« 2016年8月 | メイン | 2016年10月 »

2016年9月

2016年9月30日 (金)

恵みと信仰

 先日ある記事を読んで感じたことがありました。それは他人の信仰を比較してはいけないということです。

 主はそれぞれの人に違う恵み=タラントを与えてくださいました。ある人は音楽の才能を与えられて、主をたたえる歌や演奏で信仰を現しています。ある人は庭仕事が好きで教会を美しい花壇で飾り信仰を現しています。またある人は学問に秀でていて聖書学や教会法、典礼学で人々を教え導きます。ある人は話が上手で言葉によって信仰を告白します。ある人は話すのはへたですが書くことによって宣教します。字の読めない人は教えられた祈り(ロザリオやお告げの祈り等)を覚えて毎日黙々と唱えて信仰告白をします。

 それは修道会を見るとよくわかります。観想修道会と活動修道会。学校や教育に力を入れている会、病院や医療中心の会、農業や生産で信仰生活を送る会があればマスコミを使って信仰を伝える会もあります。そして信徒もそれぞれ様々な職場で働きながら信仰生活を送っています。

 どのやり方が本物の信仰ということはありません。どの修道会の方がより信仰を継承しているといえないのと同じように、どの人の信仰の現し方が正しく信仰を継承し、どの人の信仰の現し方では継承されないなどということは決してないと私は思います。

 そういう私は外仕事は苦手、人付き合い(特に電話)が苦手、人混みが苦手、運動苦手の苦手づくしです。でも本を読むのは好きなので、読んで得た信仰のことをこのブログに言葉にして書いています。これが私の信仰告白の一つの手段です。教養主義的と批判(教養主義がなぜ悪いのかはわかりませんが)されても仕方ありません。これが主が私にくださったお恵みですから。

Photo_2

修道会の図書館(チェコ:ストラホフ修道院図書館・神学の間)

2016年9月29日 (木)

聖ミカエル・聖ガブリエル・聖ラファエル大天使(祝)

Filippo_lippi大天使ミカエル・ラファエル・ガブリエルとトビト(F.リッピ)

 日本で天使といえば変なスピリチュアルの話になったり、願い事を叶える道具にされたりして、多くの人が誤った知識のもとに踊らされているように見えます。

 カトリック教会の中でさえ天使についての正しい知識を教えられていない人が多いでしょう。なかには「天使なんていない」と言う人までいます。勿論絵のような姿ではないでしょう。なぜなら天使は霊の姿ですから。天使についてはカテキズムの中にきちんと書かれているので、知らない人は読んでみてくださいね。

Photo_2

 大天使聖ミカエルは悪魔と戦いました。(ヨハネの黙示12:11)悪から私たちを守ってくださる天使です。

 

Photo_3

 大天使聖ガブリエルは聖母マリアに救い主イエズスの誕生(受胎告知)を伝えたり、ザカリアには洗礼者ヨハネの誕生を伝えています。神様からのメッセージを伝える天使です。

 

Photo_4

 大天使聖ラファエルはトビト書に出てくる通り、トビトと共に旅をします。私達の祈りを聞いて神様にとりなしてくださる天使です。

 日本の教会の保護者は大天使聖ミカエルです。日本に初めてキリスト教・カトリックを伝えた聖フランシスコ・ザビエルが日本の保護者として定めました。聖ミカエルの保護を願いましょう。また、私たち一人一人をそれぞれに守ってくださる守護の天使たちについても忘れないようにしましょう。自分の守護の天使に「ありがとう」とお礼を!

2016年9月28日 (水)

再び動物園

 前回動物園へ行った時には暑さで動物も私たちもダウンして散々でした。しかし今日は曇り空でそれほど暑くなかったので娘と二人で出かけました。

 娘と一緒にお弁当を作り、娘の運転で出発。今回は動物たちも外に出ていて沢山見ることができました。

Zvjampy8_2

Nxk7cw2b_2

Dscn0973

 私の大好きなカバはお耳をクルクルとまわして(これが可愛いlovely)上手に尻尾で水を背中にかけていました。コアラは木の上で、アライグマは木の中でお昼寝中。マーラは子育てのための穴を深~く掘っていました。シロクマ君はご覧の通り。今日は沢山の動物たちに会えました。そしてよく歩きました。有意義な一日を過ごすことができて、娘に感謝です。

2016年9月27日 (火)

