2018年1月20日 (土)

温泉

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 大寒の今日は暖かな一日でした。以前から夫は温泉に行きたがっていたので出かけました。いつもの船津温泉家族湯です。

 何といってもここにはサウナがついているのが魅力です。夫はこのサウナが目当て。何度も入っていました。

 温泉は体の芯まで温まり、帰宅後は二人共すやすや( ˘ω˘ ) ( ˘ω˘ ) 

 夫は外でお酒は飲まない、外食しない、美食家ではない、ゴルフやパチンコなどしない、ほとんど何も買わない(欲しがらない)、質素な生活が好き。ですからこの家族湯は夫にとっては唯一のささやかなぜいたくですね。

 ところで今年の「灰の水曜日」は2月14日、そうSt.Valentine's Day 。早々に「チョコレートは無し」宣言をしました。happy01

2018年1月16日 (火)

みことばは聞くもの

 タイに行っておられる司教様のブログに「拝聴すべきみ言葉」と言うお話が書かれていました。タイではみ言葉の時には司祭も子供も大人も皆胸の前で手を合わせて拝聴するとありました。鹿児島教区でもそうしようと呼びかけたら冷笑を買うだろうか・・・と。

 えーっ!冷笑する人がいるのですか?手を合わせてみことばを聞くことは当たり前だと思っていました。手を合わさなくてもせめて祈りの姿勢で、そして冊子は閉じて。

 以前にもそれについて詳しく書かれているカトリック荻窪教会学校新聞『こもれび』の「いっしょに学ぼうミサのこと」を載せました。今日はもう一度載せます。皆さんよ~く隅から隅まで読んでくださいね。

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 ついでに白浜司教様が典礼勉強会で奉納行列の時には座るように、それは行列であってまだ奉納ではない。その後の奉納の時に起立するように。そうすることによってメリハリをつけて奉納がよりはっきりと現されると。でもね、せっかく白浜司教様が指導してくださっても神父様方や典礼委員の皆さんには伝わっていないのですよ。残念 catface

2018年1月14日 (日)

駐ヴァチカン大使たち

 

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 1月8日にフランシスコ教皇様は各国の駐ヴァチカン大使に会われました。日本からは中村芳夫大使が出席されていました。中村氏はカトリックですので適任ですね。

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中村大使のお姿も見えます。

 カトリック人口の少ない日本から大使としてお仕事は大変だと思いますが、大使ご自身がカトリックでヴァチカン・カトリックについて理解がおありになるので、その点ではやりやすいのではないでしょうか。これからのお仕事に期待しています。

2018年1月11日 (木)

ドアを蹴破る

 どうでもよいことなのですが、アメリカの刑事ドラマを見ていて気づいたのです。

 よく主人公が家のドアを蹴破って入るシーン、これって日本では無理ですよね。少なくとも我が家のドアは蹴破れません。もし蹴破ろうとしたら足を骨折するかも。weep なぜなら我が家の玄関ドアは外に開くから。蹴破れるのはアメリカやヨーロッパのように内側に開くドア。

 ホテルの部屋のドアは日本でも内側に開くようです。外開きにするとたまたま廊下を通っている人に当る可能性があるから。台風の時には玄関ドアは外開きの方が安全ですね。

 どちらのドアにしても良い点悪い点があるでしょう。本当にどうでもよいことでした。coldsweats01

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こちらは内、外、両開き、便利だにゃん。(誰のお家か知りません)

2018年1月 9日 (火)

洗礼式


YouTube: Pope Francis Holy Mass Baptism of the Lord 2018-01-07

 主の公現の日、ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂で行われた赤ちゃんの洗礼式です。ウ~ンかわゆす!lovely 赤ちゃんの洗礼はいつ見ても可愛くて、心を和ませてくれます。赤ちゃんを中心にお父さんお母さんそしてお兄ちゃんやお姉ちゃんの愛に包まれた幸せいっぱいな家族を見ると、本当に心が温まります。

2018年1月 8日 (月)

主の洗礼

 今日は主の洗礼。「なぜ神の子、罪のないイエズスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けたのか?」疑問を持つ人もいるでしょう。

