« 2015年12月 | メイン | 2016年2月 »

2016年1月

2016年1月31日 (日)

手作りチョコレート

 2週間もしたら今年もヴァレンタインがやってきます。正式には聖ヴァレンチノ(ヴァレンタイン)司祭殉教者の日ですね。

 聖ヴァレンタインについては諸説ありますが、ここでは女子パウロ会に載っていた説を:

 聖ヴァレンタインはローマ皇帝クラディウスの時代ローマの司祭として苦しむ人や貧しい人、病気の人を助け熱心に宣教しました。皇帝はバレンチノの宣教をやめさせるようにローマ判事アステリアに命じました。ところが判事は目の不自由な自分の娘がバレンチノの祈りによって治ったことから、家族全員で洗礼を受けキリスト教徒となりました。そのため皇帝はバレンチノをはじめアステリアらを処刑しました。

 この日に同名の司教が殉教しています。おそらくこの司教の伝説などが重なって諸説伝わっているようです。

 昔『最高にしあわせ』というアメリカのミュージカル映画がありました。その中でヒロインの恋人の男性が彼女に「ヴァレンタインキャンディー」を贈るシーンがありました。その時私は初めて「ヴァレンタイン」なるものを知り、その日は男性が女性に愛を告白してキャンディーを贈るのだと知りました。それから何年経ったでしょうか・・・日本に上陸した「ヴァレンタイン」は全く形を変えて「女性が男性に」愛を告白して「チョコレート」を贈る日となりました。

Photo_3

 と、説明が長くなりましたが、私が今日書きたかったことはチョコレートの型を買ったので試しに作ってみたところ失敗したということです。

 「チョコを溶かして型に流し込むだけ」と、侮ってはいけません。生クリームの入ったチョコは粘りがあり型の細かいところに入りにくく、しかも柔らかいので型からうまくはずせません。可愛いクマやネコのチョコができるはずだったのに・・・weep

 次回は生クリームは入れずに挑戦してみます。そうすればきっとこんな可愛いチョコができるでしょう。↓↓↓

Fbkkrf8b1_5

2016年1月30日 (土)

本2冊

 昨日、話に出た2冊の本。

Photo

Photo_3

 『回勅 いつくしみ深い神』は問題なく我が家の本棚にありました。あらためて読み直します。問題は『聖ファウスティナの日記』の方です。

 私の娘は聖ファウスティナが好きで、よくこの聖人についての本を読んでいます。確か以前彼女はこの本も読んでいたような記憶が・・・。そこで娘に聞くと「持っている」との返事。早速借りて読むことにしました。

 マリア様やイエズス様のご出現は純粋にご出現のメッセージを謙遜に受け取ることが大切です。教会はこのことを忘れてはいけません。商売のためにそれに群がる人やご利益だけを求める人達によって押しつぶされてしまう危険があります。また嫉妬や妬みの心でもみ消されることも・・・。秋田の聖母ご出現も然り。シスターアグネス笹川が聖母より受けたメッセージの内容よりも聖母が流された涙の奇跡ばかりがマスコミでクローズアップされました。多くの人が奇跡(ご利益)だけを求めてバスで押し寄せた時期もありました。メジュゴリエのように教会や町が潤い続けるために「世界中から人が集まる良い宣教」とごまかしてはいけません。

 いつも書いていますが聖母やキリストのご出現は何のためにご出現されたのか、そのメッセージが大切なのです。本物のメッセージはカトリックの教義に外れたことは言っていません。聖ファウスティナの日記を読んで、キリストが彼女を通して何を私たちに伝えたかったのかを学びたいと思います。そして秋田の聖母のメッセージもじっくりと読みます。このメッセージの中には、ある人たちにとってとても都合の悪いことが書かれているのかもしれません。

2016年1月29日 (金)