トラ次郎

2016923_1

2016923_5

 花子より前からいる我が家の外ネコ「トラ次郎」です。顔は可愛くはないですが、よく言えば凛々しいお顔です。そして何より甘えん坊。甘えた声でエサをねだります。首のまわりをゴリゴリすると、お尻を持ち上げてここ(尻尾のつけねあたり)も掻いてと催促します。

 花子と同じエサを食べているのにこの貫禄!3キロ位かなと思っていたのですが、娘は5キロはあるといったので体重計に乗せるとなんと5.4キロもありました。どこか他のお家で美味しいエサをもらっているのかも・・・近所のおじいさんおばあさんに甘えてメロメロにしているのかもしれません。

2016年9月24日 (土)

十字架

 カトリック教会の聖堂に入るとたいてい正面にキリストの十字架があります。私の印象ではプロテスタントの教会には十字架だけでキリストはいません(多分)。

 以前にも書きましたがザビエル教会はカテドラルにもかかわらず、小聖堂には十字架はありません。大聖堂の十字架にキリストはいません。

Dscn0542_2小聖堂

Cimg5888大聖堂


 以前から変だと思っていました。なぜ正しい十字架を置かないのか不思議でした。今日も小聖堂に行ったのですがやはり何も変わっていません。とても残念です。あえて書きますがパイプオルガンの日除けよりもまず典礼の十字架の方が先なのではないでしょうか。

 白浜満神父(現:広島教区司教)様が昨年行った「典礼研修会」ではっきりと「ミサの時にはキリストのついた十字架を祭壇上か傍に置かなければならない」と話されたのに、小聖堂のミサにはいまだに十字架はありません。不思議です。今まで何も変わらないということは「総則で決まったことでも守らなくてよい」という決まりでもあるのでしょうか。

Cimg6399

 ここで書いたことは批判ではなく、一信徒の疑問を書いたのです。どなたか明確な答えを知っておられるのなら教えてもらいたいです。

Photo

Dscn0671

 はやく大聖堂、小聖堂共に上の写真のようにキリストのいる十字架が掲げられることを祈ります。

同じ種?

 

Dscn0781花子だにゃん~小さいのだにゃん~

324大きなネコだにゃん~重いにゃん~(写真:googleより)

 我が家の花子と同じ種属とは思えない猫をまた見つけました。体重にして何倍あるのでしょうか?モフモフで暖かそう。冬は湯たんぽ代わりになりますね。寝返りをうつと花子はつぶしてしまいそうですが、この猫ちゃんなら安心。でもやっぱり花子の方が可愛いにゃん!

2016年9月23日 (金)

叙階式

 昨日はカテドラルでフランシスコ朴昶奎(パク・チャン・ギュ)助祭の司祭叙階式がありました。また新しい教区司祭の誕生です。

 司祭への道をあきらめきれずにいたところ主はここの教区に導いてくださいました。若くはない(失礼happy02)フランシスコ朴神父様にとって日本語の勉強は大変でしょうが頑張ってほしいです。兵役では特殊部隊に所属していたとか、知的・体力共に優れ、また英語が得意なようなので外国人の司牧にも活躍されることでしょう。期待しています。「おめでとうございます!」

 今日の福音はコヘレトのことば(3:1-11何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。・・・・・神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を初めから終わりまで見極めることは許されていない。 まさにフランシスコ朴神父様の叙階のことを言っていますね。

 そして今日の答唱詩編は神様がフランシスコ朴神父様に「不安に思うことはありませんよ」と言っているようです。

答唱詩編

詩編139・1-2、17-18

神のはからいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる。

神よ、あなたはわたしを心にかけ、
わたしのすべてを知っておられる。
わたしが座るのも、立つのも知り、
遠くからわたしの思いを見通される。

神よ、あなたの思いはきわめがたく、
そのすべてを知ることはできない。
あなたのはからいは限りなく、
生涯わたしはその中に生きる。

Photo_2

2016年9月20日 (火)

『生活のスパイス365日』

 台風16号が直撃するとの予報で雨戸を固く閉ざして一夜を過ごしましたが、たいした強風、大雨もなく朝を迎えることができました。被害の出た地域の皆さんにはお見舞い申し上げます。

 さて、先日息子と「ドン・ボスコ」のDVDを久しぶりに観ました。ドン・ボスコは皆さんご存知の通り「サレジオ修道会」を作りました。「ボスコ修道会」ではなくあえて自分が尊敬する聖サレジオの名前をつけました。