 私たちの洗礼は洗礼者ヨハネが「悔い改めよ、天の国は近づいた」と人々に語ったように、自分の罪を悔い改め、回心のしるしとしての洗礼でした。

 イエズスは勿論罪はありませんし、回心する必要もありません。イエズスの洗礼は「・・・イエズスも洗礼を受けられたが、そのとき祈られると、天は開け、聖霊ははとのような形をとってその上に下り、『あなたはわたしの喜びとする私の愛する子である』言う声が天から聞こえた。(ルカ3;21~22)」と聖書に記されているように、イエズスが神の子としてはっきりと現されるためでした。そしてイエズスが神の子として神のメッセージを伝える預言者としての活動をはじめることをはっきりとあらわしています。

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主の洗礼:Giotto 

2018年1月 7日 (日)

主の公現

 主の公現(本当は6日ですね)

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主の公現:Murillo

 3人の博士たちは馬小屋にいる幼子イエズスに神を見ました。それは幼子イエズス・キリストを通して神の栄光が現れていたからです。

 多くの画家たちがこの場面を聖書に基づいて描いています。どの絵の博士たちも幼子イエズスに贈り物をささげ、ひれ伏して拝んでいます。そしてこの3人の博士たちはユダヤ人ではなく、みな違う国の人達です。最初に羊飼いたち(ユダヤ人)に、次に3人の博士たち(諸国の人)に、イエズスの顕現はまずユダヤ人に、そして諸国の民に現されました。つまり人種に関係なくすべての人達にです。そしてもう一つ、学問のない羊飼いから学問のある博士まですべての人に現されたのです。

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2018年1月 6日 (土)

国境なき医師団


YouTube: いとうせいこうの「『国境なき医師団』を見に行く」

 作家いとうせいこうさんが「国境なき医師団」に同行取材して本を出版した記念のトークイベントの模様です。(You Tube 4:10頃から始まります)

 「国境なき医師団」のメルマガで知ったビデオです。2時間超のビデオですが、話に引き込まれて一気に見てしまいました。是非皆さんも見てみてください。

2018年1月 5日 (金)

免償について

 ご降誕祭の時に私はUrbi et Orbi で「免償」を受けたいと書きました。ところがこの「免償」を知らない信徒の方がおられることを知りました。また免償について誤解されている人もかなりいるようです。

 免償についてはカルメル会『祈りの友』の付録に書かれています。勿論『カテキズム』にも。私は『祈りの友』の方がわかりやすく、詳しく説明してあるのでお薦めします。では、『祈りの友』から免償について少しだけ要点のみ。

 まず「免償」を「罪を赦してもらうこと」と間違って解釈している人がいます。特に歴史の授業で習ったルターの宗教改革に出てくる免罪符についての歪められ誤った説明のせいでしょう。

 免償とは準秘跡です。昔から教会は信者の罪を赦すときに償いを命じました。償いは特定の祈りをとなえたり、善業を行います。この償いの一部あるいは全部を免除されるのが免償です。

 免償を受ける条件は三つあります。部分免償は

①大罪のない心。大罪があればゆるしの秘跡を受けておくこと。

②免償を受けたいという意志

③免償を得るために、教会が定めた事柄を果たすこと。

全免償を受けるには、上記の条件に加えて

1⃣小罪さえもない心

2⃣ゆるしの秘跡を受けること。

3⃣ご聖体拝領(全免償を受けようとする日が望ましい)

4⃣教皇のために祈ること。主の祈りと天使祝詞を唱えること。

 部分免償がついている祈りと信心業の一部

・射祷を唱える。

・償い(痛悔)の心で、自分から正しい楽しみを控える。

・ご聖体訪問

・要理の勉強

・ロザリオを唱える

・聖書朗読

 等々

 全免償がついている祈りと信心業

・少なくとも三十分ご聖体の前で礼拝し、黙想する。

・三十分聖書を朗読し、黙想する。

・聖金曜日の式に参加して十字架礼拝の時に十字架に接吻する。

・十字架の道行き

・タントゥム・エルゴ[聖体降伏(賛美)式]

・テ・デウム

・初聖体の式にあずかる人。

・初ミサをたてる人と、そのミサに与る人。

・教皇から全世界に与えられる祝福を受ける。(Urbi et Orbi)

等々他にもあるので詳しくは『祈りの友』を見てください。

 免償制度自体は、キリスト者の生活のすみずみまでが、キリストに生かされたものであり、また、そうあるべきものとする秘跡的性格をもつものです。・・・・・祈りや善業がもっている霊的な価値は神だけがご存知です。・・・・・全免償は一日一回しか受けられません。部分免償も全免償も、代願の形式で、いつでも死者に譲ることができます。この熱心な代願は、煉獄で苦しんでいる(罪の償いを果たしている)霊魂、特に自分とかかわりのある人(の償いを免償)を天国により早く送り出す方法です。『祈りの友より』

