリストに呼ばれた(洗礼を受けた)のも、私自身が罪人だからです。この世に罪の全くない人はいないでしょう。皆罪人です。ですからイエズス様はすべての人を招いておられるのです。あなたも、あなたも、そしてあなたも。

2018年9月20日 (木)

聖アンデレ金と同志殉教者(記)

 

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 韓国の司祭の保護者聖アンデレ金は1846年に迫害の厳しかった韓国で殉教しました。司祭になってわずか1年後のことでした。

 韓国では1870年までに約2000人もの信徒が殉教したそうです。今も聖アンデレ金殉教者たちのあつい信仰は韓国の信徒達を励まし支えているのでしょう。私たちもその信仰心に倣い聖アンデレ金に取り次ぎを祈ります。

2018年9月16日 (日)

Daily Prayer for Priests

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 ある一部の聖職者と奉献生活者による権力の乱用や性的虐待、そしてそれを長い間無視したり隠ぺいしてきた一部の高位聖職者。被害者本人だけでなくその家族も長い間苦しみ続けてきました。

 フランシスコ教皇様は今回『神への民への書簡』を私たち信徒に書かれました。その中で「被害者とその家族の痛みはわたしたちの痛みでもあります」と書かれています。私もその通りだと思います。

 また、当時枢機卿であった教皇ベネディクト十六世の『十字架の道行き』のことばを引用されて、「何とひどい汚れが、教会の中に、また、すべてイエスのものであるはずの司祭たちの間に見られることか。何という傲慢、何という自己満足。……弟子たちの裏切り、イエスの御からだと御血の不謹慎な拝領は、確かに、あがない主の最大の苦痛であり、彼の心を刺し貫くものです。魂のもっとも奥深いところから主イエスに向かって、主よ、あわれんでください、と叫び声をあげるほかありません。『主よ、わたしたちを救ってください』(マタイ8・25参照)」と書かれています。つまり当時(教皇ベネディクトが枢機卿の頃)から、あるいはもっと以前からあのような悪事は高位聖職者方の耳に入っていたのでしょう。 

 私たちは教会の一部、教会共同体で起こったことは私たちと無関係ではありません。手紙は続きます。「・・・全世界で共同して取り組む必要があります。起こったことを知ることは、回心に向けたあらゆる歩みにとって欠かせない重要なことですが、それだけでは十分ではありません。今日、神の民であるわたしたちは、身も心も傷ついた兄弟姉妹の痛みを身に受けるよう招かれています。・・・わたしたちも、一人ひとりの人間を傷つけるあらゆる出来事を糾弾しなければなりません。連帯するためには、あらゆる種類の堕落、とりわけ霊的な堕落と闘わなければなりません。・・・過去を振り返り、どんなにゆるしを求め、与えた危害を償おうと努めても、決して十分ではありません。こうした事態が二度と繰り返されない文化、隠ぺいし継続させる余地を与えない文化を築くために、未来を見据えながらどんなに努力しても、努力しすぎることはありません。被害者とその家族の痛みはわたしたちの痛みでもあります。だからこそ、弱い立場に置かれた未成年者と大人を守るために尽力しなければならないことを改めて再確認することが緊急に求められているのです。・・・虐待という罪の前で、悔い改めの念と勇敢に立ち向かう決意を表すのに欠かせない回心と内的な塗油の恵みを、聖霊がわたしたちに与えてくださいますように。

 Fr.Zのブログに『司祭のための毎日の祈り』という新しい祈りが載っていました。英語の祈りですがとても良い祈りなので日本語に訳してもらいました。私は二度とあのような犯罪が起きないようにこの『司祭のための毎日の祈り』を毎晩唱えています。

 

     司祭のための毎日の祈り

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2018年9月14日 (金)

十字架称賛(祝)

 十字架称賛の祝日です。皆さん祝日ですよ。

 イエズス・キリストは私たちの罪の贖いのためにご自分をいけにえとしてささげ、十字架にかけられました。

 私は十字架を見上げる度に、イエズス様のその苦しまれる姿に、ただ感謝の気持ちでいっぱいになります。そして「イエズス様、罪人の私を憐れんでください」と祈るばかりです。

