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2015年5月10日 (日)

追悼ミサ

 今日はレデンプトール修道会のレヒナ神父様の追悼ミサが司教様の司式であります。

 レデンプトール会のホームページのフォーラムを読んでいた所、レヒナ神父様が書かれた以下の文が目に留まりました。レヒナ神父様はミサは安らぎを得る所と言っておられますが、その通りですね。

ヨハン・レヒナ師
***********休ましてあげよう -福音の中の福音-

 休ましてくれる人は誰? それは2000年前のイエスです。イエスが残してくださった言葉を教会の看板に書きたいです。「疲れたもの、重荷を負うものは、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」という言葉です。(マタイ11.25-30参照)。
 人間は生きるものとして色々と活動しています。教会も例外ではありません。特に福音宣教はなくてはならない活動の一つです。
 問題は活動そのものよりも、活動に伴う忙しさです。たとえば、「うちの主人は、家庭を忘れて、教会にばかりいます」と嘆いている婦人たちの泣き声を覚えています。
 教会での過労死の話しをまだ聞いたことがありませんが、しかし人を忙しくして、忙しくして動いているところが少なくないようです。このような教会は忙しい現代人に何を貢献することができるでしょうか。
 イエスはただ「疲れている人、来なさい。休ましてあげよう」と呼びかけています。「もっと忙しくしてあげよう」と言われた覚えがありません。「ミサに来て、私の前にお休みください」と言われている気がします。それは私だけでしようか。
 主がそのうちに永遠の安息をくださることを信じています。2012.01.23 Monday