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2012年6月

2012年6月29日 (金)

使徒聖ペトロ聖パウロ 祭日~2

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カラヴァッジョ 『サウロの回心』

 聖パウロは公の場でよく討論をしたようです。パウロは剣(正しいか間違っているか、善か悪の教えかを見極める聖言葉の剣)を持った姿で描かれています。パウロの宣教があんなに成功したのはキリストに完全に自分をささげて、福音を告げ知らせたからです。どんな危険も困難も迫害も恐れませんでした。パウロはキリストと人々の救いの為だけに生きて働いて殉教しました。

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         使徒聖パウロ

 

  

使徒聖ペトロ聖パウロ 祭日~1

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   カラヴァッジョ 『聖ペトロの逆さ磔』

 鶏が鳴く前に3度キリストを知らないと言ったペトロ(ヨハネ18:15~18、25~27)、イエズスと共に船に乗っていて嵐に会いおびえ「あなたたちの信仰はどこにあるのか」とキリストに言われたペトロ(ルカ8:22~25)、湖の上を歩いていておぼれかけた時にイエズスから「信仰の薄い者、なぜ疑ったのか」と言われたペトロ(マルコ6:45~52)。そのペトロが復活したキリストに会った後、驚くほど強い信仰者に変わりました。最後は逆さ磔で殉教しました。殉教した場所の上にヴァチカン大聖堂が建っています。

 聖ペトロと聖パウロはまったく違うカリスマを持ちながら、キリストの教会をまとめ、築くという同じ目的のための働きました。キリストの教会のために働く使徒が今も増えることを祈ります。

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   使徒聖ペトロ

2012年6月25日 (月)

躓き

 日常の生活の中で、あるいは教会の説教の中で、自分の信仰をまったく否定されたように感じる時があります。そんな時にはじっくりと静かにキリストに話をします。すると「これは悪魔が私を教会から遠ざけようとしている」悪魔の誘惑であると感じるのです。聖霊はもうすこしで躓きそうになる私を支えてくださいます。

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         大天使ミカエル

 人々にとって時には司祭の言葉が躓きの原因となることもあります。でもそこで信仰や教会を離れてはいけません。離れれば悪魔は喜びます。悪魔なんていないと言っているあなた、笑っているあなた、気をつけてくださいね。悪魔は優しい姿、言葉で悪い行いに引っ張り込もうとあなたに近づいています・・・。

 キリスト教徒でない方にはわかりにくい話しだと思います。でも悪への誘いは甘く優しいものです。これはすべての人にとって共通な事ではないでしょうか。スリルを味わう万引き、優越感を味わういじめ、甘い情熱に燃える不倫、気が大きくなる深酒、いつの間にか悪の虜にならないように気をつけましょう。

2012年6月24日 (日)

洗礼者ヨハネ

 洗礼者ヨハネの洗礼名を持つ方々、おめでとうございます。マリア様がエリザベトを訪問された時に、エリザベトのお腹の中で喜んだ洗礼者ヨハネ。キリストに洗礼を授け、ヘロデの娘サロメの望みによって首を切られた洗礼者ヨハネ。

 教会の祈りで毎朝唱えられる『ザカリアの歌』。その中で洗礼者ヨハネについてこう歌われています。

 幼な児よ、おまえも神の預言者と呼ばれ、

 主の前を歩み、その道をととのえ、

 罪のゆるしによる救いを その民に知らせる。

 すべては神のあわれみのこころによる。

 洗礼者ヨハネはとても厳格な人にみえます。「悔い改めよ。天の国は近づいた」自分の罪を悔い改めて悪い行いを改めなさいと言っています。そしてヘロデ王とその妻ヘロディアにも姦通の罪をとがめて非難しました。権力者に対しても妥協せずに真理をあかししました。キリストに忠実であり続けた洗礼者ヨハネのような信仰の勇気を私たちも願い求めましょう。

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  レオナルド・ダ・ヴィンチ「キリストの洗礼」

 

 

2012年6月22日 (金)

Waka Waka

 2010年南アフリカワールドカップのオフィシャルソングWaka Waka。可愛いシャキーラが腰を振り振り歌っていたのを覚えている方も多いと思います。

 世界中でヒットしたこの歌を真似る人達がたくさんいました。notesフランシスカン(フランシスコ会)も歌って踊っています。これに対してドミニカン(ドミニコ会)はガガの歌を替え歌で歌い踊っています。興味のある方はyoutubeでさがしてください。