聖遺物

 カトリック新聞オンラインによると聖ヨハネ・パウロ2世教皇と聖マリア・ファウスティナ・コヴァルスカ修道女の聖遺物が大阪、広島、福岡、長崎、鹿児島、さいたま、東京、札幌、横浜の各教区を巡回することになったそうです。詳しくはカトリック新聞を見てください。

 「パヴェル・オビエジンスキー参事官(駐日教皇庁大使館)は巡回にあたり 、『聖ファウスティナの日記』(聖母の騎士社)と、回勅『いつくしみ深い神』(カトリック中央協議会)の一読を勧めている。」と、書いてありましたが、回勅は問題ないのですが、『ファウスティナの日記』の方は5千円以上もするので、簡単に買って読めません。この機会に多くの人が読めるように、聖母の騎士社は文庫本を出してはどうでしょうか?

Holyrelics2016聖ファウスティナと聖ヨハネパウロ二世の聖遺物(カトリック新聞オンライン)

節水解除

 大雪(南国にしては)の後、水道管の破裂があちらこちらで起こり、断水や節水の処置がとられました。幸い私の所は断水はせず、節水でちょろちょろですが水が流れました。気長に待てば炊事もトイレの水も困りませんでした。

 しかし断水の所は大変なようです。私の住んでいる所には温泉が出るので何軒かの銭湯は無料開放しました。皆さんとても助かったようです。

Photo温泉(くすの湯)

 ここは5日間で元に戻りましたがまだ断水が続いている市や町があります。一日も早い復旧を祈ります。

2016年1月27日 (水)

オレオ

  「わたしはオレオ、美猫でしょうshine

Cimg5932

   すっかり我が家の猫になった感のあるオレオです。夜は外で動きまわり、昼はほとんど隣家の車庫の上で寝ています。

 この前は小さなネズミを仕留めて見せにきました。えらいえらい!猫はこうでなくちゃ。家の中に閉じ込められてストレスだらけの猫を見るとかわいそうです。

 猫大好きな.ruさんのブログ写真から。「頑張るお母さん」です。

5

9_3

2016年1月25日 (月)

パウロの回心

 毎年この祝日を迎える度に思うことは、主の計画は私たちの思いをはるかに超えているということです。ですから思い煩うことはないのですね。み旨のままに主が望まれることを愛すること。

 あんなに熱心なユダヤ教徒であったパウロは主に呼ばれて回心し、熱心なというよりももっと熱く燃えるキリスト教徒となりました。多くの人に洗礼を授け、共同体を励まし、信徒に手本を示されました。

 私も主の望まれることを受け入れることができますように・・・と祈ります。

Photo_3「「聖パウロの斬首」 ティントレット作

2016年1月24日 (日)

寒波

 天気予報は当たりました。ここ南国もご覧の通りの雪雪雪・・・一面真っ白に。きれいです!

Cimg5961

 教会へ行く時間になっても雪は降り続いています。雪国育ちの夫は雪道に慣れているので教会まで歩いて行きました。なんだかとても嬉しそう。私は雪道を歩くのは苦手でよくスッテンコロリンとなってしまうので骨折でもしたら大変。家にじっとして祈ることにしました。

 帰宅した夫の話によると、教会には十数人が来ていたそうです。

Cimg5981

 最近ラジオからよくアダモの「雪が降る」が流れてきます。雪の情景にピッタリの曲ですね。アダモが歌うバージョンが有名ですが、私はペドロ&カプリシャスの前野曜子さんの歌が好きです。


YouTube: 前野曜子 雪が降る

2016年1月23日 (土)

高山右近福者に

 安土桃山時代のキリシタン大名・高山右近(1552~1615年)が、「福者」に認定された。バチカンは22日、フランシスコ教皇が、認定審査を行った列聖省の決定を承認したと発表した。

 昨年は没後400年にあたり、日本のカトリック関係者らが、殉教者として福者への認定を働きかけていた。バチカンは来年2月にも、高山右近の地元・大阪で、福者の敬称を与える「列福式」を行う予定だ。(YOMIURI ONLINE より)

 高山右近が列福されるのは良いのですが、「殉教者」となると・・・無理があるように思うのですが。マニラに追放された後、病死したことが殉教なのか・・・?しかしヴァチカンが殉教と認めたのならそうなのでしょう。

2016年1月22日 (金)

アンティーク

 着物のリサイクル店からのメルマガ。今回私は初めて知ってびっくりぽん!

