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2012年5月

2012年5月30日 (水)

聖マキシミリアノ・マリア・コルベ

 カトリック姶良教会にはとても貴重というか、珍しい物があります。それはこの教会が聖コルベ神父様に捧げられていることに関係があります。教会の聖堂に入ると左側の壁の中央にそれはあります。聖コルベ神父様の遺髪です。この教会を建てる時に主任司祭だった小平卓保神父様が教会の為に手に入れてくださったのです。

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プラスチックのケースに入れられていたものを後のパコ・マリン神父様が写真のような美しい顕示台に納めて飾ってくださいました。

 聖マキシミリアノ・マリア・コルベ神父様(1894年~1941年)はポーランドに生まれ、1930年から1936年まで長崎で働きました。そして帰国後ナチに捕えられ、アウシュビッツ強制収容所で餓死刑を命ぜられた人の身代わりとなって餓死室で亡くなりました。アウシュビッツ強制収容所というと、ユダヤ人だけが犠牲者のように思っている人が多いですが、実際は政治犯、ジプシー、精神・身体障害者、捕虜など28か国の人たちが犠牲になっているのです。その中にカトリックの司祭や修道者、シスターもいたのです。

 2000年7月19日私たち家族はポーランドのアウシュビッツ・ビルケナウ強制絶滅収容所へ行きました。餓死室=コルベ神父様が亡くなられた所に立った時の何とも言えない息の止まるような重い空気は今でもはっきりと思い出されます。この世の苦しみ、悲しみ、痛みがすべて詰まったような所・・・。

 「愛する者のために命を捨てること、これ以上の愛はない。」(ヨハネ15;13)聖書の聖言葉通りに生きたコルベ神父様の心は餓死室では喜びに満たされていたはずなのに、未熟な私はコルベ神父様の最後の姿が脳裏に浮かび、あまりにも悲惨なその姿に心が重苦しくなりました。きっと十字架につけられたイエズス様もこれと同じ様なお姿だったのでしょう。

 1982年10月10日、コルベ神父様は聖人の位にあげられました。私の母はこのヴァチカンでの列聖式に参加しました。

2012年5月29日 (火)

隣の国韓国

 友人は5月の連休に家族で韓国へ旅行したそうです。韓国は食べ物が美味しく、歴史があるので見所もたくさんあり、ファッションもなかなかで、なんといっても物価が安く、家族皆楽しく過ごしたそうです。私がよく見ているブログ「こてる日記」のこてる先生も家族と勤め先の病院の看護師さんとで韓国へ行き大満足だったそうです。こちらは韓流ドラマの大ファン。

 儒教の国は日本が失くした美しい思いや習慣がまだあるのでしょうね。私はそれまで全く興味の無かった隣の国ですが、ドラマ「ホ・ジュン」を観て韓国の歴史(当時の服装・食べ物・習慣など含めて)に関心を持ちました。「チャングム」もとてもおもしろいでした。

 一度韓国へ行った人はまた行きたいと言っていますね。私も一度は行ってみたいです。でも私にとっては近くて遠い隣国です。

2012年5月25日 (金)

教皇ヨハネ・パウロ2世

 『教皇ヨハネ・パウロ2世』という名前のバラが咲きました。真っ白な香りの好いバラです。この名前の由来となった教皇ヨハネ・パウロ2世(1920年~2005年)についてはすでに皆さんはよく御存知でしょう。ポーランドのクラコフ市に生まれ、1978年10月16日に264代教皇に選ばれました。

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 ところで、「教皇権の不可謬性」を正しく理解せずに思い違いをしている人が多いですね。正確には「教皇教権不可謬権」といって、カトリックの信仰と道徳に関して教皇座から宣言された場合不可謬なのです。教皇様の話す事すべてが不可謬なのではありません。何でもかんでも「不可謬性」を理由に教皇様を批判するのは間違いですよ。気を付けましょうね。

2012年5月24日 (木)

分かち合う

 ここ数日桜島が元気です。特に鹿児島市内は連日のドカ灰でJRも止まる程でした。

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 桜島を見て風向きを確かめるのが毎朝の日課となりました。「今日は風が向うに吹いているから来ないね。」「明日はこちらに来るらしい、いやね~。」と、安易に言ってしまう私です。それを聞いていた夫が「いつも降灰のある所は大変なのだから、たまにはこちらに降った方がいい。分かち合わないとね!」と。時々夫は素敵のことを言います。夫に教えられることもたびたび。「自分さえ良ければ他の人はどうでもよい」というより、他の人のことを考える余裕がない、自分のことしか考えられない人達が私を含め多いです。

 私たちはいつも喜んで良い事も悪い事も分かち合わなければいけませんね。

2012年5月21日 (月)

コペルニクス

 今朝の話題は「金環日食」一色でした。私も息子から日食グラスをもらい楽しみに待ちました。しかし空は厚い雲に覆われて、残念ながら太陽は観えずじまいでした。

 天文といえば以前紹介した堀田善衛さんの『天上大風』の中に、コペルニクスについて書いてありました。それによるとポーランドの天文学者コペルニクス(1473年~1543年)は『天球回転論』でそれまでの一般論であった「天動説」をくつがえし「地動説」をとなえました。ちなみに、物の考え方が従来とは正反対に変わることを『コペルニクス的転回』と言います。これは哲学者カントが使った言葉だそうです。

