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2015年8月

2015年8月30日 (日)

夏休みは終わり

 朝晩はしのぎやすくなりましたね。鈴虫の声もきこえ始めました。

 夏休みの間はお菓子や夫の好物のピロシキを作ったりして過ごしました。パソコンの方はまあまあです。台風15号も来ました。野良猫たちもどこか安全な所に避難していたのでしょう。朝になると野良猫のプリン一家が来ていて安心しました。

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(写真:上から)聖ヤコブのタルト・チーズ饅頭・チョコレートケーキ・プリン一家lovely  

 お母さん猫はプリン、白い方の子猫の名前はバナナ、黒い方はチョコです。野良ですが私は勝手に名前を付けて呼んでいます。

2015年8月17日 (月)

夏休み

 周りの人たちは夏休みなので私も少しだけ夏休みをもらいます。とはいっても、主婦なので家事を休むわけにはいきません。そこでブログを少しの間お休みします。

 休みの間にこの新しいパソコン操作に慣れるようにします。前のパソコンは突然シャットダウンしたり、フリーズしたり、修理に出して戻ってきても直っていなかったのでとうとう新しいパソコンに替えました。しかしこの新しいパソコンの使い方は前のものとはまったく違うので、帰省中の息子に助けてもらっています。息子がいる間にこのパソコンを使いこなせれば良いのですが。

 皆さんは楽しいヴァカンスをお過ごしください!!

20140712161104_2 (写真:Googleより)

2015年8月16日 (日)

自由研究に

 毎日暑いですね。汗でべとべとになったらシャワーでさっぱり。皆さんはシャワータイム体を洗う時には何を使っていますか?ナイロンや綿・麻のタオル、スポンジ、海綿、それともたわし?

 私は最近たわしを使うようになったのです。実は百円ショップなどで売られているたわしはココナッツ繊維でできていてとても固く、これで体を洗うのは無理です。現在ほとんどのたわしがこの原料の安いココナッツ繊維でできたたわしです。しかしもう一つ日本に昔からあるたわしがあります。棕櫚の繊維でできているものです。これで体を洗うと気持ちいい~!適度な刺激がありさっぱりします。手の届かない背中は夫に頼んでゴシゴシ、これがまたスッキリ、サッパリ、最高です。残念ながら夫の方は「痛い」と言って、たわしでは洗いません。デリケートなのか私の皮膚が厚いのか・・・?

Cimg5730_2  これが棕櫚の木です。幹にある繊維で箒やたわしを作ります。昔は棕櫚の木のある家では葉を編んでハエタタキを作っていました。下の写真のようなものです。私の父も作ってくれました。持ち手のところが程よくしなり使い勝手がよかったことを覚えています。

Photo_2 棕櫚でできたハエタタキ(写真:googleより)

 夏休みの工作宿題に棕櫚のハエタタキはいかがでしょうか?「かっこ悪いよ」ですって?そんなことはありません。薬も電気も使わないエコで個性的な作品です。きっと「かっこいい~」といわれますよ。

 もう一つ「夏休みの自由研究」にぴったりの案。それは、教会めぐりです。それぞれのカトリック教会には教会堂名があります。普通教会はその名の記念日にお祝いをしますが、しない教会もあります。私の小教区の教会堂名は「聖マクシミリアノ・マリア・コルベ」です。教会堂名にはキリストのみ心、王であるキリスト、無原罪の聖母、雪の聖母、聖母の汚れなきみ心、聖ヨゼフ、聖ペトロ、聖ヨハネ・ボスコ等々、様々な名前がついています。いくつかのカトリック教会を回り、その教会堂名について調べてみるのはどうでしょうか?聖ヨハネ・ボスコとはどういう聖人なのか?王であるキリストとはどういう意味なのか?等々、そして各教会の聖櫃の前でお祈りをして、巡礼してみるのも良いと思います。きっと神様のお恵みがいっぱいある夏休みになるでしょう。

2015年8月15日 (土)

聖母の被昇天(祭)

 

4 聖母の被昇天

 戦争が終わり、聖フランシスコ・ザビエルが祗園之洲に上陸し、聖コルベがアウシュビッツ収容所で火葬にされ、そして聖母マリア様が天にあげられた日です。

 人それぞれに思うことはあるでしょう。ありふれた感想ですが、どの出来事にも共通に思うことは「愛と平和」です。「神の愛と平和」を伝えようとした人、行いで示した人、できなかった多くの人たち、そして「愛と平和」そのものである聖母マリア様。

