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2012年8月

2012年8月31日 (金)

ピロシキ~ポーランド風

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 夫の大好きなピロシキ。中に詰める物は色々あります。それぞれの好みで選びます。夫はリンゴやプラムやブルーベリー、カッテージチーズが好きです。作り方は以下の通り。

 

 (生地) 強力粉 350g.  水またはお湯125cc.  卵1個  塩ひとつまみ

 (詰め物) A: ブルーベリー 400~500g. 砂糖大匙1

        B: カッテージチーズ 400g. 砂糖1/4カップ

        C: カッテージチーズ 400g. 卵1個+卵黄1個分 塩小さじ1/4 コショー少々

        D: カッテージチーズ 400g. 卵黄1個分 干しブドウ1/4カップ 砂糖小さじ2

        E: 牛または豚肉ミンチ 450g. 玉ねぎみじん切り1個分 卵2個(茹でてみじん切り) 塩・コショー  小さじ各1/2 すべて一緒に炒める。

        F: ブルーベリーのかわりにプラムやリンゴ(煮たもの)を使ったり、ジャムを入れたり、カッテ-ジチーズと合わせたり、自由に組み合わせてください。

 皮は餃子を作る時と同じです。のばす時にはラップにはさんでのばすと楽ですよ。直径7cm.前後の円に抜きますが厚みは5mm.くらいが破れにくく、また皮がもちもちしておいしいです。たっぷりのお湯に塩を入れてゆがきます。浮き上がってきたらしばらく(3分位)茹でます。茹で上がったらお皿にとり、上からバター、生クリーム、砂糖、蜂蜜など好みのものをかけます。ひき肉の詰め物の時にはベーコンを炒めたものも合います。ちなみに我が家は詰め物はブルーベリーとカッテージチーズ、蜂蜜、仕上げに生クリームをかけます。

 みなさんも是非作ってみてください。美味しいですよ!happy02

2012年8月29日 (水)

洗礼者ヨハネの殉教

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 「サロメ」  ティツィアーノ作

 ヨハネの首を持ったサロメの絵はたくさんあります。みなさんよく知っている話です。洗礼者ヨハネはヘロデと弟の妻ヘロディアの罪を糾弾したために、二人の恨みをかい、牢に入れられました。ヘロディアは娘サロメをそそのかし、サロメの踊りの褒美としてヘロデに洗礼者ヨハネの首を約束させました。

 悪い事は悪い、間違っていることは間違っている、近頃そう言う人たちが少なくなっているように思います。家庭の中でも子供たちにはっきりと言わない親が増えています。「まあ、いいじゃないの。間違いを注意するのは寛容さが無いから、信仰が足りないせいよ」と言って、子供が間違っていても無関心を装う、それどころか子供を助長して「自分は寛容です」と思っています。注意して子供が間違いに気づき改めた時にしっかりと誉めてあげる事こそが寛容なのではないでしょうか。

 子供に何でも許すことが「寛容」ではないでしょう。サロメのような人間にならないように、時には洗礼者ヨハネのような厳しさも必要だと思いました。*ここでの「ゆるす」は「許す」であってこちらの「赦す」ではありません。

2012年8月28日 (火)

聖アウグスチヌス司教教会博士

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「聖アウグスチヌスと幼子キリスト」 ルーベンス作

 約30年位前に名古屋大学でキリスト教史を教えていた先生が学生時代に『告白録』を読んで、これがきっかけで洗礼を受けたと話されました。大人になって洗礼を授かった人でこの『告白録』がきっかけになった人は多いです。それくらいこの聖アウグスチヌス(354年~430年)の『告白録』は人々の心を打つ名著であり、多くの人に読まれているので、今さらその内容を書く必要はないと思います。

 聖アウグスチヌスがひかれたマニ教は、罪についてまじめに考えませんでした。人間の犯す罪は悪魔の仕業なので人間に責任はない、という考えでした。現代でも「神は自分が創った人間を愛しているので、地獄はなくてどんな罪人も皆救われる」という新時代の考えは、マニ教と同じように人間にとって都合の良い教えで人々を強く引き付けています。しかし、このような間違った教えはいつか滅びます。

 聖アウグスチヌスがよく唱えた詩編: 主は正しい者の道を知っておられるので、悪い者の道は滅びる。

2012年8月27日 (月)