 コペルニクスは『天球回転論』を教皇パウルス3世に献呈しています。その献呈文に「あなたの権威と判断とによって、讒訴する人々の諸々の咬みつきをあなたは撃退することがおできになるからです。」と書かれています。1616年ガリレオ・ガリレイが裁判にかけられた事を考えると、コペルニクスがまず教皇にこの献辞を添えて献呈したのは自分が異端にならないようにとの用心からでしょう。当時の教皇の力は今の教皇様とは比べ物にならないくらいに強かったようなので。

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コペルニクスが学んだポーランド、クラクフ大学の教室

2012年5月18日 (金)

聖母

 ブログのタイトルを変更しました。私の「聖母のように生きたい」という希望です。現実は程遠いのですが・・・。少しでも近づけるように努力したいと思います。

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 聖母といえば、「母の日」について書かれているブログを紹介します。『トマさん祈りの部屋』です。長崎の神父様が書かれているのですが、毎回「ナイス!」と言いたくなることばかりです。その中で母の日についてこう書いてあります。「みなさんの体がここにあるのは、お母さんが生んでくれたからですが、みなさんの心(霊魂)があるのは神様が造ってくれたからですね。その心の世話をしているもう一人の母が聖母マリアです。みんなのお母さんです。」

 これを読んで私は子供たちの身の回りの世話をするけれど、心を育ててくださるマリア様も一緒に子育てをしてくださっている。だからいつもマリア様に取り次ぎを祈り感謝して主に信頼していれば良いのだと、改めて実感しました。マリア様ありがとうございます。

2012年5月17日 (木)

典礼

 典礼について小さな事ですがかねてより気になっていたので書いてみます。教会によって典礼が少し違うことがあります。例えば聖書朗読の終わりの時に「神に感謝」と言ったり「神のことばです」と言ったり、「これは神のみことばです」と言ったり、あるいは何も言わない教会もあります。また言う人も侍者だったり朗読者だったりと様々です。奉納の時に奉納者以外の会衆も立つのが普通なのですが、会衆全員座っているところもあります。

 何故教会ごとにこの様に違うのでしょうか?当然侍者も司祭が変わればやり方も違うので戸惑うと思います。せめて教区ごとにカテドラルのミサ典礼と同じにしたら良いのではないでしょうか。それとも主任司祭たちは同じにできない(したくない)理由があるのでしょうか?

 最近「感謝」のテーマからずれてしまっているようですが、どうしても書いておきたかったので書きました。お許しください。

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2012年5月14日 (月)

両形態拝領

 13日日曜日はいつもの通り教会のミサへ行きました。教会では希望者は両形態(御聖体と御血)で拝領しています。ほとんどの人が両形態でしますが、私は御聖体だけいただきます。その理由は簡単です。パテナが無いからです。神父様からいただいた御聖体を自分でカリス(御血)に浸して(これも厳密にはダメかな?)いただきます。もし、ポタッと御血や御聖体が落ちたらどうするのでしょうか。もちろん形が無くなった時にそれは御聖体・御血ではなくなるのですが、ジュータンにしみた御血は…。私にははっきりとわかりませんが御聖体や御血への尊敬から、落ちるのを防ぐためにパテナは必要だと思います。

 下の写真はパテナを使っているところです。これなら安心ですよね。

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2012年5月 8日 (火)

聖スタニスラオ司教

 今日は聖スタニスラオ司教の霊名の祝日です。「えっ、それは4月11日ではないの?」と、思う方もいらっしゃるでしょうが、4月11日は日本で決めた日、ポーランドでは昔から今日祝っています。

 聖スタニスラオ司教(1030年~1079年)はポーランドの保護者です。貧しい人々の世話をする一方で、国王ボレスラフ2世の悪い行いを戒めました。これによって王の反感をかい、御ミサ中に殺害されました。

 相手がどんな身分の人であっても、間違ったことや悪いことははっきりと言わなければならないと、聖スタニスラオ司教様は私たちに教えてくださいました。ありがとうございます。

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2012年5月 6日 (日)

聖母の月

 5月は「マリア様の月」です。ヨーロッパや伝統を大切にする教会では5月は特に『聖母マリアの連祷』を唱えます。残念ながら私の通うカトリック教会ではありません。今夜は私の家族だけで家庭祭壇の前で唱えました。

 『聖母マリアの連祷』は15世紀末~16世紀初め頃から行われ、16世紀には巡礼地ロレトで盛んに行われていたので『ロレトの連祷』の名で知られるようになりました。

 ロレトはイタリアのアンコーナ県にあります。聖母マリア様の生家があり、これは天使によってナザレから運ばれてきたと伝えられています。

 1975年4月にロレトへ行った時に記念に買った聖母子の飾りが見つかりました。002

 聖マリア、われらのために祈り給え。キリストの御母、われらのために祈り給え。教会の御母、われらのために祈り給え。…マリア様いつもありがとうございます。