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2015年1月

2015年1月29日 (木)

気付いたこと

 昨日ブログを書いたのですが、何となくしっくりせずにアップしようか迷っていました。今日いつもの「トマさん祈りの部屋」の「司祭がいない」という記事を読んですぐにアップするのを止めました。↓↓トマさんのブログから↓↓

・・・・・・・初めに念を押しておきたいことがあります。司祭は「つくる」のではなく「育てる」ものだ、ということです。司祭職は「召し出し」であり、神ご自身が造ります。司祭になる人がいないのではありません。司祭になる「種」は、もうあります。必ずあります。ただ、育っていないのです。良い種はあるのに、良い土がないだけです。石地に落ちたり、道端に落ちたり、茨の地に落ちているのです。だから、私たち自身が司祭の種を育てる「よい土」になる必要があります。・・・・・・・ちょっと逆説的な言い方をすれば、立派な人になるのではなく、イエスの生き方を真似する方が尊いのです。イエスの人生は、誤解されても言い訳せず、悪口を言われても言い返さず、それを祈りに変え、神への捧げ物(犠牲)に変えて生きていたのです。排斥され、孤独だった人は、イエスの一言で癒され、慰められ、励まされました。私たち一人ひとりが同じことをすれば「司祭の種」は、元気に育つと思うのです。■
*2015/01/16 カルメル在世会、月例研修会講話より

 司祭がいないいないと嘆くよりも、私たちが司祭の種を育てる良い土にならなければなりませんね。「こんなに私は種を蒔いているのに、司祭の種が芽を出さないのは君たちみんなの責任だよ」と神様の嘆く声が聞こえるようです。

 話とは全く関係のない写真ですが何となく私に似ているような気がして・・・・。でも可愛いでしょう、そう思いませんか?

Ru15010302 写真:「.ru」より

2015年1月28日 (水)

聖トマス・アクィナス

 聖トマス・アクィナスの生い立ちを読んでいて、二つの事に心惹かれました。

 一つは彼がドミニコ会に入りたいといった時に、両親や兄弟に猛反対されました。しかも城(彼は貴族)に閉じ込められてしまいました。それ程の反対や妨害にあっても彼はドミニコ会に入りました。つまりどんなに不可能、思い通りにならないと思っても、それが神のみ心ならその通りになる。可能だということです。

 もう一つは内気なトマスは学生時代「だんまり屋のシシリー牛」と軽蔑されていたということです。これは明らかに今で言う「いじめ」でしょう。彼がその時どのような態度をとったのかはわかりませんが、はっきりしていることは後に彼は偉大な学者、しかも今も尊敬される学者になったことです。いじめにあっている人、いじめられているからといってそれで人生が終わりではありません。聖トマスは将来のあなたかもしれません。

Tom_3

2015年1月27日 (火)

アウシュビッツ解放記念日

 今日はアウシュビッツ解放記念日です。1945年1月27日アウシュビッツ強制収容所は旧ソ連軍によって解放されました。今年は70周年です。去年まで何の問題も無く記念行事が行われていました。ところが今年はちょっと違います。相変わらず愚かな政治家が問題発言をして、争いを作り出しています。

 ポーランドの大臣が「解放したのはウクライナ軍だ」と言いだしたのです。確かに旧ソ連軍にはロシア人の他にウクライナ人もいました。チェチェン人もカザフスタン人も、たくさんの民族がいました。それがソ連軍でした。いくらこの大臣がロシア嫌いでウクライナ寄りだからといって、勝手に歴史を変えてはいけません。火種を作ってはいけません。政治家ならもっと慎重に発言しなければなりません。

 ヨーロッパやアメリカは反ロシアのせいかウクライナよりの報道をしていますが、ウクライナの歴史も忘れてはいけません。特にポーランド人はよくわかっているはずです。

 ある特定の民族が優れていてそれ以外は劣っていると思っている人は結構いるのです。日本でもヘイトスピーチをする人たちはそうですね。それとは全く反対なのがキリストの教えです。ですからキリストのミサはどこの国でもまったく同じなのです。韓国、日本、フィリピン、インド、中国、アメリカ、アルゼンチン、メキシコ、ブラジル、イラク、トルコ、フランス、スペイン、ポーランド、ナイジェリア、コンゴ、シエアレオーネ・・・・・。言葉は違ってもそのミサの内容は同じ。地球上のすべての人は唯一の神が造られた兄弟姉妹ですから。

