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2016年6月14日 (火)

『み心の信心のすすめ』

 今月の3日(金)はイエズスのみ心の祭日でした。み心の信心についてもっと知りたいと思い『み心の信心のすすめ』という本を読みました。

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 聖アラコックについて特に新しいことは書いていなかったのですが、川村信三神父様の「信心」についての前書きにひかれました。最初に「忘れられた信心」と題して次のようなことが書かれていました。

 一昔前まではカトリック教会には「信心」が盛んだったのに、最近(2009年頃)の教会では耳にしなくなりました。第二ヴァチカン公会議後、これまで教会が大切にしてきた多くのものは無駄なもの、時代にそぐわないものとして捨て去られるようになりました。特に、聖書に直接の根拠をもたない「信心」は、他のキリスト教諸派とかかわりをもつとき、大きな差し障りになると考えられました。ロザリオや、十字架の道行きなどの多くの「信心」は、中世ヨーロッパのある地域でつくり出されたもので、特に「信仰」とはかかわりのないものだと考える雰囲気がカトリック教会で広がりました。エラスムスやルターが言うように「信心はまったくばかげていて、無知な人びとが勝手気ままにつくりだした、聖書には根拠をもたず、必要のないもの」なのでしょうか。なぜ人びとは「信心」をあみだしたのか、あみださざるをえなかったのかをよく考えてみたいとおもいます。

 そして、「信仰の工夫としての信心」、「み心の信心は教会の宝」と続きます。

 人びとは実際の生活の中で、どうすれば、信仰を具体的に表現し高めることができるのか、あれこれ考え、見つけたのがいろいろな「信心」。しかし「信心」が行き過ぎや、正当な信仰から離れてしまう危険もあるので、「信心」が形だけに終わってしまわないように心することが大切だと書かれています。

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 「信心」の中でも特に「み心の信心」をすすめています。詳しくはこの本か聖アラコックの「み心の信心」について書かれたものを読んでください。

 最近ではロザリオの祈りや十字架の道行き、初金(み心の信心)がよく行われるようになり、カトリックの良いところを取り戻しています。とても嬉しいことです。

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