聖モニカ

 聖アウグスチヌスの母聖モニカ(332年~387年)。母親として私たちの模範ですね。息子のために常にあきらめずに祈り続けることの大切さを教えてくださいます。

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『聖アウグスチヌスと聖モニカ』 アリ・シェフェール作

2012年8月24日 (金)

林檎ケーキ

 秋になると林檎の紅玉が出始めます。ポーランドでよく作る簡単な林檎ケーキを紹介します。ポーランで作ると書きましたが、ヨーロッパ共通でドイツやイタリア、ロシアなどどこでもこの方法で作ります。作り方は簡単ですがとても美味しいですよ。

 紅玉 800g.  小麦粉 300g.  卵 4個  砂糖 200g.~250g.(好みで)  

 バター200g.   ベーキングパウダー 小さじ2  レモン1個(皮はすりおろす、汁小さじ1)

  1. 紅玉は皮をむき、芯を取り薄切りにします。これにレモン汁をかけておきます。
  2. バターと砂糖をよく混ぜて(白っぽくなるまで)、卵も1個ずつよく混ぜながら加えます。
  3. 粉とベーキングパウダーを一緒に振るったものを加えてよく混ぜます。
  4. すりおろしたレモンの皮と紅玉を加えて混ぜます。
  5. バターを塗った21cm.の丸型に流し入れて、180℃のオーブンで約80~90分焼きます。

 最後に冷めてから粉糖を振りかけたり、温かいうちにリンゴジャムをぬっても素敵です。混ぜるだけの簡単に作れるケーキなので是非試してみてください。

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2012年8月23日 (木)

リマの聖ローザ

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 ドミニコ会の第三会員であった聖ローザ(1586年~1617年)はラテンアメリカ大陸で最初に列聖された聖人です。彼女は病弱で、挫折と苦しみに満ちた生涯でしたが貧しい子女のために働きました。そして彼女はこのように言っています。「人々が恵みのうちに生きるとはどういうことかを知ったなら、どんな苦しみを恐れることもないでしょう。そして、どんな苦難にも進んで耐えるでしょう。恵みは忍耐が生み出す実だからです」。

 聖ローザはわたしたちにキリストに近づく道を示してくれます。彼女の日々の生活にならいたいです。

2012年8月15日 (水)

聖母の被昇天

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 聖母の被昇天です。東方教会ではマリア様は深い眠りに入って天にあげられたと言われているようです。カトリックでは長い間二つの考えに分かれていました。一つは無原罪なので死を免れ死ぬ前に天にあげられた、もう一つは死んですぐに天にあげられたと。さてどうなのでしょうか?

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 「聖母の死」 カラヴァッジョ 作

 私にはわかりません。学者がわからないのに、私にわかる訳がありません。しかし教皇様がおっしゃることには従いたいと思います。では教皇様は何とおっしゃっているのか・・・?私が直接聞いたわけではないので、正確かどうかはわかりませんが・・・。

 1997年6月25日ヨハネ・パウロ二世が聖ペトロ広場でのお告げの祈りの際の講和で「原罪を免れたということは、不死の体であったということではありません。御母は死を受け入れた御子よりも優れた方ではありませんでした。(・・・・・)キリストの復活にあずかるためには、マリアは何よりもその死にもともにあずかる必要があったのです」

 という事は、マリア様は死を免れることなく死んで天にあげられたということだと思います。またマリア様が亡くなった時にイエズス様が迎えに来られたという説もあります。

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「聖母の死と迎えに来たキリスト」キリストの抱いている子はマリア様の魂と言われています。

「聖母の戴冠」 ラファエロ作   墓から天にあげられた聖母、人々は天を見上げています。

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今日は聖フランシスコ・ザビエルが初めて日本にキリスト教を伝えた日でもあります。聖フランシスコが命がけで伝えたおかげで、私たちは今日もごミサに与ることができるのです。聖フランシスコを通して主が私たちを呼んでくださったことに感謝して祈ります。

2012年8月14日 (火)

ポーランド人の二人~聖コルベ司祭とゼノ修道士

 今日は以前にも少し書いた聖コルベ神父様の記念日です。聖コルベ神父様はポーランド人です。ポーランドは戦後ずっとソ連の支配下にあったので、共産国=無神論者が多いと思っている人がいますがとんでもない間違いです。ポーランド人のほとんどはカトリックで、しかも熱心な(良い意味で)信者です。ソ連の支配の間ずっと耐えてきました。中には無神論の人や共産党員になって優遇された人もいましたが、ほとんどの人達は学校での公教要理は禁止されていましたが、教会での公教要理の勉強や家庭で親から信仰を教えられました。今は幼稚園から高校まで学校でキリスト教の倫理学を勉強します。教皇ヨハネ・パウロ二世をみればわかるでしょう。ポーランド人で教会に行かない人は共産党員か無神論者と思ってもよいくらいです。