 アンティーク襤褸です。襤褸(ぼろ)とは「らんる」とも呼ばれ、意味は「ぼろぼろ」とか、「使い古した」とか、そういった意味だそうです。その作品がこちら。

Photo

Photo_2

 これらは立派なアートなのだそうです。上の作品が約39000円、下の作品はなん263000円余り。どちらも戦前のもので、補修やつぎを重ねたものです。勿論今は飾って鑑賞する作品です。

 「ほかに類を見ない美を放つ・・・」と、説明されていましたが、美術を少しかじった者として・・・ん~ん・・・正直この作品の良さがわからないのです。ごめんなさい。

 そして、これらを実際に使っていた人たちの生活を思ったとき、彼らの汗と涙のしみ込んだ物をお金持ちの人たちが売買すること自体、彼らに対する冒とくのように感じてしまうのは私だけでしょうか。「アート」とつければ何でも許されるようないや~な気分です。

 下のものはアッシジの聖フランシスコが実際に着ていた服です。同じようにつぎあてをした襤褸ですが、これを見ると聖フランシスコの生き方が伝わります。大切なことを教えてくれます。これはアートではありません。売り買いするものでもありません。

Assisi_3

2016年1月20日 (水)

そろそろ

 私の教会は新年と共に司祭も代わり、典礼も普通に戻りつつあります。

 聖変化の時の鐘(ベル)は戻りました。聖体拝領は両形食ではなくパンだけに、残るは聖書朗読の後の「神(主)のみ言葉」と「神に感謝」の応答だけですね。そろそろ朗読者は「神のみ言葉」と言ってほしいです。典礼係の方よろしくおねがいします。

 ごミサで心の安らぎを得られることは本当に幸せです。confident

Cimg5892カテドラル:「いつくしみの聖年の扉」を開くミサ

2016年1月19日 (火)

賄いさん

 久しぶりに賄いさんになりました。とは言ってもたった1回夕食を神父様のために作るだけでしたが。これならいつもの夕食の準備と変わらないですね。ただいつもと違う台所で、慣れない道具を使うのは新鮮?かな。婦人部の方が1か月分の献立を考えてくださっているので助かります。

  その夕食がこちらです。ご飯、お刺身、すまし汁、煮物と献立表に書いてあったのでご飯はちらし寿司、お刺身は買ってきたもの、すまし汁はとり団子と筍、わかめ、香りに三つ葉とゆずの皮、煮物はかぼちゃといんげんの甘煮にしました。

 しか~し、自分の食べる量を基準にしたので細い神父様には多過ぎたかもしれません。「こんなに食べきれないよ~」と、きっとため息をついているでしょうね。次回からはもっと量を減らします。

 P神父様はきれい好きで、今日も祭壇の所を掃除していました。気持ちがいいですね。テーブルにもランチョンマットと箸置きが・・・すばらしいです。私も見習わなくては・・・早速我が家の箸置きを探します。coldsweats01

『拓』から ③

 聖書の読み方について聖ホセマリアは次のように言っています。

672  毎日数分間、新約聖書を読みなさい。そしてそのときには、もう一人の登場人物になって各々の場面の中に入り込み、そこでの出来事に参加しなさい。私はこう勧めた。それは、福音の教えを自分のものとし、それを生活の中で(実行する)ため、また、人々に(実行させる)ためである。

