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2015年4月

2015年4月29日 (水)

シエナの聖カタリナ

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 今日は私の姉の霊名日、シエナの聖カタリナの記念日です。聖カタリナはドミニコ会の第3会員(在俗修道女)で、23歳の時に地獄・煉獄・天国の幻視を受けました。その頃教皇庁はアヴィニョンにあり、彼女は教皇庁がローマに帰るよう奔走しました。聖痕を受けた彼女はローマで33歳で亡くなりました。その遺体をローマからシエナに運ぶ時の逸話があります。

カテリーナは1380年春、発作のためにローマで急死した。彼女は、イエス・キリストと同じ33歳で死んだのだった。シエナの人々は、彼女の遺体が戻ることを願った。伝説では、カテリーナの頭がどのようにシエナへ帰ることができたかふれている。シエナの人々は彼女の遺体全てを運んで検問を通過できないことを知り、頭部だけを鞄に詰めて持ち帰ることにした。それでも彼らは警護兵に制止されてしまい、彼らは力添えをカテリーナに祈った。もはや検問を突破できないと悟った彼らは、鞄を開けて中を見せたが、そこにはバラの花びらがたくさん入っていた。シエナへ着いてから鞄を開けると、彼女の頭部はその中にあった。この伝説のために、カテリーナはいつもバラを持った姿で表される。(Wikipediaより)

2015年4月27日 (月)

誤り・誤解

 どの社会もそうですが、よく誤解されることがあります。教会の中でも誤解はあります。例えば次のようなことです。

①大人になってから洗礼を受けた信者たちは、教会の神秘をまだ知らない・・・

②教会の活動に参加するかどうかは、個人が決める。しかし参加は半強制的になっている。

③(教会の活動をする人に対して)「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように・・・・」

 このようなことを言う人がいますがこれらは間違い(誤解)です。①教会の神秘を知っているかどうかは幼児洗礼か成人洗礼かには全く関係ありません。個人の問題です。幼児洗礼でも全く教会に来ない人もいれば、成人洗礼で司祭になった人もいます。②私は教会の活動ができない時には断ってきました。おそらくほとんどの人は半強制ではなく、自分の意志で決めてきたと思います。そして最も間違っているのが③です。今まで役員をしてくださった方たちや様々な活動に参加されてきた信者の皆さんは、他の人から良く見てもらおうとしてしてそれらをしてきたのではありません。役員の皆さんまた役員でない方々も教会の信徒のため、司祭のために、「皆に使える者になりなさい」というみ言葉を実践してきたのだと思います。①~③以外にもまだ誤解されていることはありますが・・・。

 私は信徒代表や婦人会代表の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。そこには聖霊の導き、働きがあったからこそ今まで続けてこれたのだと思います。私たち信者はお互いに愛し合い助け合ってきました。誤解している方には私たち信者をもっとよく理解してほしいです。私たちの信仰はまだまだ未熟です。それは私達みんなよくわかっています。ですから祈り、ミサに与り、善い行いをするように日々頑張っているのです。それなのに「あなたはカトリック信者ではない」なんて・・・絶対に言ってはいけません。それは神様が決めることです。

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 793 軽蔑を愛そうと思っているが、いざ受けてみると、何と辛いことか。 驚かずに、その軽蔑を神に捧げなさい。 (『鍛』 聖ホセマリア・エスクリバー著)

 司祭はいつも信者を助け励まし希望を与え、決してその人の信仰をばかにしたり失望を与えたりしないようにと願います。

人の意見を聞かない人

  msnニュースに「人の意見を聞かない人」という記事がありました。その一部です。人の意見を聞かない人は自己愛が強い。自分が正しいことを思い知らせたい。自分の間違いや失敗といった「悪」を否認すること、あるいはプライドを守ることが絡んだりする。自分は悪くないと言いたいから他人の意見を聞かない。プライドは、自分が上の立場にあり、力を持っているのだから人の意見など聞く必要がないと考えるのだ。(京都大学非常勤講師:片田珠美氏)

  他人の意見をなかなか聞かない人はいます。それが上記の理由のせいだけなのか、それとも他人の意見を理解できないからか。もし理解する能力が足りないのならいくら話しても通じません。

 そんな時にはその人が解るように易しく説明する努力しなければ。大声を出して威圧的な態度をとったり、皮肉を言って相手をおとしめたりしてはいけません。そんなことをしたら相手はもっと頑なになり理解することができません。その人が解るように易しく説明をして、それでも理解できない時にはもっとわかりやすい言葉でもっとゆっくりと説明する。理解できる能力は人それぞれに違いますから。

 ということで、私は今日も笑顔で頑張るにゃん!