 聖コルベ神父様は長崎で『聖母の騎士』を発行しましたが、この冊子の表紙はいつも聖母の御像でした。以前カトリック加治木教会(現:カトリック姶良教会)にいらしたザベリオ会のダビデ・ザンパロ神父様が中国にいた時に描いた聖母像が表紙になったことがあったように記憶しています。それは美しい聖母でした。その表紙になった絵を探しているのですが・・・。

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聖マキシミリアノ・マリア・コルベ 

 聖コルベ神父様と共に日本に来たゼノ修道士はよく知られていますね。『ゼノ、死ぬひまない』という本を読んで感動したのを思い出します。ゼノさんもキリストに本当に近い人でした。私の母はゼノ修道士を一度だけ見かけたことがあるそうです。よく写真にある姿と全く同じでぼろぼろのカバンを一つだけ持って、質素な(古い修道服)身なりでお御堂で祈っていらしたそうです。とても声をかけられる雰囲気ではなかったと聞きました。聖人にならなくてもゼノ修道士のような素晴らしいキリストの働き手は沢山いらっしゃるのですね。

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 ゼノ修道士

2012年8月11日 (土)

聖キアラおとめ

 聖キアラ(1194年~1253年)は貴族の家庭に生まれ16歳の時に聖フランチェスコが路上で話しているのを聴きます。彼女はフランチェスコの教えに共感して、すべてを捨てて清貧に生きることを決意します。しかし両親は猛反対します。18歳の時に彼女は家を出てフランチェスコの元へ。後に彼女に賛同する姉妹たち(仲間たち)と共にサン・ダミアノ聖堂でクララ(キアラ)会を作りました。そして彼女に初めは反対していた母親も後にクララ会に入りました。信仰の力は本当に素晴らしいですね。聖キアラの遺体や彼女のブロンドの髪が今も残っています。

 シモーネ・マルティーニの聖キアラはとても気品があり、それでいて芯の強さを感じます。内面の豊かさがにじみ出ていて私の大好きな絵の一枚です。

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聖キアラ  シモーネ・マルティーニ作

 聖キアラといえば、映画「ブラザーサン・シスタームーン」を思い出します。ジュディ・ボウカーのキアラはなんと清楚で明るく美しいこと!若い頃のキアラをみごとに演じていますね。




YouTube: Donovan: Brother Sun, Sister moon

2012年8月 9日 (木)

長崎原爆の日

 今日は57回目の長崎原爆の日です。毎年思うことは、カトリック信者の中にも核武装をすべきだと平気で言う人がいるということです。キリストの教えに従って生きたいのならば絶対にそんな考えや言葉は出ないはずなのに・・・。なんて悲しい事でしょう。戦争は武力で解決できたように見えますが、実は双方に悲しみと憎しみと恨みを大きくしただけでいつかまたその悲しみや憎しみ・恨みが再炎します。キリストは「赦すこと」を十字架の上で私たちに教えました。「武力で解決しようとしてはいけない」と教えました。

 長崎の原爆で亡くなった方、今なお苦しんでいる方々を想い、戦争・原爆というこの人間の罪を二度と繰り返してはならないし、わたしたち一人一人が自覚して平和を祈り続けなければいけないと思います。

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2012年8月 8日 (水)

聖ドミニコ




YouTube: 伊東ゆかり|ドミニク Yukari Ito dominique

 聖ドミニコ(1170年~1221年)は異端アルビ派が広がった時に説教によって多くの異端者を回心させました。また人々にロザリオの祈りをすすめました。ドミニコ会を創設し、会の中からたくさんの有名な学者も出ました。

 むかしNHKのみんなのうたで「ドミニク」というのがありました。原作に近いのは伊東ゆかりさんやペギー葉山さんが歌った歌詞です。最近ではベルギー映画で「シスタースマイルドミニク」もあります。一度聞くとつい口ずさんでしまいますね。




YouTube: ドミニク / 春口雅子

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「聖ドミニコと聖母子と聖トマス・アクィナス」 フラ・アンジェリコ

2012年8月 7日 (火)