 

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カルメル会編 『祈りの友』 

2018年1月 4日 (木)

屋久島うみがめ館~解散

 スタッフの減少や高齢化のため、屋久島うみがめ館は解散するというニュースがありました。

 ここではウミガメの上陸・産卵回数などの生態調査を続けています。毎年、国内のアカウミガメのおよそ半分にあたる5000回以上の上陸があるそうです。

 「調査が途絶えれば2、3年で砂浜が荒れて産卵が減少する可能性があり、残念だ」と館の代表の方は心配しておられます。

 ウミガメにとって安心して産卵できる場所がどんどん少なくなってきているようです。せっかくここまで33年間頑張ってこられたのに残念ですね。どこかの大学がウミガメ生態研究のために引き継げないものでしょうか?大学の研究で続けるのが一番良いと思うのですが。地震や火山の調査には大学がかかわっているのに、貴重なウミガメの生態研究には手を貸してくれないのでしょうか?

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2018年1月 1日 (月)

神の母聖マリア

 

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 明けましておめでとうございます。そして神の母聖マリアの祭日おめでとうございます。

 また今日は「世界平和の日」でもあります。教会暦ではすでに新しい年を迎えていますが、一般の暦の一月一日はやはり新たな一年の始まりを意識します。

 今年ごミサに与ることから2018年が始まりました。今年も主と共に歩めますように。heart04

 ところでカトリックの家でも門松やしめ縄、鏡餅を飾るところがあるとか。そしてそれに何の疑問も持たないようです。家長が神道や仏教徒だとそうなるのかもしれません。

 「門松」は年神を自分の家に迎え入れるためのもの(依代・よりしろ)です。年神とはその年の家族の健康や商売がうまくいくことを約束してくれる神のこと。お正月は年神が地上に降りてくる時期なのです。

 「鏡餅」は家に入られた年神を迎えるために供えるお供物で、お正月の間年神はそこに宿ります。ですから「鏡開き」には鏡餅を皆で食べることによって、そこに宿った年神の力を分けていただくのです。一年間の健康と幸せを願いながら。

 ついでに「おせち料理」も年神へのお供え物です。また、かまどの神に休んでもらうために作り置きをして、家族の繁栄を願い、縁起物をめでたさが重なる重箱に詰めたものです。

 日本で「神仏混合」というものがあります。まさかエキュメニズムを拡大解釈して「神仏キリスト混合」が生まれた??「日本のキリスト教」「日本人になじんだキリスト教」という言葉を耳にするとつい余計なことを心配してしまいます。

 何はともあれキリストの望むことを望む時に望む故に私も望み受け入れながらこの一年を過ごしたいと思います。そうすればきっといつも満ち足りた心でいられるでしょう。

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YouTube: Pope Francis Vespers and Te Deum 2017-12-31

2017年12月31日 (日)

Te Deum

 降誕節は祝日が続きます。聖ステファノ、聖ヨハネ、幼子殉教、そして聖家族。1月1日は神の母聖マリアです。

 祝日が続くのはこの降誕節と復活節でしょうか。典礼暦にそって生活できることは幸せなことです。典礼暦に従うと、いつも主と共に生きていると感じます。

 私は今年一年主に何度も罪を赦していただき、また私自身も人をゆるすことができる恵みをいただきました。たくさんの恵みに感謝して今年の最後の日も「Te Deum」を祈ります。


YouTube: Te Deum laudamus

 『カトリックの祈り』の本にはこの「Te Deum」は載っていないので、カルメル会の『祈りの友』から。

Te Deum (感謝の歌)

すべてのものの主、神よ、あなたをたたえてうたう。永遠の父よ、世界はあなたをあがめ尊ぶ。

神の使い、力あるもの、ケルビムもセラフィムも絶えることなく高らかに賛美の声をあげる。

聖なる主、聖なる主、すべてを治める神、あなたの栄光は天地をおおう。

ともに声を合わせ、あなたをほめうたう救いを告げた預言者の群れ、けだかい使徒と殉教者。

世界に広がる教会もあなたをたたえる。偉大な父、まことのひとり子、証の力、聖霊を。

栄光に輝く王、勝利のキリストよ、とこしえにあなたは父のひとり子。

すべての人の救いのために、おとめから生まれ、死にうち勝ち、信じる者に神の国を開かれた。

父の右に座し、すべてを裁くため、栄光のうちにふたたび来られる。

尊い血にあがなわれたわたしたちを支えてください。諸聖人とともにとわのいのちをよろこぶことができるように。

神よ、あなたの民を救い、従う者を祝福し、いつまでも高め、導いてください。

日ごとに感謝をささげ、世々にあなたの名をほめたたえる。わたしたちを今日も、罪からお守りください。

神よ、豊かなあわれみをわたしたちに。あなたにより頼むわたしたちに。あなたにかけたわたしの希望はとこしえにゆるがない。

2017年12月28日 (木)

