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2018年4月

2018年4月26日 (木)

ローマへ

 数十年ぶりのローマ旅行。期待でいっぱいです。今回の第一の目的は「助祭叙階式」ですが、もう一つの目的は聖ホセマリアのお墓参りです。聖ホセマリアは私の信仰を目覚めさせてくださいました。墓前で感謝したいのです。

 

Aeroflot

 今回ローマへは格安のアエロフロートモスクワ経由で行くことにしました。モスクワ空港トランジットは初めてです。「恐ロシア」と噂されているあのモスクワ空港です。スムーズに乗り継ぎができるでしょうか?(体験記は後日)

 いざローマへ出発airplane「行ってきま~すsign01」。帰るまでブログはお休みです。confident

2018年4月25日 (水)

聖マルコ福音記者(祝)

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 聖マルコといえばすぐにヴェネツィアの聖マルコ大聖堂(Basilica di San Marco)を思い浮かべます。聖マルコ広場から見るバジリカも美しいですが、その内部の豪華さにも感動します。

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 聖マルコは聖パウロに従い宣教の旅をしました。また聖ペトロの話した説教集をまとめて福音書『マルコの福音』を書いたとされています。

 聖マルコが「ライオンのような生き物に」に例えられるのは、『マルコの福音書』が洗礼者ヨハネがライオンが吠えるように叫び宣教する場面から始まるからです。また「エゼキエル書」に書かれている四つの生き物に由来しています。(四福音書と四福音記者)

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聖マルコ大聖堂内部 ⇧ ⇩

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2018年4月17日 (火)

洗礼日

 今日の福音:ヨハネ6章35節

イエズスは仰せになった。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は、決して飢えることがなく、わたしを信じる者は、もはや決して渇くことがない。」

 今日の福音の通り、私はイエズスを信じています。私の洗礼は私が新しく生まれた日です。

 以前S神父様が説教で「洗礼日が信者にとっては本当の誕生日です。自分の洗礼日を知っていますか?」と言う問いに私は『霊名日ならわかるけれど、洗礼日は・・・』。そう、自分の洗礼日を覚えていませんでした。以前息子に調べてもらい手帳に書いていたのですがそのまま忘れていました。帰宅後早速確認したら3月26日。これを機会に子供達にもそれぞれの洗礼日を教えました。

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教皇様から洗礼を受ける赤ちゃん、可愛い~sign03

 誕生日を祝うのもよいけれど、やはり洗礼日も大切な日です。今年は過ぎてしまったけれど、来年からは3月26日もお祝いしましょう。でも、もしかして・・・四旬節中?2019年の灰の水曜日は3月6日でご復活祭は4月21日。確かに3月26日は毎年四旬節中の可能性が高いです。

 皆さんは自分の洗礼日を覚えていますか?誕生日と同じようにお祝いしていますか?

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極楽鳥花:一日後⇩

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     三日後⇩

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次の花が出てきて咲きました。

2018年4月14日 (土)

4月のお花教室

  今日のお花教室、春バラの季節らしくこのような盛花になりました。

Dscn2483_3(カメラのせいか、写す角度が悪いのかいつも実物とは違って写ります)

 花材はストレリチア、カラー、ミニバラ、ブルースターです。今日は教会の大きな花器を借りて生けました。

 ストレリチアは別名「極楽鳥花」。すっと真直ぐに伸びた茎と変わった形の鮮やかな花(まるで鳥の頭のよう)、そして大きな葉。いかにも南アフリカ原産の植物らしく色鮮やかです。でも不思議と花瓶よりも盛花で映えるお花ですね。(写真ではすごく丈が高くバランス悪く見えますが、実際にはもう少し低いです。黄色いミニバラもなぜか左の花だけ以上に大きく写っています。)

 広い花器の時にはそれに合わせてお花も広く生けた方が良いと教わりました。せっかくの広がりをお花が止めてしまっては花器の美しさまでだめにしてしまいますね。今日はお花だけでなく花器とのバランスも大切だと習いました。

 実は私はまだ花器の良し悪しがわかりません。他の生徒さん方はわかるようで「これは良い花器」「これは生けやすそう」とか言われます。私も生ける回数が増えればきっと花器の良さもわかるようになるでしょう(たぶん coldsweats01 )。

