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2016年12月

2016年12月31日 (土)

Te Deum

 大晦日。今年一年の恵みに感謝して、世界の多くの教会では晩課とTe Deumの祈リがあります。

5_2The Vespers and the Te Deum(2015.12.31) 昨年のヴァチカンでの晩課とテ・デウム

   Te Deum

すべてのものの主、神よ、
あなたを たたえて歌う。
永遠の父よ、
世界は あなたを あがめとうとぶ。

神の使い、力あるもの、
ケルビムもセラフィムも 
絶えることなく 
高らかに賛美の声をあげる。

聖なる主、聖なる主、
すべてを治める神、
あなたの栄光は 
天地をおおう。

ともに 声を合わせ、
あなたを ほめ歌う。
救いを告げた預言者の群れ、
けだかい使徒と殉教者。

世界に広がる教会も 
あなたを たたえる。
偉大な父、まことのひとり子、
あかしの力・聖霊を。

栄光に輝く王、
勝利のキリストよ、
とこしえに あなたは 
父のひとり子。

すべての人の救いのために、
おとめから生まれ、
死にうち勝ち、
信じる者に神の国を開かれた。

父の右に座し、
すべてを さばくために、
栄光のうちに 
ふたたび来られる。

とうとい血に あがなわれた 
わたしたちを ささえてください。
諸聖人とともに 
とわのいのちを喜ぶことができるように。


[神よ、あなたの民を救い、
 従う者を祝福し、
 いつまでも
 高め、導いてください。

 日ごとに感謝をささげ、
 世々に あなたの名を ほめたたえる。
 わたしたちを きょうも、
 罪から お守りください。

 神よ、豊かな あわれみを わたしたちに。
 あなたに寄り頼む わたしたちに。
 あなたにかけた わたしの希望は 
 とこしえに ゆるがない。]

 ところでこの「テ・デウム」の祈りは今の『カトリックの祈り』の本には載っていません。昔の『公教会祈祷文』にはあります。どうして省いたのか???

 来年は教会を離れている多くの人達が秘跡の恵みに気づき、回心して教会に戻ってきますように。

 また教皇様のために祈りましょう。2017年も教会の教え=主(神)の教えが守られますように。

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2016年12月30日 (金)

聖家族

 毎年12月30日は「聖家族の祝日」です。せめて家庭内では和解といつくしみの愛を持って平和でありたいものです。お互いに許し合い、理解しようと努め、そして何よりも相手のために祈ること。

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 私たちは「主の祈り」を毎日唱えています。「・・・み心が天に行われるとおり地にも行われますように・・・」とは、まず主のみ心を私たちが家庭で行わなければならないということではないでしょうか。「主の祈り」を無意識に唱えるのではなく、その意味を深く考え、実行する決意を持たなければそれは口先だけの祈りとなります。

 31日一年最後の日は「Te Deum」(感謝の祈り)をします。しないのは日本だけ?勿論ヴァチカンでも夕方5時(日本時間1日午前1時)から「Celebration of the Vespers and the Te Deum」があります。


YouTube: Te Deum Laudamus - Catholic Gregorian Chant Hymns

2016年12月28日 (水)

忘れてはいけない祝日

 今日28日は「幼子殉教者」の祝日です。マタイによる福音書では2章16節から18節に記されています。

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 「ヘロデはベツレヘムとその地方全体にいる二歳以下の男の子を、ことごとく殺させた」とあるようにそれは残酷な悲しい出来事でした。しかしこの幼子たちがキリストのために命を落とした最初の殉教者であることはとても意味のあることです。ですから私たち教会は幾世紀もの間この出来事を忘れずにいます。

  と、書きましたが、日本ではあまり知られていませんね。みんなお正月の準備で頭がいっぱいなのか。せめてカトリックの信者くらいはこのことに心にとめましょう。クリスマスの後の降誕節には聖ステファノの殉教、聖ヨハネ使徒祝日、この幼子殉教そして聖家族と大切な日が続きます。

2016年12月25日 (日)