 新年やお祭りの時にヨーロッパの修道会では村や町の人達を楽しませるためにこの様なパフォーマンスをしているようです。楽しそうです。

 どちらも練習不足なところが良いですね。だって上手だと練習を沢山した=お祈りや労働の時間を沢山削ったことになりますから。たまにはこんな風に楽しむのも良いでしょう。きっとキリストもカナの結婚式では踊ったのではないでしょうか?笑いながら楽しそうに・・・happy01

えっ、youtubeで見つからない。仕方ないな~、フランシスコ会の方だけ載せましょう。




YouTube: Waka waka francescana

2012年6月20日 (水)

Gen Verde

イエズスの聖心の日(6月15日)に皆さんに聞かせたい曲があると書きましたが、ついにyou tubeで見つけました。30年位前のとても古い曲なのに・・・さすがyou tubeですね。

 Gen Verdeで曲名はnote Molto hai amatonote イタリア語の歌詞ですがルカ7章37~50節を読んでから聴くとわかります。


YouTube: Molto hai amato - Gen Verde

 曲の後に他の曲の紹介がありますが、Gen VerdeのLa tempestaも良いですよ。こちらはルカ8章22~25節のイエズスが嵐を静める場面の歌です。

2012年6月18日 (月)

Sultans of Swing

 大切なことを忘れていました。昨日家族で祈っていた時に夫が「今日は『父の日』なのに多くの人が忘れています。私たちみんなのお父さんである天の父に感謝しましょう」と祈った時に、自分も忘れていた事に気づきました。夫には教えられることばかりです。

 さて、今日は音楽の話です。先日息子からタイトルにもある「Sultans of Swing」という曲を教えてもらいました。私は知らなかったのですがイギリスではとても有名なグループだそうです。グループ名はDire Straits。息子からは昔の若い頃のDire Straitsの演奏を紹介してもらいましたが、私は年月の経ったいぶし銀の魅力のM.Knopfler(リードギターとヴォーカル)を紹介します。




YouTube: Dire Straits - Sultans Of Swing (Live)

2012年6月16日 (土)

メジェゴリエ

 先日「メジェゴリエとクロアチア巡礼の旅」の案内をいただきました。「メジェゴリエ」は皆さんご存知の聖母御出現の地です。でも何故今メジェゴリエなのでしょうか?

 メジェゴリエはとても問題になっている所です。ヴァチカンは現在調査中でまだ公認していません。

 聖母御出現の地は世界中にありますが、私が重視するのはマリア様のお告げの内容です。マリア様は私たちに何を伝えたいのか?何を望んでおられるのか?マリア様の聖心は?ルルドもファティマもマリア様のメッセージははっきりとカトリックの教え、キリストの教えに反していません。だからヴァチカンは認めているのです。

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 メジェゴリエ巡礼を考えていらっしゃる方は前もってよく調べて、考えてから決めた方がよいと思います。クロアチアの街並みやその周辺を観るためだけなら、それは価値があると思います。自然が豊かで、歴史のある美しい所らしいです。

 私なら・・・多分行かないでしょう。その前に旅費が無いから行けないじゃない。coldsweats01

2012年6月15日 (金)

イエズスの聖心の祭日

 若い頃、数人で聖書の勉強会をしていた時に、ちょうどこの聖心の日に「イエズス様の聖心と聞いて一番何が思い浮かびますか?」と言う神父様の質問にすぐに答えられず、しばらく考え込んだことを思い出しました。

 その話を夫にしたら「自分ならヨハネのheart02『神はその一人子をお与えになったほどに、この世を愛された。一人子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである』のところかな。キリストの愛で人々は救われ永遠の命を得ることができるから」と。なるほどと、関心してしまいました。ちなみに、今私がキリストの聖心をよく感じるところはルカの7章の罪深い女を赦されるところですね。「イエズスは『あなたの罪は赦されている。あなたの信仰があなたを救ったのだ。安心して行きなさい』と仰せになった」heart