羊のチーズ

 クリスマスにポーランドからチーズが届きました。羊の乳からできたチーズで保存がきくように塩味がしっかりついていてスモークしてあります。真空パックしてあるのでお土産にピッタリ。⇩

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⇧ 送られてきたチーズ

⇩ ポーランドの市場で売られている形。

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 ザコパネ地方の伝統的なチーズです。羊乳のカッテージチーズを何回も絞り、木型に入れて形成して寝かせものを燻製にします。チーズ自体は固いので少し温めると軟らかくなりスモークの香りも一層増してとても美味しかったです。

 ザコパネ地方の人達は手作りのベリージャムと一緒に食べるそうです。こんな感じ⇩29385991072_9e486bfaf2

 ポーランドのクリスマスはこんな感じheart


YouTube: Koncert Bożonarodzeniowy "Pueri Claromontani" - Chór Chłopięco–Męski na Jasnej Górze 2016.12.25.

2017年12月26日 (火)

Urbi et Orbi


YouTube: Pope Francis Christmas Messagge and” Urbi et Orbi” Blessing 2017-12-25

 日本時間の昨晩8時(ローマ昼の12時)から祝福Urbi et Orbiがありました。今年もパソコンの前に座ってこの祝福を受けました。祝福を受けたから目に見える変化があるわけではありませんが、やはり祝福(免償)を受けたいと望む心と受けた後の心には何か得るものがあるのです。言葉にできないものが。私にとってこの祝福Urbi et Orbiは欠かすことのできないご降誕祭と復活祭の典礼のひとつとなりました。(YouTubeの祝福が始まるのは19:20頃から)

 

Urbi et Orbi 

Sancti Apostoli Petrus et Paulus: de quorum potestate et auctoritate confidimus ipsi intercedant pro nobis ad Dominum.

  • Amen.

Precibus et meritis beatæ Mariae semper Virginis, beati Michaelis Archangeli, beati Ioannis Baptistæ, et sanctorum Apostolorum Petri et Pauli et omnium Sanctorum misereatur vestri omnipotens Deus; et dimissis omnibus peccatis vestris, perducat vos Iesus Christus ad vitam æternam.

  • Amen.

Indulgentiam, absolutionem et remissionem omnium peccatorum vestrorum, spatium verae et fructuosae poenitentiæ, cor semper penitens, et emendationem vitae, gratiam et consolationem Sancti Spiritus; et finalem perseverantiam in bonis operibus tribuat vobis omnipotens et misericors Dominus.

  • Amen.

Et benedictio Dei omnipotentis, Patris et Filii et Spiritus Sancti descendat super vos et maneat semper.

  • Amen.

(訳)

使徒聖ペトロとパウロが、私たちに与えたその力と権威のため、皆さまと私のために、主へのとりなしをしてくださいますよう。

  • アーメン

聖母マリアへの功徳と祈り、大天使ミカエル、洗礼者ヨハネと使徒聖ペトロと聖パウロとすべての聖人のとりなしによって、全能なる神が皆さまに慈悲を与えられるよう、皆さまの罪のゆるしをもって、イエズス・キリストが皆さまを永遠のいのちへと導いてくださるように。

  • アーメン

全能にして慈悲深き主が皆さまに罪の全免償とゆるし、真にして実り多き秘跡の時間、不断の懺悔の心、悔悛の生活そして聖霊の恩寵と慰めと善き御業の極みを与えてくださいますように。

  • アーメン

全能の神なる父と子と聖霊の祝福が皆さまに下らんことを、そして常に留まらんことを。

  • アーメン

(初めにこの祝福を受けることは全免償が与えられる条件のひとつを満たすことと、またTVやラジオ、インターネットを通しても免償の効果はあると説明されています。)

聖ステファノ殉教者(祝)

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  聖ステファノと聞くと特に信仰宣言を思い浮かべます。それは聖書にある通り、自分の信じる主キリストについて声高らかに話すステファノの姿が浮かぶからです。

 クリスマスの翌日が最初の殉教者聖ステファノの日であることもうなずけます。毎年聖ステファノの日には自分の信仰の弱さを反省します。私も聖ステファノのようにはっきりと自分の信仰を証できる恵みを主に願います。

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2017年12月24日 (日)

クリスマスおめでとう !