Photo_5 読むならフランシスコ会訳かバルバロ訳で

 まさか信者なのに聖書をただ飾っているだけ・・・という人はいないでしょう。coldsweats02 聖書は普通の本ではありません。「神のみことば」です。

 ですから小説のように最初から最後のページまで一通り読めば終わりではありません。期間内に読めばよいものでもありません。聖ホセマリアは「もう一人の登場人物になって…場面の中に入り込み…参加しなさい」と、具体的に教えています。忙しい、時間がないという理由でゆっくりと時間をかけて読まなければ、主のみことばを味わうことはできないでしょう。

 今年は一年間ゆっくり、じっくりと聖書を味わいたい、聖書を読む時間をもっと増やそうと思います。

2016年1月17日 (日)

『日韓慰安婦合意文』

 「日韓慰安婦合意文」に関する日本カトリックの見解(あるいは勝谷司教様個人の考え?)がカトリック新聞に載りました。

今回の合意を受け、日本カトリック正義と平和協議会の勝谷太治担当司教(札幌教区)は、談話の中で日本側の謝罪が「不十分」だと強調。「慰安婦にされた被害女性たちに対する謝罪は、被害者の名誉と尊厳がきちんと回復される方法で、直接本人たちになされるべき。それがないことは不誠実で、誠意が感じられない形式的な謝罪としか思えない」と話した。

勝谷司教はまた、在韓日本大使館前に設置された慰安婦を模した少女像を撤去するよう、日本側が求めていることに触れ、こう話した。

「少女像は、ハルモニ(「おばあさん」の意)たちの尊厳回復の闘いの印として、民間が自主的に設置したものです。日本が犯したこの過ちとハルモニたちの闘いの歴史を、日本にとって都合の悪い歴史であったとしても、否、そうであるからこそ、今後も記憶にとどめるために撤去の要求はしないでほしいと考えます」 (「カトリック新聞オンライン」より)

 私の感想は「ふ~ん、そうなんだ」。「不誠実で、誠意が感じられない形式的な謝罪」なのか~・・・・・。私は誠意があるかないかまではわかりませんが、司教様は無いと感じたのでしょう。
 「いつくしみの特別聖年」カトリック信者は日本とは比べものにならないくらい多い韓国、お互いにいつくしみの心を持って仲良く未来を築きましょうね。

Papr5trx1日本の聖母子と韓国の聖母子~同じマリア様とイエズス様heart

2016年1月16日 (土)

センター試験

 今年もセンター試験が始まりました。今日は一日目・・・みんな力を出しきれますように。

 毎年この時期になると、我が家の子ども達の時のことを思い出します。親は子を信じてお弁当を作り持たせて送り出すだけ。そしてマリア様にご保護を祈り、帰りを静かに待ちます。今日も私と同じような思いをされておられる方が大勢いらっしゃることでしょう。

 今の中学校1年生が高校3年生になった頃センター試験がまた変わる予定とか。大学入試センターは子どもたちのことをまったく考えていないような気がします。科目を変えたり試験方法を変えたり、その度に子どもたちは振り回されています。

 1979年から大学共通一次試験、その後1990年からセンター試験が始まりました。約35年の歴史がありますが、基本各大学で二次試験があるのですからセンター試験は不要だと思うのは私だけでしょうか。センター試験がなくなり、各大学での試験だけなら子どもたちの負担も軽くなり、少しですが親の経済的負担も軽くなります。

Kyodo_news_2写真:KYODO NEWS

2016年1月15日 (金)

『拓』から ②

564  あなたは自らを価値のない人間だと言うのか。それなら、価値のある人間になるよう努力すれば良いのではないか。

618  勉強をしない学生なんて、一体何の役に立つのか。

 人は皆自分の仕事を心を込めて精一杯することが大切です。赤ちゃんはよく食べてよく泣いてよく眠る、学生は勉強する、大人はそれぞれの職場で正直に働く、病気の人は良い患者でいるように努める、留置されている人はまじめに罪を償う。