 ところで背景にあるのは神父様のカズラとストラです。かけてあったので記念に一緒に写しました。(A神父様、無許可で載せてごめんなさい(*_ _)人 ) 復活祭から続く白いカズラ良いですね。喜びが続いています。

2018年4月13日 (金)

「トマさん」お帰りなさい

 

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   いつも教えられることばかりのブログ『トマさん祈りの部屋』ですが、住人のトマさんがやっと巡礼から帰ってこられてブログを更新されました。私は早速読みながら「そうそう、そうなのよ」と肯いてばかり。

 ローマの名もない教会でさえその荘厳な作りに心打たれたことが書かれていました。そして教会の中で祈っていて、これは当時の人々の信仰の証であると気づいたそうです。

 「建築家、彫刻家、画家、石工、大工、音楽家、多くの人達が自分の技を生かして主を讃え主に栄光を帰しました。貧しい信徒も建設費用の寄付を捻出して主を讃えました。工事の人達は汗水たらして主の家を作ることに喜びを感じました。それらが一つに集まって大聖堂が完成しました。大理石でできているように見えて、本当は人々の神への愛で出来ているのです」とトマさんは書いています

 私も全く同感です。フランスに住んでいる日本人の方も書いておられました。当時は天の国=神の国を教会に再現したかったのだと。荘厳な大聖堂や壮麗な教会は主を信じる人達たちの信仰の証であると。

  そしてトマさんは「キリストは『福音を信じ、全世界に伝えなさい』と言っているように、心の中で信じるだけでは証されません。次の世代に信仰を伝えることもできません。迫害がない今、私たちは愛と慈しみの行いによって証できます。『出かけて行きましょう!』」と書いておられます。

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2018年4月11日 (水)

丸岡公園

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 丸岡公園の丘から霧島連山を望む

 丸岡公園のツツジを見に行きました。白いツツジはまだ今からでしたが、ピンクや赤は咲きほこり、春の陽ざしに輝いていました。

 ツツジの間を通って丘の上まで登ると霧島連山を見渡せる見事な景色。そこに碑があり、横川町にある安良神社と腰越神社(明治44年安良神社に合祀)の由来が書かれていました。

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2018年4月 9日 (月)

神のお告げ(祭)

  

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   今日は神のお告げの祭日でした。昔は「聖母の祝日」(神の母となったおとめマリアを祝う日)でしたが後に、人となったみことば(キリストがおとめマリアの胎内に宿ったこと)を記念する主キリストの祭日「神のお告げ」としても祝われるようになりました。

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 われは主のつかいめなり。仰せの如くわれになれかし。 

2018年4月 8日 (日)

白衣の主日~ヴェール

 今日は神のいつくしみの主日(白衣の主日)です。この白衣とは復活祭の洗礼式の時に「白い衣を受けなさい。あなたは新しい人となり、キリストを着る者となりました。神の国の完成を待ち望みながら、キリストに従って歩みなさい」と言われた「白い衣」のことです。この時に女性はヴェールを被せてもらいます。(男女とも同じ白い衣を着る教会もあります)ヴェールはただの飾りではありません。

 復活節中は信仰生活の初心者?でしたが今日は一人前となり白い衣を脱ぐのです。白い衣が取れてもキリストを着て、キリストに従って歩み続けるという気持ちでヴェールは被り続けます。しかし残念なことに第二ヴァチカン公会議以降被らない人が増えました。weep 実は私も被らない時期がありました。それが進歩的でカッコイイと思っていたのです。でもそれは間違った考えだと悟りました。私は今ではヴェールが好きで被ります。

Photo_2昔からヴェールを被る人の多い長崎の教会

 ごミサの時に女性だけがヴェールを被るのは「女性差別だ」「単なる古い習慣」「自分を着飾るためのもの」と様々に批判する人はいますがその批判はあたっていません。

 私のヴェールはご聖体への尊敬と礼拝の気持ちをあらわすためです。ですからごミサの時(聖櫃のあるところ)とご聖体の前で被ります。納骨堂で祈る時や行列(聖体行列の時は別)の時には被りません。

 私はヴェールを被る時に女性差別だと思ったことはまったくありません。それどころかむしろ素晴らしい恵みを与えられているような気持ちです。意味なくただの習慣として被ったこともありません。自分のために着飾るというよりもイエズス様のためにきれいなヴェールを被ります。