Photo

 私はあまり聖サレジオについて知らなかったので、この機会に聖サレジオの本を読むことに。まずは超易しい『聖フランシスコ・サレジオのすすめ』-生活のスパイス365日 から始めます。題の通り毎日一つ聖サレジオのすすめる言葉が書かれています。やはり聖人達の言うことは共通することばかりです。聖人たちの本を読んで納得することばかりなのですが、それを実行できないから私はいつまでも聖人に近づけないのです。catface 例えば、

・ 耐えざる飲食の節制は、たまに行う厳しい断食よりもはるかに値打ちがあります。というのは、このような断食には大きな心のゆるみが起こることがあるからです。

・ 嘆き、いさかい、争いの聞こえる家には、聖霊がお住みになりません。

・ 羊が狼に近づくのを見て、大声を上げて叫ぶのは、愛のしるしです。このように、教会の敵が悪をもたらすとき、黙っていてはいけません。

・ 最も虫の好かない人に対して、何度も、柔和と愛徳を実践しましょう。

・ 神に関することは、ふざけながら話してはなりません。常に謙遜と尊敬をもって語りなさい。

・ 隣人を快く耐え忍ぶようになれるのは、いつのことでしょう。これが、聖人たちの教訓の中で、最高のものです。これを学んで実行する人は、幸いです。

 読んで理解して納得したらなら、次は実行しなければ本を読んだ意味はありません。一つでもやり遂げたいものです。特に毎日の飲食の節制は煉獄の霊魂の救いのために喜んで捧げたいと思います。

 私の好きな射祷は「キリスト、あなたが望むことを愛することができますように」です。皆さんも好きな射祷があるでしょう。それをいつも唱えて聖人に倣いましょう。

2016年9月19日 (月)

ことばで人を傷つけず、はずかしめない

答唱詩編 (15:3、4a、6

しあわせな人、神をおそれ、主の道を歩むもの。

ことばで人をきずつけず、
悪を行わず、隣人をはずかしめない。
神を捨てた者を戒め、神をおそれる者をとうとぶ。
このようにふるまう人はとこしえにゆらぐことがない。

 今日の答唱詩編の一部です。単純な言葉でわかりやすく書かれています。・・・人を傷つけず、悪を行わず、隣人をはずかしめない・・・。私が家族や隣人に日常何気なくしてしまうことです。それは小さなこと、自分にとって些細なことかもしれませんがやはり主の道を歩んでいないのです。

 楽しい食事やお茶の時間でも、悪口や陰口の温床となり、不快な気持ちになることがあります。同じように自分も他人を不快な気持ちにさせているでしょう。こういう時こそ気をつけなければならないのでしょう。楽しい食事やお茶の時にこそ主が共にいて一緒に聞いていることを忘れないようにします。主も共に喜んで笑ってくださるように。

Photo写真:Fr.Zより 「聖テレジアクッキー」

2016年9月18日 (日)

Kカトリック教会

 新しくなったKカトリック教会を娘はまだ見たことがないというので、今日は娘をそこのごミサに連れて行きました。

 入るなり「木の香りがする!」と。そして「正面の十字架、祭壇そしてステンドグラス、どれも綺麗で素晴らしい!」と言っていました。そうでしょう。教会らしいというと変ですが、正面にキリストの十字架があり、祭壇が美しい教会は私たちを自然と祈りへ誘います。

Dscn0895_5

Dscn0896

Dscn0897

Kカトリック教会の祭壇とステンドグラス

 ここの教会の主任神父様の説教はその日朗読された聖書の箇所についての説明とそれについてのお話です。その内容はいつも教会の教えにそったものなので安心して聞けます。ですからたまにこの教会のごミサに与るのが楽しみです。

2016年9月17日 (土)

お花の日

 二ヶ月ぶりの生け花教室。今日の花材は満天星ツツジ・ピンポン菊・リンドウ・クルクマ・ソリダゴです。リンドウや菊は秋を感じますね。

 クルクマの花と葉を離して葉を違う花のそばに生けたりしない(不自然)、同じ種類の花は大きさによって高さを変える(小さい花は高く大きい花ほど下に低く)ことにより安定感がでることなどの説明を受けて、先生が手直ししてくださいました。また満天星(ドウダン)ツツジは茎が太くて硬いのでこういう枝物は先を2センチくらい十文字に切り込みを入れて広げるとしっかり剣山に刺さりますと教えてもらいました。込み合っているところの不要な枝は取り除くとすっきりします。