深夜ミサと Urbi et Orbi blessing

 ヴァチカンからのクリスマス深夜ミサの模様をビデオで見ました。毎年のことですがヴァチカンのイエズス様の愛らしいこと。明るくて可愛くて希望の光を感じます。

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 クレド(信仰宣言)の時に「・・・聖霊によりておんからだを受け処女マリアより、人となりたまえり。・・・」の所では教皇様はいつもは深く頭を垂れておられますが今日は跪いて祈られました。枢機卿様方も跪いておられます。昔と同じようにマリア様への崇敬の気持ちがかたちとなって現れていてとても美しいでした。

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5 普通のごミサの時にも『信仰宣言』の「主は聖霊によって宿り、おとめマリアから生まれ」(ニケア信条:聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました。)のところでは頭を下げましょうと、以前確かパコ神父様教えてくださったのに、いつの間にか皆さん忘れてしまったようです。

 今夜は教皇様の祝福「ウルビ・エト・オルビ」の生中継(19:55頃から)。「ウルビ・エト・オルビ」は年に2回、ご復活祭と降誕祭にある祝福です。今はパソコンを通してライブでも受けられます。一昔前ならローマまで行かなければなりませんでしたが、今は遠く東の国のそのまた果ての田舎の家の中ででも祝福をいただけます。しあわせ~~~heart04そう、形はどうあれ祝福を受ける側の心が大切なのです。

クリスマスおめでとう!

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 娘とスペインから帰省した二男が加わり久しぶりに賑やかになりました。長男は今年もイタリアで教会の手伝いです。たとえ一緒に顔を合わせてクリスマスを祝えなくても、お互いによくわかり合っていますし、主の祝福があるので離れていても幸せです。

 私たちはプレゼント交換はしませんが、イエズス様へのプレゼントに今年もオプワテクをしました。私たちがお互いにゆるし合い、相手をいつくしんで幸せを祈ることはイエズス様への何よりの誕生日プレゼントでしょう。

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2016年12月23日 (金)

クリスマスを迎える準備(2)

 今度は我が家のクリスマスの準備です。ナティヴィティを飾り、アドヴェントローソクをかざり、クリスマスツリーに、玄関のドアにはリースを。毎年わくわくしますね。

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 そして大切なのがオプワテクの準備です。オプワテクも色々な種類があり、白以外にピンクやブルー、グリーンそしてご聖体と区別するために四角形だけだったのが近頃はご聖体と同じ丸い形もあります。私は四角形だけの方が良いと思うのですが。

 オプワテクが手に入らない時には普通のパンでいいのです。食パンを四等分に切ったり、フランスパンを薄く切っても良いでしょう。要はお互いの心が大切なので。

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 皆さんにもお勧めします。クリスマスにはheartOplatek(オプワテク)

2016年12月21日 (水)

この時期だけのスペシャル

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 この時期だけ味わえるスペシャル珈琲が「ジングル・ベル・ジャヴァ」です。「ミスティック・モンク・コーヒー」が毎年クリスマスの時期(11月と12月)にだけ販売するコーヒー。

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 どうスペシャルなのかと言うとほんのりとバーボンの香りがするのです。フレーバーコーヒーはほとんどが甘ったるい香りの強い物が多いのですが、これは甘ったるい香りよりもちょっぴり大人の香りです。豆もアラビカ種を使っているので(モンクコーヒーの豆はすべてアラビカ種)とにかく美味しいのです。毎年この時期を楽しみにして注文する人が多いのもうなずけます。

 ミスティックモンクコーヒー 皆さんも是非お試しください。

2016年12月20日 (火)

讃美歌

 柏木博子さんのCDを聴いています。メゾソプラノの声なのでとても聴きやすくて・・・うっとりします。本当に良いお声です。どの曲も馴染みのあるクリスマスの曲なので特に心に響きます。

 プロテスタントには良いクリスマスの曲が沢山あります。しかも馴染みのある曲ばかり。一方カトリックの典礼聖歌には・・・weep。以前クリスマスの深夜ミサで、今まで歌ったことのない知らない典礼聖歌を歌うことになりテンションがぐっと下がったのを思い出しました。誰がどうしてあんな曲を選んだのかわかりません。

 クリスマスの時こそ誰もが知っている聖歌をカトリック聖歌集(プロテスタントの曲も入っています)の中からミサ閉祭後にたくさん歌うようにしたらもっとクリスマスの喜びを分かち合えるのにと思います。また入祭と閉祭の歌は初めて教会に来られた方も一緒に歌えるようなクリスマスの曲を選んだ方がよいですね。