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 このシーンをGEN VERDE(ジェン・ヴェルデ)が歌っています。胸にじ~んとくる曲です。皆さんにも是非聞いてもらいたいです♪

2012年6月14日 (木)

時代小説

 小説家で誰の作品が好きかと問われれば、真っ先に挙げるのが「辻邦生」です。『春の戴冠』『背教者ユリアヌス』『安土往還記』『嵯峨野明月記』など挙げればきりがない名作ばかりです。初めて辻邦生さんの作品を読んだのが『北の岬』でした。辻邦生さんの作品には品があり、また主人公の魂を映し出す文章が素晴らしいのです。イタリアの歴史だけでなく日本の歴史にも深く、よく調べ研究されています。ですから尚の事おもしろいのです。辻邦生さんについてはあらためて書きたいと思います。

 さて本題の『葉室麟』さんについて。葉室さんの作品に出会ったのは去年です。ファンとしてはまだ日は浅いのですが,ラジオで児玉清さんが『柚子の花咲く』と言う作品を紹介していて、面白そうだと思い図書館で借りて読んだのが初めてでした。葉室さんの作品は武家社会が中心の作品が多いです。やはり作品全体に品があり、歴史をよく調べて書いてあります。特に『銀漢の賦』『秋月記』『柚子の花咲く』『いのちなりけり』など読んでほしいです。

 直木賞授賞のインタビューでの喜びの言葉は葉室さんの人柄を表していて思わず「そうでしょう、そうでしょう」と共感してしまいました。

 ここで明かすのですが、私はある時期まで葉室麟さんを女性だと思っていたのです。「りん」と言う名前で女性と思い込んでしまったのです。みなさん、思い込みには注意しましょう。happy02

 私が武家社会に興味があるのは、よく母からおじいさんが言っていたことを聞かされていたからです。母がおじいさんに言い訳をしたら「義を言うな」と一喝されたそうです。またしょっちゅう「うそをつくな」「一度言ったことをころころ変えるな」「弱い者をいじめるな」と、言われていたとも話してくれました。厳しい反面とても優しいところもあり、曲がったことが嫌いで、正しいことはすぐに受け入れる性格だったそうです。ですから母が洗礼を受けると、自分も神父様の話を聞きたいと言い、母の親より先に洗礼を受けたそうです。

2012年6月13日 (水)

パドヴァの聖アントニウス

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 幼子イエズスを腕に抱き百合の花を持つフランシスコ会の聖人の絵を見たことがある人はたくさんいると思います。多くの人から愛されているイタリアパドヴァの聖アントニウスです。今日はその聖人の記念日です。

 彼は初め教会から離れた人々に自らの道に戻るように説教しました。彼の『説教集』はとても有名ですよね。『説教集』では典礼で朗読される聖書の注解もしています。聖アントニウスはわたしたちに祈りをする時には沈黙の雰囲気が必要だといっています。本来、聖堂は祈るためにあるのに、御ミサの前や後のうるさい事・・・おしゃべり、おしゃべり・・・。coldsweats02 教会によっては全く私語をしない教会もあります。祈りの雰囲気に満たされているのです。(すばらしい!)話しがそれましたね。そして彼は祈りは4つの態度から成り立っていると言っています。

  1. 信頼をもって心を神に開くこと
  2. 愛情を込めて神に語りかけること
  3. 自分の必要とすることを神に示すこと
  4. 神を賛美し感謝すること

 「魂は祈ることによって初めて霊的生活を深めることができます。」とも言っています。

 聖アントニウスをはじめどの聖人達も「祈ること」の大切さ、重要さを説いています。わたしたちも「祈ること」を止めてはいけませんね。どんな時も(御ミサの前も)祈らなければ・・・わたしもね!happy01

2012年6月10日 (日)

ノヴェナの祈り

 今日教会で「ノヴェナの祈り」のカードをもらって来ました。「ノヴェナの祈り」も色々ありますね。『絶えざる御助けの聖母』のノヴェナ、『ルルドの聖母』のノヴェナ、『聖ヨセフ』のノヴェナ等。このカードは聖ヨセフへのノヴェナが書いてありました。