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2018年9月12日 (水)

マリアのみ名の祝日

 今日は「マリアのみ名」の日ですが、私にとっては祝日です。なぜなら私の洗礼名がマリアだから。つまり今日は私のお祝い日です。

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 ということで、ケーキを作りました。これは自分のための小さくて可愛いケーキです。もちろん家族のためにもそれぞれに作りましたよ。喜びはみんなで一緒に。 lovely

 「マリアのみ名」の日は日本では軽視されていますが、ヨーロッパではよく知られた日です。

 1683年9月12日ポーランドの王ヤン3世ソビェスキはヨーロッパに侵略してきたオスマン帝国軍を阻止するためにヨーロッパ連合軍の指揮官として戦い勝利しました。その戦いの時に自分と兵士たちすべてをマリア様に委ねました。

 教皇インノケンティウス11世はこの勝利に感謝して教会で祝い、その後教皇ピオ10世は9月12日を「マリアのみ名」の祝日として定められました。

 このことからもわかる通り、海の星マリア様はいつも私たちを照らし、光で導き、マリア様の名を呼ぶ人を守り助けてくださる、主への一番の取次者です。マリア様に願えば必ず主に取り次いでくださいます。もちろんその願いが叶うかどうかは主ご自身がお決めになることですが。でもマリア様は必ず取り次いでくださいます。カナでの結婚式の話を思い出すでしょう。

 だからいつもロザリオを祈ります。アヴェマリアの祈りをheart

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2018年9月10日 (月)

日本205福者殉教者(記)

 

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 今日は日本205福者殉教者の記念日です。数多くのキリシタン迫害の中でも特に大殉教と呼ばれる1622年9月10日の立山での殉教。

 80歳で火刑になった老女、晴れ着を身にまとい天国へ行く準備をした寡婦、殉教のお恵みを自分の幼い子にも与らせたいと願った母親。日本人だけでなくスペイン・ポルトガル・イタリア・メキシコ・ベルギー・オランダ・韓国など様々な国のカトリックの司祭・修道者・信者たち205名が殉教しました。6人の子どもたちも殉教しました。

 「彼らのように主よわたしの信仰の火も燃え立たせてください」と、祈らずにはいられません。

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2018年8月28日 (火)

キリストは神

 昨日は聖モニカ、今日は聖アウグスチヌス、明日は洗礼者ヨハネの殉教と記念日が続きます。

 今日のマタイ福音書を読んで改めてわかりました。キリストはすべての人を招かれましたが、すべての人が招きに応じたわけではありませんでした。そしてキリストは厳しいことも言っています。

そのとき、イエスは言われた。「・・・律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。杯や皿の外側はきれいにするが、内側は強欲と放縦で満ちているからだ。ものの見えないファリサイ派の人々、まず、杯の内側をきれいにせよ。そうすれば、外側もきれいになる。」(マタイ23:25-26)

 キリストはすべての人に好かれるために、自分の信徒を増やすために、甘く優しい言葉だけをかけてまわりませんでした。相手が怒ろうが時には厳しいことも言っています。キリストは畑にまかれた種のたとえのように、よい土にしっかりと根を下ろし、陽を浴びてすくすくと成長する種とそうでない種があることを教えています。

 永遠のいのち・天の国にすべての人を招いても、その恵みを自ら選ばない人もいることをキリストは知っています(神様だから)。ですからすべての人がキリストに従わないからといって、それはキリスト(神)のせいではなく、キリスト(神)の教え方の失敗でもないでしょう。

 キリストは人の子として生まれたましたが私たち人間とは違います。現代はあまりにもキリストの人間性を強調して神性を軽視する傾向があるのではないでしょうか。誤ったいつくしみと愛の結果が何年も隠ぺいされ続けたチリやアメリカ、ドイツ、アイルランド等の事件です。

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聖アウグスティヌス教会:聖モニカ礼拝堂

2018年8月24日 (金)

日曜日のごミサ

 今日は聖バルトロマイ(ナタナエル)使徒の祝日です。イエズス様は彼を見て、「まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない」と言われました。