 皆がエゴにならず、「自分(自国)さえよければまわりの人(他国)はどうでもよい」ではなく、すべての人が尊厳を持ち平和に暮らせるように望むこと。持っている人は持っていない人に分け与え、苦しんでいる人を無視せず、喜びは分かち合う。一人一人が努力することです。

 毎年この8月15日を迎え、多くの人は平和を心に誓っています。しかし世界に「愛と平和」は実現しているでしょうか?8月15日が単なる記念日で終わる事がないように、私たちが平和を築く道具となりましょう。

2015年8月14日 (金)

聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者

Maximiliankolbe_2 聖マキシミリアノ・マリア・コルベ

  8月14日は聖コルベ司祭の殉教記念日です。ポーランドのこの聖司祭については私も何回か書き、また殉教された時のことはあまりにも有名なのでここでは省きます。

 日本での素晴らしい活動の一つに『無原罪の聖母の騎士』の発行がありました。ポーランドですでに発行していた雑誌『無原罪の聖母の騎士』(写真上)を日本に来てすぐに日本語で発行する準備を始めました。そしてできたものが下の写真(左)です。

Photo_6 ポーランド語の『無原罪の聖母の騎士』(ウィキペディアより)

1vyflyzw1 日本での創刊号と今年8月号

  この雑誌は今も続いています。聖コルベ神父様の家族は聖母マリアへの崇敬が特にありました。そのために彼も聖母への信頼は強く、聖母マリアの取次ぎにより罪人やカトリック教会に敵対する人物、特にフリーメーソンを改心させるために「汚れなき聖母の騎士会」を創立しました。その後、出版による布教活動を志し、1922年に初めて『無原罪の聖母の騎士』を執筆し出版しました。

 日本でもキリストを知らない人たちのために、聖母マリアの保護に信頼して、1930年4月24日にゼノ修道士らと長崎に到着するとすぐに『無原罪の聖母の騎士』の出版許可を願い許可がおりると翌月には日本語版の『無原罪の聖母の騎士』の出版を開始しました。

 現在は『聖母の騎士』となっています。内容はカトリックの教え入門、現代に生きるカトリック信者の横顔など、キリストを紹介する読み物です。聖コルベ神父様は創刊号に雑誌の目的をこう書いています。

 

  「無原罪の聖母の騎士」と題する小雑誌発行の目的は、

原罪なくして宿り給うた聖母マリアに対する信頼と愛とに依って、

できるだけ多くの人の霊魂を天主の方へ導き入れることにあります。             

(「無原罪の聖母の騎士」創刊号より)

2015年8月12日 (水)

幼虫

 今日は久しぶりに雨が降っています。庭の紫陽花たちにとっては恵みの雨です。でも幼虫にとってはどうなのでしょうか。

 今年はナガサキアゲハがシークワーサーの木にたくさん卵を産み、今その幼虫(6~7匹)が大きくなりました。これからさなぎになって、羽化します。おかげでシークワーサーの木の葉はほとんど食べられてしまいました。

Photo_3  蝶の種類によって食べる葉っぱも違います。キャベツ、甘夏、ゆず、パセリ、人参、シークワーサーなど様々。今年はセミの抜け殻もいっぱいありました。ところで北海道にもセミはいるのでしょうか?ヨーロッパではセミの話はほとんど聞きませんでしたが。

Fhvmoyj61 ナガサキアゲハの幼虫とセミの抜け殻です。

2015年8月10日 (月)

「教皇講話集」から ~最後に~

 最後にこの本を読んでとても印象に残るエピソードがありました。それは「賢慮の賜物」についての話の中で、教皇様がブエノスアイレスの巡礼者の告白場にいた時の話です。

 そこには、ピアス、タトゥー、とにかくそうしたものを色々とつけた、完璧に今どきの若者もいました。この若者がわたしのところに来て、自分の身に起きていることを話しました。それは、大きな深刻な問題でした。彼はいいました。「この話をすべて母に話しました。すると母はこういったのです。聖母のもとに行きなさい、お前が何をすべきか、聖母が話してくださるでしょう」。これが、賢慮のたまものをもった女性です。彼女は息子の問題を解決する方法を知りませんでしたが、正しい道を示しました。・・・・・この素朴でごく普通の女性が、まことの助言を息子に与えたのです。事実、彼はいいました。「聖母をじっと見つめました。そうすると、自分がすべき色々なことが分かってきました」。わたしが話す必要はありませんでした。・・・・・お子さんのためにこのたまものが与えられるよう願ってください。子に助言するたまものは、神のたまものです。(p.74~75)

