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2016年9月30日 (金)

恵みと信仰

 先日ある記事を読んで感じたことがありました。それは他人の信仰を比較してはいけないということです。

 主はそれぞれの人に違う恵み=タラントを与えてくださいました。ある人は音楽の才能を与えられて、主をたたえる歌や演奏で信仰を現しています。ある人は庭仕事が好きで教会を美しい花壇で飾り信仰を現しています。またある人は学問に秀でていて聖書学や教会法、典礼学で人々を教え導きます。ある人は話が上手で言葉によって信仰を告白します。ある人は話すのはへたですが書くことによって宣教します。字の読めない人は教えられた祈り(ロザリオやお告げの祈り等)を覚えて毎日黙々と唱えて信仰告白をします。

 それは修道会を見るとよくわかります。観想修道会と活動修道会。学校や教育に力を入れている会、病院や医療中心の会、農業や生産で信仰生活を送る会があればマスコミを使って信仰を伝える会もあります。そして信徒もそれぞれ様々な職場で働きながら信仰生活を送っています。

 どのやり方が本物の信仰ということはありません。どの修道会の方がより信仰を継承しているといえないのと同じように、どの人の信仰の現し方が正しく信仰を継承し、どの人の信仰の現し方では継承されないなどということは決してないと私は思います。

 そういう私は外仕事は苦手、人付き合い(特に電話)が苦手、人混みが苦手、運動苦手の苦手づくしです。でも本を読むのは好きなので、読んで得た信仰のことをこのブログに言葉にして書いています。これが私の信仰告白の一つの手段です。教養主義的と批判(教養主義がなぜ悪いのかはわかりませんが)されても仕方ありません。これが主が私にくださったお恵みですから。

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修道会の図書館(チェコ:ストラホフ修道院図書館・神学の間)