 真にキリストを信じキリストの教えに生きる人たちばかりならけっして強制収容所などできなかったでしょう。ヨーロッパ人=キリスト教徒、アメリカ人=キリスト教徒と考えるのは間違いです。神を信じない人や、洗礼を受けてもキリストから遠く離れた生活をしている人たちはたくさんいます。また奴隷制度を作り利益を得た一部のプロテスタントもいます。

 今日は二度と民族浄化などといった恐ろしいことが起きないように、私たちはどの国の人も同じ神から作られた兄弟姉妹であること、お互いに助け合うことを子どもたちに教え続けなければないけないと改めて強く思いました。

2015年1月26日 (月)

明るい話題

 暗いニュースが多いので、少し明るい話題を。ミスユニバースのナショナルコスチュームの写真がAFPに載っていました。中南米はどこもド派手で、まるでカーニバル。ヨーロッパはおとなしくエレガントな感じ、アジアはその国の民族衣装のイメージを生かしています。なのに日本だけ何故この衣装なのか?一体誰がデザインしたのでしょう?

Photo_4アルゼンチン(教皇様もビックリ!?)

Photo_5 ニカラグア

Photo_6 ロシア

Photo_7 スペイン

Photo_8 インド

Photo_9 韓国

そして

Photo_10 日本

 残念ですね。彼女は美しいのに。彼女の美しさをもっと引き立たせる衣装はなかったのでしょうか?

 私が個人的に好きなのはドミニカです。

Photo_13ドミニカ (写真はすべてAFPより)

2015年1月25日 (日)

使徒パウロの回心

 聖パウロの霊名の方おめでとうございます。

 聖パウロの回心の場面はいつ読んでも感動します。主のなさることは私たちの理解を超え、そして不可能なことはありません。主の御旨ははかりしれません。

 ですから祈って願い通りにならなくても、それが主の御旨ならば受け入れましょう。自分がいくら努力しても望み通りにならないことはいくらでもあります。もし精一杯頑張って悪い結果が出たとしてもそれを素直に受け入れましょう。主のお考えは別ところにあるのですから。

 またサウロ(聖パウロ)と同じように突然主から弟子になるように呼ばれるかもしれません。その時は素直に従いましょう。呼ばれる人は幸いです。

 今年も主の御摂理を信じて、マリア様のように「み心の通りになりますように」と応えられる人でありたいです。

Photo 能 「聖パウロの回心」 (前島吉裕氏撮影)

 聖パウロの回心が能になって上演されたそうです。回心の場面をシテ方がどう演じるのか是非一度観てみたいです。

2015年1月23日 (金)

私の願い

Au_bout_du_monde 大浦天主堂:信徒発見のレリーフ(ブログ「Au bout du monde」より)

 3月16日・17日は長崎で「日本の信徒発見150周年」記念行事があります。フランシスコ教皇様は特使にケベド枢機卿様とフィリピンの大司教様を派遣されるそうです。

 教皇様はいつ日本に来てくださるのでしょうか?韓国やフィリピンは教皇様の訪問によって信仰の火が一層熱く燃え上がったように思えます。日本にも是非来ていただき、日本の信徒にも聖霊がより豊かに注がれることを期待します。

 私個人の願いは津和野の殉教者たちを列聖していただき、列聖式を日本で教皇様に司式していただくことです。決して不可能なことではないでしょう。お祈りしています。

Photo聖母と安太郎(写真:トリップアドバイザー提供)

 明治元年長崎で捕えられた人たち(浦上四番崩れ)の中で153人が津和野に流され、拷問で37人が殉教しました。その中の一人安太郎は三尺牢に入れられましたが、毎晩彼の前に聖母が現れて彼を慰められたそうです。間もなく彼は牢の中で殉教しました。

2015年1月20日 (火)

世俗原理主義

 フランス大統領は「これがフランスの自由だ。風刺画は正しい」と擁護し、ある国のイスラム教徒たちはこれに反対してキリスト教会を襲う。まさに心配している通り、宗教を軽視している人たちがイスラム教とキリスト教の戦いにしようとしています。ロシアのイスラム研究者でマルジャニ基金科学プログラム責任者のイーゴリ・アレクセエフ氏は言っています。

 「イスラム教とキリスト教の対立ではなく、宗教原理主義と世俗原理主義の対立がここにある」(「ロシアNOW」より)