 話は戻りますが、柏木博子さんのCDをクリスマスのごミサが始まる前に聖堂に流したらよいと思います。クリスマスの雰囲気を徐々に盛り上げてくれることでしょう。そして何よりおしゃべりの騒々しさが無くなり、静かな祈りへ導く雰囲気を作ってくれそうです。

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2016年12月18日 (日)

エサイのねより

 今日CDをいただきました。歌っておられるのは柏木博子さんといって私のお花の先生のご親戚の方です。

 少し調べたところドイツではとても有名な方でミュンヘン国立劇場をはじめドイツ国内の数々の歌劇場で客演されておられます。道理でその声は豊かで温かみがあり、心癒されます。素晴らしいです。CDの題は「クリスマスによせて」、讃美歌が中心でドイツのクリスマス・ソングも入っています。その中に「エサイのねより」の曲があります。勿論ドイツ語で歌われています。

 プロテスタントでは待降節の曲としてとても有名です。実は私の母は「友の会」に入っていたので、我が家にもプロテスタントの讃美歌の本があるのです。讃美歌96番は日本語でも歌われています。

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エッサイの切り株から、一つの芽が萌え出で、その根から、一つの若枝が出て実を結ぶ。

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讃美歌96番

 今年のクリスマスはこのCDを聞いて、豊かな気持ちで過ごせそうです。

2016年12月17日 (土)

生け花教室

 今年最後の生け花教室でした。今年の4月から始めてはや8回目。始めは何もわからずに剣山の向きから教わり、生け花の基本を少しずつ習い、新しい花との出会いもありました。とにかくここまで続けられたのは生け花の良さを教えてくださった先生と、楽しく続けられる雰囲気を作ってくださる生徒の皆さんのおかげです。先生と生徒の皆さんに感謝!

 さて、今日はクリスマスのためのアレンジメントでした。花形はホリゾンスタイルといってよく結婚披露宴の雛壇に飾ってある形だそうです。花材は黄金ヒバ、バラ(赤)、白デンファーレ、スプレーカーネーション(ピンク)、ヒペリカム(赤い実)、ブプレリューム、ヒムロ杉です。

 初めてのアレンジメントでこんなに豪華な作品ができるなんて嬉しいです。さっそく部屋に飾らなければ・・・と、心は逸るのですが何しろ狭い家なのでこの作品を置く場所をがなかなか見つかりません。

Cimg6497 帰省する子どもたちのために二階の部屋に飾りましょう。

 来年はもっともっと花に親しみ、回数を追うごとに生け方にも慣れて、そして様々な形、大きさの花器にも挑戦して見たいと思います。

 早速今年の暮にはお花を生けて新しい年を迎えたいと思います。習ったことは生かさなければね。wink

2016年12月14日 (水)

重なる時は重なる

 今月初め、夫の車が通勤途中で突然動かなくなり、車を押して安全なところへ移動させてから修理の人に連絡するという事がありました。帰宅すると今度はお風呂のタイマーが壊れて動かず。どちらも部品を注文しなければならないので直るまで時間がかかります。

 良いことも悪いことも重なる時には重なります。でも気持ちよく受け入れましょう。思い煩ったところで何も変わりませんから。かえって息子が帰省する前に起こってよかったです。これが空港へ迎えに行く途中の山道だったら大変だったでしょうし、お風呂を楽しみにしている息子もせっかく帰ってきたのにお風呂に入れなければかわいそうでした。

 「すべてはそれにかなった時がある」とはコヘレトの言葉通ですが、どんな時でもどんな事でも受け入れましょう。

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 そしてまた、相次ぐ司教様の訃報。糸永司教様に続いてオプス・デイ属人区長ハビエル・エチェバリーア司教様が亡くなられました。

 エチェバリーア司教様は12月の属人区長の手紙の中で「・・・複雑で感情を煽る現代社会においては、気づかないうちに周りの慌ただしさに巻き込まれて慌てふためき、傍らにおられる主を見つめることをせずに過ごす危険があります。全てをお与えになるイエスが、多くのことを私たちに求められるのは至極当たり前のことです。このことを理解しないと、神の無限の愛を知ったり、その愛に深く入り込んだりすることができなくなります。」と書いておられます。