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 そもそもこのノヴェナ〈9日間の祈り〉は聖母と使徒達が主の昇天から聖霊降臨までの間祈ったのが起源と言われています。具体的な祈りが示されたのは1884年ナポリの病気で苦しむフォルトナ・アグレリに聖母が現れて「9日間ロザリオ1環の祈りを毎日してそれを3回しなさい。そして感謝のためにまた3回9日間の祈りをしなさい(合計54日間)。願い(望み)が聴き入れられても聴き入れられなくても感謝の祈りをしなさい。」と。

 もらって来たカードの裏には聖ヨセフの聖性と7回唱える祈りしか書いてありませんでした。もっと詳しい祈り方を知りたい方は「信心の園」を見てください。

 ところでもう一つブログを紹介します。こちらはキリストについて詳しく書かれています。私のように浅く生ぬるいものではなくて、超真面目なブログです。ゆっくりと読んでください。『キリストの神的魅力』です。

2012年6月 9日 (土)

ロザリオの祈り

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 ロザリオの祈りをしていると、不思議と心が落ち着きます。特に不安な時や悲しい時、苦しい時にロザリオの祈りをするとマリア様が「大丈夫、私がちゃんと取り次いであげますよ。安心しなさい。必ずキリストに頼んで解決してあげます。カナの結婚式の事を思い出しなさい。」と、言われているようで、落ち着くのです。

 きっと私だけでなく祖父母や親たちもそうだったと思います。私の夫や子ども達も同じでしょう。嬉しい時に家族で感謝のロザリオを唱える時も喜びをマリア様と分かち合うような気持ちです。

 こうして、ロザリオの祈りは家庭の中で受け継がれていくのだと思います。

2012年6月 5日 (火)

『道』 

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 オプスデイの創立者聖ホセマリア・エスクリバー師の書いた『道』を何回も読みました。999の短い文章からなっていますが、祈りと共に読むと、その短い言葉から多くのことを学び悟らせてくれます。若者から人生経験豊かな人まで、多くの人におすすめしたい一冊です。

 『道』より未信者の方にもわかりやすい身近な事柄について書いてあるものをいくつか紹介します。

 言い争いはしないように。言い争いから解決の光はささない。激情が解決の光を消してしまうからである。

 活動は、祈りがなければなんの価値もない。そして、祈りはそれに伴う犠牲によってより価値が高くなる。 

 根気よく祈り続けなさい。努力が実らないように思えても祈りに堅忍しなさい。祈りは必ず豊かな実を結ぶ。

 あの人には我慢ならないと言ってはいけない。あの人は私を聖化してくれると考えなさい。

 ネガティヴな批判をしてはならない。誉めることができないときは、沈黙しなさい。

 侮辱されても、必要なら、最初の瞬間から許す努力をしなさい。受けた迷惑や侮辱がどれほどひどくても、神はそれ以上にあなたを許してくださったのだから。

 目隠しをしたまま石を遠くに投げると、どんなに大きな害を引き起こすか分からないのか。何でもないと思って口にした陰口が、時には重大な害を及ぼすことすら、あなたには分かっていない。無遠慮や激情によって目隠しされているからである。

 〈今〉良い行いをしなさい。過ぎ去った〈昨日〉のことを思い出さず、来るか来ないか分からない〈明日〉を思い煩わないで。

 真の清貧は、持たないことにあるのではなく、執着しないこと、物に対する支配権を自発的に放棄することにある。だから、実際には富んでいても、貧しい人がいるし、またその反対の場合もある。

 私たちのカトリック信仰は何と美しいのだろう。それは、あらゆる心配事を解決し、知性を落ち着かせ、心を希望で満たしてくれる。

 オプスデイは映画「ダヴィンチコード」で悪意に満ちたデタラメな取り上げ方をされて、カトリック信者のなかですら誤解する人がでました。本当に残念なことです。オプスデイが正しく理解されることを望みます。

 

2012年6月 4日 (月)

『ナザレのイエス』

 以前紹介した本『ナザレのイエス』について。とてもおもしろいのですが小説を読むようにスーッと読めないのと途中で他の本を読んだりしたこともあり、まだ半分しか読んでいません。それでも印象に残る箇所がいくつもありました。