 その通りです。今年も争いの絶えない一年になりそうです。口では「平和、平和」と言いながら、平和を築く努力をせずにかえって争いを生み出すのに一生懸命な政治家、ジャーナリストそしてそれに同調する人々・・・。悲しいことです。きっと唯一の神様もこうおっしゃっているでしょう、「私はこんな争いをさせるために人間に自由を与えたのではない」と。

2015年1月19日 (月)

バントゥ君

 バントゥ君、彼と出会ったの30年以上も前の事。私の父の退職記念に家族でヨーロッパへ行ました。ローマの街で何気なく入った店の棚の上にこのバントゥ君が座っていたのです。一目見て彼を日本に連れて帰ろうと思いました。いわゆる一目ぼれです。

 あれからずっと同じ服を着たまま・・・暑い夏の日も毛糸で編んだセーターとズボン姿で我が家にいました。

Cimg5166 「バントゥです。ヨロシク!」

 フィリピンのリサールパークでの野外ミサで多くの人達がサントニーニョ(子どものイエズス様)を持っていました。フィリピン人は特に子どもが大好きで、キリストの幼子の姿が好きなのだそうです。特にこのごミサの聖母はまるでバントゥのお母さんみたい。

Photo_2 マニラでの野外ミサの聖母(CTVより)

Photo_3 サントニーニョを手に教皇様を迎えるフィリピンの人達 (CTVより)

  そこで「我が家のバントゥ君もサントニーニョになれるのでは?」と思い、早速服作りの準備を始めました。私の使わなくなった帯をほどいて布を用意し、バントゥの寸法を測り・・・型紙も無い服作り、上手く出来上がるかどうかわかりませんが頑張ります。色々と考え工夫して作るのは楽しいですね。そういう私を見て夫は一言「なんという暇人!」。

2015年1月18日 (日)

フィリピン(3)

 教皇様は若者の集いに参加されました。場所は聖トマス大学のグラウンド。雨の中、ここにも多くの若者が集まりました。これだけ多くの若者たちがキリストを大切に思い、心に信仰の情熱を持っているのを見ると、胸があつくなります。この若者たちなら信仰の火が消えることはないでしょう。

Pope in Philippines - Meeting with the Youth - 2015.01.18
YouTube: Pope in Philippines - Meeting with the Youth - 2015.01.18

 午後はリサールパークでの野外ミサ。

Photo 台風1号が近づく中、それでもこの人・人・人・・・(CTVより)

Pope in Philippines - Holy mass - 2015.01.18
YouTube: Pope in Philippines - Holy mass - 2015.01.18

2015年1月17日 (土)

フィリピ(2)

 16日はアリーナで「Meeting with the Families」もありました。数組の家族が祝福を受け、教皇様は家族について話されました。

Photo (CTVより)家族たちとの集い

Photo_2 (CTVより)家族たちとの集い

Pope in Philippines - Meeting with the Families - 2015.01.16
YouTube: Pope in Philippines - Meeting with the Families - 2015.01.16

  17日は台風の被害で多くの犠牲者がでたTaclobanで野外ミサがありました。とても悪い天候の中、多くの人達がミサに与りました。キリストは希望です。その希望を教皇様はミサを通してはっきりと示してくださいました。

1 タクロバンの野外ミサ (CTVより)

8 風と雨の中のミサ (CTVより)

6 タクロバンの聖母子像 (CTVより)

 

Pope in Philippines - Holy Mass at Tacloban - 2015.01.17
YouTube: Pope in Philippines - Holy Mass at Tacloban - 2015.01.17

2015年1月16日 (金)

フィリピン(1)

 

Photo マニラ カテドラルでのミサ(CTVより)

 フランシスコ教皇様はフィリピンに着かれました。フィリピンはアジア最大のローマカトリック国(人口の8割がカトリック)です。ヨハネパウロ二世が来られた時、野外ミサに集まった人はなんと500万人でした。今回はそれを超えるでしょう。空港から続く沿道にも延々と人の波。とにかくすごい歓迎でした。

 フィリピンは信仰深い人たちが多いです。2010年山形県に新庄カトリック教会ができたのはフィリピンからやって来て、この地で日本人と結婚した女性信徒たちが始まりでした。当時新庄には教会は無くご主人に頼んで酒田や鶴岡の教会へ通っていた彼女たち。新庄に教会を作ることは彼女たちの夢でした。もちろん日本人の信徒の方々にも助けられて新庄カトリック教会は誕生しました。彼女たちの信仰の力はすごいですね。私たちは彼女たちから学ぶことが沢山あります。