 ところで、先日読んだある神父様のブログに次の一文がありました。

 「日曜日のミサは教会全体のためのミサなので、個人やグループのためにミサを捧げることはしないようにしている」

 私が日頃から感じていたことでしたので、これではっきりしました。

 神父様によっては平日のごミサではなく、わざわざ日曜日のごミサを個人依頼の意向で捧げたり(依頼する方がわざわざ日曜日や教会の祝日にごミサを指定される?)、過去には「Aさんの依頼でBさんのために、Cさんの依頼でEさんのために・・・」というように二つ、三つ、の意向を同時に受けてごミサを捧げる神父様もおられました。

 勿論ほとんどの神父様は「日曜日のごミサは教会全体のため」を守り、一つのごミサに二つ以上の意向(ごミサ依頼)は受け付けていません。

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2018年8月22日 (水)

天の元后聖マリア

 聖母の被昇天から8日目の今日は「天の元后聖マリア」の記念日です。聖母マリア様は肉体と霊魂を共に天の栄光に引き上げられ(被昇天)、王であるキリストの栄光にあずかり女王としてたたえられました。そして今も私たちすべての母です。私たちのために天と地の女王として恵みを取り次いてくださいます。

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 嬉しい時も悲しい時も苦しい時も、そして不安な時にも私たちの母である聖母マリア様に取り次ぎを祈りましょう。私も今までどれほど聖母に守られ助けられたことか。苦しい時、悲しい時にもそれを乗り越える恵みをいただきました。

 マリアの御心(みこころ)、わが救いとなり給え。

 あわれみの御母(おんはは)、われらのために祈り給え。

 わたしの聖母(はは)よ、あなたに信頼します。

 わが聖母(はは)よ、わが望み。

 み母マリア、いつもわたしの身近にいてください。

 無原罪の聖母マリア、私のために祈ってください。

 聖母マリア、苦しい時の慰めとなってください。

 恵みの母マリア、悪からわたしを守ってください。

 慈しみのみ母マリア、臨終の時に迎えてください。

 ロザリオの祈りだけでなく、いつも自分の好きな射祷を唱えることはとても良いことだと思います。マリア様にだけでなくイエズス様へ、聖ヨセフ様へ、また守護の天使や守護の聖人、聖霊にいつも短い祈りを捧げることを習慣にしましょう。confident

2018年8月17日 (金)

今日の福音

 

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そのとき、ファリサイ派の人々が近寄り、イエスを試そうとして、「何か理由があれば、夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と言った。イエスはお答えになった。「あなたたちは読んだことがないのか。創造主は初めから人を男と女とにお造りになった。」そして、こうも言われた。「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。だから、二人はもはや別々ではなく、一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」すると、彼らはイエスに言った。「では、なぜモーセは、離縁状を渡して離縁するように命じたのですか。」イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、モーセは妻を離縁することを許したのであって、初めからそうだったわけではない。言っておくが、不法な結婚でもないのに妻を離縁して、他の女を妻にする者は、姦通の罪を犯すことになる。」弟子たちは、「夫婦の間柄がそんなものなら、妻を迎えない方がましです」と言った。イエスは言われた。「だれもがこの言葉を受け入れるのではなく、恵まれた者だけである。結婚できないように生まれついた者、人から結婚できないようにされた者もいるが、天の国のために結婚しない者もいる。これを受け入れることのできる人は受け入れなさい。」

 今日の福音朗読(マタイ19・3-12)です。よく世間一般では「カトリックの信者さんは離婚できない」と言われてます。その通りです。でも「カトリックなのに離婚している人もいますよ」という人もいるでしょう。しかしそれは民事上の離婚(役所に離婚届を出す)です。教会では離婚ではなくてそれはただ別居しているだけのことになります。

 夫か妻の片方が信者の場合、話は違ってきます(詳しく知りたい方は司祭に訊いてください)。結婚が秘跡であるのは二人共信者である場合、または片方の未信者が後に洗礼を受け二人共信者になった場合です。そしてその時から結婚が秘跡になるのではなくて最初から秘跡になります。

 「神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」と、キリストははっきりと言っています。神様が間違って結び合わせることはないでしょう。

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