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2016年9月23日 (金)

叙階式

 昨日はカテドラルでフランシスコ朴昶奎(パク・チャン・ギュ)助祭の司祭叙階式がありました。また新しい教区司祭の誕生です。

 司祭への道をあきらめきれずにいたところ主はここの教区に導いてくださいました。若くはない(失礼happy02)フランシスコ朴神父様にとって日本語の勉強は大変でしょうが頑張ってほしいです。兵役では特殊部隊に所属していたとか、知的・体力共に優れ、また英語が得意なようなので外国人の司牧にも活躍されることでしょう。期待しています。「おめでとうございます!」

 今日の福音はコヘレトのことば(3:1-11何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。・・・・・神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を初めから終わりまで見極めることは許されていない。 まさにフランシスコ朴神父様の叙階のことを言っていますね。

 そして今日の答唱詩編は神様がフランシスコ朴神父様に「不安に思うことはありませんよ」と言っているようです。

答唱詩編

詩編139・1-2、17-18

神のはからいは限りなく、生涯わたしはその中に生きる。

神よ、あなたはわたしを心にかけ、
わたしのすべてを知っておられる。
わたしが座るのも、立つのも知り、
遠くからわたしの思いを見通される。

神よ、あなたの思いはきわめがたく、
そのすべてを知ることはできない。
あなたのはからいは限りなく、
生涯わたしはその中に生きる。

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