 さて、16日はマニラの大聖堂で限られた人たちだけのごミサがたてられました。私の説明より実際のごミサの様子をご覧ください。

Pope in Philippines - Holy Mass - 2015.01.16
YouTube: Pope in Philippines - Holy Mass - 2015.01.16

2015年1月15日 (木)

スリランカ

 フランシスコ教皇様はスリランカとフィリピンを訪問されています。スリランカはインドとはまた違う人種、文化がありカトリック信者も多い国です。

 スリランカでは約50万人が教皇様のごミサに与りました。すごい数です。ごミサを見るとカトリックは一つ、国も人種も関係なく私たちは兄弟姉妹だと実感します。キリストを中心に皆が集まる一つの家族です。

Photo_3 スリランカ ミサの前の踊り(CTVより)

Photo_4  ミサ会場(CTVより)

Photo_6

 教皇様のごミサ(CTVより)

2015年1月14日 (水)

「表現の自由」とは?

本当に「私はシャルリ」でいいの?西洋とイスラムの「対立」をあおることにならないか

 イギリス在住の木村正人記者が書いていた記事が目にとまりました。私も同じ思いでした。今は「一歩立ち止まってよく考えて」と言える雰囲気ではありません。かつてのアメリカがイラク戦争へ進んでいった時と同じです。少しでも反対の声を上げると「裏切り者」と言われ何も意見を言えない雰囲気です。

 今回特に私がおかしいと思ったのは「表現の自由=何でも好き勝手に言ってよい=正義」という考えです。相手を不愉快にさせる、傷つける、笑いのネタにしておとしめる・・・そのようなことが本当に「表現の自由」と言えるでしょうか?それは「いじめ」と全く同じです。いじめた方は必ずこう言います。「ただのジョークさ、笑いを理解できないやつだな」と。

 自分の家族を馬鹿にされたり、笑い話で侮辱されて一緒にニコニコできる人がいますか?ましてや自分が一番大切に思っている人についてそうされたらどうでしょう。キリスト教徒はキリストや聖母を馬鹿にされ、侮辱されたらどんな気持ちになるのか考えてみましたか?もちろん無神論者は何も感じないでしょう。彼らはキリスト、聖母、教皇、モーゼ、マホメッド、お釈迦様、だれでも笑い話の対象とするし、それが「表現の自由」だと叫ぶでしょう。彼らはキリスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒の対立を望んであおっているようにしか思えません。宗教を憎む彼らは「宗教戦争」を作りだし、宗教同士お互いが傷つけ合うことを望んでいるのではないでしょうか。

 下記に木村氏の記事を抜粋しました。

・・・・・・「表現の自由」を攻撃することは許されない。ましてやテロは絶対に許してはならない。しかし、シャルリエブド紙の風刺画には、イスラムに対する理解を深めるより、誤解と偏見を広げる効果もあったことは否定できない。

イスラム系移民はTVで「私たちはムハンマドを親よりも大切にしなさいと言われて育ってきた。それを侮辱されたときの気持ちも理解してほしい」と悲しそうな表情を浮かべた。

ムハンマドの風刺画はどうしても西洋とイスラムの間に分断線を引いてしまう。「私はシャルリ」というスローガンにイスラム系移民が果たして、ためらいも覚えずに共感できるのだろうか。

例えば、黒人がバナナをくわえて木から落ちる風刺画は許されない。ユダヤ人がカネを数える風刺画は許されない。偏見が黒人差別やユダヤ人迫害を助長した歴史があるからだ。風刺画による「表現の自由」にも自ずと限度がある。

英国では人種や民族、宗教、障害などに起因するヘイトクライム(嫌悪犯罪)として(1)肉体への危害(2)ののしりや罵倒(3)つば吐きや侮辱的な仕草(4)脅かし、脅迫、苦痛を与えたりするなどの行為(5)学校や職場でのいじめ(6)放火(7)盗難や器物損壊(8)隣人とのもめごと――を取り締まり対象にしている。

インターネット上でもテロ対策インターネット・ユニット(CTIRU)が(1)人種・宗教的暴力を呼びかけるスピーチやエッセイ(2)加害者を称えるメッセージ付き暴力ビデオ(3)テロや暴力過激主義を呼びかけるチャット会議(4)宗教や民族への嫌悪をあおるメッセージ(5)爆弾製造の指示書――に監視の目を光らせ、違反があれば即座に閉鎖している。・・・・・(記事 :木村正人 2015年1月11日)  

 もっと詳しく読みたい方は下記のページをクリックしてください。

http://blogos.com/article/103216/

「救われる」とは?