 皆様、主のご降誕おめでとうございます。平和と安らぎそして幸せをすべての人に。せめて今日だけは争わず、まずは家庭でゆるし合い和解しましょう。

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 救い主キリストは何も持たない一番弱いみどりごの姿で私たちのためにこの世にお生まれになりました。キリストの誕生によって聖家族ができました。ですからクリスマスは家族のための日でもあります。家族みんなでキリストのご降誕を祝いましょう。一人でクリスマスを過ごしている人も沢山いるでしょう。でも、あなたのそばにはマリア様ヨセフ様そしてキリストがいます。決して独りぼっちではありません!


YouTube: O Holy Night - AMAZING version!!

 子どもたちの降誕朗読劇をみて、夜半のごミサに与りました。ごミサ中に色々なことが頭に浮かびました。そしてやはり主に感謝!世に一人子を与えてくださるほどの天主の愛に感謝!

2017年12月23日 (土)

シリア、エルサレム

 世界中で迫害されている私たちの兄弟姉妹たちが平和なクリスマスを迎えることができますように。特に今年のクリスマス、エルサレムは注目されています。

 以前のシリアと教皇様を迎えた時のイスラエル。


YouTube: Girl Syria - Syriac Christmas Song Abir Naame البنت السورية - عيد الميلاد المنشدة السريانية عبر نعمة


YouTube: Children choir sings spectacular 'Hallelujah' cover before Pope Francis

2017年12月22日 (金)

久しぶりの「びっくりぽんや~」

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 レオナルド・ダ・ヴィンチの「サルバトール・ムンディ」。この「世界の救世主」キリストの絵が約507億円で落札された時にはびっくりしましたが、今回はその落札者の名前を聞いてもっとびっくり!なんとサウジアラビアのバデル王子だったそうです。

 そしてこの絵はアラブ首長国連邦の首都アブダビの「ルーブル・アブダビ」に展示される予定。なんとコメントすればよいのか・・・。catface きっとレオナルドさんもあの世で「びっくりぽんや~」と言って驚いていることでしょう。

 バデル王子がフランシスコ教皇にこの絵をクリスマスプレゼントする・・わけないか。507億円を同教の難民のために使うことは考えなかったのね。

2017年12月19日 (火)

同窓会

 同窓会の案内が届きました。3年に一度開かれている同窓会ですが、メインは「彩華展」という絵の展覧会です。卒業後も描き続けている同窓生たちの作品展。

 プロとして本業に絵を描いている人、美術の先生をしている人、画廊経営、公募展に毎年出品している人たち等今でも絵を描き続けている人達が出品しています。

 案内が届くたびに次回こそは私も出品しようと思うのですが・・・。weep いつも気持ちだけ。

 「彩華展」 姉小路館ギャラリー(京都市)2018年3月28日(水)~4月1日(日)まで開催されます。

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 これらは2012年度の「彩華展」作品の一部です。(作者さん方の許可なく載せました。ごめんなさい)

2017年12月18日 (月)

どこにいてもカトリック信者

 最近見つけた司祭のブログ(こうじ神父今週の説教)に神父様がある年に受け取った年賀状の文面、「どこに行っても神父、どこにいても神父」についての話が書かれていました。

 「若い神父は休暇には神父を捨て去って外出しているかもしれません。私自身も若い頃にはテニスに釣りにと神父であることなどみじんにも感じさせない過ごし方をしたのを思い出しました。勿論休暇は必要ですが年賀状で戒められたように『どこに行っても神父、どこにいても神父』を忘れてはいけない。どんなに夢中になっているときでも、信徒にお願いされたらすぐに自分の都合を横に置ける司祭であれと」。

 そして神父様は私たちにも「どこに行ってもカトリック信者、どこにいてもカトリック信者」、「どこに行っても、どこにいても」わたしたちはそれぞれの身分でイエスの弟子であることを証明する必要があると諭しておられます。

 降誕節にふさわしいお話です。私も「どこに行ってもカトリック信者、どこにいてもカトリック信者」を意識して日々過ごしたいと思います。

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