Dscn0888_2

 先生は先週一週間山形屋でお花を活けられたそうです。花材に山法師を使い、その話をされました。今年は山法師が先生のマイブームで今の季節赤い実をつけるこの山法師はとても好評だったそうです。花を知っている方は多いのですが実は見たことのない方が多いらしく、わざわざ見に来られる方もいたようです。私も見に行けばよかったとちょっと後悔しています。

Zeeohrpv1山法師の花と実

 9月は行事が多く重なり、お花の参加者は少ないでしたが有意義なひと時でした。月に一度こうして無心になって自然と向き合うことは心が解放されるような気分です。

2016年9月16日 (金)

モンク珈琲

 アメリカのワイオミング、そこのカルメル会の修道院で作られている珈琲「Mystic Monk Coffee」、ついに飲むことができました。修道会は古いのですが珈琲は2007年に生まれまたそうです。観想修道院の修道士たちが心を込めて作っている珈琲です。

2

 修道会を助けるつもりで購入しました。後悔無し。豆はアラビカ種で二種類(Mystic Monk BlendとMidnight Vigils Blend)を飲みましたがどちらも とても美味しかったです。お世辞ではなくて本当に。今回は初めてだったのでSamplers(9種類入り)を頼みました。他の味も楽しみです。次回は気に入った味のコーヒーを注文しようと思います。きっとどれにするか迷うでしょう。リピーターが多いのも肯けます。お薦めのコーヒーです。

 珈琲の他に紅茶やマグカップも販売しています。

4

5_2

 皆さんも修道会を助けるつもりでいかがですか?

注文は→ https://www.mysticmonkcoffee.com/

2016年9月15日 (木)

悲しみの聖母(記)

 

37_2


 「悲しみの聖母」とはキリストが人々の救いのために十字架につけられた時、同じように聖母マリアも苦しみキリストの死を悲しみながらも十字架のもとに立って参与されたことを記念するものです。聖母の七つの悲しみ(苦しみ)を思いおこして祈ります。

① シメオンの預言を受けられる

② エジプトへ避難される

③ エルサレムでイエズスを見失い神殿で見出される

④ 十字架を担われるイエズスと出会う

⑤ 十字架の下にたたずまれイエズスの御死去を見届ける

⑥ 十字架より降ろされたイエズスを御腕に抱かれる

⑦ イエズス埋葬される

 「聖母の七つの悲しみ」を祈るための専用のロザリオ(私は持っていませんが)もあります。また今日は「鹿児島教区司教座教会献堂記念日」でもあります。鹿児島教区のためにお祈りください。

Photo_3

2016年9月14日 (水)

十字架称賛の祝日

 今日の聖書朗読を読んでいて、ふと以前見た教皇様の写真を思い出しました。先ず今日の聖書の朗読箇所の一部分です。

 主はモーセに言われた。「あなたは炎の蛇を造り、旗竿の先に掲げよ。蛇にかまれた者がそれを見上げれば、命を得る」。モーセは青銅で一つの蛇を造り、旗竿の先に掲げた。蛇が人をかんでも、その人が青銅の蛇を仰ぐと、命を得た。(民数記21:8-9

 そして問題となった教皇様の写真です。

Photo_2

  私はこの写真は細工され、ねつ造されたものだと思いますがもし本当に写真の通りであれば上記の聖書の意味が含まれていた十字架なのではないかと思います。

 今日は十字架称賛の日です。なぜキリストは十字架にかけられたのか、何のために十字架を受け入れられたのか、もう一度主の愛・いつくしみをゆっくり黙想しましょう。

2016年9月13日 (火)

「No」と言える人に

 年金生活になると入ってくるお金は決まっているので出て行くお金のやりくりを考えなければ。何を優先して何を後まわしにして何を削るか・・・。国のように足りなければ増税して収入を増やせばよいというわけにはいきません。

 まずテレビと固定電話は必要なし。携帯はガラケイで通話のみ、夫婦で共有。本はどうしても欲しい本だけ古本で買う。旅行はせず(子どもたちにも会いに行かない)近場をドライブして満足。外食はせず唯一の贅沢は家族湯。まるで貧乏自慢をしているようですね。

 援助(寄付)依頼もよくきますがすべてにすることはできないので、ここでも選択しなければなりません。組織の名前は書けませんが苦しんでいる子どもたちや貧しい教会を優先します。

 しかしこれだけ気をつけていてもつい油断していらない物を買ったりしてしまいます。まるでお金を捨てたような気分・・・自己嫌悪・・・。「ノー」と言えない自分が腹立たしい。

 決してケチにならず、使うべきところをしっかり見極めて使うべき時におしみなく使えるような人になりたいです。そして必要のないものにははっきりと「No」といえる人になりたいです。think