一昨年の記事ですが誤解している人が多いので取り上げました。

(CNN) ローマ法王フランシスコが説教の中で、無神論者の罪の救済に言及して注目を浴びている。ローマ法王庁は23日、「罪の救済」の解釈について補足する談話を発表した。

フランシスコ法王は22日午前のミサで信者を前に、「主はキリストの血によって、我々すべての罪を救った。カトリック信者のみならず、すべての人を」「無神論者さえも」と語った。さらに「我々は互いに善行を行わなければならない。無神論者であっても善行を行いなさい」と続けている。

この発言について、信仰にとらわれない倫理観を説いている米団体のロイ・スペクハルト氏は、「世界の宗教的、哲学的多様性に関する法王の見解は広がっている」「人文主義者は以前から、人は神がいなくても善良になれると訴えてきたが、その言葉をカトリック教会の指導者から聞いて大きく心を打たれた」と歓迎。ほかの宗教指導者たちもこうした見解を示せば、無神論者などに対する差別の解消につながるだろうと期待を示した。

ネット上でも法王の発言は注目され、無神論者や不可知論者でも天国に行けるのかと問いかける声が相次いだ。

これについてローマ法王庁の報道官は23日に発表した談話で、「すべての男女は、いかなる状況にあっても救われることができる。たとえキリスト教徒でなくても、この精神の救済行為に応えることはできる。生まれながらに罪深い存在であるというだけで、救済の対象にならない人物は誰もいない」と指摘した。

報道官は同時に、22日の法王の発言について、「救済の本質についての神学的論争をあおる意図はなかった」と述べている。(2013年5月24日CNNニュース)

 

 おそらく教皇様は「救った」ではなく「贖われた」と言われたのではないでしょうか。

 拙い私の理解では昔から今に至るまでキリストは例外なくすべての人の罪を贖いました。しかし神を認め、キリストを受け入れて、努力してその教えに従って生きるならばその人は救われる可能性がありますが神の救いを頑固に拒否して善く生きる努力をしない人は救われないであろう、とカテキズムで教えられました。

 そうでなければ私たちは洗礼を受ける意味はないし、ましてやカトリックの信仰を信じる必要も無くなります。まわりの人達に優しく、家族仲良く、ボランティアに精出して、犯罪に手を染めるようなことをせずに善く生きれば十分でしょう。

 教皇様が「救われる」という表現を使っているので誤解されるのではないでしょうか。おそらく訳の間違いで教皇様は「救われる」ではなく「皆の罪が贖われた」と言いたかったのだと思います。訳は正確にしてほしいですね。私と同じように外国語のわからない人達にとっては大きな問題です。CNNやBBCは意図的に訳を操作しているのでしょうか?センセーショナルな話題にするために・・・。

 神学を勉強した人なら教皇様の発言を深く読み取れるでしょうが、そうでない一般の人や、カトリックを知らない人達には誤解されるでしょう。何故洗礼を受けてカトリックの信徒になる必要があるのか、宣教師でもある教皇様が一番解っておられるはずです。神は例外なく皆を天国に呼んで救いたいのです。しかしこの神の招きに答えなければ天国には入れないのだと思います。

Cimg5134_2 K教会クリスマスの祭壇 (幼子キリストが私たちに呼びかけています)

 無神論者もキリストによって罪は贖われました。また罪を心から悔い改めれば神は赦してくださるでしょう。神は無神論者も救われるように呼びかけておられます。しかし神の呼びかけ(神・キリストを受け入れてその教えに従って生きる)に答えなければなりません。

Photo 洗礼 (写真:Googleより)

2015年1月11日 (日)

主の洗礼

Photo イコン:主の洗礼

主の洗礼とは?