 ヴェールを被るのは悪いことではありません。それどころか正しくて良いことだと思います。カトリック教会ではカトリックの洗礼を受けている女性だけが被ることのできるヴェールです。洗礼の時の「キリストを着てキリストに従う」ことを思いおこして次のごミサからあなたも被ってみてはいかがですか? confident

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⇧ ヴェールを被ると可愛い子がより可愛いくなりますね heart

ヴェールも色々⇩

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* 最近ではスパンコールのついたものやピンク等のカラーのものまであるようです。ヴェールの意味をよく考えたうえでどれを身に着けるかはご自分で決めたらよいでしょう。

2018年4月 6日 (金)

復活の金曜日~十字架は飾りものではない

 

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 フランシスコ教皇様は「十字架は祈る信仰のためのものであり飾りものではない」と言われました。確かにその通りです。ところが私は時々そのことを忘れてしまいます。そしてよく夫に注意されます。

 先日も十字架やキリストの絵のステッカーを作りスーツケースに貼ろうとしていたところ「十字架やキリストをそんなふうに扱ってはダメ」と言われました。以前十字架やキリストのキーホルダーを作った時にもダメ出しされていたのにまた同じことを繰り返してしまいました。

 部屋の壁に十字架をかけても、それに向かって祈らなければただの飾りになってしまいますね。これからも十字架のイエズス様にあいさつして話しかけて祈ることを心がけます。

2018年4月 5日 (木)

「天使にショパンの歌声を」

 久しぶりに美しい音楽を聴きました。「天使にショパンの歌声を」です。

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 ショパンだけでなくモーツァルト、リスト、ベートーベンなど様々な曲を合唱やピアノで聴かせます。アリス役のライサンダー・メナード本人がピアノを弾いていますが、これも素晴らしい!カトリックの女子高の話なので宗教音楽もあり私は大満足。

 ただしこれは音楽に関して。シスターたちの修道院生活や信仰については物足りないでした。主を信頼してマリア様の「おことば通りになりますように」と受け入れるのではなく「私たちの力でかえましょう」と言う話は修道院経営の学校以外なら「素晴らしい!」となるのですが。勿論努力は必要です。何もせずに祈るだけではだめです。しかし結果は素直に受け入れなければ。次の赴任地に行くことも喜んで受け入れるのが神に仕える修道者・・・。

 修道院総長のやり方は別として、言っていることにも一理あります。というよりもこの総長と同じ決断をせざるおえない修道会は今たくさんあります。教会、修道院、幼稚園、学校が次々と閉鎖されています。この映画では総長はただお金にしか興味がなく、意地悪でそうしているようにしか見えません。しかし現実には自分の好みだけで判断する総長はいません。いつも修道会全体のことを考えています。その責任の重さと苦労は私たちにはわからないでしょう。

 兎に角美しい音楽を聴きたい方にはお薦めの映画です。


YouTube: 廃校になんかさせないっ!映画『天使にショパンの歌声を』予告編

2018年4月 2日 (月)

復活の月曜日

昨日の "Urbi et Orbi"Blessing を忘れる。卵の祝福どころではない。しかし

昨日はS神父様の祝福を受けたのでよしとしましょう。教皇様の手を通して受けても、神父様の手を通して受けてもその祝福は同じ主の祝福ですから。

ご聖体訪問に寄ると祭壇のお花がきれいでした。マリア様のお花も豪華。どの教会も復活祭は祭壇がとても綺麗 shine

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(上:Aカトリック教会 下:Kカトリック教会)

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2018年4月 1日 (日)

復活の主日

    ご復活祭おめでとうございます! 

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 復活の主日、午前中はごミサに与り、帰宅後は復活祭と息子の誕生日を一緒にお祝いすることに。(誕生日が受難の週間中だったので)

 ワインにイースターエッグとケーキ、私はこれだけあれば十分なのですが、若い息子や娘には足りないのでもう少し料理を加えます。息子へのプレゼントは本人が希望した本です。 confident 

 復活されたキリストはいつも私たちと共にいてくださいます。そしていつか主の国で主と共に生きる希望があります。その喜びを共に祝います。家族が同じ希望を持てるのも主のお恵みです。主に感謝!

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