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2012年7月26日 (木)

『拓 ひらく』 ホセマリア・エスクリバー著

 聖エスクリバー神父様の言葉は厳しい時があります。しかしそれは私たちが強い信仰を持てるように励ます言葉です。迷う時にしっかりとした道を示すためです。負けそうになった弱い心に自信を取り戻してくださる言葉です。

 この『拓』も以前紹介した『道』と同じように聖エスクリバー神父様のキリスト教的な生活を示す本です。この中で「謙遜」について書いてありました。私も思い当たることが沢山あり、自分がいかに謙遜が足りないかわかりました。

 謙遜の不足していることがはっきりとわかるしるしを、いくつか思い出させてあげよう。

 -自分の言うことなすことが他人よりも巧く言え、巧くできたと思う。

 -いつも自分の思い通りにしたいと望む。

 -通らぬ筋を通そうと言い争う、あるいは自分が正しいとき、頑固かつ不作法にも言い張る。

 -求められもせず、愛徳という面からも必要でないのに、自分の意見を述べたてる。

 -他人の物の見方を軽蔑する。

 -自分の才能や素質を借りものだとみなさない。

 -あなたの誇りと評判のみならず、踏んでいる土地と持ちものも、あなたには過ぎたるものであることを認めようとしない。

 -人と話すとき自らを模範として示す。

 -良く思われたり、そんなことはないと言ってもらいたいがために、自分のことをわざと悪く言う。

 -叱られたとき、言い訳をする。

 -自分に対する評価が下がるのを恐れて、恥ずかしいことを霊的指導者に隠す。

 -自分についての誉め言葉に悦んで耳を傾けたり、良い噂に喜んだりする。

 -自分よりも他人の方が良い評価を得ているのを知って悲しむ。

 -卑しい仕事を断る。

 -目立つ機会を捜したり、望んだりする。

 -人と話すとき、自賛の言葉や、自分の誠実さ、才能や手ぎわのよさ、仕事上の評判などをほのめかす言葉をさりげなく述べる。

 -ある種の財産その他がないのを恥じる。

 いかがでしょうか?書いてある通りでしょう。謙遜になることは難しいけれども、少しでも実行しなければならないと思いました。

Theresa_pope1