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2015年10月 7日 (水)

キリストのように

 最近自分が悩んでいたことへの答えが『トマさん祈りの部屋』に書かれていました。なんとなく光が見えてきたような気がします。

・・・・・・・キリストになるとは、キリストの精神を自分の血肉にする戦いです。自分が変わっていくことです。これは目立たない長い道のりです。どうしても近道をしたい誘惑が生れます。それは、自分が変わる代わりに「キリストの服を着る」ことです。いかにもキリスト信者らしい祈りの行為を生活に付け足すのです。聖画を飾り、十字架を身に付け、教会に出かけて膝まずくのです。「信仰の服」を着ても、それを着る自分自身は昔のままです。

そして、周りの人にも同じ服を着せようとします。「お仕着せ」ですね。キリストを伝えるのは、服ではなく、その人自身です。「キリストを愛していますか?」「もっと愛したいと思いますか?」「自分の欠点と戦っていますか?」それなら、あなたの心は喜びで満たされ、幸せでしょう。いやいや行うなら不幸です。喜びがあるなら人にも伝えたいでしょう?「喜びが大きくなれば、もっと伝えたくなりますよ。まずは、キリストの「服を着て」少しずつキリストの「心を真似して」いきましょう。■
*2015/05/28 城南カンファレンス・センター、年の黙想会「信徒使徒職について」より

 トマさんが言う通り信仰の服を着ているだけで心が変わらなければキリストに近づくことはできません。今まで信仰の服・キリストの服を着ることばかりを重視して、キリストの心を忘れていたような気がします。

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