Photo_3(写真:.ruより)

2015年4月26日 (日)

世界召命祈願の日

 すべての人は神様から招かれています。特に司祭・修道者への招きのために祈るようパウロ六世は「世界召命祈願の日」を定められました。

 世界中の神学校で学んでいる神学生達のために祈ります。そしてマリア様のように神様の呼びかける声に素直に「はい」と応える若者が増えますように。

Photo_2 叙階式(2014年5月10日オプス・デイより)

2015年4月25日 (土)

今日のみことば

 今日のみことばの第一朗読の一部分です。


 (愛する皆さん, )皆互いに謙遜を身に着けなさい。なぜなら、 「神は、高慢な者を敵とし、  謙遜な者には恵みをお与えになる」からです。

  だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。(ペトロの手紙Ⅰ5:5b-6

 つい忘れてしまうことですね。知らずしらずのうちに自分が高慢になると他人の言動が気になり批判ばかりしてしまいます。夫に注意されて気づく私です。「今日のみことば」によって少しでも成長することができますように。

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2015年4月23日 (木)

世俗的

 昨日はアン神父様の叙階10周年記念日だったと郡山司教様のブログに書いてありました。「おめでとうございます!」教区のために一生懸命に働いておられるアン神父様に感謝!!

 別の日の郡山司教様のブログには次のような文章がありました。

教皇の司祭たちへのメッセージに・・・「…休暇または静養のために『世俗的な趣味』に走ったり、事務室にこもったり、または、『着色ガラスのウインドウ』の車に乗ったりしてはいけない」(4月12日号)。・・・・・テレビに興じたり、温泉でリラックスしたりはする。いずれも世俗的趣味と言えばそうだが、・・・・・息抜きするにも、祈って識別しなければならない?

 大変ですね。ある聖人たちは静養を全く必要としない生活をしましたが、ほとんどの司祭や修道者は静養が必要でしょう。世俗的でない趣味と言われても・・・難しいですよね。青梅教会の神父様の趣味は自転車です。聖ヨハネパウロ二世は若い頃からよく山に登ったようです。ジョギング、自転車、温泉、音楽を聴く、絵を描く、楽器を弾く、読書、映画・・・・・私ならどれも好い趣味だと思います。高級車を集めたり、ウサギやキツネ狩りをしたり、高級なワインを好んだり…贅沢な趣味は明らかに世俗的でよくないでしょうが。テレビや映画はその内容を識別すればよいのではないでしょうか?

 趣味といえば最近音楽を聴かなかったので今日久しぶりにTarkanを聴きました。タルカンは世俗的歌手ですがこの曲はちょっと考えさせられる歌詞です。(ーー゛)

Tarkan - Uyan (ft. Orhan Gencebay) - Translation ~ مترجمة
YouTube: Tarkan - Uyan (ft. Orhan Gencebay) - Translation ~ مترجمة
 

2015年4月21日 (火)

祈り

 私は若い頃観想修道会について誤解していました。ブラザーやシスター達の祈りの生活の素晴らしさ、大切さに気づいていなかったのです。それどころか「現代には観想修道会は必要ない。活動修道会こそ必要」と、とんでもない間違った考えを持っていました。教会をNPOにしてしまうところでした。今は観想修道会も活動修道会もどちらもとても大切で必要だとわかります。そして教皇様がおっしゃったように教会はNPOとは違うということも。

Photo_2 写真:ドミニコ会観想修道院ホームページより

 何百年も前から変わらない観想修道会のブラザーやシスター達の祈りによって私たちがどれほど支えられている事か。それは目には見えないけれど、聖霊の恵みとなって私たちに注がれています。もし彼らの祈りが無ければ、もっと多くの人達は教会を離れ、神の愛を忘れたでしょう。

 観想修道院の中で変わらずに静かに祈り続ける修道者たちに感謝します。私も彼らのために祈ります。

 最後に「トマさん祈りの部屋」に「祈り」について書いてありました。

・・・・・ある人が福者マザーテレサに尋ねました。「なぜ神様は貧しい人々を助けないのか?」すると、次のように答えました。「それは、あなたが貧しい人を助けるためです」。同じことが言えると思います。神様がテロリストを滅ぼさないのは、平和を築くために働くのが私たちだからです

祈りは、平和を築くための大きな力です。祈る人の心に平和をもたらします。暴力と戦う勇気を支えます。神様は人間に代わって働くのではなく、人間を通して働くのです。そのために祈りはあります。・・・・・・*2015/02/03 岬セミナー「キリスト教入門講座」より

2015年4月18日 (土)

やっと・・・ホーホケキョ!