Lifehacker(写真:lifehackerより)

2016年9月12日 (月)

赦せる人は強い人

 黙想会での酒井神父様の講話をあるサイトで聞きました。その講話の中で「許せる人は強い人」という言葉が胸に響きました。韓国の慰安婦問題や拉致問題の中で「私は許しません」という言葉がよく聞かれる中でこの「許せる人は強い人」はまさに正しいと感じたからです。

 酒井神父様が話されている強い人とはマリア様のことです。キリストが十字架にかけられた時にマリア様は自分の息子が侮辱され痛めつけられ十字架に磔にされるのを見ました。十字架につけられた時キリストは「父よ、彼らをおゆるしください。かれらは自分が何をしているのか、わからないのです」と仰せになった。(ルカ23:34 当然これを聞いた聖母マリアも息子の願いをきいて彼らを赦したでしょう。それは簡単なことではありません。しかしそうできたマリア様は強い方です。[枚方教会婦人会黙想会講話]

 キリストの教えは愛だとよく言われます。この愛とは赦すことでもあります。「目には目を歯には歯を」が当然の時代にキリストは「復讐(報復)ではなく許しなさい」と教えられました。「神のいつくしみ」です。この神のいつくしみを体現した聖母マリア様は私たち皆の母となられました。マリア様の優しさと強さに倣いたいです。そして日本より圧倒的にクリスチャンが多く、大統領までもクリスチャンの国はマリア様に倣い「赦す」信仰を示してくれると期待します。マリア様もそれを願っているでしょう。

Photo

2016年9月10日 (土)

日本205福者殉教者

 今日は「日本205福者殉教者」の記念日です。日本で殉教者といえば長崎の26聖人がよく知られていますが、他にも多くの人が殉教しました。記録されている人だけで約4千人、記録に残っていない人や、島原の乱で殉教した約1万7千人を加えると殉教した人の数は正確にはどの位になるのでしょうか。これらの殉教者を代表して205人が福者となりました。 

 日本とありますがこれは日本人205人という意味ではなく、日本で殉教したという意味です。ですから205人の中には韓国人、インド人、メキシコ人、ヨーロッパ人もいました。男性、女性、子どももいました。9月10日は長崎の西坂で大殉教(55人が処刑)があったのでこの日を「日本205福者殉教者」の日にしました。

 多くの殉教者が守り伝えた信仰を私たち信者は伝え続けなければなりません。殉教者たちは拷問を加える相手を許して信仰を証しました。多くの血を流して信仰を証してその信仰を守り伝えてくれた殉教者たちに感謝します。

157

いつくしみのキリストとご聖体

2016年9月 8日 (木)

聖マリアの誕生(祝)

 聖マリアの誕生を祝う今日、聖マリアとは一体どんな人であったのかとふと思いました。

Photo

 『きっと貧しいけれど心の豊かな家庭に生まれて、お父さんの聖ヨアキムとお母さんの聖アンナから愛情いっぱいに育てられたと思います。彼女自身はきっと素直で信仰深く、正しく勇気のある賢い少女だったでしょう。聖霊によって身ごもった時にも主を信頼して、夫の聖ヨセフにすべてをゆだねたと思います』と、私は想像するのですが、私の思いをまるでハンマーでたたき壊すようなことを言う人もいます。でも気にしません。どんなに偉い学者さんが私の思いを否定しても私のマリア様への思いは変わりません。

 聖マリアの誕生を心から祝います。

2016213_31

2016年9月 7日 (水)

主はすべて知っています

 今日のルカによる福音の箇所を読んで、私は聖マザー・テレサについて書くのをやめました。それはマザーに対する誹謗中傷についての反論でしたが書いても意味のないことに気づきました。

  ルカによる福音

 人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。その日には、喜び踊りなさい。天には大きな報いがある。この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。

 私が弁明しなくても主はすべてご存知です。主はもうマザーを天国に迎え入れてマザーは主と共におられます。私が心配することではありませんでした。非難中傷する人達のことは主に任せましょう。

14

2016年9月 6日 (火)

感謝のミサ

 昨日はマザーテレサ列聖の感謝のミサがヴァチカンでパロリン枢機卿様の司式でたてられました。私たちは主の恵みを受けた時、喜びのあまり主への感謝を忘れてしまう時があります。まず感謝!このごミサも列聖式と同様にとても大切なごミサですね。


YouTube: Thanksgiving Holy Mass for the canonization of Mother Teresa - 05.09.2016