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2013年10月27日 (日)

高慢と謙遜について~「トマさん祈りの部屋」から

 今日の福音書の話は「謙遜」についてでした。トマさんが実によく説明しています。一部分だけここにコピーします。

 ・・・・・多くの人は「高慢」を「威張って、偉そうにしている人」あるいは「人を馬鹿にしている人」そんなイメージを持っていると思います。だから、自分は高慢ではない!と結論してしまいます。しかし、高慢はアダムとエバが神に背いたことに由来します。そして、アダムもエバも威張ったり人を馬鹿にしたりしていません。だから、高慢の本質は別のところにあるのです。それは神に従わないことであり、自分に都合の良いように真理を歪めることです。言い訳をする、正当化する、とも言いますね。

アダムとエバは、神の言い付けが気に食わなくて、それに従わず、心から神を追い出しました。さらに指摘を受けると、相手のせいにして言い訳したのです。「自分が悪い」と気づかない、あるいは、知りたくないのです。だから、高慢との戦いは難しいですね。それを助けてくれるのが神です。神がアダムに呼びかけたように、私たちにも呼びかけています。それに気づくためには、祈りが必要です。謙遜になりたいなら、まず、祈らなければなりません。・・・・・    2013/10/13 10月の月例黙想会「謙遜」の説教より

 『春の戴冠』やDVD「ボルジア家」にサヴォナローラが出てきます。同じ清貧を説いたフランチェスコは聖人に、一方サヴォナローラは異端者として火あぶりの刑に・・・。真実は私にはわかりませんが本やドラマで知る限り「高慢と謙遜」が関係あるように思います。フランチェスコは神に対して常に謙遜であったが、サヴォナローラは自分が神のかわりに人々を裁こうと高慢だったのではないでしょうか。二人は同じことを言っていても、その行いに愛を感じるのはフランチェスコ、恐怖を感じるのがサヴォナローラのような気がします。