 聖ホセマリアは当たり前のことを言っています。でもこの当たり前のことを邪魔しようとする悪い誘惑があります。私もこの誘惑に負けないように頑張るにゃん…ではなくて頑張ります。

Photo_2 写真:.ru より  「勉強してま~す」

2016年1月14日 (木)

ワルシャワ直行便

 今日から成田~ワルシャワ間を直行便が就航することになりました。ポーランド航空(LOT)が飛びます。

Lot_2写真:googleより

 成田からワルシャワへは月・木・土、ワルシャワから成田へは水・金・日曜日の週3回。今年はワールドユースデーがポーランドのクラクフで開催されます。丁度良い時に直行便ができて本当に良かった。直行便でひとっとびですね。私たち家族がポーランドへ行った時はシンガポールとフランクフルトで乗り換えて、それはそれは長い旅でした。

Photo

  皆さん、ポーランド航空を利用してポーランドへ行きましょう!!

Karpaczpolandポーランドの冬

2016年1月12日 (火)

粋な帯

 着物が好きでよくネットでリサイクル着物のお店をのぞきます。お店からのメルマガには着物の紹介もあります。

 先日紹介された塩瀬の名古屋帯が面白いデザインで、遊び心たっぷり。こんな帯をしめて出かけたら粋だな~。でも中古の品で4万2千円はちょっと手が出ません。眺めるだけで満足しています。その品がこちら↓↓↓

Photo_3

note お魚くわえたドラ猫追っかけて~notes なんて歌が浮かんでくるような粋なデザインです。

2016年1月10日 (日)

ヴァチカンの洗礼式

 「主の洗礼」の祝日にヴァチカンのシスティーナ礼拝堂で赤ちゃんの洗礼式がありました。どの赤ちゃんもかわゆ~い!お父さんたちはイクメンだし、本当に幸せそうconfident

Photo_2洗礼

Photo_3聖香油

 聖香油は額ではなく首の下に塗布するのですね。

主の洗礼(祝)

 今日のごミサの説教の中で特に心に残った言葉は「父と子と聖霊」です。

イエズスも洗礼をお受けになった。そして、祈っておられると、天が開け、聖霊が、目に見える鳩のような姿で、イエズスの上に降り、天からは、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」という声がした。(ルカ 3:21~22

 説教で神は「父と子と聖霊」であると初めてここに記されていると話されました。キリストが公的生活を始めらる時にはっきりと「父と子と聖霊」が書かれていることは確なことです。「三位一体の神」を改めて認識しました。

Photo            主の洗礼

2016年1月 8日 (金)

新助祭誕生

 鹿児島教区の神学生が韓国での叙階式で助祭になりました。「フランシスコ助祭様おめでとうございます!」

 司教様の報告によると叙階式の司祭は300名、参加者は15000名と盛大な助祭・司祭叙階式だったそうです。韓国のカトリックパワーはすごいです。私達教区も韓国に学ばなければ!

 私の教区に神学生が育ち、助祭・司祭が次々に生まれているのはやはり聖霊が豊かに働いているからだと思います。それは郡山司教様のおかげでもあります。司教様の広い心が聖霊を豊かに受けているからでしょう。

 韓国だけでなくヴェトナムからも神学生が期待できそうです。日本(的?)のカトリック、日本人の神学生・司祭・・・とこだわる狭い考えではいけないでしょう。

 キリストの教えは特定の民族に向けられたものではありませんでした。キリストは世界中のすべての人に告げ知らせるようにと弟子達を遣わされました。キリスト教には国境も人種の違いもないはずです。キリストのもとですべての人は兄弟姉妹、家族なのだから、自国の司祭でなければ・・・なんていうのはカトリック的ではないと思うのですが。

 生意気な事を書きましたが、とにもかくにもフランシスコ助祭様が司祭になり鹿児島教区で働いてくださるのを楽しみにしています。

Cimg5193_3