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2012年10月

2012年10月30日 (火)

神道的世界観の風景

 久しぶりにホームページキリストの真理の輝きが更新されました。新しく神道について『神道的世界観の風景』と題して書いてあります。興味のある方は読んでみてください。

 ここ数日DVDで『ROMA』を観ています。キリスト教が入る前のローマは、多神教で占いがはやり、もちろん奴隷制度もあり、戦争に勝てば戦利品で豊かになり、負ければ奴隷になってしまう。貴族たちは快楽におぼれ、民衆は刑罰の死闘を娯楽として楽しむ。そんな悪の生活は間違っていると思う人たちも大勢いたのでしょう。その人たちが後にキリスト教を受け入れ、初めはひどい迫害にあいました(快楽を手放したくない人達にとってキリストの教えは受け入れられないでしょう)が、ついに国教になりました。歴史から学ぶことはたくさんあります。

 マリア様が聖霊によって身ごもったことや、キリストの行った奇跡、悪魔や地獄の存在を否定する人たちはカトリック信者の中にもいます。そして彼らはすぐに「それは古い考えだ」「中世に逆戻り」「非科学的だ」と言います。キリストのご復活やご聖体のキリストの現存を科学で証明できますか?全能の父である神を信じているのならすべて可能な事なのです。たとえ科学で証明できなくても。

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2012年10月23日 (火)

鹿屋のバラ園~秋

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 昨日鹿屋のバラ園へ行ってきました。平日だったので「バラまつり」の賑わいはなく、ゆっくりと鑑賞できました。

 やはり春とは違い、秋のバラはちょっと華やかさやボリュームにかけていて、なんとなく物足りないような感じでした。でもバラの香りがただよい、様々な種類のバラが咲いていて、これ程のバラを一度に楽しめる所はそうないでしょう。

 今回は私と息子の二人で、運転はずっと息子がしてくれました。帰りは桜島に寄り道して無事に帰宅。久しぶりの桜島、近くで見上げるとやはりその雄大さに感動しました。

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トマちゃん

 

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 日曜日の夜に娘が子猫を拾って来ました。よくあるパターンで、箱に入れられて捨てられていたそうです。子猫と目が合ってしまった娘は、そのまま通り過ぎることができずに連れて帰りました。

 名前はトマちゃんです。人にとてもなついていて、トイレもできます。当分の間はトマちゃんに振り回されそうです。coldsweats01

2012年10月20日 (土)

男らしい玉三郎さん

 前回女らしい「藤娘」を踊る玉三郎さんを紹介しましたが、今回は男らしい力強い「鏡獅子」を踊る玉三郎さんをどうぞ!




YouTube: Tamasaburo Kabuki---坂東玉三郎---日本歌舞伎----鏡狮子-7

2012年10月19日 (金)

信者してます!?

 久しぶりに『カトリック生活』11月号を読んでいると、大分教区司祭山下敦神父様の「マルコ福音書を読む」の中である信者さんが「私は日曜日のミサのとき、とっても信者してます!」と言ったそうです。その人はこう続けました。「私は毎日曜日教会に来て、そこでとてもよく祈れます。一週間いただいたお恵みに感謝して、そしてまたこれからの一週間を生きていく力を願う・・・ミサの中では本当によく祈れて、平安と神さまの存在を感じます」「・・・でもミサが終わり教会から一歩足を踏み出すと、まるでキリストの“キ”の字も知らない人のように俗世間の価値観・感覚にどっぷりとつかって、神さまを思い出すこともなく過ごしてしまうのです。また次の日曜日、教会に来るまで・・・」。山下神父様は今、日曜日に教会に行っているたくさんの人々に同じことが起こっているような気がすると言っています。「すべてのキリスト者が朝目覚めてから再び床に就くまで、いえ、眠っている間も含めて一人のキリスト者なのかどうか・・・、福音宣教はこのことにかかっていると言えないでしょうか?・・・・どこまで本物のキリスト信者か、それはどこまで自分の信仰(信じていること)と生活が一貫しているかということになります」。

 耳が痛いですね。この女性ほどでないにしても、日常生活の中で私もよく神様を忘れて、俗世間の価値観にどっぷりとまではいかなくても、ちょっとつかってしまうことがあります。神父様の説教について感想を言っているつもりが、いつの間にか説教とは関係のないことへの批判や悪口になったり・・・。本文の中で「人生で偉大な事を成し遂げる必要はない。普通でいられたらそれでいい。ただそれはとても難しいことである」と書いてありました。確かにその通りです。妻として、母親としてきちんと自分のするべきことを果たして、一貫性のある生き方をすることは簡単ではないです。しかしそうするように努力しなければいけませんね。