 親として、子に何と助言してよいかわからない時があります。そんな時には自分が信じていることを伝えるだけです。祈りなさい。神様は必ず道を示してくださいます。マリア様は助けてくださいます。

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2015年8月 5日 (水)

「教皇講話集」から 聖性

 「教皇講話集」にはまた七つの賜物や教会について書かれています。もっと知りたい方はこの本を読んでください。

 この本で教皇様は「すべての人に対する聖性への招き」について話されていますが、これは聖ホセマリアが話されていたことと全く同じです。というよりも「オプス・デイ」そのものです。では、その箇所を引用します。

 聖人になるために、司教や司祭、修道者になる必要はありません。わたしたちは皆、聖人となるよう招かれています。ですからわたしたちは、聖性を、祈りに没頭するために日常の雑事から離れる機会のある人にだけ与えられるものだと考えがちです。しかし、そうではありません。・・・・・聖性は、神から与えられるもっとも大きくてもっとも深いものです。実際、わたしたちが聖人になるよう招かれているのは、まさに、日常の雑事をしながら、愛をもって生き、キリスト者として自身であかしをすることを通してなのです。・・・・・あなたは奉献生活者ですか。それなら、喜びをもった献身と奉仕の生活によって聖人となってください。あなたは結婚していますか。それなら、キリストが教会にしたように、伴侶への愛と心配りによって聖人になってください。あなたは、洗礼を受けて未婚のかたですか。それなら、誠実に、自らの能力を発揮しながら仕事を果たすこと、そして兄弟姉妹のために時間を作ることで、聖人になってください。・・・・・あなたは、子をもつ親もしくは祖父母ですか。もしそうでしたら、ご自分のお子さんやお孫さんに対して、イエスを知り、イエスに従うよう熱心に教えることで聖人になってください。よい親、よい祖父母になるには、多くの忍耐を要します。辛抱強く努力することによって聖性がもたらされます。・・・・・そうです。生活のあらゆる場面が、聖性へと続いています。・・・・・くじけずにその道を歩んでください。神だけがこの恵みをお与えになれます。(p.171~173)

20121121_705622_2 (オプス・デイ属人区司祭 酒井俊弘著) 教皇様も同じことを言っています。この題『聖性への招き:ふつうのおばさん、おじさんも聖人に』は間違っていないでしょう。お勧めの本です。お求めはパウルスショップhttp://www.paulus.jp/ またはお近くのカトリック書店へ。

2015年8月 4日 (火)

聖ヨハネ・マリア・ヴィアンネ(記)

 今日は聖ヴィアンネの記念日です。故小平卓保神父様の霊名日でもあります。教区のヴィアンネ神学生もおめでとうございます。お祈りしています。

 ところで聖ヴィアンネについては勉強ができなくてやっと司祭になれた云々と言われますが、しかしアルスの資料では「書棚には聖司祭が自己研修を心がけていたことを物語る450冊の蔵書が収められている。昼は僅かな食事の間に聖人伝を、夜は就寝前に霊性の書を読んでいた」とあります。そして「奥の間の陳列ケースには祭服が展示されている。ヴィアンネ神父は神のためには上等の祭服を喜んで買い、自身のためには質素なスータンで満足している」とも(ブログ:「キリスト教の基礎知識~巡礼の手引き」より)。司祭の手本である聖ヴィアンネ司祭は常に自己研修を怠らないこと、神様のためには狭い心でケチにならないことを(清貧であろうとして逆にお金にとらわれ、しばられることのないように)教えています。

 最後にブログ:「キリスト教の基礎知識~巡礼の手引き」の中の聖ヴィアンネのエピソードとして「出逢いの記念碑」について。

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■出逢いの記念碑

 1818年2月、アルスに赴任する途中のヴィアンネ神父は、村の南1キロ足らずのところで一人の少年に出逢う。アルスの小教区の信者、アントワヌ・ジブル少年である。村までの道を尋ねた聖司祭は彼に言う。「君はアルスへの道を教えてくれたので、私は君に天国への道を教えよう。」 現在その地点に記念碑が建てられている。

2015年8月 3日 (月)

武器企業ですって!

 ブログ「Vanitas Vanitaum」 https://mkirishima.wordpress.com/ に載っていた記事です。

海外武器企業買収を解禁 政府が関連法解釈変更へ(中日新聞)

http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2015080202000070.html

 こんなことを許すなんて安倍内閣は本当にダメですね!

 人々の心に不安をあおり、懐疑心をもたせる。武器産業は紛争や戦争があればあるほどに利益を生み出すので、世の中が平和になっては困るでしょう。あやまちをくり返す人間、忍耐する神・・・。神の国の平和どころか、この世の平和も遠のいていきます。皆さん本当にこのままでよいですか?