 また「お告げの祈りを丁寧に愛をこめて唱えること、・・・・・特に、信心生活の細かな点に気を付けて改善を図りましょう。・・・・・三位一体に受け入れられ十字架によって救われたことを自覚しつつ、ゆっくりと十字架を切ること、食卓での祝別や感謝を自然体でしかし信心を込めて実行すること、篤い信仰の具体的な表明として「永遠の馬小屋・ご聖櫃」の前で丁寧な挨拶をすること、喜んで施しをすること、12月上旬には無原罪の聖マリアの祭日を準備しながら、ご像やご絵の聖母に愛情を込めて挨拶すること・・・・・」と、待降節の間の行いについて具体的に私たちに教えてくださっています。

 オプス・デイのホームページで今までの司教様の手紙をゆっくり読み返してみます。エチェバリーア司教様は天に召されても教えは残ります。

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(オプス・デイのホームページより)

2016年12月12日 (月)

映画から学ぶ

 若い頃は洋画が大好きでよく一人で3本だてを見に行きました。結婚してからは全く見に行く時間もなく過ぎましたが、子育てが終わり最近では時間がたっぷりあります。

 しかし昔と比べて映画代は高く、入れ替えがあり1本を1回しか見られません。そして新作ばかりです。そこでもっぱらレンタルDVDかパソコンで無料シネマを楽しんでいます。

 映画で知った雑学は数知れず。歴史、人物についてはもちろんのこと飲み物や食べ物、国の風俗や習慣、宗教様々なことをパソコンのない時代、映画は教えてくれました。

 最近見た2本の映画はどちらもワインに関するものです。私はワインについての知識は全くありません。ただ自分の好きな安いワインをお祝いの日に少し飲むだけ。でもこれらの映画を見て、すこしワインに興味を持ちました。

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 パソコンのアマゾンで見たのは『天使のわけまえ』と『サイドウェイズ』という映画です。『天使のわけまえ』の方は良い作品でしたが『サイドウェイズ』の方は私にはちょっと・・・。もう一作ワインに関する映画で是非見てみたいのが『ボトル・ドリーム』です。

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 絵画や彫刻と同じで前もって少しの知識があればもっと楽しめるのがワインではないでしょうか。勿論年代物や有名銘柄のようなお高~いものは飲めませんが。happy02

2016年12月11日 (日)

Gaudete

 待降節第3主日の今日はガウデーテ=喜びの主日です。祭服はバラ色です。この祭服は四旬節の第4主日=バラ色の主日にも用います。どちらも喜びが近づいていることを現していますね。

 今日私がごミサに与ったK教会も聖櫃の前にかかっている飾りの布や朗読台の布もバラ色でした。勿論神父様の祭服もバラ色。

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2016年12月10日 (土)

蛇を踏みつける聖母

Caravaggio ボルゲーゼ美術館にあるカラヴァッジョの作品の部分です。蛇を踏みつけている聖母の足と小さな幼子イエズス様の足です。

 おもしろい絵ですね。昔、ボルゲーゼ美術館に行ったのですが、ここまで丁寧に観ていなかったのでこの絵について覚えていないのです。もしまた行ける機会があれば、美術館の隅から隅まで丁寧に観たいです。聖書を題材にした絵がとても多いのでじっくりと観たいですね。

 ヴァチカン美術館、ボルゲーゼ美術館、フィレンツェのウフィツィ美術館にピッティ美術館、ミラノのブレラ美術館、各都市にある美術館にも名画が沢山、教会や修道院にある絵画や彫刻も数えたらきりがありません。祭壇そのものも芸術です。イタリア全体が美術館のようです。

 先日ごミサの時に読まれた創世記の箇所でFr.Zのブログに載っていたこの絵を思い出しました。

2016年12月 9日 (金)

『ゆるしのための九日間の祈り』

 待降節にあたり、クリスマスまでのノベナ(九日間の祈り)としてとても素晴らしい本が届きました。

 フランシスコ・ファウス著『ゆるしのための九日間の祈り』です。前書きに「この冊子は、心から人をゆるすことを通して、まことの平和の人となれるように、聖ホセマリア・エスクリバーの取次を通して、神の恵みを求めるためのものです。」とあります。