 やっと先日ウグイスの鳴き声が聞こえました。「ホ~ホケキョ!」と、力強い鳴き声。一羽だけのようですがきっとこれから仲間たちも来て鳴くでしょう。

 やはりウグイスの鳴き声を聞かないと何となく物足りない春です。(ウグイスは「鳴く」ではなくて「さえずる」が正しいのかな?)

 You Tubeに珍しいウグイスの鳴く姿があったのでどうぞ!

ウグイス ケキョケキョケキョ(谷渡り)
YouTube: ウグイス ケキョケキョケキョ(谷渡り)

2015年4月16日 (木)

ポーランド映画「パプーシャの黒い瞳」

 「パプーシャの黒い瞳」

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「ヴァチカン美術館」の映画は絵を鑑賞したい人にとっては消化不良のようなので行かないことにしました。しかしこの「パプーシャの黒い瞳」は是非見に行きたいです。

 ヨーロッパを旅行すると必ずロマに出会います。しかし彼らと接することのない日本に住んでいる私たちは彼らのことをほとんど知りません。私はマッシモ・ラニエリの「Zingara」という歌ぐらいでしか知りません。あまりにも知らないロマの歴史と生活。ロマについて無知な私、この映画によって正しい知識を得て、彼らを理解したいと思います。

Massimo Ranieri - Zingara (1969)
YouTube: Massimo Ranieri - Zingara (1969)

2015年4月15日 (水)

紫陽花

 私の家の庭には紫陽花がたくさんありますが、青~紫色が多く、ピンクを植えても次の年には紫に・・・。石灰をまいてアルカリ土壌にするのですが余程酸性が強いのでしょう。

 今年は真っ白な紫陽花を店先で見つけました。お店の人に聞くと土に関係なくほとんど色は出ないと言われたので、一鉢買い求めました。紫陽花は簡単に増やせるので来年も真っ白な花を咲かせたら、さし芽をして増やそうと思います。

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2015年4月14日 (火)

黄木蓮?

 近所に遠くからでも目立つ黄色い花がたくさん咲いた木があります。もう散り始めています。いったいなんという名前の木でしょう。もしかしたら「黄木蓮」かもしれません。今までは「白木蓮」と「紫木蓮」ばかりでしたが近年黄色い木蓮が出ているそうです。でも花を見ると違うような・・・。一応違っていても黄木蓮も綺麗なのでネットで注文しました。まだ70㎝位の小さな苗木です。来年花が咲くといいな~楽しみ楽しみ (*゚∀゚)

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2015年4月12日 (日)

ポーリッシュ・ポタリー

 パソコンの調子が悪くて修理に出しています。しばらくはかかりそうなので、とりあえず夫のパソコンを借りて書くことにしました。

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Pa104_2484_2  ポーリッシュ・ポタリー(ポーランドの食器)です。陶器で模様は手書きなのが特徴。ですから写真のマグカップのように温かみがありとても使いやすいのです。

 陶器ならではの厚みがあるので熱い飲み物を入れても熱がやんわりと伝わり、磁器のように「アチッ」となりません。そして一番の優れたところはカップの口が少し外に反っているところです。ここが反っているので飲むときに口にぴったりフィットしてとても飲み易いのです。飲み口が真直ぐなカップだと子どもやお年寄りはカップの端から飲み物をこぼすことがあります。でもこのカップなら大丈夫。私も使ってみて実感しました。とにかく飲み易い!実用的なマグカップです。お薦めします。

2015年4月 7日 (火)

納得

 以前からずっと疑問に思っていたことがありました。

 イエズスは復活した後にマグダラのマリアに「わたしにすがりつくのはよしなさい。わたしは、まだ父のもとに昇っていないのだから。」(ヨハネ20:11)と言いわれました。しかしトマスには「あなたの指をここにあてて、わたしの手を調べなさい。」(ヨハネ20:26)と、言われています。

 この疑問に答えてくれるブログがありました。ブログ名は「Vanitas vanitatum」、次のアドレスです。私と同じ疑問のある方は是非読んでみてください。

http://deveritate.blog.fc2.com/

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2015年4月 6日 (月)