小平神父様

 今日は小平卓保神父様の命日です。神父様とは私の祖母と叔母が都城教会で一緒でした。神父様はまだ高校生くらいで、たしか私の叔母と洗礼が一緒だったと思います。

 頭が良くて、外国語に秀でていて英語はもちろんのことラテン語、フランス語、ヘブライ語にも長けていました。特に聖書の訳に尽力されました。神様から与えられたこれらの恵みを私たち信者のために最後まで与えつくした小平神父様に感謝しています。

 神父様はよく聖地巡礼にも同行していました。神父様の聖書に関する深い知識からの解説で、巡礼の旅もより深いものとなったようです。神父様が書いた本を紹介します。『聖書散歩』です。文庫本なので気軽に手にして読めます。

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2012年8月 5日 (日)

くれない病

 再び『雇われ羊飼いのふたたび言いたい放題』 酒井俊弘 著 より。

 「くれない病」は、大変ややこしい病気で、慢性で治りにくく、他の病気も引き起こす元凶にもなるという怖いものです。この病は頭の方にいろんなものがつく。一番ポピュラーなのが解して くれない病 です。夫が理解してくれない、妻が理解してくれない、子供が・・・、親が・・・友達が・・・、先生が・・・、上司が・・・、神父様が・・・。この病気は常に流行しているので、ほとんどの人がかかっているかもしれません。

 聖書の中でもマルタがかかっていますね。イエズス様にむかって「主よ、私の姉妹はわたしにだけもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」言い換えれば、「マリアも私のことを理解してくれないし、イエズス様も、全然私のこと理解してくれない」。また放蕩息子の兄は父親の財産を放蕩して使い果たして帰ってきた弟に対して大宴会を催す父に怒ります。「わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、私が友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。・・・」つまりお父さんは私の気持ちを少しも理解してくれないと。・・・・では、どうすれば治すことができるのでしょうか。それは、「くれ」を「ない」ようににしたらよいのです。ようするに「くれない病」は、私の方が「理解していない」病気なのです。マルタの場合「私のことを理解してくれていない」と考えるのではなくて、マリアの立場、マリアのやりたいことや、イエズス様が考えていたこと、それを私が理解していないのだと考えるべきなのです。放蕩息子の兄の場合も父親が自分のことをぜんぜん理解してくれないのではなく、父親が弟を思う心を自分の方が理解していないのだということに気づくべきなのです。

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 どうですか?わたしもしっかりとこの「くれない病」にかかっていました。夫が理解してくれない、子供が理解してくれない・・・。その前に私が夫を理解し、子供の気持ちや考えを理解しなければいけませんでした。酒井神父様には教えられることばかりです。アッシジの聖フランチェスコの祈りにもありますよね。「理解されるよりも理解することを・・・」と。これからは「くれない病」にかからないように気をつけます。皆さんも気をつけてください。happy02

2012年8月 4日 (土)

聖ヨハネ・マリア・ビアンネ司祭(1786年~1859年)

 フランス革命の時に国は混乱し、司祭は不足しました。町や村では満足な信仰教育がなされずにいました。それを見てビアンネは司祭になろうと決意しました。ビアンネ神父様のキリストを愛する熱心な姿は村人の心を動かして、やがて教会は信者でいっぱいになりました。神父様から祝福を受けるため、神父様に告解をするために年に10万人もの巡礼の人々が村に来るようになりました。

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 聖ビアンネは言っています。「司祭とは、イエズスのみ心の愛そのものです」また「聖母マリア様が天使に告解に行きますか。彼らは皆の罪を赦すでしょうか。いいえ。彼らは皆にわが主の御体と御血を与えるでしょうか。いいえ。御母は御子をホスチアの中に呼び下すことはできません。二百の天使がいても、彼らは皆の罪を赦すことはできないでしょう。ごく平凡な人であっても司祭であればできるのです」「司祭と会った時には、こう言わねばなりません。『ごらん、私を神様の子としてくださった人です。洗礼によって、私に天国を開いてくださった人、罪を犯した私を浄めてくださった人、私の霊魂の食物をくださる人です』」

 オプス・デイの酒井神父様はこう言っています。「皆さんもある神父様の欠点が目に入るとき、それが秘蹟や司牧に関することであれば、直してくださるように、直接、あるいは間接的にでもはっきり申し上げるべきです。でも、人間としての部分であるならば、それはどうでもいいことです。欠点は誰にでもある。それをあげつらって並べるのではなく、できれば考えないようにする。・・・『父である司祭の弱さに気づいたら、ノアの孝行息子たちのように、愛徳のマントで覆ってあげなさい』(聖ホセ・マエイア・エスクリバー)」