YouTube: Ave Maria (Caccini) - Hayley Westenra

2012年10月17日 (水)

弔辞

 今日信者Sさんの葬儀ミサがありました。最後に親族を代表してシスターが弔辞を述べられました。Sさんがキリストを信じる者としていかに素晴らしかったか、それは子供たちを立派に育て、また病気になってからは、その痛み、苦しみを受け入れ、神様の元へ行く希望によって死を恐れなかったと。家族も深い愛で結ばれていたこと。シスターはSさんに「よく頑張りました。『おめでとう』と言ってあげたい」と話されました。本当に素晴らしい弔辞でした。シスターの心、思いが私にもよく伝わりました。Sさんはすばらしい家族、親族に囲まれながら最後まで自分の信仰を表わすことができて幸せでしたね。

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2012年10月16日 (火)

聖心の信心

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 今日は「聖心の信心」を広めた聖マルガリタ・マリア・アラコクおとめの日です。彼女については6月1日のブログにくわしく書いたので見てください。「聖心の信心」は大切ですね。彼女が言った通りに祈らなくても、イエズス様・マリア様の聖心を信じて、亡くなった方々の霊魂が救われるように祈ることは大切だと思います。特に煉獄で苦しんでいる人たちのために祈りましょう。

2012年10月15日 (月)

聖テレジア(イエズスの)おとめ教会博士

 とても小さい頃に、弟を無理やり引っ張って一緒にイスラム軍をやっつけに行こうとしたアヴィラの聖テレジア。神様は彼女にこの強さをお与えになりました。彼女はそれを恵みとして活かしました。彼女の祈りを見ればよくわかります。

神のみにて足りる

  何ものにも心乱されず

  何をも恐れるな

  すべては過ぎ去り

  神のみ変わらず

  耐え忍ぶとき

  すべてをかちえる

  神をもつ者には

  欠けるものはない

  神のみにて足りる

2012031904 ベルニーニ作

 彼女の修道会の改革はカトリック教会改革の原動力となりました。私の娘はこの大テレジアが好きで、堅信名はアヴィラの聖テレジアにしました。真直ぐな心を持った娘にふさわしいと思います。親ばかかな?happy02

 

2012年10月14日 (日)

ミサの説教

 今日は日曜日。私と夫と娘はカトリックK教会へ、息子はカトリックA教会へ。帰宅後お互いのミサの説教の内容を話しました。家族が違う教会のごミサに与ると、それぞれのミサの説教の内容が聞けるので、おもしろいです。

 私が行った教会の説教は今日の朗読の箇所にそった「信仰」の話しでした。息子の行った教会の話はとても良かったそうです。その内容を聞いたのですが確かに良い話でした。なぜ今「信仰年」が必要なのか、「信仰」とは、そして現実の信仰問題、わたしたち親が子供たちにしなければならないこと、教区報やカトリック新聞の記事を使ってのお話だったそうです。

 「信仰年」が必要になったのは私たち信徒一人一人の責任であり、私たちを導いてきた司教・司祭の責任でもあります。教会を離れてしまった人たちが自分の洗礼の恵みをいただいた時の喜びを思い出して、再び教会に戻れるように祈りましょう。そして私も洗礼の恵みを主に感謝して、もっと多くの人が洗礼の恵みの喜びで満たされるように祈ります。マリア様の取り次ぎを祈りましょう。




YouTube: Helene Fischer - Ave Maria (German Version - Franz Schubert)

 

2012年10月11日 (木)

「信仰年」開催

 第二ヴァチカン公会議開幕五十周年の今日から来年の「王であるキリスト」の祭日(2013年11月24日)まで「信仰年」が開催されます。教皇ベネディクト十六世の自発教令『信仰の門』はもう読まれましたか?

  「『信仰の門』はつねにわたしたちに開かれています」で,始まります。「現代においては、・・・信仰の深刻な危機が多くの人々に影響をおよぼしているからです。・・・『信仰年』は、世の唯一の救い主である主に対する誠実で新たな回心への招きです。・・・わたしたちは世界中の司教座聖堂と教会堂で、また家庭の中で、家族とともに、復活した主への信仰を告白する時をもちます。それは、変わることのない信仰をもっとよく知り、将来の世代に伝える必要を、すべての人が強く感じるためです。修道会と小教区共同体、また昔からのものと最近のものを含めたすべての運動団体は、『信仰年』の間に『信仰告白』を公に行う方法を見いださねばなりません。・・・わたしたちが告白し、記念し、生き、祈る信仰の内容を再発見し、信じることについて考察することは、とくに『信仰年』の間、すべての信者が自分のものとしなければならない務めです。・・・それゆえ、『信仰年』の間、とくにキリスト信者の養成にとって、『カトリック教会のカテキズム』は信仰を支えるまことの道具となります。・・・『信仰年』は愛のあかしを深めるためのよい機会でもあります。・・・愛の伴わない信仰は実りをもたらすことがありません。また、信仰を伴わない愛は、たえず疑念にさらされます」