 その前にイエズス・キリストを知らない人のために少し説明したいのですが、どうしてカトリック信者はキリストが磔にされた十字架を大切にしているのかわかりますか?それはキリストは私たちの罪の赦しのために十字架につけられたからです。そして全能で唯一の神はそのために一人子イエズス・キリストを人間の姿で私たちにつかわされたのです。なぜ?なぜなら、神は私たち被造物である人間をとても愛しているからです。一人子を与える程に私たちを愛しているのです。ですから信者は十字架に磔にされたキリストを見て、私たちはキリストに、神にどれ程愛されているかを思い起こすのです。

 本の話に戻りましょう。本の中で「真福八端」について書かれています。ラッツィンガー枢機卿(現ベネディクト16世)は本の中で真福八端は人生の道しるべとなるものだ言っています。『真福八端の後ろにはキリストの生きた姿が、神でありながら人間であった者の、そしてまさにそのゆえに十字架の死に至るまで自らを低くした者の生きた姿があります。パウロからアッシジのフランチェスコ、そしてマザー・テレサにいたる聖人たちはこの生き方を選んだのでした。彼らはそのことより、人間の正しいあり方と人間の真の幸福を示したのです。』そして『キリスト教のモラルは愛であり、それは利己心に対立するがそれは自分から脱け出ることで、自分を獲得する』と、書いてあります。そしてこうも言っています。『ニーチェの示す人間像の魅力的な輝きに反して、この道(真福八端)は初めのうちは惨めのもののように見え、それゆえにまた不当なもののように思われます。しかしそれは、人生の真の王道です。山上の説教に示された愛の道においてのみ、人生の豊かさ、人間であるという召命の偉大さが現れるのです。』

山上の説教(真福八端)

自分の貧しさを知る人は幸いである、 天国はその人のものだからである。

悲しむ人は幸いである、 その人は慰められるであろう。

柔和の人は幸いである、 その人は地を受け継ぐであろう。

義に飢えかわく人は幸いである、 その人は満たされるであろう。

あわれみ深い人は幸いである、 その人はあわれみを受けるであろう。

心の清い人は幸いである、 その人は神を見るであろう。

平和をもたらす人は幸いである、 その人は神の子と呼ばれるであろう。

義のために迫害される人は幸いである、 天国はその人のものだからである。

                                     (マタイ5:1~10)

2012年6月 1日 (金)

聖マルガリタ・マリア・アラコック

 6月は「聖心の月」ですね。そして15日は「イエズスの聖心」の祭日です。ところで、みなさんはこの「イエズスの聖心」がいつ頃始まったか知っていますか?実は私は知らなくて夫が教えてくれました。

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 1673年12月27日聖母訪問会のシスター聖マルガリタ・マリア・アラコック(1647年~1690年)にイエズス・キリストが御出現され「私の神的な心は人々に対する愛で燃え上がっている・・・・滅びの深淵から人々を引き離すために・・・・聖心があなたのよって広められ、人々に明らかにされなければならない。・・・・この偉大な計画の達成のために・・・・あなたを選んだ。」と、告げられました。

 1674年6月にイエズス様は再び御出現になり、「毎月最初の金曜日の聖心に対する信心」についてお告げになりました。つまり初金曜日のミサですね。

 1675年6月イエズス様は聖心の信心をする人のために、聖マルガリタ・M・アラコックに約束されました。

  1. 彼らに必要なすべての恵みを与える。
  2. 彼らの家庭の中に平和を確立する。
  3. 彼らをすべての困難において慰める。
  4. 彼らは生涯、特に死の時私の聖心のうちに避難所を見出す。
  5. 彼らのすべての企ての上に豊かな祝福を注ぐ。
  6. 罪人は聖心のうちに無限の憐みの源を見出す。
  7. 生ぬるい霊魂は熱心になる。
  8. 熱心な霊魂は大きな完成にたっする。
  9. 聖心の御像や御絵を掲げ尊敬する家庭を祝福する。
  10. 司祭たちに頑なな心を感動させる力を与える。
  11. この信心を広める人は私の聖心の中にその名前が書かれる。
  12. 9か月間続けて告解をして初金曜日に聖体拝領をする人々に死の時の最後の痛悔の恵みを与える。彼らは私に嫌われて死んだり、秘蹟を受けることなく死んだりしない。私の聖心は彼らの最後に確実な避難所となる。