第一日: 心の平和を保つ  第二日: 理解し、ゆるす

第三日: 高慢に打ち勝つ  第四日: 怒りに打ち勝つ

第五日: 恨みに打ち勝つ  第六日: 家庭の不和をなくす

第七日: 一歩目を踏み出す 

第八日: 悪に対して善を報いる

第九日: マリア様に助けを求める

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 丁度告解の準備をしている時に届きました。読んでみると良心の糾明にも役立ちます。

 久しぶりに良い祈りの本に出合いました。定価540円(税込み)です。お勧めします。

2016年12月 8日 (木)

クリスマスを迎える準備(1)

 主のご降誕=クリスマスを祝う前にこの「無原罪の聖マリア」の祭日があるのはなんて素晴らしいことでしょう。マリア様は聖霊によってキリストを宿されました。ルカによる福音第1章26節から28節に大天使ガブリエルからお告げを受けるマリア様の様子が描かれています。この箇所を理解するためにオプスデイに書かれている解説の一部を読んで見ましょう。

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受胎告知 (シモーネ・マルティーニ) 

 ・・・マリアの処女懐胎は、人間の理解と能力を超える神の力の業として理解しなければならない。「神にできないことは何一つない。」(ルカ1.37)それは、異教の神話にあるような、神が男性の代わりをして女性と結ばれるというものとはまったく違う。イエスの処女懐胎においては、マリアの胎内で創造に似た神の業が行われたのである。これは信者でない者にとっては受け入れがたいことであり、ユダヤ人や異教徒たちの間でイエスの懐胎について、ローマ軍兵士パンテラス(Pantheras)によって懐胎したというような粗野な歴史が作り出された。実際には、この人物はキリスト教徒を愚弄するために作られた伝説に登場する架空の人物である。歴史学的、文献学的に、パンテラスという名前はギリシャ語で処女を意味するパルテノス(Parthénos)をもじったものである。東ローマ帝国の大部分でギリシャ語が広く使われていたため、彼らはキリスト教徒たちがイエスのことを処女の子(huiós parthénou)と話すのを聞いていた。キリスト教徒を愚弄するときに、イエスを「パンテラスの子」と呼ぶようになった。そのような歴史は、マリアの処女性を堅持し続けて来たことの証拠である。・・・(オプスデイのHPより)

 このローマ兵説を聞いてこれこそ本当の聖書解釈だ思いこむ人もいるとか。洗礼は受けなくてもいいと強調したり、誤りを真実のように教え説く学者や聖職者の方がおられることはとても悲しいことです。

 クリスマスを喜びをもって迎えるために、マリア様が神様からのお告げを大天使ガブリエルから受けて「わたしは主のはしためです。おことばどおり、この身になりますように」とお答えになる美しいシーンを黙想しましょう。

2016年12月 6日 (火)

本当の幸せ

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[ミサ用ワイン・レターレ・昆布の佃煮]  先日のバザーで買った物。他にもお芋の天ぷらやクッキー・雑貨等も買いました。

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 ところで話はかわって「本当の幸せ」について。ブログ『トマさん祈りの部屋』でトマさんはこう言っています。

誰もが幸せを望んでいますが、・・・・・・欲望実現の満足は幸せではありません。それは罪の楽しみに過ぎません。それは過ぎ去り、虚しさが残るだけです。

本当の幸せは、人を自分のように愛し、神を自分以上に愛することから生まれる心の状態です。

 そうなのです。それに気づくのが遅すぎるのです。特に若い頃は欲望の満足が幸せだと勘違いしています。ですから一時的快楽が過ぎると虚しさが残り、欲しくて手に入れたものを失うとすぐに絶望してしまうのです。

 若い頃の私もそうでした。欲しい物を手に入れて、行きたい所へ旅行して、自分の欲を満たすことが幸せだと勘違いしていました。自分しか見えない、自分のことだけしか考えない・・・今思うとなんて愚かだったのでしょう。

 特に若い人達はトマさんが言っていることを真剣に受け止めてほしいです。後で後悔しないように。本当の幸せを手に入れてください。

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2016年12月 4日 (日)

Wパンチを受ける

 最近教会の中で耳にすること・・・「洗礼を受けていなくても大丈夫」「それぞれの宗教のなかで善く生きていれば救われる」・・・「洗礼を超える・・・」と言うことは、わざわざ洗礼を受けてクリスチャンになる必要はない、ということですよね。こういう教えが広まると当然信者は減ります。当たり前のことですが。

 毎日曜日教会へ行かなくていいし、告解しなくてもいい、結婚も離婚も簡単にできるし・・・。でも本当にそれでいいのですか?キリストをいただける喜び、キリストの贖い(神様からの最大の贈り物)に感謝する喜び、罪を赦してもらう喜び、洗礼の喜び、それらはいらないのですか?今まで殉教し今も殉教している多くの人達に何と答えますか?