 わたしたちも「信仰告白」をしましょう。




YouTube: Credo III

2012年10月 9日 (火)

藤娘




YouTube: 坂東玉三郎「藤娘」 Tamasaburo "Wisteria Maiden" part 1

 綺麗でしょう。私もこの「藤娘」を習いましたが、舞台で踊ったことはありません。玉三郎さんの踊りはまた格別ですね。このYouTubeは余計な英語の解説が入っていますが、仕方ありません。じっくりと日本の古典芸能の素晴らしさを堪能してください。

2012年10月 8日 (月)

召命について~トマさん祈りの部屋「茶碗と花瓶」

 トマさんのブログに書いてある通りです。是非見てください。トマさん祈りの部屋 「茶碗と花瓶」です。

 結婚の問題は複雑です。不完全な人間同士が一緒に暮らす、お互いにカトリック信者でも離婚する人たちが出てきています。イエズス様の教え通りに生きるならば別れることは絶対にないのですが、そう出来ない私達です。罪を犯し、悔い改めて神に罪を赦してもらう…しかし私たちは相手を赦そうとしない…勝手ですね。少なくとも私達夫婦はこれからもお互いを赦しあって、死が二人を分かつまで一緒にいようと結婚の誓いを確認しました。子供たちも安心したことでしょう。lovely

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2012年10月 6日 (土)

ロザリオの月

 今月はロザリオの月です。7日は「ロザリオの聖母」。昔は10月は御ミサの前にロザリオの祈りを唱えましたが、一時期まったく唱えなくなりました。その結果ロザリオの祈り方を知らない信者も現れました。近年またロザリオの祈りの大切さに気づき始めて、御ミサの前に祈る所も出てきました。しかし祈り方をよく知らないので、先唱の方の部分まで唱えてしまう人がいます。もう一度確認しておきましょう。

 (全員) 父と子と聖霊のみ名によって、アーメン

 (先唱) 天地の創造主、全能の父である・・・・生者と死者を裁くために来られます。

 (一同) 聖霊を信じ聖なる普遍の教会・・・・永遠のいのちを信じます。アーメン

 (先唱) 天におられるわたしたちの父よ、・・・・地にも行われますように。

 (一同) わたしたちの日ごとの糧を・・・・悪からお救いください。アーメン

 (先唱) アヴェマリア恵みにみちた方、・・・・イエズスも祝福されています。

 (一同) 神の母聖マリア、わたしたち・・・・お祈りください。アーメン      Х 3回

 (先唱) 栄光は父と子と聖霊に。

 (一同) 初めのように今もいつも世々に。アーメン

 (先唱) 第一の黙想 ・・・・・・

 (先唱) 天におられるわたしたちの父よ、・・・・地にも行われますように。

 (一同) わたしたちの日ごとの糧を・・・・悪からお救いください。アーメン

 (先唱) アヴェマリア恵みにみちた方、・・・・イエズスも祝福されています。

 (一同) 神の母聖マリア、わたしたち・・・・お祈りください。アーメン     Х 10回

 (先唱) 栄光は父と子と聖霊に。

 (一同) 始のように今もいつも世々に。アーメン

 第5黙想までくり返します。最後のアーメンも忘れずに。この祈り方は万国共通なので、外国の巡礼地に行っても同じです。それとK教会では「お告げの祈り」の唱え方もおかしいでした。ここでは「主のみ使いのお告げを受けて、マリアは聖霊によって神の御子をやどされた。」と、全部先唱の人が唱えてしまうのです。「わたしは主のはしため・・・」「神の母聖マリア・・・」「祈願・・・」すべて先唱者が唱えています。先唱者とその他の人が唱える部分をきちんと分けましょうね。ヴァチカンでの「お告げの祈り」の時もきちんと分けています。守るべき伝統は大切に。子供たちにもきちんと教えましょう。私が子供の頃は、シスターが「栄唱」は「栄光は父と子と聖霊に」の時には頭を下げるようにと教えてくださいました。今もそうしています。

