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2013年11月25日 (月)

信仰年の目的

「トマさんの祈りの部屋」より

洗礼を受けた時に、その人のうちに神が宿ったのです。神の霊が宿り、神と結ばれ、神の子となりました。洗礼は子供を教会に縛り付けることではなく、神の子として新たに生まれることです。教会に託された「生きた遺産」であるイエス自身が、人に与えられる瞬間です。洗礼を遅らせることは、罪の状態を放置することで、神との出会いを妨げることです。金持ちの遺産を羨ましく思うなら、それ以上の聖なる遺産を喜んで受けるのが理屈にあっていると思うのですが・・・いかがですか?

洗礼を受けているキリスト者は、頂いた遺産の偉大さに早く気づくべきです。神の子になり、心に神が宿るのです。大金持ちの子になる以上に素晴らしいことが自分の身の上に起こっているのです。だから、まず感謝しましょう!そして、その家の子にふさわしい生き方、振る舞いを心がけましょう。それがキリスト者の人生の根本だからです。この信仰の遺産に気づき生きることが、信仰年の目的でした。「私は神の子である」そんな誇りを胸に堂々と生きていきましょう。 *2013/11/04 長崎純心聖母修道会、定期講話より

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 信仰年も終わり、今反省している人も多いでしょう。私も自分の「信仰年」はどうだったのか反省しています。でもこれからが大切です。信仰年で学んだこと、体験したこと、そしてできなかったことをこれからの生活に生かしていかなければならないと思います。