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2014年2月15日 (土)

子育て

 2008年4月長崎精道学園の指導司祭小寺神父様の入学式の時のお話の一部です。

 (・・・・・)自然のものはすべてそうですが、桜にも時があります。冬の間、寒さをじっとこらえて自分の時がくるのを待ちます。そして、「次はあなたの番ですよ!」と神様から声をかけられると「はーい!」と素直に答えてぱっと咲きます。そして、「わたしが、わたしが・・・!」と出しゃばらないで、役目を終えるとさっと潔く散っていきます。

 人間にも時があります。神様から「もう小学生になるときですよ。ランドセルをしょって学校 へ通ってお勉強するときがきましたよ!」と声をかけられました。子供たちは素直な「はー い!」という気持ちで最初の一日を始めたことでしょう。そして、みなさんも同じように、今日から一年生のお母さんですよ、お父さんですよ、と神様から呼びかけられているような気持ちだと思います。

 赤ん坊の時には、「肌を離すな!」と言われます。母親にしっかり抱かれて、肌の温かさ を通して愛情が伝わります。

 幼児の時には、「手を離すな!」です。手をつないで側にいて一緒に何でもして、共に楽しく過ごし信頼関係を深めます。

 小学生に上がれば「目を離すな!」子供の世界、子供の時間ができて、付きっきりにはなれません。一人でやらせてみる、これが大事です。それを見守ることで自信を付けていきます。小学生になってバスで通学する子もいるでしょう。いろんなことが初めてで心配です。親も不安です。でも、手を離すときが来ました。いろんなことを少しずつやらせていきましょう。でも目を離さないように。見守って、褒めて、声をかけて、毎日の小さな成長に気づくようにしましょう。こうして親も一緒に成長します。

 先の話ですが、思春期になれば「心を離すな!」です。日頃から親子で話すことが大切ですね。また日頃から親と先生が話すことも大切です。神を信じ、子供を信じ、私たちが互いに信じあうことです。親の手、親の目を少しずつ離れていきますが、それを補うように先生の手、先生の目、があります。また、友達の手、友達の目が増えていきます。これらの手と目が桜のような心で役割を果たしていけば、子供たちは神の子として成長できるような気がします。■(指導司祭:小寺左千夫)     

  小寺神父様のおっしゃっている通りですね。子育てにはスキンシップも手も目も心もかけてもかけてもかけすぎることはありません。自分の時間を子どものために与えられることは本当の幸せです。

 銀(しろがね)も 金(くがね)も玉も何せむに 

                   まされる宝子に如かめやも   山上憶良