  こう書くと必ず「形式は小さなこと、どうでもいいのです。心が大切です」と、言う人がいます。私は心をないがしろにせよとは言っていないのです。心は形に表れます。心を大切にしたうえで形も整えよと言いたいのです。祈る時に心が一番大切なのはあたりまえのことです。「信仰は頭ではないですね。心です」と言う人も同じです。心で信じているうえで理解もしたいのです。聖アンセルムスは言っているではありませんか。「信じるために理解するのではなく、理解するために信じる」と。信仰が先にあるのです。人は恋をすると相手のことをもっと知りたいと思います。イエズス様を知るともっともっと知りたくなるのです。カテキズムを読み、聖書を読み、聖人の本を読み、御父をイエズス様をもっと知ろうとします。聖書学者や神学者、典礼学者達のおかげで、私たちは自分の信仰をもっと深めることができます。ですから教皇様も私たちのために講話をしてくださるのです。私たちは心で信じているからこそ教皇様の話を聞き頭で理解したいのです。

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2012年10月 4日 (木)

アッシジの聖フランシスコ

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聖痕を受ける聖フランチェスコ (カラヴァッジョ作)


 特に有名な聖人、アッシジの聖フランシスコ(1181年~1226年)。たくさんの映画にもなり、クリスチャンでない人にもよく知られています。

 

2012年10月 2日 (火)

守護の天使とオプス・デイ創立記念日

 それぞれの人に守護の天使がいます。天使の仕事はその人を守ってくれるのはもちろんですが、その他に記録をつける事があります。アルスの聖ビアンネは言っています。「悪魔は我々の罪を、守護の天使はわれわれの全徳を書きとめます。守護の天使の書が一杯となるように努力すれば、悪魔の書きとめたものは空となります」と。

 第二ヴァチカン公会議以後、守護の天使についてほとんど取り上げられなくなりました。悪魔と同様に守護の天使たちもいないような雰囲気でした。しかし最近再び取り上げられるようになりました。悪魔や守護の天使の存在を無視してきた結果、今の様な悪の強い社会となり信仰の危機が生まれたからです。

 もっと守護の天使を喜ばせるように頑張らなければ…と思いました。up

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オプス・デイ創立者 聖ホセマリア・エスクリバー

 今日はオプス・デイ創立記念日です。オプス・デイについて知らない方が多いのでここで『オプス・デイに関するインフォメーション』ベアット・ミューラ著から抜粋します。

 オプス・デイはカトリック教会の一部を構成する属人区にあたります。1928年10月2日、聖ホセマリア・エスクリバーによって創立されました。・・・・・オプス・デイの目的は、この教会の福音宣教の使命に貢献するため、生活の日々の状況、特に仕事の聖化を通して、信仰の百パーセント合致した生き方をするよう、あらゆる条件のもとにいるキリスト者を励ますことです。この目的を達成するため、属人区はその信者と他の大勢の人々に霊的形成と司牧的な援助を提供します。・・・・・創立者の言葉を使えば、「日常生活は聖なるもの、神に満ちたものになりえる」、「主は普通の仕事を聖化するよう招いておられる。なぜなら普通の仕事の中にも神がおいでになるから」です。・・・・・日常生活を聖化する価値があるということのもう一つの実りは、普通のキリスト者の日常生活にあふれている小さな事柄を神的なものに変えることです。オプス・デイ創立者は、「偉大な聖性とは、各瞬間の“小さなことがら”を果たすことにある」と教えています。小さなことがらとは、たとえばちょっとした手伝い、よいマナー、他人を尊重すること、整理整頓、時間厳守などのことです。神の愛ゆえに行うなら、キリスト者の生活にとって、これらすべてが大きな意味をもつのです。・・・・・オプス・デイの精神は、日常生活を聖化するための努力を維持するための、祈りと償いに励むよう勧めます。そこで、属人区の信者は念祷や毎日のミサ聖祭、ゆるしの秘跡、霊的読書、福音書の黙想などを生活に組み入れて熱心に実行します。

 

 残念ながら私の住む県にはオプス・デイはありません。ですから私は聖ホセマリア・エスクリバー神父様の書かれたものを読んだり、オプス・デイの神父様の書かれた本を読んでいます。

2012年10月 1日 (月)

小さきテレジア

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 リジューの聖テレジア(幼いイエズスの)おとめ教会博士(1873年~1897年)はカルメル会に入り、わずか24年の短い生涯を祈りをもって生活しました。彼女の書簡集『幼いイエズスのテレーズの手紙』や『自叙伝』によって、聖テレジアがいかに祈りによって宣教したかがよくわかります。彼女の四人の姉妹たちも修道会に入りました。彼女の家庭がどれほど祈りに満ちていたか、祈りの環境の大切さがよくわかります。見倣いたいと思います。

 小さきテレジアの霊名の方、おめでとうございます。聖テレジアの取次によって主の豊かなお恵みをお祈りいたします。