罪もなく、悔い改めの必要がなかったイエスが洗礼を受けられた。それは、これから人の救いを果たすために、御父のみ旨に従って生きることを表明された姿だったのである。(カトリック新聞:下町豊重福岡教区司祭)

 主の洗礼、正教会も大切の日として祝います。ロシア正教はユリウス暦を使っているので19日が洗礼祭です。

Photo_2

 ・・・・・イエスが洗礼を受けた時、神は父、子、聖霊の三位一体として現れたことから、洗礼祭は神現祭とも呼ばれている。・・・・・司祭の祈りによって水は成聖される。信者たちは「父、子、聖霊の名によって」と言いながら、十字架の形にあけられた氷の穴の中に、全身を3回浸す。(写真と文:ロシアの声)

 洗礼を受けた人たちはもう一度自分の洗礼について考えてみる良い機会です。そして洗礼の恵みを主に感謝しましょう。

 今日または明日は各地で成人式があります。今日ごミサに与ったT教会の新成人も神父様から祝福を受けていました。彼の挨拶は小教区の皆さんと両親への感謝の言葉でした。しっかりとした若者です。私まで親の気持ちになってしまい胸があつくなりました。年のせいかすぐに感動してしまいます。

2015年1月 9日 (金)

神話の里公園

 お天気も良く、暖かな一日霧島へ行ってきました。元旦に夫と二人で教会へ行きましたが遊びで出かけるのは今日が初めて。

 昼のお弁当は簡単にパンで、ポットにホットコーヒーを入れて、おやつには私の作ったフルーツケーキと今評判のミスドのブルックリンD&Dを持って行きました。

 健康のために歩こうと思い神話の里へ行きましたが、おやつにドーナツを食べては意味が無いですね。でも気持ち良く歩き、素晴らしい景色を眺めながら温かいコーヒーと共にいただくお昼は美味しいでした。ただドーナツが値段の割にはちょっと・・・ドーナツというより菓子パンみたいで・・・残念。

Cimg5136_2 神話の里公園

Cimg5146_2

 高千穂牧場から高千穂の峰を望む

2015年1月 8日 (木)

菜の花

 年末に暖かい日があったので夫と指宿・山川方面へドライブをしました。まだ12月なのにもう菜の花が咲いていたのです。早いですね。やはり指宿の暖かさは違います。

 昔私の家の近くに桜並木があり、その前にはずっと菜の花畑が広がっていました。桜と菜の花がほぼ同時に咲いてそれは美しいでした。そう3月末に菜の花は咲いていたのです。

 温泉があって暖かな指宿、良い所です。

Cimg5131 西大山駅:開聞岳と菜の花

Cimg5120 開聞岳と池田湖そして菜の花

2015年1月 6日 (火)

Epiphania Domini

 3人の博士たちが幼子イエズスを拝みに来ました。黄金・乳香・没薬の贈り物を持って遠い国から星に導かれて来ました。この幼子は正に「神の子キリスト」、3人の博士たちはどんなに嬉しかったことでしょう。それは聖書に書かれていた通りでした。

 「主の公現」のお祝いは今日1月6日です。ヨーロッパや北中南米等ではクリスマスは主の公現まで祝います。当然クリスマス休暇も同じです。しかし信者の少ない日本では1月6日は休みではないので特別に新年最初の日曜日(今年は4日)に主の公現を祝いました。理由がちょっと寂しいですね。

Epiphania_domini_3_2Epiphania Domini (Google画像より)

2015年1月 1日 (木)

神の母聖マリア(祭)・世界平和の日

神の母聖マリアの祭日と新年おめでとうございます

Photo_5 神の母聖マリア、私たちのために祈ってください

 今年はどんな一年になるのでしょうか?今年こそは昨年よりもずっと平和になりますように。戦争やテロが無くなりますように。私たち一人一人が温かな心で平和を築く者となりますように。そして、みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。

 ところでクリスマスに嬉しいニュースがありました。バラバラになりそうだった(なっていた)ある家族、夫が数年ぶりに家に戻って来て奥さんは夫をこれからも支えていきますとのこと。数年かかりましたが、奥さんはずっと祈り続けていました。本当に嬉しいことです。これからまだまだ時間はかかるかもしれませんがきっと子供たちも助けとなり、いつか以前のような幸せな家庭を取りもどすでしょう。絶対に離婚はしないといって夫を待ち続けて祈り続けた彼女。そして改心して帰ってきた夫。聖モニカと聖アウグスティヌスは親子ですが二人と重なりました。

 私も今年は「忍耐」を身につけて強くなります。 

 今年の皆さんの抱負は?

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