復活祭のテーブル

 復活祭用にパンを買ったのですが、この動物は何なのでしょう?耳なのか角なのかよくわかりません。よーく見ていると犬に見えてきますが・・・美味しければ良いのです。

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 二人だけの復活祭なので食卓もそれなりに。ゆで卵とチーズとケーキそしてワインさえあれば満足です。

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 離れて暮らす娘、息子達もそれぞれの所でミサに与り、それなりにお祝いをしているでしょう。特にこのご復活祭では子どもたちへのマリア様のご保護と主への数々のとりなし、そして主からの多くのお恵みに感謝します。

2015年4月 5日 (日)

URBI ET ORBI

 フランシスコ教皇様の祝福です。今回は私たちはライブで祝福に与ることができませんでした。祝福はある方がよいのでしょうが、これは救いには直接関係ない(罪の赦しの秘跡の方が大切で救いに直接関係します)ので、別にあるから救われるとか、ないから救われないということではありません。

Urbi et Orbi - 2015.04.05
YouTube: Urbi et Orbi - 2015.04.05

ご復活おめでとうございます!

Happy Easter!  Buona Pasqua!  ご復活おめでとうございます!

 notes  喜び歌えアレルヤアレルヤ

      み名の栄を誉め歌え 賛美の歌を賛美の歌を

              捧げよわが主に アレルヤアレルヤ notes  

                                       (典礼聖歌410番)

 

 昨夜の「復活徹夜祭」はローソクの明かりが主のご復活を象徴していました。世界中でご復活のローソクが灯され、すべての教会は喜びと感謝の祈りに満ちました。なんと素晴らしいことでしょう。

Fraangelicoresurrectionofchristan_2

 今年のご復活祭の喜びは私にとって特別です。こうして喜びと共に復活祭を迎えることができたことを主に感謝しています。

 典礼聖歌にある通り note 神の計らいは限りなく、生涯私はそのなかに生きる note  しばらくはこの喜びのご復活節が続きます。

 ヴァチカンでの復活徹夜祭です。

Easter Vigil - 2015.04.04
YouTube: Easter Vigil - 2015.04.04

2015年4月 4日 (土)

主の受難・十字架の道行

聖金曜日(主の受難)

Celebration of the Passion of our Lord - 2015.04.03
YouTube: Celebration of the Passion of our Lord - 2015.04.03

十字架の道行:ローマ

Way of the Cross - 2015.04.03
YouTube: Way of the Cross - 2015.04.03

2015年4月 3日 (金)

十字架の道行

  聖金曜日はどこの教会でも十字架の道行をすると思っていました。しかし私の教会ではありませんでした。個人でしようと思ったのですが、聖堂は祈れる状態ではなかったので家に帰って十字架の道行をしました。教会で心静かに祈ることができないのは本当に悲しいです。特にこの聖金曜日、主が十字架上で亡くなられた日に・・・。

 司教様のブログに「(鹿屋教会の)裸の祭壇、空っぽの聖櫃、文字通りガランとした聖堂は主の死の黙想にふさわしい。・・・こんなにも静かな生活・・・」と、書かれてありました。本来ならそうあるべきですよね。

 「以前のように聖堂が静かな祈る場所に戻りますように」と、主に祈りました。

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IN COENA DOMINI MASS

 聖木曜日・フランシスコ教皇のごミサ

In Coena Domini Mass - 2015.04.02
YouTube: In Coena Domini Mass - 2015.04.02

2015年4月 2日 (木)

聖なる過越の三日間

 いよいよ私たちカトリック信者にとって最も大切な聖なる三日間が始まります。

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聖木曜日(主の晩さんの夕べのミサ)

 「主の晩さん」とあるようにキリストが聖体を制定した最後の晩さんを記念し、また洗足式を行います。(しない教会もあります。)

 私たち夫婦はカテドラルでごミサに与りますが、司教様はご復活の主日まで別な教会へ行かれるそうです。

Photo_2 聖金曜日(主の受難) 大斎・小斎・十字架の道行

  キリストの受難と死を思い起こします。ミサは無く、ことばの典礼、十字架礼拝、交わりの儀があります。

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復活の主日(復活の聖なる徹夜祭)

 復活のローソクから火をもらい、光の祭儀、そしてミサへと続きます。洗礼と堅信式もあります。カテドラルでは3名の方が洗礼を受けられます。何よりも嬉しいことですね。おめでとうございます。

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復活の主日(日中のミサ)

 ミサでは「復活の続唱」があります。

 この「聖なる過ぎ越しの三日間」の典礼は救いの神秘の核心を祝う典礼です。ですから最も大切で復活の主日には盛大なミサが行われます。