Cfe48de1368a805fb6bee4124da18d57 写真:宮武嶺ブログ「Everyone says I love you!」 より

「教皇講話集」から 叙階の秘跡・結婚の秘跡

   二つの特別な召命に対応する、二つの秘跡があります。叙階と結婚です。この二つは、キリスト者がキリストの模範とみ名に従って、自分の生涯を愛のささげものとし、そうして教会を築くことに協力するようになるための、二つの偉大な道です。(p.50)

Ordination_at_stpeters_3 叙階式

  叙階の秘跡について詳しいことは省きますが、教皇様は次のように話されました。

  「司祭になるためにはどうすべきか、ということです。司祭になる近道は、どこかで売られているのでしょうか。いいえ、そんなものは売られていません。人を司祭にするのは、主の働きかけです。主が招かれるのです。主が、司祭にと望まれる人を個々に呼ばれるのです。この呼びかけを心の中で聞いた若者がここにいるかもしれません。それは、司祭になる望み、神に由来することがらにおいて他の人に仕えたい、信仰を教え、洗礼を授け、ゆるし、感謝の祭儀をささげ、病者をいやす奉仕のために全生涯を用いたいという望みです。皆さんの中に、心の中でこうしたことを感じた人がいれば、それを感じさせてくださったのはイエスです。この招きを大切にし、それが成長して教会全体の中で実りをもたらすよう祈りなさい。(p.53~54)

Photo_2カトリックの結婚式

 結婚はわたしたちにとって身近な問題です。教皇様は結婚についてこのようにはっきりと言っています。

 神の像は、結婚した夫婦なのです。男と女なのです。神がわたしたちを愛し、わたしたちと契約を結んだことが、この男と女の契約のうちに表されるのです。・・・・・結婚はわたしたちに対する神の愛のイコン(映し)です。・・・神は夫婦を唯一の存在とします。これこそが結婚の神秘です。・・・・・男と女は、その愛によって聖別されるのです。事実、夫婦は、秘跡の力により、真実に、固有の使命を帯びます。そのため彼らは、単純で日常的なことから始めて、忠実と奉仕を通じて、キリストがご自分の教会を愛する愛ーを目に見えるものとすることができるのです。・・・・・夫婦生活がいかに困難で試練に満ちているかを、わたしたちはよく知っています。神とのきずなを生き生きと保つことが大切です。これこそが結婚のきずなの土台だからです。そして、主とのきずなはつねに真実です。家族が祈れば、このきずなは保たれます。夫が妻のために祈り、妻が夫のために祈ると、このきずなは強められます。(p.55~57)

 教皇様は結婚生活を素晴らしいものにするための秘訣を教えています。それは三つの言葉です。「いいですか」、「ありがとう」、「ごめんなさい」です。「いいですか」は結婚生活の中で図々しくならないためだそうです。「ありがとう」は私のためにそうしてくれてありがとう、夫は妻に、妻は夫に感謝を示すこと。そして、わたしたちは皆間違いを犯すので、口にするのは難しくても「ごめんなさい」を言わなければならないと。喧嘩をしても一日の終わりには必ず仲直りすること、夫婦が祈り合うこと、そして三つの言葉で結婚は前に進みますと。円満なご夫婦はおそらく既に実行しているでしょう。ちょっとうまくいっていないご夫婦は試してみてください。

2015年8月 2日 (日)

「教皇講話集」から 病者の塗油の秘跡

 「病者の塗油」は私が子供の頃は「終油の秘跡」と言われ、死が近づくと神父様を呼んでこの塗油をしてもらいました。臨終の時に霊的な慰めを受けるためでした。しかし今はそれだけではありません。

 わたしたちがこの秘跡を執行するごとに、主イエスは、司祭を通して、苦しむ人、重病人の人、また高齢者に近づいてくださいます。・・・・・この秘跡は、イエスが病者のそばに、そしてまた高齢者のそばにいてくださることを保証しています。・・・・・司祭が病者を訪問することはとても重要です。・・・・・主イエスご自身がわたしたちの手を取り、かつて病気の人になさったようにわたしたちに触れてくださるのです。そして、今やわたしたちはイエスのものであり、何ものもー悪と死さえもー決してわたしたちをイエスから引き離せないことを思い起こさせてくださるのです。・・・・・重病人、そして高齢者のもとにも司祭に来てもらい、病者の塗油の秘跡を授け、慰めと、前に進むためのイエスの力を与えてもらいましょう。(p.46~49)

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