 その通りですね。酒井神父様はこうも言っています。「司祭も人間ですから、欠点があります。性格もいろいろだし、神父様によって得手不得手も当然あります。しかしそれは、その司祭が持つ司祭職をいささかも損なうことがありません。土の器にすぎない司祭のもろさに目を向けるのではなく、その土の器の中に納められている宝に目を留めるべきです」

 今日はフランスやイスラエルで学ばれた聖書学者(故)小平卓保神父様の霊名の祝日です。神父様のためにお祈りしましょう。

2012年8月 3日 (金)

ディマスの会

 今日は『雇われ羊飼いのふたたび言いたい放題』 オプス・デイ属人区司祭 酒井俊弘 著から「ディマスの会」について。皆さんは「ディマスの会」って知っていましたか?私はこの本で初めて知りました。「ディマス」とは、イエズス様が十字架につけられた時に隣で十字架につけられた強盗の一人で、人生の最後に天国行きをイエズス様に約束された人です。

 この会は、奥さんは信者なのに、なかなか洗礼の決心がつかずに、「まぁ、死ぬ前には洗礼を受けるから・・・」と言い訳をしている男性未受洗者を対象にした要理のクラスだそうです。わたしの教会でも今年の信徒総会の時にKさんから同じような提案がありましたが、話はそのまま立ち消え状態です。残念despair

 「ディマスの会」のYさんの話です。Yさんは毎月奥様とこの会に参加されていました。Sさんが受洗する時も勧められたのですが、「いやぁ、私はまだまだ・・・」と断ったそうです。Yさんの奥様は奄美大島の信者の家系の出身で、十数年間、旦那様の受洗のために祈り続けてこられました。そのYさんが洗礼を受けることになったのです。そのきっかけは・・・

 結婚された娘さんの伴侶がカトリック信者であったことと、孫ができたことでした。孫の誕生予定が3月、誕生すれば孫は洗礼を授かるのは間違いなし。じゃあ、ジイジも一緒に洗礼を授かろう・・・と、機が熟したのです。

 Yさんが洗礼を授かり、続いて孫のJちゃんが洗礼を受けました。さらに、Yさんが洗礼を授かったことによりYさん夫婦の間には結婚の秘蹟も成立。堅信・聖体と合わせて四つの秘蹟の恵みを授かったのです。なんと素晴らしいことでしょう。

 酒井神父様も書いておられますが、「要理の勉強を終えればすんなりと洗礼を受けることになるわけではない。自分一人の力で洗礼を受けるところまで来たのではなく、神様からの無償の恵みとしてここに至ったのだと。『洗礼のお恵みにあずかる』のは受洗者だけでなく、洗礼を授ける司祭の言葉でもあります」と。

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 ラヴェンナのネオニアーノ洗礼堂 モザイク画

2012年8月 2日 (木)

天にましますわれらの父よ~(Pater Noster)




YouTube: Pater Noster cantato da Benedetto XVI

2012年8月 1日 (水)

時には真面目に、真剣に

 以前紹介したブログがホームページになりました。私のブログのようなお気楽とは違い、真面目な学問的内容です。ゆっくりと考えながら読んでください。book

キリストの真理の輝き

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聖イグナチオ・デ・ロヨラ司祭

 昨日は皆さんよく御存じの聖イグナチオ・デ・ロヨラ司祭の記念日でした。彼はスペインのバスク地方の貴族の家に生まれました。パリ大学時代の学友聖フランシスコ・ザビエルら6人の同志と共に「イエズス会」を創立しました。「イエズス会」といえば「上智大学」他世界中にたくさんの学校を持っている教育修道会ですね。黙想指導でも有名です。

 今から30年位前にイエズス会の神父様が黙想指導に来られたことがありました。その時の神父様の自己紹介が忘れられません。神父様は「私はスペイン人ではありません。バスク人です。日本では一般にスペイン人と紹介されますが、スペイン人とバスク人は違います。私はバスク人です」と。確かにバスク人は誇り高い人たちと言われています。バスク語もあるし、文化もスペインとは違うようです。

 私は肝心の黙想会の話の内容は忘れてしまい、こんなことはしっかりと覚えているのです。霊的に成長しないはずですね。今日も反省!

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バスク地方とバスクのお菓子

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