 今日は洗礼にこだわらず(洗礼を超えて?)未信者にもご聖体を授けているH神父様の影響を受けた司祭の説教でした。・・・(パンチ!)

 ヴァチカンの教皇様のごミサにはいつも儀典長が教皇様の隣にいます。儀典長とは教皇様が行うミサ典礼や諸儀式を準備・進行する役の人、つまりそのごミサは確実にローマ典礼に則したものです。そしてそのごミサの中では必ず聖書朗読の後に「Parola di Dio (神のみことば)」と言い会衆は「Rendiamo grazie a Dio(神に感謝)」と応えます(何十年も前から変わっていません)。

Guidomarinipapa教皇フランシスコと儀典長

 このことについてはブログに嫌と言うほど何回も書きましたが、今日、私の教会でごミサの前に典礼の説明をするということでとても期待しました。『やっと私の思いが報われる』と。ところがなんと、ローマ典礼云々の後にこの箇所についての全く違う説明がされて私はとどめを刺された気分でした(パンチ!)。苦しさの中「えっ、儀典長の方が間違っているの?まさかそんなことはないでしょう!」と、突っ込みを入れそうになった私です。crying泣きたい気分でした。

 Wパンチを受けても私は倒れません。なぜなら強~い守護の天使が護ってくれているからです。

 Fr.Zは私に言います「告解に行きなさい」・・・「(*・ω・)/ハーイ」

良い話だな~いつでも信者!

 「トマさん祈りの部屋」に載っていたお話です。

ある信者の奥様は、夫が洗礼を受けるように常に心がけていました。夫のワイシャツを畳みながら「このシャツを着る人が、神の白い衣を着ることができますように」。夫にお茶を出しながら「このお茶を飲む人が、生ける水を飲みますように」。部屋を掃除しながら「ここに住む人が神に清められますように」と祈っていました。このように愛情を込めて毎日の生活を送りました。十年の月日が流れ、乱暴者だった夫は回心して洗礼を受けたのでした。■

 祈りの時、祈り方「射祷」について書かれている中でのお話です。射祷はいつでもどこでも祈ることができます。その良い例を示しています。良い話ですね。心が少し震えました。heart02

 こんなに良い話を聞いた後は、『私ももっと射祷をしよう』と思う単純な私です。

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2016年12月 3日 (土)

「信者してます」再び

 何気なく以前書いたブログを読んでいたところ、こんな一文が目に留まりました。それは『トマさん祈りの部屋』に載っていた文からの抜粋で「私は信者をしています」というものでした。

 トマさんが出会った女性(おばさん)はもう何年も「教会に来て信者をしている」そうです。その意味はいつも教会に行きごミサに与ります。よく祈り、神様に感謝して、そしてこれから一週間の力を願い、ごミサの間は平安と神様の存在を感じる良い信者だそうです。しかし教会を出ると俗世間の価値観・感覚にどっぷりとつかり神様を思い出すこともなく次のごミサまで過ごしてしまう。つまりいつもどんな時にも信者でいるわけではなく、教会にいる時だけ信者なのです。だから「信者をしています」となるのです。

 日常生活の中で常に神様を意識して生活することの大切さは聖ホセマリアも言っています。そして神様を意識して生活するためにはやはり祈ることが必要と。朝めざめた時から夜床についた時まで、食事や仕事、勉強の前後、アンジェラス、ロザリオ、聖書を読んで黙想する等々祈ることは神様を意識することです。

 偉そうに言っていますが、私も神様を忘れて一日過ごしてしまう時があります。でも確かに神様を意識して生活した時とそうでない時とでは全く違います。神様を意識して過ごした日は夜眠りにつく時に心の平安があります。

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